エンケルディア山脈の魔鳥
なぜか間違った貴族のマナーを教えてもらったヴィスティちゃんに私は正しいマナーを披露して見せた。でも、なぜ知ってるかっていう問いが来たので、私はちょっとだけ自分の素性を明かす。
「実は私のお母さんは貴族だったの。しがない男爵令嬢だけどね。あっ、もちろん今は平民だよ」
「し、しがない、男爵令嬢…ちなみに領地なんかは?」
「ん?まあ、貴族だし持ってるよ。とは言っても私とは関係ないけどね」
「それで爵位は買ったりしたの?」
「ううん。出身はフェゼル王国なんだけど、結構古い家みたい。男爵になったのは後だけど、騎士として建国前から仕えてたみたい」
「めめめ、名家じゃないの!」
「え~。でも、爵位は低いし…」
アスカはよく本を読んでいたため、当然爵位についてはある程度知っていた。しかし、小説や漫画などでは高位貴族がポンポン登場するので、平民から見た貴族の爵位というのがちょっとずれていたのだ。
「まあ、そこは重要じゃないから話を戻すね。フィンガーボウルの説明は終わったから、今度はカトラリーだけど、これも用意されてるものを外から使うんだよ。スープならスプーンかな?場所によっては付いてくるかもしれないけど。サラダならフォークって感じで使っていくんだよ」
「で、でも、私は内側からって教わったわよ」
「その人が間違えたんじゃないかな?教え慣れてなくてつい逆にとか?う~ん。でも、フィンガーボウルは間違えようがないしなぁ」
「そうね。次に会ったら聞いてみるわ」
ピィピィ
そんな話をしていると、食事はまだかとアルナに急かされた。こう見えてアルナは私が食べ始めるまで、待ってくれるいい子なのだ。
「はいはい。ご飯が先だよね。ヴィスティちゃん、先に食べよう。せっかくの料理も冷めちゃうし」
「そうね…。それじゃあ、食べましょうか」
「ほら、リュートも食べよう」
「うん」
私たちは少しだけ冷めてしまった料理を食べ始める。今日のメニューがシチューでよかった。ちょっとぐらい冷めてもおいしいし。これがステーキとかだったら硬くなっちゃってたよ。
「流石に1等船室向けの料理ね。中々やるじゃない!」
「ありがとうございます」
「ほんと、おいしいよね~。リュートはどう?」
「うん。やっぱり、味付けから普通の食堂とは違うよね。僕はちょっとだけ塩コショウを入れるけど」
「あ~、やっぱりリュートってば濃い味が好きなんだね」
「どうしてもね」
そんな風に和やかな昼食を楽しんでいた私たちだったが、にわかにデッキが騒がしくなった。
「な、なに!?」
「どうしたんだろう?ちょっと調べてみるね」
私は風の魔力を使って周囲の声を拾いつつ探知も行う。う~ん、近くには…あれ、これは空?
「副船長!どうしますか?」
「手は出すなよ!あの魔鳥エンケルディアだぞ!」
「東の方からだね。鳥が来てるみたい」
私も目を向けると2mぐらいの黒いタカの姿をした鳥がこちらに近づいて来ていた。
ピィィィィーーー
「わっ、すごい!鳥さんだ」
「ええっ!?船員の話を聞いてなかったの?戻らないと!」
「アスカ、僕が前に出るよ!」
「うう~ん。でも、敵意みたいなものは感じないけどなぁ…」
探知には魔力も流しているので、敵意があるなら何らかのアクションを起こしているはずだけど。
「あれは、エンケルディアって言う鳥なの!ここから東にあるエンケルディア山脈の山頂付近に住んでいて、吉凶を運ぶ鳥といわれているわ。目の前に現れたその人物の行いに裁定を下すと言われてるのよ」
ヴィスティちゃんの言う通り、東には山脈が広がっていた。どうやら、あの山から来たみたいだ。
「別に悪いことした記憶はないしなぁ。あっ、こっちに来るみたい。リュート、様子見で」
「分かった。でも、気を付けてね」
魔鳥はバサバサと翼をはためかせながら私たちのテーブルに降りてくる。
「どどど、どうしよう…」
「落ち着いてヴィスティちゃん。襲う気はないみたいだから」
「お嬢様方!手を出されないよう」
「分かってます。アルナ、通訳できそう?」
ピィ!
テーブルに降りてきた魔鳥エンケルディアとアルナが話をする。
ピィ
ピィィー
「ああ、そうなんだ」
「何かわかったの?」
「この子、まだ子どもの鳥なんだけどお母さんが用事でずっと離れているんだって。それでお腹が空いてやってきたみたい」
「あ、あの、魔鳥の言葉がお分かりになるのですか?」
「はい、小鳥限定ですけど。こっちのアルナで学んだんです」
「えっ!?いま、何か言う前に…なんでもないわ」
「で、では、私たちと戦う気はないと?」
「はい。何が食べられるか聞いて持ってたら出しますね。いい機会ですし!」
「わ、分かりました。副船長にもそう伝えてきます」
私たちについていた船員さんが副船長さんに報告に向かっている間に私は魔鳥と話をする。
「ねぇ、どんなものが食べたいの?お肉?野菜?」
ピィィー
「お肉だね。ちょっと待っててね、取ってくるから」
「取ってくるってアスカ!」
「ごめん、ヴィスティちゃん。アルナと一緒に相手してあげてて。リュートは船員さんたちに事情の説明お願いね」
「ちょ、ちょっと!」
「任せて」
ヴィスティちゃんたちに魔鳥エンケルディアの相手を頼み、私はマジックバッグを取りに向かう。
コンコン
「はいよってアスカか。どうしたんだい?飯は知り合ったやつと食べるって聞いたけど…」
「ちょっとお腹を空かせた子がいたんでマジックバッグを取りに」
「はぁ、まあいいけど。あっ、キシャル急に膝に乗るな!まだ、あたしは食べてるんだよ」
ジャネットさんにも来てもらおうかと思ったけど、キシャルと遊んでいるみたいだしいっか。
「それじゃあ、またデッキに行ってきます」
「あいよ~」
「ご主人様、楽しんでくださいね」
「うん」
必要なものを持ってデッキに戻る。
「どうだったヴィスティちゃん?」
「ど、どうもこうも話をする雰囲気じゃない…です」
「そう?このぐらいのサイズの鳥って珍しくないと思うんだけど?」
この世界の動植物は大きいものも多い。特に魔物に関しては動物たちを一回り大きくしたものもいて、翼開長2mって驚くほどのサイズじゃないはずなんだけど。
「こ、こんな近くで見たことないです!」
なんだか口調まで変わってるし。
「えーっと、とりあえずご飯になりそうなものだしてみるから食べられそうだったら食べてね」
ピィィィー
私は船員さんに汚れてもいいシートを借り、その上に倒した魔物の肉を置いてみる。
「まずはサンドオークの肉からだね。ちょっと古い感じだけど、大丈夫かな?」
ピィィィー!
目の前に出された肉に強い反応を返す魔鳥エンケルディア。じっとこっちを見る。
「食べていいよ」
私がそういうと魔鳥は一気に切り分けられた肉塊を飲み込んだ。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ああ、うん。大丈夫、鳥って基本は飲み込んで食べるから」
「そうなんですか…」
「はい。追加も食べる?」
ピィィィー!
べしべしと翼でデッキを叩きながらせがんでくる魔鳥の子ども。
「うう~ん、これはちょっと…。はい、お行儀良くして。アルナ、通訳お願いね」
私の言葉も理解はできるみたいだけど、それがどういう意味なのかは正確に理解できないこともあるので、同じ鳥類のアルナに通訳を頼む。
ピィ
ピィィー
アルナに通訳してもらって魔鳥の子どもに伝えてもらう。そうしたら翼を閉じて私をキラキラした目で見てきた。
「わ、分かったから、ちょっと待ってね」
マジックバッグから追加でオークの肉を出す。そして2切ほど与えていると、どこかからピィィィーと声がした。
「うん?どうしたんだろ?」
それに応えるように目の前の魔鳥もピィィーと鳴く。そして、2分ほどするとそこには翼開長10mを超えるとても大きな魔鳥エンケルディアが現れたのだった。




