最後の晩ごはん
「ただいま、アスカ」
「ジャネットさん、お帰りなさい。遅かったですね」
「まあね。暇だし、ちょっとだけ外に出てきたんだよ」
「へ~」
「アスカはどうしてたんだ?」
「細工をしてました。ただ、今日はかなりのMPを使っちゃいましたけど」
「なにしてたんだ?そんなにいっぱい作ったのかい?」
「いえ、ミスリルで生地を編んでまして…」
「生地?」
「これなんですけど…まだ、6割ぐらいしかできてないんです」
「ミスリルって金属だよな?」
「まあ。でも、細工中に着てる服だって銀製ですし、おかしくはないと思いますよ?」
「そう。だけど、中はどうするんだい?布はっ付けたりしないのか?」
「実際に肌に当ててもそこまで冷たいって感じじゃないんですよね。室内だからかもしれませんけど」
「まあ、私にはわからない世界だし好きにするといいよ」
「はいっ!明日も頑張ります」
「明後日は朝から船に乗り込むんだから気をつけなよ」
「分かってます」
「そうそう、アルナがまだだから窓だけ開けておいてやれよ」
「あれ?そういえばいませんね」
「様子見ついでに飯食いに行ったら接客してたぞ」
「接客ですか?」
「ああ。店の人にくっついて注文取ったり、運ぶ時に一緒に運んだりと愛想振りまいてたな」
「迷惑はかけてませんでした?」
「どっちかというとアイドルだなありゃ。2日間限定だから集客にはなるんじゃないかい?」
「それならよかったです。さて、それじゃあ私は寝ますね」
「おやもう寝るのかい?」
「ちょっとMP消費が激しかったので、眠いんですよね」
「そうか。アルナが帰ってきたらあたしが巣箱に入れとくよ」
「お願いします。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
後のことをジャネットさんに頼んで布団に入る。
「アスカ、朝だよ」
「うん?もうですか…」
「ぐっすり寝てたし、飯食ったら少し休んだ方がいいよ」
「ん~そうします」
体を少し動かしてみると、だるい感じがする。ここは大人しく言うことを聞いておこう。
「いただきます」
「どうぞ」
ジャネットさんと簡単な朝食を受け取ると、テーブルについてもそもそと食べ始める。
「本当に大丈夫かい?」
「大丈夫です。ただ、午前中はゆっくりしてますね」
「そうした方がいいよ」
ご飯を食べ終えたら、宿の人がやってきて手紙を渡された。どうやらヴィスティちゃんからのようだ。
「おや、小娘からかい。なんだって?」
「明日、ヴィスティちゃんも船に乗るから今日は夕食をご一緒しませんかって」
「へぇ、ただ飯なんだから行ってきなよ」
「ただ飯って…まあ、せっかくですし行ってきますけど」
「そんじゃ、あたしはゆっくりしとくかね」
「ジャネットさんも一緒に来ませんか?」
「いやいや、別に招待されてないしねぇ。でも、護衛は必要か…リュートの奴でも行かせるか」
「リュートも準備で忙しくないんですか?」
「いやぁ、むしろ行きたがるんじゃないかねぇ。最近ずっとひとりみたいなもんだったし」
「そういえば、ムルムルたちと一緒の時はずっと向こうのテントでしたもんね」
町に来てからも部屋にいた時は他の護衛の男性と一緒だったしね。
「それなら行く時に誘っていきますね。それじゃあ、時間まで細工をしてます」
私は昨日考えておいた藤の新しいギミックのためにパーツを作っていく。ちょっと落ち着いたら残りの時間は生地作りだ。
「生地さえできればあとはちょっとぐらい揺れる船内でも作業できそうだしね。まあ、貴重な生地だし最初はもらってる巫女服用の生地からだけど」
もし、これがうまくいったら巫女服をミスリルで作るのもありかな?集中力が上がるなら、舞とかもやりやすくなるかもしれないし。
「さてと、それじゃあ、本格的にやっていこうかな?」
昨日と同じようにミスリルを糸状にしていく。とりあえずの目標は15時までに生地を作り終えることだ。
「う~ん、あとちょっと…できた!」
「ご主人様、切りがよくなりましたか?」
「ティタこっちに来てたんだね。うん、これだけできたらあとは船上でもできると思うし」
「では、一息入れましょう」
ティタの提案で私はお茶を飲む。
「ふわぁ~、疲れたからしみる~」
「ご主人様はたまに老人のような表現をされますね…」
「ええっ!?そ、そうかな?気をつけなきゃ」
まだ15歳なのにそう言われるのはちょっとショックだ。
「アスカ~、そろそろ準備していないとだめなんじゃないか?」
「あ、そうですね。じゃあ、着替えます」
一息ついた後で着替え、約束の時間までまったりする。
「さて、そろそろ行ってきますね」
「ああ、楽しんできなよ。そうそうリュートをちゃんと連れてきなよ」
私はリュートを誘ってヴィスティちゃんに会いに宿を出た。
「本当に僕も行っていいの?」
「当たり前だよ!もしお金が必要だったら私が出すし」
「向こうも商売相手だからそうはしないと思うけど、それにしてもジャネットさんを誘わなかったの?」
「リュートが退屈してるだろうって。ほら、ムルムルたちと一緒にいた時って、いっつも向こうの護衛の人と一緒だったじゃない?」
「まあ、巫女様に近づくわけにもいかないしね」
「だから、私ともそんなに会えなかったし、護衛って自由に動けないからたまにはって」
「そっか。気遣ってくれてありがとう」
「ううん。私もあんまり気が付かなくてごめんね。せっかくの船旅も船酔いだったし」
「うっ…それは僕も悪いから。次に乗る時は乗る前から薬を飲むよ」
「そうだね。そうだ!それじゃあ、今のうちに渡しておくね。今回は3週間分もあるから絶対大丈夫だからね」
「そんなに飲まないとは思うけどありがとう」
「じゃあ、宿に入ろうか」
歩きながら話していると、宿までの道はあっという間だ。私たちは宿の受付の人に案内を頼み、再びヴィスティちゃんたちに会った。
「アスカさん!いらしたのですね。あら?そちらの方は」
「私のパーティーメンバーです。リュートとは会ったことありましたよね?」
「ああ、あの従者ですね。今日はきちんとした身なりをしていますね」
「ははは、どうも。今日は護衛兼つきそいです」
「まあ、食事は多めに用意してますから問題ないです。さあ、行きましょうか!」
「行く?どこか別の場所で食べるんですか?」
「流石にこの宿の中だとあまりスペースもありませんし。お連れの方がいるなら余計にです」
「そっか、それでどこになるの?」
「それは楽しみにしていてください。お父様が大事な商談に成功した時に連れて行ってくれるところなんですよ」
「聞いたリュート。楽しみだね」
「うん。それじゃ、ついて行こうか」
私たちはヴィスティちゃんを先頭にして店に向かう。果たしてどんな店なのか今から楽しみだ。
「こちらがお父様が使っているレストランです」
案内された店は大通りからすぐ通りに入ったところだ。安全な上に、大通りにないためちょっとした名店のようだ。
カランカラン
「いらっしゃいませ」
「ヴィスティです」
「おや、お嬢様。お父様が奥でお待ちです。そちらお連れの方ですね。御1名追加でよろしいですか?」
「ええ、お願いね」
「かしこまりました」
「なんだかフィアルさんのお店みたいだね」
「僕も思った。内装もちょっと似てるかも」
「ってことは料理の方も楽しみ!」
「さあ、奥へどうぞ」
ヴィスティちゃんはこの店に慣れているのか、私たちを案内してくれバークスさんの席へと案内してくれた。しかも、案内された席は個室だ。
「お父様、案内してきたわよ」
「おおっ!アスカ様、ようこそおいでくださいました。隣の方は?」
「僕は護衛兼付き添いのリュートです」
「そうでしたか。ヴィスティ、食事は?」
「手配済みです」
「流石私の娘だ。ささっ、席へどうぞ」
「ありがとうございます。すみません、急に人数が増えて」
「いえいえ、護衛がいても当然ですからな!町での滞在はどうでしたか?」
「とても良かったです。ただ、お金を使い過ぎちゃって…」
「いいものがあったのですね?」
「はい。白銀とミスリルを買い足すことができたんです。これでしばらくは在庫も安泰です」
「アスカさん、それほど必要なのですか?」
「失敗もあると思うし、小手とか作ると結構使うの。あとは再利用するけど、一度溶かしたやつって魔力の通りがちょっと悪くなるんだよね。塊で売ってるやつって結構高い技術で作られてるんだよ」
「へぇ~、それは知りませんでした」
「私も初耳ですな。てっきり、再成型する時に不純物が混ざるからだと」
「それが、同じ金属のみでも落ちるんですよ。不思議ですけど大変なんです。もしかしたら、それを防ぐ技術があるのかもしれませんけどね~」
「流石にそれは設計料登録できないでしょうね。大金にはなりますが、独占すれば貴重な金属を安く買ってきて高く売れますから」
「そうですよね」
その後も話をしていると、ドアがノックされ食事が運ばれてきた。
「こちら本日のメニューになります。気軽にとのことでしたので、料理の方はこちらのカートにすべて乗っておりますので」
「ああ、助かる。では、それぞれ好きなものを取ってください」
「いいんですか?それじゃあ、メニューを失礼して…」
メニューを見ると珍しく、シチューがあったので私はそれを選んだ。リュートはポトフのような料理だ。量も多いので選んだんだろうな。
「じゃあ、私はこれにするわ。お父様は?」
「私はどれでも構わないよ。護衛の方はそれで充分ですかな?」
「はい。あとはサラダでもつまみます」
「遠慮は無用ですぞ。アスカ様にはお世話になりましたから」
「じゃ、じゃあ、もう一つだけ」
「良かったねリュート」
「うん」
こうして私たちはカートからそれぞれ料理を取り、食事をした。
「ん~、ちょっと甘みもあるしおいしい。食べ慣れたシチューとはちょっと味が違うけど」
どうもクリームシチューという感じではなくて、野菜や骨を煮こんだスープにちょっと牛乳が入っているタイプのようだ。まあ、牛乳高いからね。おそらく、牧場があるこの町でもおいそれとは買えないだろう。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「いえ、こちらこそ招待に応じてくださってありがとうございます。アスカ様も明日出発でしたな」
「はい!あれ?ヴィスティちゃんやバークスさんも?」
「ええ。私たちは明日の朝の便でバルディック帝国の帝都を目指す便に乗り込みます」
「それじゃあ、お互い見送る時間はなさそうですね」
「残念です。アスカさん、またお会いしましょうね!」
「うん、ヴィスティちゃんも元気で!」
最後は2人で抱き合って再会を誓うと、私たちは宿への帰路についたのだった。




