王都を出発
「アスカ、忘れ物はない?」
「うん。大丈夫だよ」
今日はいよいよ王都出発の日だ。準備は終わらせていたから後はご飯を食べて宿を出るだけ。
「皆さま、こちらをお持ちください」
「これは?」
「朝採れのフルーツジュースとサンドイッチです。お昼にでもお召し上がりください」
「ありがとう。また、来ることになったらお願いね」
「是非に。それでは…」
「ええ。世話になったわね」
宿の人たちに見送られながらムルムルたちは馬車に乗り込み南の城壁に向かう。
「水の巫女様御一行ですね。お待ちしておりました」
「あなたたちが王国から派遣された護衛ですか?」
「はっ。王国軍第二騎士団所属の副団長アルベルン他5名です。この度は巫女様の護衛という光栄な任務を授かりました」
「こちらこそよろしくお願いしますね」
「そちらの方々は?神官騎士とは少々装備が違うようですが…」
「こちらで独自に雇った冒険者です。ほら、何かと他国からも言われるでしょうから」
「そうでしたか。我々に旅路は万事お任せください!」
「ええ。では行きましょうか」
こうして新たに一行には騎士さんが加わり、少し大人数となった南の町パーディションへと向かうことになった。
そのころ宿の一室では…。
「ふぅ、アスカ様たちは無事に出発されたようですね。あら、これは?」
ミリーが最後にアスカの泊まった部屋を確認していると、鏡台の前にポーチが一つ置かれていることに気が付いた。
「忘れ物ですね。急いで届けなければ…ん?」
ポーチの横には紙が置いてあった。表は白紙で裏には何かが書いてあるようだ。
「何々、『ミリーさんならきっとこれを見つけてくれると思って置いていきます。このポーチは普通のポーチですが、中には小さなポケットが用意されています。そこには一つペンダントが入っていますので、もしもの為にそれを持っていてください。その魔石はファモーゼルの魔石といって、風魔力専用の中では上位の魔石です』」
そのまま手紙を読み進めていくと、とんでもないことが書いてあった。
『中にはブラストトルネードという上級魔法が込められています。あっ、この魔道具自体は初めて作るので多分3,4回ぐらいしか使えない代物だと思うので、気にしないでくださいね。試作を兼ねたお礼みたいなものですから。それで、ちょっとやり方はわからないんですけど元々の魔力より効率よく魔法が発動できるようになってます。いざという時は迷わず使って下さい。でも、そういう機会がないのが一番ですけど。本当に今回はありがとうございました。 アスカより』
「魔道具が元の魔力以上の威力で!?しかも、上級魔法を込められるなんて…」
知る限り、魔力が高くともそのまま魔法を魔道具に込められるわけではない。ましてや、上級魔法を効率よく込められるなんてどういう技術なのだろうか?
「だが、やり方はわからないと書いてあったし、ダンジョン産か?」
それならば可能性としてはおかしくはない。
「しかし、困ったな。こういう風に置かれては突き返すこともできないし、これを報告というのも…」
しばらく迷ったのちに危険なものではないということで手紙は惜しみながら燃やした。
「これで良し。あとは陛下への説明だな。これまでの報告のついでに話せば何とかなるだろう」
私は報告書をまとめると、王城へと向かった。
「陛下、ミリーが報告に来ております」
「そうか、通せ」
「はっ!」
「陛下、この度の任務を終え帰還いたしました」
「うむ。想定していたよりイレギュラーの多いことだったとは思う。ひとまずはよくやったといっておこう」
「ありがたき幸せ」
「それで報告書の方は?」
「こちらに」
陛下が目くばせをすると控えていた騎士が報告書を受け取り、陛下へと手渡す。
「ふむ。…なるほどな。相談や報告も受けてはいたが、中々に大変だったようだな。伯爵家の方も落ち着いてきてはいるが、まだまだ未熟な当主だしのう」
「ええ。それについては私も同様の見解です。報告書の最後の方にもあった通り、自分たちの立場がよく理解できていないかと」
「…まあ、お前が気にかけるのも分かる。報告書を読む限り、才能あふれる少女のようだ」
「いえ、そのような…」
「よい。それにしても、この度は疲れた。ハインツもそうだが伯爵もあそこまで軽率な行動をとるとはな」
「あの家系は女児が生まれにくい家系でしたからな」
「宰相はそう言うが、そんなことで国を危険にさらされては困る。ところで騎士を使っての誘拐は成功しないと記載があったがそうなのか?」
「はい。神官騎士たちの実力もさることながら、もう一人の巫女である少女の実力もかなりのもので、実際に盗賊などの捕縛実績もあるようでした」
「だが、所詮は盗賊ふぜいだろう?」
「恐れながら陛下。討伐と捕縛では難易度が異なります。捕縛となれば騎士団とて多少は手間取るかと」
「流石は巫女様の知り合いということだな。お前をつけてよかった。あれ以上の面倒はこちらとしてもご免だからな。それで、魔吸病の件は伯爵に一任してよさそうか?」
「はっ!こちらからの監視役は必要かと思いますが、差し当たって当代のうちは問題ないかと。多少、常識にとらわれてはいますが、王家からの視線を気にしているようです」
「まあそうでなくては困るのだがな。これを機に王家側へ取り込むか。それで、南部に送る娘の方はどうだ?」
「正直目覚ましい回復で、まだ信じられません。治癒は不可能といわれていたあの病に対して、ああいったアプローチがあるとは…」
「わしも当初の報告書を読んだ時は半信半疑どころか一笑に付したものだ。だが、経過を見る限りどうにかできるようだな」
「それも魔力が高いとはいえ何の力も持たない貴族の子女がです。情報は公開されますが、わが国の貴族の研究成果となれば他国は一目置くかと」
「まあその功績も実情とはかけ離れているがな。そういった席でぼろを出さんように近くで見張りが必要か…。宰相、後で誰を送るか決めておいてくれ」
「はっ!直ちに取り掛かります」
「そうだ、ミリー。先ほどから小脇に抱えているそれはなんだ?」
「こちらはアスカ様より餞別にいただいたポーチになります。中には試作の魔道具が入っております。ご覧になられますか?」
「そうだな…といいたいところだが、試作品なのか?」
「はい。風の魔法を込めた魔道具だそうです。本人曰く、3、4回ほどで壊れるだろうとのことです」
「流石にそれだけしか使えんなら試せんし、素人の作成は危険すぎるな。良かろう、そのまま持っておくことを許可する。下がってよいぞ」
「ありがとうございます。では…」
「ああ、待て」
「はっ」
踵を返し部屋を出ようとしたところで陛下に呼び止められた。
「そなた、あの少女についていかなくてよかったのか?今からでも命令を出そうか」
「…いえ。私が彼女に出会えたのも陛下にお仕えできたからでございます。では、失礼いたします」
今度こそ私は部屋を後にした。
「陛下、なぜあのような無用な質問をされたのですか?」
「無用?宰相もまだまだ人が良いな」
「はっ?」
「先ほどの魔道具だが本当にただの魔道具だと思うか?」
「いや。しかし、少女が作ったものでしょう?」
「歳はな。だが、あのバッグからはかなりの魔力を感じた。何より、あれだけ世話を焼いた相手に魔道具を渡すにあたって説明書きがないと思うか?」
「確かにありませんでした」
「ないということは本当にさしたる効果もないか、効果が良すぎるかだ。ミリーの報告書を読む限り、説明がなくてよい訳はないだろうな。だから、ああ言っておけばあいつも理解しただろう。自分に何かあれば、迷惑がかかるとな」
「魔道具の件は黙っているから忠誠を誓えと?」
「別にそこまでは言っておらん。ただ、本人が勘違いしたならそれはそれでよいということだ」
「お人が悪い」
「これでも国を背負っているのでな。ひとりの意思と天秤にはかけられんよ」
「お二人がそこまで評価しているなら、私も会ってみたかったですなぁ」
「お前が?何のつもりで」
「いえ、孫の相手にと思いまして。今13歳なんですが、まだまだ婚約相手は考えられる時期ですから」
「その辺にしておかんとまたプラウスに怒られるぞ。孫の教育に口を出すなと」
「そうなんですがね…やはり気になるもので」
こうして権力者たちの頭の隅には置かれるものの、特に目をつけられることなく私は王都での滞在を終えた。
「ほんとにいいのムルムル。私が御者さんの隣で」
「ええ、こっちからも見えるし、アスカが頼りなんだからそこでいいのよ。男連中は歩き覚悟だし、他も騎士ばかりなんだから」
「そうそう、遠慮したってしょうがないし、乗っときな」
今は馬車の中に神官騎士さんが2人。それとムルムルにイスフィールさん。御者役の神官騎士さんと私が馬車だ。残りの神官騎士さん3人と、ジャネットさん、リュート、それに王国から派遣されてきた騎士さんたちがそれぞれ配置についている。ちなみに騎士さんたちは最初は先頭をと主張してきたのだけど、連携の関係で今は前の左右にジャネットさんとリュートが、中央はファナさんが務めている。
「ところで騎士さんたちこの配置に不満げだったけど、ほんとによかったの?」
私は小声で気がかりになっていたことを確認する。
「いいも何もその方が安全なんだからしょうがないでしょ。あの人たちより絶対あんたの探知の方が優れてるんだから」
「それはそうだと思うけど…」
向こうは王国騎士団の副団長まで来てるんだから、気づかいとか必要なんじゃないかな?まあとはいえ、ムルムルがいいと思ってるんだし、私もそのまま行くことにした。
 




