闇夜の戦い
「はい!焼けたよ」
「ありがとう、リュート」
再びサンドオークの肉が焼けたので串に刺さった肉をかじる。
「ん、んんっ!?おいしい~!臭みがきちんと消えてるよ!」
「そう、良かったよ」
「どれどれ、私も食べるわね」
ムルムルも私の言葉に待ちきれなくなったのか、焚き火の近くの串を取って食べ始める。
「あつっ!でも、アスカの言う通り美味しいわね。私はさっき食べてないけど、臭みもなくて食べやすいわ。肉も噛むと割けていくしね」
「それでは私も…」
イスフィールさんも私たちに続いて食べる。
「あら?本当に美味しいです!柔らかいし、味も付いていてさっきのタレとはまた違った感じですね」
好評だったので、リュートたちや騎士さんも食べていく。
「どうですか?」
「確かに美味しいですね。先程と言い、まさか野営でこのような食事が取れるとは。ただ…」
「ただ?」
「欲を言えばもう少し濃い味が欲しいですね」
「騎士さんたちは鎧を着込んでいるから余計ですかね。タレを絡めてもう一度焼いても、付けて食べてもおいしいと思いますよ」
「そうですか。リュート君、頂いてもいいか?」
「良いですけど、在庫もあるのでまとめてこのお皿で良いですか?」
「ああ、こっちは男所帯だからな。ありがとう」
みんな、思い思いの方法でサンドオークの肉を楽しんでいる。ジャネットさんとキシャルはタレを付けてもう一度焼くのが好きなようだ。片方はそこから凍らせるんだけどね。
ピッ
「アルナもおいしい?」
ピッ!
私たちだけがごちそうというのも悪いので、アルナには薬草入りのご飯、ティタには魔石をあげた。ふたりとも満足そうにテント近くで休んでいる。
「さてと、そろそろ見張りを決めないといけませんね。今日は私がやります!」
「アスカが?でも、人もいるし…」
「できればお願いできますか?心苦しいのですが、先ほど少し申し上げた通り、この周辺には夜行性の魔物がいて危険なのです」
「そんなに危ないのかい?」
「はい。強さという点では問題ないのですが、行動が…」
「ちなみになんて魔物なんですか?」
「通称Nサンドリザードと呼ばれている魔物です。NはNocturnality、つまり夜行性という意味です。他地域では昼行性なのですが、変異種が定着したせいでここではサンドリザードといえば夜行性なのです。色も黒っぽく、夜間ではまず見えません」
「そのため、我々もアスカ様に火を大きくしていただいたんです。やつらを見るためには明るさが必要なのと、明るいほど近寄ってきにくくなりますから」
副団長に続いて別の騎士さんからも説明を受けた。確かにサンドリザード自体、砂の中から攻撃を仕掛けてきて厄介だし、私たちは豊富な経験もある。
「分かりました!私たち、実はサンドリザード退治のプロみたいなもんですから任せてください!それじゃあ、見張りは2交代で私の次はリュートですね!」
「僕が?いいよ」
「アスカ様の次がリュート殿ですか?」
「はい。私と変わらないぐらい探知範囲も広いですから」
「そ、そこま…いたっ!」
「そうそう、こいつも探知が上手くてあたしも楽で助かるんだよ!なっ、リュート?」
「は、はい」
「アスカがずば抜けてるなんて言う気じゃなかっただろうねぇ?」
「す、すみません…」
ジャネットさんとリュートが何か話しているようだけど、よく聞き取れないな。打ち合わせだろうか?
「では、申し訳ありませんがお願いします。ああ、もちろんですが見張りは我々からも数人出しますので」
「夜行性ねぇ。そんなに大変なの?」
「う~ん、夜行性の魔物自体は珍しくないんだけどね。サンドリザードだったら話は別かな?地中とかに潜って近づいてくるから中々気づけないと思うよ」
「そうなんですね。アスカ様の知識はすごいです」
「いやぁ、このぐらい冒険者なら常識ですよ!」
「そうそう、あんまり褒めるとすぐ調子に乗るからそのぐらいでお願いします」
「ジャネットさんたらまたそういう」
「でも、サンドリザード相手は皆慣れてるから任せて欲しい。多分一番経験があるからね」
というわけで、見張りは最初が私とファナさんと騎士さんから2人。後半はリュートとジャネットさんと神官騎士さんの男性の人が2人となった。
「そうそう、どっちの見張りにもティタをつけておくので頼りにしてくださいね」
「ティタとはその小さなゴーレムですか?」
「はい。魔物は魔力の流れに敏感ですから、気づくのも早いですし、たとえ相手が地中に居ても位置をつかめますから」
「それは心強い。ぜひ、お願いしますね。代わりといってはなんですが、明日の日中はお休みいただいても構いませんから。翌々日には再度野営の予定もありますので」
「大丈夫だと思いますけど、そうなったらお願いします。それじゃあ、用意をしますね」
私はマジックバッグからレジャーシートのようなものを取り出すと、早速焚き火の近くに陣取る。騎士さんたちはテントの裏側だ。
「ファナさんはこういう時、何してるんですか?」
「もちろん警戒です。他にやることは…素振りくらいでしょうか?」
「本とか読んだりはしないんですね」
「夢中になってしまったら困りますから。アスカ様は?」
「私は色々ですね。舞の練習とかもありますし。でも、一番多いのは細工ですね。見張りって結構長い時間になりますからちょうどいいんですよ」
「それでは見張りが疎かになるのでは?」
「そういう時はご主人様の代わりに私が見るので心配いりません」
「師匠が?それなら安心ですね」
「でも、私だってちゃんと網を張って警戒はしてますからね!」
「分かっています。しかし、細工ですか…。防音の結界で?」
「はい。みんなを起こしちゃいけませんからね」
というわけで、順調に見張りの時間は過ぎていったのだが…。
ピン
「ありゃ、ダメですね。みんなを起こしましょう」
「敵襲ですか?」
「こっちに気づくかは分かりませんけど、来てからだと厄介ですし」
「承知しました。敵襲!」
結界を部分的に解除し、呼びかけたファナさんの一声でバッと寝ていたはずの騎士さんたちが出てきた。
「敵襲ですか?」
「はい。方角は向こうで数は3体。見張りの騎士さんは念のためそのままで、私たちが先行します」
「分かりました。無理をなさらず」
「大丈夫です。リュート、ジャネットさん、行きましょう!」
「あいよ」
「うん」
私たちは揃って駆け出し、目標の近くで構える。
「あたしが囮になろうか?」
「いえ、ここは私が行きます」
こちらに向かって地中から近づいてくるサンドリザードの動きに合わせて接近する。
「ここ!アースグレイブ」
地中からこちらを襲うために顔を出したところにアースグレイブをお見舞いする。
「まず1匹!」
「こっちは任せな!」
「はいっ!」
もう1匹のサンドリザードはジャネットさんに任せて、残りの1体に目を向ける。
「リュート、行くよ!」
「了解!」
私はリュートと協力して攻撃を仕掛ける。まずは私が前に出て囮役を務める。そして、先ほどの攻撃のようにサンドリザードが飛び出てきたところにリュートが合わせる形だ。
「リュート、今だよ!」
「うんっ!」
こうして瞬く間に3体のサンドリザードを仕留めた私たちはさっさと、野営地に戻ってきた。
「どうでしたか?」
「大丈夫でした。確かに体色は黒っぽかったですけど、飛び出る瞬間に合わせて攻撃するので、元々そんなに色は関係ありませんし」
「そ、そうですか」
「とりあえず、安全は確保できたから戻って処理だけしてきていいかい?」
「ええ、こちらの見張りはやっておきますので」
騎士さんの許可も出たし、私たちは直ぐに戻って魔物たちが集まってこないように処理をする。
「ふぅ、人数いるとやっぱり違うね」
「護衛中だとこの作業も一人の時だってありますしね」
護衛依頼中でも、魔物が寄ってこないように処理は必要だ。ただ、目的はあくまで護衛なので処理の方に人員を割けないのだ。探知ができるといっても、護衛対象からしたらよく知らない相手の保証なんて当てにならないからね。
「さ、作業も終わったし戻るか」
テントのところに戻ると、交代の時間になったので私はそのままリュートと交代する。
「早くに起こしてごめんね」
「ううん。アスカも疲れただろうし、よく寝なよ」
「うん。それじゃあ、また朝」
「おやすみ」
「アスカ、朝よ。起きなさい」
「うん~、朝?」
「そうよ。見張りをしてたとはいえ、のんびりね。久しぶりの見張りで疲れちゃったの?」
「あ~、昨日は襲撃があったから…」
「えっ!?物音とかしてないけど」
「それは~、ムルムルたちのテントは防音結界張ったままだったし…」
「そうだったの。というか、ちゃんと起きなさい!」
「は~い」
ムルムルに急かされ朝食へと向かう。
「リュート、今日の朝ごはんは?」
「ん?サンドオークを使ったやつ。野菜のソースというか刻んだのを乗せてるよ」
「やったぁ!やっぱり朝は野菜がないとね~」
野営明けとはいえ、町に寄った後だと朝に野菜が出るのがうれしい。これが、2日目や3日目になると消えていくんだよね。
「それじゃあ、進みましょうか。今日でまた町に着くのよね?」
「はい。その予定です」
こうして目的地であるパーディションへと歩みを進める私たち。しかし、この辺りは砂漠に近く、足場も悪い。
「みんな大丈夫かな?相当足場が悪いけど…」
「まあ、何とかなるでしょ。無理ならもう一泊するだけだし」
「そうだね。んん?」
「魔物?」
「みたい。でも、なんだか小さいような…」
「アスカが魔物がいるって!止まって」
「はっ!」
馬車を止めてもらって索敵を開始する。しかし、動きもそこそこ早いし、サイズも小さい。なんだろうこの魔物?
「魔物が小型みたいなんです。気を付けてください。数は2匹?」
「小型の魔物?この辺りに居たか?」
「気をつけろ!来るぞ」
「えっと、地上に居てこっちに向かってきてます?あれっ?消えた?」
敵を追うのに地上に意識を向けていた私は急に反応が消えてびっくりした。
「消えたの?」
「そんなはずは…鳥ではなかったのに」
「ご主人様、上です!」
ティタが空を指し示す。そこに居たのは…。
「あいつは、ヴァイオレットヴァイパー!?」
すみれのような色をした小型の蛇だった。




