生糸を練る
「さてと、今日と明日は細工の日だ」
酔い止めの薬も無事に作り終えた翌日。私は朝から船旅で出来なくなる細工にいそしんでいた。
にゃ~
「あっ、キシャル。ジャネットさんは昨日の商人さんの所に行ってるから午前中はいないよ。ご飯はそこだから食べてね。そうそうアルナは昨日のお昼の店に行ってるから」
にゃ~…
へっ!?という顔をするキシャル。どうやら、ついて行きたかったようだ。
「どうする?リュートなら隣の部屋にいるけど…」
にゃ!
珍しく、キシャルは隣に行くようだ。リュートとは仲が悪いってわけじゃないけど、あんまり一緒に行動することは少ないのにな。
コンコン
「は~い。あれっ?」
誰もいないと思ったら、下にはティタがいた。
「どうしたのこっちに来て?」
「いえ、ご主人様がこれから細工をするからとキシャルが言うので」
「ああ、それで向こうに行ったんだね。よろしくね、ティタ」
「お任せください」
ティタに時間になったら知らせてくれるように頼んだし、これで細工に集中できるな。
「まずは、白銀を使おう。デザインはどうしようかな?う~ん」
考えた結果、藤の花のようなしなだれる感じの髪飾りにした。
「ちょっともったいないかもしれないけど、この前みたいに宝石とか無しで着色だけのもやってみよう」
今みたいに材料があるうちでないと、もったいなくなって魔道具に使っちゃいそうだしね。
「ここはこうして…ここはこう。この間の細いところは裏から何かで留めないと折れちゃうよね?でも、ゴム系の材料だと熱で痛んじゃうしなぁ」
それよりなによりも白銀を使ってるのにゴムを使うのは嫌だというのもある。ちょっと後ろ側に茎をのばしてみるとか?
「それ以前に白銀って堅いよね?そのまま行けちゃったりしないかな?」
ほんの少し削りだして試してみる。
「おっ!?この太さならいけそう。やっぱり、こういうのは高級材料ってことかな?」
そのまままずは銅を使って原型を作っていく。
「銅だと頼りないけど、これで行けたらいいなぁ」
このところ新しい材料で新作の意欲もあるので、ぜひここは作り上げたい。
「よし、あと少し…」
頑張って細工を進める。やっぱり銅で作るのと白銀で作るのではかかる疲労もMP消費も段違いだ。まあ、これでもミスリルよりはましだけどね。あっちは、何よりも魔力消費が激しくてほんとに量が作れない。
「よしっ!できた。それじゃあ、次は彩色だけど、ちょっと待ってからになるからミスリルで別のやつを作ろうかな?まだまだ今日は休めるし、MPも気にしないでいいうちに…」
「ご主人様」
「ん?ティタどうしたの?」
「お昼です。お休みになってください」
「ええっ!?もうそんな時間なの?しょうがない、きりもいいしお昼にしよう」
ティタに時間を教えてもらい、下に降りる。
「あっ、お昼ですか?ちょうど空いてきたんですよ。お好きな席にどうぞ」
「ありがとうございます」
どうやら今は13時過ぎのようで、一通り昼のお客さんは食事を終えたか、提供が終わっているみたいだ。
「食事は何になさいますか?」
「う~ん。たまにはいっか。肉系のやつお願いします」
「はい、飲み物はどうします?」
「じゃあ、付けてください」
お昼のランチメニューはどこも肉・野菜・ミックスが主流だ。ここに魚の獲れる地域は魚が加わる。飲み物も朝市で買ってくるのが当たり前で、選ぶのではなく日替わりだ。こっちは新鮮というより、果物屋さんの在庫と相談してって感じだ。向こうは廃棄を無くせて、宿の方はその分割り引いて買える。大体、どこの宿もそんな感じで契約しているのがほとんどだ。
「お待たせしました。今日はミーチェです」
「ありがとうございます」
ミーチェというのはちょっと酸味のあるイチゴのような味の飲み物だ。とろみもあってお酒で割ったり水で薄めたりと、色んな提供の形がある。薄めるの?って思うかもしれないけど、とろみが強いのを嫌う人もいるのでそこそこ見かける。
「うん、おいしい。冷たいからかのど越しもいいしね。コールドボックスがもう少し広まればなぁ」
夏は飲み物がぬるいのはちょっとね。ただ、気温の変化はそこまで大きくない地域の方が多いのでまだましだけど。
「こちら注文の品です」
「ありがとうございます」
「今日は珍しくジュムーアの脂身が入ったので使っています。どうぞ」
「わっ!?おいしそう。匂いもすっごくいいし」
見た感じ肉はオークか何かだろうけど、焦げ目からする匂いはジュムーアだ。香ばしくてかかっていたソースにとっても合う感じだ。
「それじゃあ、いただきま~す。ん~、おいしい!思わずご飯が欲しくなるね」
パンだとスープにつけて食べるからちょっと食べた感じが変わるんだよね。たれをつけて食べるパンはおいしいんだけど。
「とりあえず、薄くパンを切って乗せるだけでもいいよね。チーズがあればなぁ」
牧場で飼育しているのは主に肉牛だ。乳牛もいるけど、少ないから牛乳が高いんだよね。チーズなんて貴族の食べものだし。
「でも、野菜と一緒に食べるのもおいしいよね。薄い生地のパンで包んで食べたいところだけどね」
こうやって食べていると、前は色んな食べ方であふれていたんだなぁとしみじみ思う。だけど、このジュムーアだってこっちにしかないからそれはそれで貴重だけどね。
「なによりそこはアイデアである程度再現できるしね」
満足な昼食を終え、再び部屋で細工を始める。
「今度はミスリルを使った作品だね。何がいいかなぁ?魔力の通りを考えると体に直接触れるのがよさそうだけど…」
う~んとうなっていると、ふと着ている服に目が行った。
「そういえばこの服って銀製の魔道具だったよね?ミスリルならこんな感じにできないかな?」
私は塊を糸のように伸ばせないか挑戦してみる。伸ばすなら白銀でもよかったけど、こっちの方が魔力が通りやすいのと、魔力さえ注げば形状の変化が簡単なのでやってみようと思ったのだ。
「難しい織り方は無理だけど、ここまで伸ばせればできそう!」
早速、短く伸ばしたミスリルの糸を作って織機にセットする。
「これを使うのも久しぶりだね」
糸を伸ばして2つ目もセットしたら、あとはせっせせっせと布地になるように編みこんでいく。
「ご主人様、そろそろおやすみになっては?」
「ん?今何時ぐらい?」
「15:30分ごろかと」
「時間が経つのって早い。じゃあ、お茶にしようかな?」
私は下に降りて水をもらおうとしたけど、ちょっと肌寒く感じたのでお湯にした。
「すみません、ちょっとだけ厨房借りたいんですけど…」
「ん?どうしたの」
「お湯を作りたくて…あっ、薪は使いません」
「えっと、それでどうやって作るのかしら?」
「火魔法が使えるのでそれで作りますから」
「まあ、それならいいけど。お父さん、ちょっとコンロひとつ開けてくれる?」
「うん?いいぞ、だけど汚すなよ」
「汚しません!さ、どうぞ。水はどのくらい使うの?」
「あんまり使いません。ちょっとだけなので」
「まあ、鍋いっぱいでいっか。うちは水場が近いから簡単なの」
「それならご心配なく、ティタ」
「…」
喋らないようにティタが魔法で水を鍋に貯める。
「すごい。それって人形じゃないのね」
「あっ、え~っと、ま、魔道具?それより、お湯にしちゃいますね。ファイア」
私は火球を鍋に放り込んで温度を上げる。この作業も久しぶりだ。簡易風呂でやる時はもっと水が多いから大きいしね。
「わっ!?すごい、すぐに熱湯になるのね」
「それじゃあ、これだけもらっていきますね」
私はコップ一杯のお湯をもらうと厨房を出て行った。
「ほら、お父さん。今日のスープのお湯できたわよ」
「早いな…」
「でしょう?ああ~、もうちょっと沸かしてもらえばよかったかも」
部屋に戻った私は再びミスリルを編み込んでいく。しかし、そこそこ生地ができたところでふと気づいた。
「ねぇ、ティタ」
「どうしましたか、ご主人様」
「今着てる銀製の服って集中力を高める効果があるんだけど、この効果って再現できる?」
「ふむ。しばらく貸していただけたら、できると思います。ちょっと、面倒な感じはしますが。ただ…」
「ただ?」
「あまりに集中力をあげてしまうと、本当に外界の音が入ってこなくなると思うので、そこは調整します。ミスリルで作ってしまうと生存本能すら脅かすことすらありそうなので」
「ほ、ほんと?」
「こういうことでは嘘は言いません」
「そ、そう」
どうやら、集中する効果が高いだけではだめのようだ。まあ、付与できることが分かっただけでもこのまま作業を続けるモチベーションにつながる。私はその後も夕食まで生地作りに専念した。




