お土産と乗船
「ん~、結構疲れましたね~」
「そうかい?まあ、久しぶりの地上だったしねぇ」
食事も買い物も終えた後は、船に戻ってきた。一応、出港までは時間があるけど泊まるほどの余裕もないしね。
「そういえばもう海賊たちはみんな引き渡されたんですね。挨拶くらいはしたかったんですけど」
「あの船員かい?そんなの気にしなくていいっての。それより、土産渡すんだろ?」
「そうでした!それじゃあ、私はリュートに渡してきますね」
「行ってきな。あたしも面倒だけど渡しに行くかね」
そう言うと、ジャネットさんも小包を手に部屋を出ていった。ちなみに私がミートパイ。ジャネットさんはふわふわしてないホットケーキみたいなのだ。多分、材料はそこそこ似てるんだけど、ペーキングパウダーが入ってないんだよね。
「リュート、ご飯買ってきたよ~」
「アスカ、お疲れ様。悪いね買ってきてもらっちゃって」
「ううん。そういえばお昼は?」
「ずっと見張りしてたからまだなんだ。助かったよ」
「そうだったんだ。まあ、人数多いもんね」
「…うん。港から引き渡す時も大変だったよ」
「やっぱり手伝えばよかったかな?」
「大丈夫。町の兵士の人が来てくれたからね。それで何買ってきてくれたの?」
「じゃじゃ~ん。ミートパイだよ!」
「ミートパイかぁ~。さすがはアスカ、おいしそうだよ」
「そう?じゃあ食べて食べて。あっ、でもちょっと冷めてるしあっためようか?」
「そんなことできるの?」
「うん。ちょっと待っててね。この鉄板をと…」
キャンプとか野営とかで鉄板焼きができるようにと常備してたんだよね。
「この上にパイを置いて上からふたをしてと。あとはファイア」
台に置いて鉄板を温めたら、ふたをしたままミートパイを温める。数分でいい音と、においが漏れ出したので火を消してふたを開けてみる。
「うわぁ~!ふわ~って湯気が出てる。さっ、どうぞ」
ナイフで切り分け一切れお皿に盛る。
「ありがとう。…うん、おいしいよ。ありがとうアスカ」
「えへへ、喜んでもらえてうれしいよ」
「せっかくだし、アスカもちょっと食べてみる?」
「いいの?でも、リュートはお昼まだだし…」
「大丈夫。ちょっと遅いお昼だし、夕食まですぐだって!」
「そう?なら一切れもらうね」
リュートに勧められるまま、私も一切れ食べてみる。
「おいしい!パイもだけど肉も噛めば噛むほど味が出てくるね。それにちょっぴり甘いし」
「そうだね。生地の方かな?それとも肉の油なのか分からないけど、ちょっと甘みもあるよね」
「うんうん。買ってきてよかった~」
「本当にありがとう。最高の昼食だよ」
「どういたしまして。さ、残りも召し上がれ!」
「いただくよ」
そうして私とリュートが食事をしているころ、ジャネットさんたちは…。
「お~い。リックいるか~」
ドンドンとドアを叩く。
「おっ!ジャネットか。すぐに行くから待っててくれ」
「早くしろよな~」
ガチャ
「すまんな。ちょっと、着替えていてな」
「着替え~?まめな男だね」
「はっはっはっ!女性と会うのに身だしなみは重要だからね。それでどうしたんだ?」
「はぁ?あんたが飯買えっていったんだろ。ほら」
「おお~!うまそうな…なんだ?」
「さあね。パン屋のやつがおすすめだっていうから買っただけだしねぇ」
「ふむ。ま、食べればわかるか。…うむ。ちょっと固いが確かにうまいな。中に何か挟んである…これは乾燥させた肉か?いやぁ~こんな上等な飯を悪いなジャネット」
「いいよ。見張りもやってもらったし」
「ははは、あんなもの本来は船員がやるべきだし、俺に気を使うことでもないだろ?」
「ちょっとここの船員は抜けてるからな。リュートはともかくとして、あんたが言わなきゃあたしがやってたし」
「まあ、それはそうだな。しかし、パン屋のいう通り中々うまいパンだな」
「女に会うのに身だしなみっていう割に食い気ばっかりだな」
「流石にほとんど食べていなかったからな。本当に助かった。今頃リュート君は大変だろうな」
「残念。リュートにはアスカが飯を持って行ったよ。ま、リュートからしたら飯なんてなくてもアスカが会いに行けば十分だろうけどね」
「ふむ。それは残念だな。リュート君にはまだまだ女性の魅力がわかっていないようだ」
「何言ってんだい。アスカなんて美少女がいるんだよ?そりゃあ、ああなるさ。助けてもらった恩もあるしねぇ」
「まあ、確かに美少女ではあるがジャネットみたいに女性的な魅力はまだまだだと思うがね」
「はぁ!?な、なに言ってるんだリック!」
「思ったままを言っただけだが?これまで誰からも言われなかったのか?」
「そ、そんなこと言うわけないだろ?こんななりだし、言葉遣いも悪いし…」
「別に冒険者としては普通だろう?それに、アスカのフォローもやっているし、何より…」
「なんだよ」
「いや。これは後日の楽しみに取っておくよ」
いくら心配だからと言って、不安定に凍っている夜の海に飛び込むような真似を躊躇せずできる人間は中々いないと言おうとしたが、また怒りそうだったのでリックはその言葉を飲み込んだ。
「それに安易に言うことではないしな」
「なんか言ったかい?」
「いや。それより、ジャネットも食べないか?」
「あんたに買ってきたものをか。いいよ」
「せっかくだし、俺だけ食べているのも気が引けるんでな。水でも入れよう」
そういうとリックは皿を一つとコップを2つ持ってくる。
「あん?コップだけかい」
「ま、見てなって。アクア!」
「コップに水が…あんた結構魔法使えるんだね」
「思ったより驚かないんだな」
「まあ、基準が違うんだよ。基準がね…」
「その割には難しい顔をしているが?」
「あんたも一緒にいりゃわかるさ」
「ほう?それはいいことを聞いた。ぜひお願いしたいな」
「げっ、いらないこと言っちまった。そういや、リックは船を降りないのかい?」
「ん?リュート君から聞いていないのか。俺もジャネットたちと行先は一緒だ」
「なんだい、まだ1週間近くも付き合いがあるのか…」
「いいじゃないか、旅は道連れだ」
「なんで道連れなんだよ。あたしはまだまだ死ぬ予定はないんでね」
「言葉の綾だ。俺もまだ色々とやりたいことがあるんでね」
「そうかい。まあ、行き先が同じならもうしばらくよろしくな」
「こちらこそ。せっかく部屋も隣同士だし仲よくしよう」
「はぁっ!?リック、あんたどさくさに紛れて1等船室に居座るつもりかい?」
「どさくさとは失礼だな。ちゃんとその分の働きはしたし、褒美代わりだ」
「そんなこと言って報酬ももらうんだろ?」
「当り前さ。今は冒険者だからな。もらえるものはもらっておくさ」
「その言いよう。リックはやっぱり騎士なのかい?」
「まあ、そんなところだ。しかし、よく騎士だと分かったな」
「その身なりに剣の扱い方がね。ああいう扱い方は冒険者には珍しいからね」
「そうか…目もいいとはますます」
「あん?」
「いや。しかし、この度の船旅は本当に良い旅となりそうだ」
「それは良かったねぇ。こっちはひやひやしたよ」
「だが、あの係留していた船の代金も入るのだろう?かなりの実入りになったはずだ」
「まあ、売れたらの話だけどね。売上金も入るのは後になりそうだしねぇ」
「船を買うのはおそらく討伐隊を組む港町だろうしな。一括で払うとも思えない。おそらく、討伐後に海賊の根拠地から得た金銭や、不要になった船を再び売って買い手が見つかるまでかかるだろう」
「げっ!そんなにかかるのかい。じゃあ、3か月やそこらは待たないといけないね」
「そうだな。といっても、ジャネットたちも金には困ってないんだろう?」
「そりゃあ、生活に困るほどじゃないけど忘れたころに急に金が入るとびっくりするだろう」
「ああ、それはあるかもな。気長に待つしかないとはいえ、その辺りはしょうがないと割り切るしかないな」
「あ~あ。さっさとくれればねぇ。そうだ!リックが立て替えればいいんじゃないか」
「おいおい、流石に俺でも船1隻分の立て替えだなんてできないぞ」
「ちぇっ。それぐらいしてくれてもいいじゃないか」
「無理を言うなよ。しかしなんだな」
「何さ?」
「ジャネットは結構おしゃべりなんだな。もっと寡黙な護衛かと思っていたからな」
「はんっ!そんな退屈なのはごめんだね。まあ、長々と話すのもあれだし、そろそろ戻るか」
「からかって悪かったよ。もうしばらくいてくれていいだろう?」
「ごあいにく様。こっちはその護衛対象が待ってるんでね」
「それは勝てそうにないな。昼飯ありがとう」
「気にすんなよ。アスカが買うついでだったからな」
「それでも一人旅でこういうことがあると嬉しいものさ」
「へいへい。それじゃあな」
リックに手を振り部屋を出る。まったく、どこかの誰かさんのおせっかいが移ったかね?
「ジャネットさん、お帰りなさい」
「ああ、ただいま。あれ?リュートは?」
「あっ、それがですね。どうも今回の海賊騒ぎの報酬で1等船室をもらったんですよ。ここの向かいの部屋ですよ」
「向かいなら護衛にも支障はないってか」
「そういうことみたいです。別にいいって言ったみたいなんですけど、荷物置きでも構いませんって言われて今もあっちにいます」
「ほぉ~、それは面白そうだね」
どうせアスカと2人きりで緊張するから逃げたんだろうけど、まだまだだねぇ。
「それなら、ちょっと遊びに行ってやるか」
「ああ~だめですよ。今は片付けの最中ですから」
「別にそんなに物を持ってないだろうに」
「いい機会だからマジックバッグの整理をするって言ってました。調味料とかも多くなってきて、期限別とか貴重なものとかを仕分けたいみたいです」
「そういうことにしたか。まあ、飯がこれでうまくなるなら勘弁してやるか」
「そうそう。その代わりに私とお話ししましょう!リックさんとは何を話してたんですか?」
「リックと?う~ん、ああそういえばあいつも行き先は一緒なんだってな」
「そうなんですか?じゃあ、また一緒の船旅ですね」
「一緒って言ってもこれまでは関わりがなかったけどね」
「またそんなこと言ってジャネットさんったら…」
その日はそれ以降、夕食以外はリュートと会うことはなくずっとジャネットさんとお話をしたのだった。




