宿の滞在
「アスカお姉さま、行ってしまわれるのですね」
「うん、アナレータちゃんと会えなくなるのはさみしいけど、旅の途中だから行かないと。それに、ムルムルも送り届けないといけないしね」
「わかりましたわ。デグラス王国の一国民として、貴族として、水の巫女様をお願いいたします」
「うん。任せてよ!代わりにといってはなんだけど、ラシールはアナレータちゃんを頼んだよ」
そよ~
ラシールは任せろ!といわんばかりに揺れる。
「そういえば、アナレータちゃんのお見合いも近いんだよね?」
「はい。一度向こうの領地に行ってみて、ということになりました。でも、半ば決まっているようなものですけど」
「そうなんだ」
「当主同士で話がスムーズに進んでいるみたいです。兄も私の嫁ぎ先がきちんとしたところで安心したといってました。前は体も弱かったですし、もし治っても目の届くところにってことを言われてましたから」
「家族としては心配だもんね。顔も分からないの?」
「絵姿はこの前見せてもらいました。でも、家族や騎士以外の男性はあまりなじみがなくて…」
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「どうぞ、こちらです」
私はアナレータちゃんから絵姿を受け取る。
「わぁ~、きりっとした人だね。なんだかちょっと冒険者というか騎士っぽいかも?」
「そうなんです!聞けば、領地には魔物も多く住んでいるらしくて、領主様自ら討伐に行かれることもあるとか。ちょっと心配ですね」
「う~ん、それは心配だね。そうだ!これをお土産に持って行って」
私はアナレータちゃんに渡そうと思っていたいくつかの細工の中からよさそうなものを一つ取り出す。直径4センチぐらいのネックレスだ。シェルオーク製でアラシェル様の上半身に天使の羽が付いており、それを銀でコーティングしてある。
「これは?」
「アラシェル様のネックレスだよ。加護付きでお守りの効果もあるから、相手の人に渡してあげて!」
「いいんですか?貴重なものじゃ…」
「大丈夫。私が作ってるし」
ただ、シェルオークはもうないんだけどね。この間も細工で使ったし、とうとう在庫が切れてしまった。どうにかしないとな。
「それじゃあ、いただきます。本当にもらってばかりですみません」
「ううん。アナレータちゃんのお兄さんにはちょっと…いや、かなり大きな頼みごとをしたからね」
私はこの前、アナレータちゃんのお兄さんに病院設備などの件を依頼した。最初は金額を気にしていたみたいだけど、翌日もう一度行ってみると大丈夫だったみたいで快諾してくれた。それに、この前の一件で王様からの覚えが変に良くなっていたので、挽回するいい機会だとか。流石は貴族、抜け目ないなぁ。(※普通にアスカが帰った後にミリーに釘を刺されています。)
「それはよかったです。少しでも我が家がお役に立てて」
「それじゃあ、お互い様だね。はい、今はアナレータちゃんが付けていて」
私はそういうと、アナレータちゃんの首にネックレスをかけてあげる。
「ありがとうございます」
「元気でね」
「はい…」
レッスンも終わったし、本格的にこの王都でやることは終わった。あとは…。
「最後に神殿に行ってお祈りしてこようかな?」
そう思った私は神殿に寄る。
「アスカ様!いらしたんですね」
「今日が最後だからね。さみしいけど、あとはよろしくね」
「…はいっ!任せてください。バンバン勧誘しますから!」
「あはは、そんなに頑張らなくてもいいよ。アラシェル様はお優しい女神様だからそう思ってくれるだけで十分だって言ってくれるよ」
「それでもです。見ていてくださいね」
「ほどほどにね~」
むんっ!と力を入れるエルトーレちゃんを横切り、私はアラシェル様の像に祈りをささげる。
「アラシェル様。この王都では多くの出会いがありました。いろんな出来事もありましたけど、無事に次の町へといけそうです。これからも私たちを見守っていてくださいね」
アラシェル様に祈りをささげて宿に戻る。明日はいよいよ出発だ。
「アスカ、戻ってきたのね。今日は宿の人がちょっとしたパーティーを開いてくれるんですって。さあ、着替えて着替えて」
「ええっ!?そうなんだ」
ムルムルに押されながら部屋に戻って軽い服に着替える。
「さあ、下に降りましょ。本当にすごいんだから!」
「うん」
事態を飲み込めないまま下に降りると、離れのテーブルなどの配置がいつもと違っている。さっきはそんなこと思わなかったけど、今は準備中みたいだ。
「さて、それじゃあ、みんな揃ったわね。宿の人たちを呼んできてもらえる?」
「はっ!」
辺りを見回すと護衛の人もジャネットさんもリュートもいる。各々用事で外出してることも多いから、全員揃うのは久し振りな気がする。少しして、宿で働いている人たちも離れに入ってきた。
「んんっ。今日は私たちの最後の滞在日となります。そこで宿の方たちがパーティーを開いてくれました。水の巫女としてこの国に温かく迎えてくれたこの宿の方たちに拍手を!」
パチパチパチパチ
ムルムルの挨拶に合わせて、私たちは拍手をする。宿の人たちも初めてのことで大変だったのにいつも笑顔で出迎えてくれた。私なんて、別に水の巫女でもないのにね。
「巫女様より直接お礼を言われるなんて光栄の極みです。このことは末代まで伝えていきます
「い、良いわよそんな。こちらこそ初めてだというのにこんな立派な離れまで用意してもらって悪かったわ。料理も普段は食べられないものも多かったし、味付けも色々考えてくれて」
「いいえ。宿泊されているお客様に喜んでもらえたら本望です」
「それじゃあ、お言葉に甘えまして…乾杯!」
「「「「かんぱ~い!」」」」
中央の円形テーブルに乗せられていたドリンクを取り、みんなで乾杯をする。そして、すぐにパパっとテーブルやいすが整えられ、料理が運ばれてくる。料理は周囲に運ばれてきて、中央円形テーブルに座っている私たちがそれを取りに行くシステムだ。申し訳ないけれど、私たちが最初に座る。護衛の人たちは交代で少しずつ取る形になるみたいだ。
「あれっ?リュートは?」
「残念ながら男性組はあとで。本当にこういうところはうるさいのよ」
「うう~ん、残念。ここの料理はおいしいから最後は一緒に食べたかったんだけどな」
「まあ、今回は諦めなさい。その代わり、次の町でそうすればいいじゃないの」
「そうだね。ありがとう、ムルムル」
気を取り直して私はヒュージクックの卵料理を食べる。うんうん、近ごろは当たり前になってたこの料理も当分は食べられないんだもんね。
「あっ、こっちはローストチキンだ。柔らかくておいしい~。こっちのサラダと一緒に巻いてと…」
「アスカ様は本当においしく召し上がられますね」
「だって、おいしいですから。イスフィールさんももっと食べないと」
「そうですね」
「それにしてもあなたの方もうまく行ってよかったわ。悪い人じゃなかったんでしょ?」
「はい。最初は侯爵家だって身構えていたんですけど、そこそこうまくいきました。ただ、やっぱり気難しい人ではありましたね。研究が一番であとは二の次って感じの。食事中にはしたないですけど、これ見てくださいよ」
そう言ってイスフィールさんが手紙を見せてくれた。
「何々…この度はお会いしていただきありがとうございました。私としてもあなたのような理解ある方に巡り合えて幸運です。私は今、下記のようなことを学んでおります。ではまた、お手紙致します」
「なにこれ?すっごく書かされた感のある手紙ね」
「流石にこのまま婚姻するにあたって何もないというのはだめだと言われたんでしょうね」
「下に載ってるのが研究ですか?あれ?この人って魔道具とかの研究者ですよね?」
「ええ、そうですが何か気になる点が?」
「この組成式って毒消しにも使う万能薬の一部ですね」
「ああ~、そういえばお会いした時に今は解毒系の魔石の研究中だって言われてました」
「じゃあ、魔道具の作成に失敗した時のための保険ですね!ちゃんとしててえらいです」
「偉いの、それ?」
「自信過剰で失敗した時のことを考えてないよりいいよ。でも、これで万能薬を作っても効果が薄そう。もっとこう…この薬草とか減らして、こっちを多めにして、もっと効果を上げるならシェルオークの葉を混ぜるといいよ」
「あの、アスカ様は細工師では?」
「一応。でも、実家は薬屋さんだったからこのぐらいならわかるよ。実際に作る機会はあまりないけど」
「確かに彼の本職は魔道具研究者ですから、あまりこういうことは知らないのかもしれません。ありがたく返信に使わせていただきます。正直言うと、この文面にどう返せばよいか思い悩んでいたのです」
「悩みが解決してよかったです。それじゃあ、パーティーの続きと行きましょう!」
「はいっ!」
こうしてパーティーは大盛況の中、終わりを迎えた。ちなみに明日の出発時間は早いので、ちゃんと早めの時間に始まり、早めに終わったのだった。




