交易品
私はバークスさんと細工についての商談に入る。
「ではまず、白銀とミスリル製のブレスレットですが、これはどちらも今回は金貨40枚で買取させてください」
「40枚!?ヴィスティちゃんは30枚ぐらいって言ってましたけど…」
「そうですな。売るならそれぐらいになるでしょう。細工も見事、使っている材料も1級ではありますが、中に入っているのが守り石ですから、買う方は最適な魔石なりなんなりが必要になりますから」
「ではどうして?」
「今後の取引のためですよ。建国祭に一つずつとはいえ、きっとお客様からは問い合わせが来るでしょう。そうなれば2年目、3年目と年々値は上がるでしょうし、商会としてこれだけのものを扱えれば箔が付きます。それに、この商品を売るための紹介もしていただきましたしね」
「私は構いませんけど、それでヴィスティ商会としてはやっていけるんですか?」
「ええ。正直、魔石なら冒険者経由で金さえ払えば珍しいものも手に入れられますが、細工や魔道具は中々そうはいきません。彼らはそれぞれに求めるものが違いますから。もちろん金を求める方もいますが、ミスリルなどの一級素材を欲しがるもの、変わった魔石や宝石などを求めるものなど要求が違うので、これだけのものが手に入るなら惜しくはありませんよ」
「そうですか。あっ、私も魔石でいいのがあったらお願いします。火と風なら加工できますから、水も当てはあるのでよろしくお願いします」
「分かりました。期待に添えるよう頑張りますよ」
これで念願の水魔石と火魔石が手に入るかもしれない。いや、まあ売ってはいるんだけどね…。ほんとに高いから。
「じゃあ、あとはこっちのネックレスですね」
「こちらは信頼できる方にということでしたので、1つ金貨5枚で買い取ります」
「た、高くないですか?銀製ですよ?」
「いいえ。おそらく今まではそこまで効果を大々的にしてこなかったか、商人向けに売ってこなかったのでは?」
「まあ、街中で普通に売ってましたね。それに、付与できる値がバラバラなのでまあ気休めに~ぐらいでした」
「なんともったいない…。商人なら必ず一つは買っていきますよ。それに題材的にも運気が上がるものですしね」
「ヴィルン鳥ってほんとにどこでも幸運を呼ぶ鳥なんですね」
「警戒心は強いし、まず人前には姿を現しませんからね」
「まあ、それはわかります。アルナの母親も最初はすごく警戒してました」
「こちらも相手に説明する時が楽しみですね」
「あっ、そういえば、お土産ってわけでもないんですけど面白いものを見つけたんです」
「面白いもの?」
「はい、これなんですけど」
私は声を録音でき、音に反応して再生できる魔道具を見せる。
「ああ、この子どもをあやすための魔道具ですか。そこそこの商家であれば役に立ちますが、それ以上は乳母がいますのであまり人気がないんですよ。これが何か?」
「もっと面白い使い方があると思って」
「面白い使い方?」
「はい。魔物の声を録音して、見張りの時に置いておくんです。魔物がやってきたら見張りが声を出すか、魔物の声でこの魔道具が反応して声を出すんです」
「それで魔物が逃げますかな?」
「だから、強い魔物の声を録音しておくんですよ!」
「なるほど…それなら効果はあるかもしれませんな。しかし、録音なんてどうやるんです?我々商人はもとより、冒険者でも危険だと思いますが?」
「そこで、エンケルディアさんに頼むんですよ。今回はもう無理ですけど、次の機会に!」
「ん、エンケルディア?」
「あっ、ヴィスティちゃん。みんな満足した?」
「はい。それでエンケルディアって聞こえたんですけど」
「えっとね、今この魔道具の話をしてて…」
「なるほど。それは試してみてもいいかもです。この魔道具いただきます。お父様、お代を」
「うむ」
「そんな、別にいいですよ」
「では、船上でお約束した絹を代金として見ていただきましょう」
「あっ、そうでした!気になってたんですよね」
こうして、私は絹の生地をいくつか見せてもらうことになった。そして、後日エンケルディアの鳴き声を録音しようとしたヴィスティちゃんは…。
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「~というわけで出来たりしませんか?」
『ヴィスティといいましたね。できなくはありませんが、人は面白いことを考えるのですね』
「これもアスカさんの考えなんですよ」
『ですが、その魔道具のままでは十分ではありませんね。ここをこうして…この陣はこう』
「あの、何をなさっているのですか?」
『無駄にスペースを取っている陣や条件などがダメですので、少しいじっているのですよ。これでよしと。半径200mに魔物が入ると自動的に声が流れるようにしました。あとは威圧も追加しています』
「威圧ですか?」
『気が立っている魔物や一部の魔物は声だけでは引き下がりませんからね。こうしておけばよほど強い魔物でなくては近寄れないでしょう。基本的に魔物は強さの序列を意識しますからね』
「なるほど!魔物の世界もそういうのがあるんですね。勉強になります。ところでこれは魔力を込めればいいんですよね?」
『その仕様は変わっていませんから大丈夫ですよ。一度満タンにすれば、3日は持つでしょう』
「そんなに持つんですか!ありがとうございます」
『それと、これはあなたの親族しか使えませんから気を付けるのですよ』
「しょ、所有者限定の魔道具…そんなものを私が使う日が来るなんて」
『いいえ。こうして珍しい肉などを持ってきてくれるお礼ですよ。子どもも海の魚に興味があるみたいですし、干物でもいいので今度頼めませんか?』
「帝国からも王国からも海経由だと新鮮なのは難しいんですよね。あっ!?でも…」
『何か解決策が?』
「ここに来る前に貴族の方と会ったんですけど、コールドボックスっていうのがあるみたいなんです。新鮮とは違いますが、物を凍らせて保管できるみたいなんですよ。使用にも魔力を継続的に注げばいいので、うちの商会でも今購入を考えているんです」
『それはいいものですね。これを一つあげますから買ってきてもらえませんか?』
そういうとエンケルディア様は魔石のようなものをひとつ取り出した。
「これは?」
『人の中では『魔鳥の雫』と呼ばれているものです。風魔力の効率がぐんと上がりますよ?』
「私、火の魔力しかないんですけど…」
『その貴族に売りつければいいのですよ。簡単に交換してくれますから』
そして、大切にしまってリヴァイス様に見せに行った結果はというと…。
「今すぐに買おう!むしろ、よく他の人間に見せなかった」
「えっと、これっていいものですよね」
「無論だ。エンケルディアは吉凶を司るだけあって人も近づかないし、貴族どもが群がるぞ。うかつに見せていたら生きてたどり着いていなかっただろう」
「えっ!?」
「魔物と人の価値観は違うからな。向こうは多少価値のあるものぐらいの認識だろうが、発見されるのは何十年ぶりぐらいだったか…」
「ち、ちなみに価格はおいくら?」
「白金貨での扱いだな」
「し、白金貨…」
白金貨とは大金貨の上にあるもので、金貨100枚の価値だ。もちろん見たことはないし、買い物に使えるものでもない。貴族間などで大金が動く時などにのみ使用されるものだ。
「全く。お前には貴族の礼儀の他に商人の常識も必要なようだな。ついでに鑑定の魔道具を渡しておこう。Aランクまでのものは鑑定できるものだ」
「いただいてもいいんですか?」
「こんなものを気軽に持ってこられるよりましだ。はぁ、全く目が離せんやつだ…。とにかく、コールドボックスは馬車に設置できるようにするから、バークスを呼べ。この際だ、新造でも何でもしてやる」
と、このような状況に陥っていた。
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時は戻りアスカといえば。
「わぁ!きれいな生地ばかりです。赤の生地も青の生地も染がきれいですね。青はこのグラデーションがたまりません!」
「そうでしょう!織物なら隣国が一番ですからね。そちらの商人と交換しているのですよ」
「交換?売買ではなくて?」
「あちらは鉱山資源に乏しいので、帝国産の武具がよく売れるんですよ。それこそ、冒険者から兵士のものまで簡単に売り切れますよ」
「それなら自分で仕入れに行ったらいいと思いますけどね」
「それが隣国からなら、北ルートで帝国に入るのですが、最近は魔物が多いとのうわさで。ただでさえ魔物が多い帝国領まで馬車を走らせるリスクをおかせないのですよ」
「なるほど、堅実な商売が重要ですもんね!」
「そういうことです。どうでしょう?これを各色ひと巻ずつということでは?」
「そんな!悪いですよ。必要なのは白と赤と青と紫と…この黄色もいいですね」
「では、それを持っていって下さい」
「あと、白は4巻必要なので3つは買いますね」
「いえいえ、こんな魔道具に使い方までいただいて…」
「まだ、使えるか分かりませんしいいですよ」
「ふむ。ではお言葉に甘えて」
ふふふ、と交渉を優位に進めたと思ったアスカだったが、バークスはここで食い下がっても受け取ってもらえないと思い、売り上げを割り増しして商人ギルドに報告して、取り分を増やすことに切り替えただけだった。所詮は片手間の商売人。本職には遠く及ばないアスカだった。
「お父様、他にも見せませんと」
「そうだな。じゅうたんは難しいでしょうが、こちらはどうでしょうか?」
「これはシートですよね?」
「特殊な加工を施されていて、防水かつ高耐久モデルです。地面側には皮を表にはさらっとする木綿を使用しております。目も細かく、座り心地もいいですよ」
「ほんとですか?ちょっと触ってみますね。わっ!?ほんとにサラサラしてる。これ買います!今のは少し痛んできてましたし」
アルバ時代の思い入れのある商品だけど、流石に2年落ちだしね。
「あとは服などもございますが見ていきますか?」
「もちろん!」
結局、午前中は服を見たり、それに合わせる装飾品を見たりと、ずっとバークスさんに商品案内をしてもらった。服は邪魔にならないよう3着ほど買い、それに合わせた細工も2つほど一緒に買った。宿に帰る時に着替えてびっくりさせちゃおう。
「もうお昼ですな。こちらで用意しましたからぜひ召し上がっていって下さい」
「ほんとですか?いろいろすみません」
「いいえ。来ていただけただけでも満足ですから」
「そうですよ。遠慮せずに食べて行って下さいね!」
およばれした食事はおいしかった。急遽、アルナたちの食事も用意してもらえ、良い宿なんだなと思った。




