港町滞在
「それじゃあ、またね!」
「はい。アスカさんも」
ヴィスティちゃんたちと別れ、宿に戻る。ふふふ、新しい服に2人ともびっくりするだろうな。今着ているのはワンピースみたいな服ではなくて、アオザイのようなさらりとした服だ。
「ただいま~!」
「おっ、アスカ戻ったかい。飯は食べてきた…」
「食べてきましたよ?どうしました、そんな顔して?」
「あんた、その格好で帰ってきたのかい?」
「そうですけど?かわいい服だと思いませんか?」
「かわいくてもあんまり一人でいる時には、いやひとりの時は着ちゃだめ」
「え~、なんでですか!」
「なんでも。ほら、これでも羽織ってな」
「ぶ~、せっかく新しい服だったのに」
「あっ、まさかこのままリュートに会いに行くつもりかい?」
「そりゃあそうですよ。驚かせてあげるんです!」
「あたしも行くよ」
「ええっ!?それぐらいひとりで行けますよ」
「それは一人で行かせられないんだよ。分かったらさっさと歩く」
ピィ
お友達と別れて一緒に帰ってきたアルナもなぜかうんうんとうなっている。なんなの?
「リュート、今大丈夫?」
「うん。帰ってきたんだね」
「そうだよ。入るね~、いろいろ見てきたし、買ったりもしたよ」
「そうなんだ。それはよかったね…」
「どうしたの?ジャネットさんもリュートも変だよ?」
「んんんっ!」
なんか後ろからジャネットさんの咳払いが聞こえる。風邪かな?
「ア、ア、ア、アスカ!なんなのその肌にぴったりな服!」
「えへへ、かわいいでしょ?でも、ジャネットさんったら外ではあまり着ないように!なんて言うんだよ」
「当たり前でしょ!特に夕方以降は歩かないでね!」
「2人とも厳しいなぁ。ジャネットさんだって結構丈の短い服なのに」
「あたしのは動きやすいための恰好だっての。そんな服と一緒にしないでくれよ」
「ええ~」
なおも食い下がる私に2人の目は冷たい。やはり、異世界。文化の違いは大きいのだなと結論付けて、いやいやながら別の新しい服に袖を通した。というのもこれから食料品を買いに行くのだ。まあ、すぐに帰ってくるんだけどね。
「アスカ、着替え終わった?」
「うん。それじゃあ行こっか」
「やれやれ、買い物ぐらいすんなりいかせて欲しいね」
「それじゃあ、出発~」
今日は市ではなく町の中の商店を回る。先頭を行くのはジャネットさん。なんと、もうこの町を調べ上げたらしい。恐ろしい調査力だ。
「最初はどこに行きますか?」
「まあ、3日ぐらい滞在するからひとまずは果物屋だね。味もそうだけど、色々あるかもよ?」
「果物!興味あります。アルナたちにもお土産として最適ですし」
「果物かぁ~。ちょうど料理に使ってみたかったんだよね」
「料理に?」
「あまり見かけませんけど、色々と使えるんですよ。甘いだけじゃないものもあれば食感がいいのもありますからね」
「そう言えば、パイとかも食材扱いだもんね、期待してるよ」
「味見に付き合ってくれるならね」
「頑張る」
今までもリュートの新料理の味見に付きあったことはあるけど、失敗作は本当にひどかったからね。保存食としての側面と簡単調理の合わせ技とか欲張ったやつが特に。調味料じゃなくて余りそうな素材を固めたやつが本当につらかった。
「おっとここだね。フルーツ類の他にも食料品を扱ってるから見るといいよ」
「わぁ!見たことないものもありますね」
「いらっしゃい。ゆっくり見て行ってくれよ」
「はい。リュート、見て見てこれってパレンの実だよ」
パレンの実はパインとキウイの中間のような果物で、甘酸っぱくておいしい。難点はちょっと高いこと。温暖な地域でしか育たないから、特に寒冷地では高級品だ。一度食べたことがあるけど、入荷数が少なくて次は買えなかったんだよね。
「こっちはアッサルの実だね。これもアスカ好きだったよね?」
「うん。食感も味も大好きなんだ」
アッサルの実は青りんごの味となしの食感がする果物で大好物だ。ただ、輸入品なので一度しか食べたことがない。こっちの大陸でもこれが初めて見かけたぐらいだ。
「おじさん!このアッサルの実はどこからの仕入れですか?」
「う~ん、どこだったかな?結構遠くてな。ルイン帝国だったか?」
「ルイン帝国?聞いたことがない国ですね」
「まあ、もっと西の大陸の国だからな。たまに港による商人が売ってくれるんだよ」
「へ~、そうなんですね。その木って売ってもらえませんかね?」
「木?木なんて買ってどうするんだい?」
「実家で育てます!これは絶対売れますよ!!」
「ア、アスカ落ち着いて…。おじさんも実を売ってるだけだから」
「うう~、絶対売れるのに。アルバに木を植えないと」
「植えたってこの手のやつは何年もかかるよ」
「でも、いつかは食べ放題だよ?」
「世話はどうするの?」
「きっとライギルさんがやってくれるって!梅の木だって世話してくれてるんだし」
「まあ、あの人ならやっちゃうだろうね。世話は…今だと孤児院の子とか、あとは引退した冒険者とかいいかもね。力は普通の人よりあるだろうし」
「リュートったらどれだけ植える気なの?乗り気になってるね」
「どうせやるならみんなの為になった方がいいかなって」
「でも、おじさんの話が本当なら苗を買うだけでも大変だね。結構遠そうだし」
「旅の途中には行けるだろうから焦らないで行こうよ」
「そうだね」
「なんだい、そんないいものがあったのかい?」
「ジャネットさん!見てくださいよ、アッサルの実ですよ!ジャネットさんも好きでしたよね?」
「ん?まあ、食べたことあるような実だね」
「とってもおいしい実ですよ!これをアルバ中に植えるんです」
「せめて許可は取りなよ。アスカの言う通りにしてたらそこら中に違う樹木が植わっちまう」
「そ、そこまで無茶しませんよ」
「どうだか。それで、結局買うのかい?」
「当然ですよ!パレンもアッサルも買い占めます」
「うちはいいけど、お嬢ちゃん大丈夫かい?どっちも他の果物より高いよ?」
「大丈夫です!こう見えて普段から貯金してますから!」
なにより、売れた細工の販売金が定期的に口座に振り込まれるのだ。それぐらいの余裕はある。
私はパレンの実を5個、アッサルの実を2つ買った。代金は金貨1枚と銀貨3枚だった。ほんとに高い…。
「リュートは何見てるの?」
「う~ん、料理に使えるかどうかは見るだけじゃわからなくて。こっちのモモは買おうと思うんだけどね」
「それならこれ買いなよ。少し甘さは控えめだけど、その分料理には合わせやすいはずだよ」
「本当ですか?うん、価格も手ごろだし、おじさんこれを8つ下さい」
「はいよ。しかし、あんたらその人数で食べきれるのかい?」
「ああ、他にも集まりがあってね。あたしはこっちのドライフルーツにしようかね。アスカも買うか?」
「買います。ドライフルーツは旅の途中の癒しですからね。干し肉ばっかり食べてられませんし」
そして、果物屋さんで買い物を済ませた私たちはその後も長持ちしそうな食材を買って宿に戻ったのだった。
「ふぅ~、疲れました」
「なにが疲れただい。たかが2時間だろ?」
「王都を出てから長時間の買い物はしてませんでしたし、午前中はいろいろ見てましたからね~」
「そう言えば、商人のところに行ってたんだって?」
「うん。質のいい生地とかももらってとっても良かったんだ。でも、やっぱり商売をすると疲れるよ」
「商売ねぇ。まあ、今はゆっくりしなよ。船の確認はしといたから」
「ありがとうございます。2等船室ですよね?」
「巫女様手配がそんなわけないだろ。ちゃんと1等船室だから安心しな」
今度、ムルムルには感謝の手紙を書かないとな。
「あとはゆっくりするだけですね。ふわぁ~」
「アスカ眠いの?」
「ちょっとね」
「それじゃあ、僕も部屋に戻るよ」
「またね」
リュートとも別れて部屋でまったりだ。ジャネットさんはまた読書をしているし、従魔たちはというと…。
ピィ~~
にゃ~
アルナは巣箱ですやすや、キシャルは読書中のジャネットさんに尻尾でアプローチしている。
「キシャルの尻尾の動きがかわいいなぁ~……」
そしてそのゆらゆら揺れる尻尾を見つめながらいつの間にか私は眠っていたのだった。




