野戦を経て
「おはよう、アスカ」
「ふわぁ~、おはようリュート。昨日はどうだった?」
「うん。問題なかったよ。それより朝ごはんにしよう」
「そうだね~。ん~~~」
私はぐぐ~っと伸びをして朝ごはんを食べに向かう。
「それにしても、こういうところを通る時はもう少し食器があるといいな」
「食器?そういえば、この間から出してもらってるけど、これどこから出てるの?」
「ん~、大体は旅の途中で薪を作る時に切り出して作ってるんだ。いくつかは保管しておいて使ってるんだけど、今は砂地とか砂漠だから、在庫が減っていく一方なんだよね」
「使いまわしすればいいじゃないの」
「ダメだよ。そのまま水洗いもなくて放っておいたら雑菌だらけになるし、そのうち欠けてきちゃうからね。それに騎士さんたちもいるし、新しいのじゃないと!」
「気を使ってもらって済みません。我々もいくつかは持っているのですが…」
騎士さんたちの持ってきている食器類といえば、大皿が2枚に各自にひとつやや深めの皿が1枚だ。これでスープもメインもサラダも大皿から盛って食べる。戦場でぜいたくは言えないし、本来の行軍を考えたらこれが荷物も少なくて効率的らしいんだけど、やっぱり見栄えも料理には大事だしね。
「遠慮しないでください。やっぱり、料理はおいしく食べないと!」
「まぁ、そうね。にしてもサンドリザードの肉ってそこそこいけるわね」
「筋の処理してあるからね。してないと硬くて大変だけど」
「へ~、皮を使うっていうのは有名だから聞いたことはあったけど、色々あるのね」
「うん。オーガなんかと違ってオークやサンドリザードは使える部分が多いからね」
「そう言えばこの辺りじゃ、オーガは見ないわね」
「この辺りではオーガの餌となる魔物が少ないからのようです。オークはやせた形に進化していますし、雑食ですが、基本的にオーガは肉食なのも大きいかと」
「アンデッドもいますしね。流石に骨は食べられませんから」
「あとは毒への耐性も低いからだと言われています。今回は出ていませんが、ポイズンスネークもいますし肉弾戦だけのオーガでは難しいのです」
ちなみにサンドオークはあれでも軽い毒耐性があるのだという。
「えっ!?それって肉にたまったり…」
「大丈夫ですよ。もし、咬まれていたらそこだけ変色しているはずですから」
「なるほど!ありがとうございます」
私は魔物辞典に情報を書き加えていく。こうやって世界中を回っていく間にどんどんページが埋まるのが楽しい。戦っている最中とかはそうじゃないけどね。
「へ~、これが魔物辞典ですか。少し見てもいいですか?」
「はい」
ウィルムさんが見せて欲しいというので本を渡す。
「おお~!副団長、見てくださいよ!すっごいきれいな絵ですよ。これとか本物のワイバーンそっくりです。見たことないですけど」
「ウィルム。見たこともないのに…うん?確かにワイバーンだな。何度か戦ったことがあるが間違いない。腕のいい画家に頼まれたのですか?」
「これは自前です」
「自前?ひょっとしてワイバーンと交戦経験が?!」
「一度だけですけどね」
「それは大層苦労されたのではないですか?」
「まあまあですね。私自身は空も飛べますし、風魔法も火魔法も気にせず使えますから」
「それならばよかったです。どうにも騎士団では苦戦する相手でして…」
「ま、装備も重たいし、あたしら戦士系はしょうがないよね」
「さて、それじゃあここを引き上げましょうか」
野営の道具も片付け終わり、町に向かって進む。
「今日には目的地に着くんだよね?」
「その予定よ」
「どんな町なんだろうね~。気になるなぁ」
「パーディションですね。街としてはそこそこの規模ですが、飲料が高くそれなりに暮らしにくい街ですね。まあ、水が高い分、替わりとなる果物などを使えば費用は抑えられますが」
なんでも、水不足に陥るため真水が高く、町の人たちは果物などでのどの渇きを潤すことの方が多いらしい。
「名産のバモワという果物はいいですよ。水分量が多いわりに育成には水がそこまで必要ではないので。味はほのかに甘く、薄味ではありますが逆に色々な料理に合いますので、向こうでは水替わりなんです」
「それは早く行きたいですね」
「アスカは本当に食いしん坊だねぇ」
「でも、ジャネットさんだって楽しみじゃないですか?」
「まあ、食える分にはね」
「それにしてもこの辺りは砂漠といっても砂だらけって言うより、土の上に砂がかぶさってる感じなんですね」
「まあ、ここも昔は砂漠ではなく、木や草が枯れてそのような形になっただけだという話もあるんです」
「それじゃあ、植林とかが成功すれば元に戻るんですか?」
「一応は。ただ、本当に土壌が悪く、他のやせた土地でも育つような作物もなぜか成長度合いが悪いんです。アンデッドが発生するのも関係してるかもしれませんが、今のところは手が出せなくて…」
「そうなんですね。それにしても、各地に水魔法使いを送ったりはしないんですか?水不足の解決になりそうですけど…」
「あ~、それは…」
「以前そうしたことはあったのです。ただ、各村々が我先にと魔法使いに群がってしまって。魔法使いの命が危険にさらされたのです」
「それに、魔法使いも毎日村に行ける訳ではありませんから、変に保管して腐らせる事例や、逆にこれで水不足も解消すると際限なく使う村などが出まして」
「そうそう。結局、大規模な年数回の派遣以外は逆効果だってなったんですよ。まあ、気持ちはわかるけどなぁ」
そういうのはウィルムさん。この地方の町出身の彼が言うには、それで壊滅的になった村もあったとのこと。当時は、水魔法使いが来るという情報だけで、どれぐらいの規模かもどのぐらい滞在するかもわからなかったため、村ごとの解釈の違いが出たということだ。
「でも、それも何十年も前のことですよ。最近はそういうこともなく、苦しいですがなんとか飢饉にもならず過ごせています」
「これも陛下が公金を投入してくれるお陰ですね。領主だけでは難しいですから」
「領主様でも難しいんですか?」
「食糧が少なくなるのは魔物も一緒で、作物の出来が悪い年は魔物も人里に来ることが多くなるので、領主たちはそっちへの対応で余裕がないんですよ」
「副団長もパーディション近くの領地を治める領主の息子なんですけど、苦労してるみたいですよ」
「開墾してもすぐに荒れ果ててしまうので、作付面積が安定しないんですよ」
そう言いながらため息をつくアルベルンさん。南部の領主たちは本当に苦労してるんだな。その時、前を歩いていたリュートと騎士さんから報告が届いた。
「魔物です!数は5体、形状からしてウルフ系統です」
「デザートウルフか!連携に気をつけろよ」
「「「了解!」」」
ウルフ系相手は騎士さんたちにお任せだ。動きは早いものの、騎士さんたちの鎧を貫くような攻撃はないので、安心して任せることができる。かえって、私たちのパーティーで一番の重武装といえば鎧を買い替えたリュートだ。それでも肩口より下は空いているし、革で覆っている部分もあるけど、素肌が見えているところもある。あまり無理はしてほしくはない。
「左右に分かれました!」
「よしッ!4人で右を、私とウィルムは左を抑えるぞ」
「分かりました!」
素早く陣形を変えて対応する騎士さんたち。ウルフは人数の少ない方を一気に倒そうとするが、やはり物理に偏った攻撃しかできないウルフ種では、鎧に傷をつけることも難しいようだ。
「くらいやがれ!シールドバッシュ!!」
「はっ!」
ウィルムさんたちも2人ながらデザートウルフとの戦闘を有利に進めている。ただ、あの衝撃じゃ素材は悪くなりそう。まあ、騎士さんたちってそこまで素材を取って生活しないからしょうがないんだろうね。数分後、けがもなく戦闘は終わり、今は処理の最中だ。
「いやぁ~、悪いねぇ。素材も譲ってもらっちまって」
「なに、我々は護衛なのでな。流石にこれをギルドに持ち込んでも、ろくな噂にならん」
そっか~、確かに巫女様の護衛でその最中、狩った魔物ですって持ち込んでも、あまりいい顔はされないかも。別に悪いことじゃないとは思うけどね。今から行くところはムルムルたちの到着を心待ちにしてるから、変に誤解されちゃうかもしれないし。
「それにしても、街道の割に魔物多くないかしら?」
「そうですね…やはり、周辺を警戒してもらうように帰ったら騎士団長に奏上しておきます」
アルベルンさんも気がかりなようで、内容をまとめて討伐部隊を結成するように取り計らってくれるみたいだ。商人さんたちも護衛に費用が掛かるし、これで少しは安全になるかな?その後も一度だけ魔物の襲撃があったものの、無事に町が見えるところまで来ることができた。
「もうすぐですね」
「あれがパーディションの町ですか?城壁も低いですね」
「軍事的価値が低いというか、資源が貴重なので補修や再建を考えて低くしてあるんです。それでも最低限、魔物が越えてこない程度には高くしてはありますよ」
「そうなんですね。それなら安心です!」
そして、馬車はムルムルたち水の巫女一行の目的地であるパーディションの町に入っていった。




