こぼれ話 水の巫女の奮闘 & ローゼリン伯爵家
※本編に(多分)関係ない範囲の未来を含みます
アスカたちがトワイラストへ着いた頃、ムルムルたちは…。
「ふぅ~、ようやくひと段落付いたかしら?」
「そうですね。周囲の村には一通り行きましたし、残りは2か所だけですね」
「当初の予定ですとあと5日はかかる見込みでしたからかなりの進捗です」
「ファナの言うとおりね。イスフィールも頑張ったわね」
「そ、そうですか?ありがとうございます」
「それより、落ち着いたから聞きたかったんだけど、侯爵家とのお見合いはどんな感じだったの?」
「お見合いですか?かなりスムーズでしたよ。相手の方も前向きで!」
「へ~、やっぱり貴族同士だからかしら?それにしても次男とはいえ、よくそんないい人が残ってたわね」
「魔道具研究者っていうのがあまりご令嬢には受けないみたいですね。そっちに家のお金を使うのも心配みたいで」
「ああ、せっかくそこそこの地位にいてもパーティーとか開けなさそうよね」
「あとはパーティーを開いても出てくれないと思いますね。それは感じました」
「イスフィールはそれでいいの?」
「はい。なんていうか神殿暮らしも長くて、もうパーティーは苦手なぐらいで。逆に開く理由がなくなって感謝したいぐらいですよ」
「そうだったのね。おめでとう」
「ありがとうございます。それに子爵夫人となった後も、子爵家の一員として最低限の義務を果たすだけでいいって言ってくれましたし。彼が代官になるでしょうから、巫女の使命が終わればのんびりできますよ」
「その時は私も寄らせてもらうわね」
「ぜひ!」
「な~んて言ってたのがついこの間のことのようですわね…」
「イスフィール様!こちらの案件はまだですか?」
「まだです。というか取り掛かったところですわ」
「早くお願いします。侯爵家からは急ぎでといわれているので」
「分かってますわ。はぁ、どうしてこんなことに…」
数年後、無事に巫女の役目を終えた私は結婚して地方を納める代官の子爵夫人となった。ここまではよかったのだけど…。
「約束通り、私は研究をするから後は頼んだぞ」
「はい。えっ!?」
「さあ、奥様。こちら領地の資料です。この地方は東西で採れるものも気候も違いますから頑張って覚えてくださいね」
「えっと、私は最低限の義務と聞いてきたのですが…」
「ですから、代官として最低限の仕事はお願いします。あっ、この書類の処理の仕方はわかりますか?」
「この書式なら神殿でも取り扱ったことがあります」
「なら話は早いですね。今から頑張りましょう!私たちもお手伝いしますので」
「ひぇっ!?こんなに書類が」
「旦那様は直ぐに研究に逃げられるので進みが悪くて。奥様だけが頼りです!」
「あああ…私のスローライフがぁぁぁ」
書類にハンコを押すところから始まり、1か月後からは本格的な書類処理が、半年後には領地の見回りも始まりてんてこ舞いだ。
「こんなの事故物件じゃないの!」
「どうしたいきなり。水の魔道具にも興味があるのか?」
「どうしたじゃありません!あっ、興味あります」
「そうか、流石は元巫女だな。今研究中の魔道具は聖属性の魔力がなくても土地を浄化するものでな」
「すごい!それができたら王都南の不毛地帯はよくなりますね」
「ああ、これもイスフィールが頑張って時間を作ってくれたおかげだ。領地の方もよく面倒を見てくれているな」
「そ、そんな…。まだまだ至らないところもいっぱいで」
「いや、俺がやっていたらひどかっただろう。おかげでこんなに研究に集中できるのだ」
旦那様は私を年の離れた妹のように扱う時が多い。でも、私も兄のように接することもあるのでお互い様だ。
「では、先ほど言われた魔道具を見せてくださいますか?」
「ああ。こっちに置いてある。離れたところに砂地から持ってこさせた土を置いているから試してみよう」
「分かりました。必ずこの研究は完成させましょう!私たち夫婦で」
「そうだな」
こうして今日も私は代官代理として政務と、時には旦那様の魔道具の実験補助を行っております。いつか、スローライフを手に入れるために!ん?ここに嫁いで来たらだったはずでは…?
「おい、こっちだぞ」
「は~い」
とりあえず今は余計なことを考えずに実験、実験。雑念を振り払って私は駆けて行った。
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「ヴィスティ、もうすぐ帝都に着くぞ」
「お父様、分かりました」
アスカさんと別れて早、2週間。各地を経由して私はバルディック帝国の帝都に来ていた。いつもならそのまま宿に泊まって、お父様の仕入れが終わったらまた、デグラス王国へと向かうのだが…。
「着いたらこのブローチの家紋を調べないといけないわ」
「そうだな。かなり地位の高い方のものだろうから、荷物を宿に預けたらまずは本屋だな」
「いらっしゃいませ!あら、バークスさんではないですか。帝都に戻られたんですね。部屋は空いてますよ。馬車の方もいつも通りですか?」
「ああ、とりあえず2週間ほど滞在する予定だ」
「分かりました。鍵はこちらです。馬車の方は裏手に回って担当にお願いします」
「うむ」
私たちが泊まるのは『金の卵』という宿だ。商人向けで馬車を預けられるのが大きい。お父様の駆け出しのころからの付き合いらしく、宿もお父様もどんどん成長しているという話だ。
「では、私も荷物を置いてきますね」
「ああ。終わったら街に繰り出そう」
荷物を置いて街へと向かう。向かうは本屋だ。
「いらっしゃい。おや、珍しいね」
「こんにちは。今日は仕入れではなく探し物でね」
「どんなものをお探しで?」
「貴族の家紋が載っているものはないか?できるだけたくさんあると良いのだが…」
「貴族の家紋?何かやらかしたのですか?」
「いや、そういうことではない。ああ、できるだけ高位のものが分かるやつが良いな」
「それでしたら確か…」
一度奥に引っ込んだ後、本屋の主は3冊の本を持ってきた。
「こっちが金貨4枚で30年ほど前の貴族名鑑。こっちは城で働いていた一代限りの男爵が使っていた貴族とのやり取りを書いたもので金貨5枚。最後は15年前の貴族名鑑で金貨10枚だよ」
「えっと、同じ貴族名鑑でも値段が大きく違いませんか?」
「まあ、古い方は現在当主でいる方もいないだろうからね。15年ぐらいなら現役の方もいらっしゃるからその分だよ」
なるほど、それなら納得ですね。
「では、古い方の貴族年鑑で」
「毎度。他に仕入れで必要なものはないかい?」
「仕入れか…また来る。ちょっと急ぎの案件でね」
「目をつけられないようにな」
「ああ」
「失礼します」
「さて、ここからが本番です」
「うむ。このブローチの家紋と見比べねばな」
宿に戻ってお父様と一緒に貴族年鑑から同じ家紋を探す。
「ブローチの家紋が小さいからちょっと紙に書き写します」
「そうしてくれ。しかし、貴族年鑑なんて初めて見たがすごいものだな。一部の騎士爵から始まって結構なページだ」
「そうですね。男爵家から始めようと思ってもかなりの数です」
領地持ちの男爵は数が少ないが、宮殿勤めのものや功績により1代のみの男爵を入れればかなりの数だ。子爵に行けばそういったものも激減するのでましなのだけど…。
「お父様、とりあえず子爵以上を見ませんか?こう数が多くては…」
「そうだな。家紋にバラの使用を許可されているし、一代とは言え男爵には与えんだろう」
2人とも確認が面倒だからではなく、高貴な紋章だからと言い訳をしつつ男爵家のページを飛ばして子爵家を見ていく。
「う~ん、ありません。バラでもつるだけのものはあるんですけど、花付きはないです」
「そうだな。もうすぐ終わるな」
バラのつるだけでも200年以上続く名家の子爵家だなんて。アスカさんは一体誰から受け取ったのかな?子爵家のページも終わり、いよいよ伯爵家に移っていく。
「おっ!お父様、これではないですか?わずかに形は違いますが…」
「どれだ?ローゼリン伯爵家?バルディック帝国はおろかガザル帝国時代からの名家だぞ!多くの騎士団長を輩出したとあるな」
「び、びっくりですね。でも、この家門に間違いないでしょうから話をしてみましょう!」
「ああ。しかし、どうやって連絡を取ったものか…流石に高位貴族すぎる。うちは男爵家とも何とか連絡が付くかどうかだからな」
「ダメもとで家にたずねてみては?それしかないと思うの」
「…しょうがないか」
というわけで、明日着ていく服を慎重に選び、今日は疲れたので眠る。
「いよいよだな」
「そうですわね」
どうなるか分からないけれど、覚悟を決めて馬車に乗り込む。目指すは貴族街だ。
「まて!商人のようだが何の用だ?」
「はい。実はこの先にお住いの方に用がありまして…」
「通行証は?」
「あいにく持っておりませんで。ただ、こちらをご確認いただければと」
「こっ、これは!こっちから門番に連絡をしておくから待っていろ」
「はっ」
なんとか第一関門は突破できたようだ。20分ほど待ち、担当の人が帰ってくるのを待つ。
「話はしておいた。だが、すんなりいくとは思うなよ」
「ありがとうございます」
荷物も軽く改められた後、貴族街へと入っていく。その中でも奥まったところが目的地だ。
「ここですか…大きいお邸ですね」
「そうだな。少し待っていなさい。私が話をしてくるから」
「ん?お前が話にあった商人か?」
「はい。ヴィスティ商会のバークスと申します」
「ローゼリン家の家紋入りブローチを所持していると聞いているが、どこで手に入れた?」
「はい。旅の途中に知り合った方から業務の委託を受けたのですが、その際にこちらの家門を頼るようにと渡されたものです」
「確認したいので渡してもらおう」
「こちらです」
お父様がブローチを取り出すと、門番は交代を呼び邸へと入っていった。先ほどといい、交代要員を必ず呼ぶあたり流石貴族です。
「こちらがお客様ですか?」
「はっ!見たところ偽造ではなさそうです」
「そうですね。急ではありますが通しなさい」
「了解です」
執事風の男性に許可を得て私たちは門を通された。
「必要なお荷物はございますか?」
「見ていただきたいものが少し」
「では、邸の前でその荷物をお持ちいただきましたら、馬車はこちらで管理しておきますので」
「ありがとうございます。では」
執事さんについていき、邸まで案内される。だんだん近づいてくると大きいお邸だ。でも、思ったより装飾は華美ではない。
「ようこそ、ローゼリンへ。さあ、客間へどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
私もお父様も恐縮しっぱなしで客間に行く。途中に見た家具や飾りも家にはないとても素晴らしいものばかりだった。
「待たせたな」
案内されて数分後、扉が開いたと思ったら騎士の恰好をした男性が入ってきた。
「失礼しております。ヴィスティ商会のバークスです」
「同じくヴィスティです」
「ほう?娘と同じ名の商会か」
「はい!生まれた時からそれはかわいくて…」
「お父様!」
「ははは、親子仲が良くていいことだ。おっと、自己紹介がまだだったな。私はリヴァイス・ローゼリンだ。陛下から伯爵位を賜り、普段は第2騎士団長として帝都やその周辺を守護している。それで用件というのは?」
「はい。実は次の建国祭ではある細工を売ろうと思いましたが、少々質が良過ぎて商人としては危惧しておりまして」
「ああ。建国祭は稼ぎ時だと聞くからな。うまい話ばかりではないだろう」
「ええその通りです。その話をしたらある旅の方にブローチをいただきまして」
「それがこれか。渡した覚えもあるな。紫色の髪の剣士か?」
「い、いいえ。銀髪の少女でした」
「銀の?ん、ああ、ひょっとしてこのぐらいの長い髪で小さい少女か?」
「そうです!アスカさんという方なのですが…」
「そうか。あの時は見回りで忙しかったからお互い名乗れなくてな。元気そうだったか?」
「はい。それに、細工もいただいて。今回見ていただきたいのもその細工なのですが」
「ほう?わざわざ私にな。では、見せてもらおう」
「こちらになります」
私は小箱に入れた細工を取り出すと伯爵様の前に置く。
「ほう、中々いい出来のブレスレットのようだな。だが、はまっているのは宝石だな。細工はいいが、これぐらいなら普通に売っても…」
手に取って少し見たところで伯爵様の手が止まる。
「これはまさか白銀か!?だとすると変わってくるな。しかし、そうであるならなぜこんな宝石を。品質はいいがこれならさしたる値段にはならないだろう…」
「こちらをご覧いただけますか?」
私は一度、細工を預かると裏側を向けて隠しふたをスライドさせる。
「今はこのように守り石が入っていますが、魔石や輝石に変更することも可能です」
「ふむ。一見、質の良い細工物に見える魔道具か。これは人気が出そうだな。確かに文句が付きそうだ。ちなみにいくつほど売りに出す気だ?」
「こちらの建国祭で1つ、デグラス王国の建国祭で1つの予定です」
「かなり少ないな。もっと売らないのか?」
「生産者との決まりでそれ以上は…」
「そうか、惜しいな。数があるならうちにも欲しいぐらいだ。妻にもあげたいぐらいにはな」
「奥さまですか?」
「まだいないがな!帝都周りは忙しくてな。アスカたちと出会ったのもワイバーン騒ぎの途中で、名乗る時間も取れなかったのだ」
その後は和やかに話が進み、無事に後ろ盾を得ることができた。
「そうだな。それだけの作品を作る職人に信頼されているのだ。我が家としても分かるように支援しよう。ハビウス!」
「はっ!」
「馬車用の紋章を持ってこい」
「かしこまりました」
執事が部屋を出て戻ってくると手にはやや大きめの箱があった。
「これは我がローゼリン家が支援しているという印の家紋だ。これがあれば帝国はもとより、王国でも不埒な真似をするものはいないだろう」
箱から出てきたのはブローチのものとは少し違うものの、間違いなくローゼリン家の家紋が描かれたものだ。
「これは馬車用のものでな。こちらの方が正しいものだ。ブローチの宝石は小さくてやや歪んでいるのだ。まあ、そのせいで偽造が簡単にわかってよいのだが」
「そ、そうなんですね」
「ん?気後れすることはないぞ。君も君の父の商会も私の庇護下になったわけだ。気にせず訪ねてきてくれたまえ。まあ、私は見回りでいないこともあるだろうがな」
こうして、私ヴィスティとヴィスティ商会の新たな出発が決まったのです。
「お父様、こうなったら紋章に恥じないものも扱わないといけません」
「そうだな。護衛も今までより考えねばな」
「護衛か…もし当てがないならこちらで出すが?」
「よろしいのでしょうか?騎士団をつけていただいても」
「ああ、騎士団というと語弊があるな。うちで早期引退をしたいものや、家庭環境で王都と領地を行き来が難しいものなどで職を辞するものがいてな。そういったやつらに再就職先という形だ。どの道、剣しか握ってこなかったやつが多いのでな。護衛なら本人だけの移動で済むし、長期の移動ができない時は他のやつに頼むこともできるからギルドに冒険者登録を勧めているのだ」
「それならお受けしましょう。リヴァイス様の紹介なら安心できます」
「そうか。そう言ってもらえると嬉しい。他の商人にも当てがあったら行ってくれ。何名かは紹介できるだろう」
「なにからなにまですみません」
「気にするな」
改めてお礼を言って伯爵家を後にする。
「よろしかったのですか?あそこまでして」
「構わんよ。父一人、娘一人の旅路は苦労することだろう。それに受けた恩もあるしな」
リヴァイスは騎士団を率いているので、ワイバーンの件に関しても調査を進めていた。あの時の騒ぎの後、ひとりの飛空騎士が誕生したことも聞き及んでいる。本人の腕はまだまだ未熟だが、今回のことは国防の一翼を担う人材になる存在を帝国にもたらした冒険者への感謝でもあった。
「それとこれを。手紙の入っていた箱は二重底になっておりまして…」
「小手?それにしては華美ではないか?」
「内側の魔石はウィンドウルフのものと思われます。巷で流行しているものかと。銘も入っておりますし、真作ですな」
「やれやれ、2つも恩ができたな。あと親子には便宜を図るよう手配を」
「かしこまりました」
「あの時声をかけたあいつにもなにか褒美をやらんとな」
リヴァイスは何にしたものかと思いながら席を立ち、部屋を出た。




