万能薬と酔い止め薬
なぜそんなに薬の配合を売りたいのかという問いに対して私は答えることにした。
「実はこの薬の調合は私が考えたんじゃないんです」
「まあ、これだけ若い薬師が簡単には生み出せないでしょうな」
「これを考えたのは私のお母さんなんですけど、設計料は生きている人の名前でしか登録できなくて。これまでもいくつか登録したんですけど、これでいいのかなって思うようになって…」
「……お気持ちはわかりますが、貴方がその技術をお持ちだということが重要だと私は思います。お母様は普段からその研究成果を秘匿していましたか?」
「いいえ、置いている場所も教えてくれました」
「ではきっと、いつでも何かあればアスカさんに渡せるようにしていたんだと思いますよ。この技術は貴方が胸を張って登録すべきです」
「いいんですかね。なんだか、最後の成果だけ取ってしまうような気がしてたんです」
「そんなことはありませんよ。それに、これが広まることで多くの方が助かると思います。その方がその方も本望でしょう」
「アスカ、あんたも色々悩んでたんだねぇ」
「や、やめてくださいよジャネットさん」
うりうりと頭を撫でられる。別にそれ自体は嫌いじゃないけど、人前でやられるのはちょっと。私ももう大人だしね。
「でも、そうなったらどうしましょう?今も設計料の登録はしてますけど、これっていきなりやったらAランクの薬草とかが一気になくなりそうで」
それが怖かったので、一部の人間に売ろうという思いもあったのだ。
「それなら、設計料の契約を縛ってしまえばいいのですよ。例えば年間契約金貨20枚とか。それなら、下手な薬師は買うことすらできませんし、まともな薬師だって吹っ掛けたようなものをおいそれとは買わないでしょう」
「それって高すぎじゃないですか?」
「まあ、利益を得るには大変でしょうが、それも弟子がそこそこいて低ランクの素材が扱える工房や、うちのように高品位のものがある程度揃う場所ならいけますよ。その金額ならうちでも扱えますしね」
「むむ~、ちょっと高い気がしますが…」
「あまり安いと信頼されませんし、内容を考えればそれぐらいだと思います。あまりに急な価格破壊も市場が嫌いますし。気になるのでしたら5年、10年単位で契約料を下げて行けばいいのですよ。そのころには効果も広まっているでしょうし、安価になれば契約者も増えますからもうけが増えるかもしれませんよ?」
「う~ん。それなら、今は新技術ということで納得します」
「いや~良かった。うちで扱える金額で収まって。おい、今からその通路に出ているものをさっさと売るぞ!」
「あら、どうしたのあなた?大事な商材でしょう?」
「これからこの万能薬で儲けるには金貨50枚は必要だ。いつ売れるか分からんもんをおいておく余裕はない」
「まあ!あれだけ商売にはものが必要って言ってたのに」
「時と場合だ!さあ、早く登録へ行ってきてくださいね。私はその間に知り合いを通じてこいつらを処分していますので!」
おじさんはもう万能薬を商売にすることでいっぱいみたいで、あーでもないこーでもないとものを箱に詰め始めている。
「すみませんね。あんな調子で」
「いいえ。私もつっかえが取れた気がしますし、踏ん切りがついてよかったです」
「そう言ってもらえてうれしいわ。義妹も喜ぶと思うわ。どうしても村って、狩猟とか薬草や野菜の栽培しかなくて。それも、商人に売るしかないからそんなにお金にならないのよね」
「そうでした!薬草の取り方と簡単ですけど栽培方法もまとめたやつを渡しますね」
「そんなものもあるんですね。では、そちらは金貨5枚でいただきますわ」
「えっ、でも…」
「相応の情報にはきちんとした金額で受けるのが商人です。あの人がいつも言ってるんですけど。それと、これは私のへそくりから出しますから、黙っていてくださいね」
へそくり…こっちにもあるんだ。でも、こういう時にこそっと出すなんていい奥さんだな。
「それじゃあ、まとめたものを渡しますね」
紙に必要なことをかいて渡す。それと…。
「多分書いてあるだけだとわかりにくいと思うんで、これもどうぞ」
「きれいな絵ですね。誰かに頼まれたのですか?」
「自分で描いてるんです。結構特徴をつかめてると思うんですけど」
「あら、上手いのね。これもいいの?」
「はい。これでもっといいものが採れるようになりますよ。ただ、今でもAランクの上位のものが採れているので、あんまり効果がないかもしれないですけど」
私の見立てでは結構採るのが上手い人もいると思う。もしかしたら、Sランクでも結構生えるような環境が整っている場所かもしれないけどね。
「それじゃあ、私たちも登録に行ってきますね」
「よろしくお願いします」
というわけで店を出て、商人ギルドに向かうのだけど…。
「これ、絶対目立つよ」
「でも、登録はしないといけないし」
「じゃあ、リュートに任せなよ。こういう時に役に立たないとねぇ」
「うっ、まあそうですね。じゃあ、僕が代わりに行ってくるよ」
「ほんと!ありがとうリュート」
「ちょい待ち。結構でっかい商談になるからあたしも行くよ。アスカはもう用事はないんだろ?」
「まあそうですね」
「じゃあ、いったんみんなで宿に戻ってからあたしらが行ってくるよ」
「手間じゃないですか?」
「これぐらいいいって。運動になるしね」
「それじゃあ、お願いします」
みんなで宿に帰るとすぐにジャネットさんはリュートと一緒に出て行った。
「ふむ、みんな出て行ったしどうしようかな?アルナはおねむだし、キシャルはもう寝てるし…。やっぱりさっき買った薬草で万能薬を作っておくかな?見本みたいな感じで」
おじさんが店をたたむ前に買っていてよかった。あの調子だと登録が終わるまで商会に行けないよ。
「それじゃあ、万能薬を作っていこう!」
私はマジックバッグから調合用の道具を出してせっせと作っていく。
「うん、純度もよさそう。あとはちょっと待つだけだね」
「ただいま~」
「あっ、ジャネットさんお帰りなさい」
「おう!ばっちり済ませてきたからな」
「ありがとうございます」
「ついでに飯も買ってきてあるから夕食は心配すんな」
「楽しみにしてますね」
「んで、アスカは何してたんだ?」
「せっかくなので、万能薬を作ってました。見本になればいいと思って」
「まじめだねぇ~。でも、もう終わりそうなんだろ?」
「一応。でも、この後は別の薬を作る予定です。リュートの船酔いの薬を作ってあげようと思って」
「ああ、そりゃ大目に必要だね。まあ、今回は2週間のうち、一度寄港するからましだとは思うけどね」
「確か一つ手前の国へ寄港するんでしたよね?」
「ああ。グレンデル王国ってところのエクリース港だね。そこで1日、荷揚げと荷卸しをして翌日出航だね。んで、目的地のリディアス王国のフェリバーンに着くと」
「楽しみですね~。あっ、もうできたかな?」
できた万能薬をすこしフリフリすると、濃い色になっている。うん、上出来だ。まあ、これは他のものも混ぜた特別性だけどね。
「えっと、これを半分に混ぜないといけないから…」
残念ながらオリジナルレシピは今回提供するレシピの倍の効果だ。使う材料が高価なのに比例して高い効果を誇っている。
「ん?アスカそれどうするんだい?」
「見本にしようと思ったんですけど、私が作るのは今回のとは違うレシピですから、薄めようと思って」
「ちょい待ち!そんだけいいもんなんだから、こっそり別の場所で売りゃあいいんだよ」
「でも、そうすると見本が…」
「んなもん、やらせとけばわかるって。それか絵で色だけ教えてやればいいだろ?どうせレシピは持ってるんだし、へたくそじゃなきゃ出来るって」
「ですかね。なら、これはこのまま取っておきます」
「ちなみにそれだとどのぐらい治せるんだ?」
「さぁ~、毒なんて滅多になりませんし、万能薬ってそれこそ何が原因か分からないけど、とりあえず異常状態だから使うものですし」
「まあ、そうだね。でも、取っておくに越したことはないよ。今度行くところは薬草が高いかもしれないしねぇ」
「そう言われればそうですね。ありがとうございます」
「別にいいよ。それより酔い止めを作ってやりな」
「そうですね。瓶一つ分ぐらいは作っときますね」
「そんなに必要かい?」
「それこそ往復か、別の大陸行きの船に乗る時に必要ですから!」
「ああ、そういうこと。頑張んな」
「はいっ!」
ジャネットさんからの応援の言葉と視線を受けながら、私は夕食までに酔い止めの薬を作り終えたのだった。




