儀式に向けて
あれから一週間。なんとか2曲目を吹けるようになった私は、今日もレッスンに来ていた。
「ふむ。大分、上達しましたね。明日には一度、通しでやってみて良ければ魔力を込めて演奏してみましょう」
「ほんとですか!嬉しいなぁ」
「あと一週間しか教えられないのが残念です。アスカさんならきっといい奏者に成れましたのに…」
「褒めてくださってありがとうございます。でも、これ以上予定を先延ばしにできなくて」
「分かっています。ですがレッスンが終わっても練習は続けてくださいね」
「はいっ!いつか舞と一緒に魔笛を奏でる姿をお見せします」
「では、続きと行きましょう」
そう、王都の滞在期間も残すところあと一週間なのだ。当初の目的は果たしているし、レッスンのためにもう少し残っても良かったのだけど、私はムルムルと一緒に南部に行くことにした。
「どの道、南に降りて船で新大陸に行く予定だったからね」
その道中に降雨の祈祷をする町があるのでそこまで一緒に行くことにしたのだ。まあ、流石にここと同じ待遇ではなく、旅をするのに雇った護衛の扱いだけど。王国からも護衛は出るけど、そこはシェルレーネ教との絡みもあって全くの頼り切りもよくないからということだ。
「はい、そこまで。やはり筋がいいですね。では、通してみましょう」
曲の半分までを通しで演奏する。ある程度区切ればそこそこ吹けている気はするけど、やっぱり通しでやるとところどころ粗が出る。特に呼吸については難しい。音を伸ばした後などはどうしても空気を求めて変に大きい音が出たりするのだ。
「今日もお疲れさまでした」
「先生、ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をして挨拶を済ませ、アナレータちゃんの部屋に向かう。
「こんにちわ~」
「アスカお姉様、こんにちは」
「今日も元気?」
「元気いっぱいです!」
「ラシールも…大きくなったね」
最初に進化した時は30cmぐらいだったのに今は50cm近くある。月日が経つのは早いものだ。
「ってまだ2週間も経ってないけどね」
「???」
「こっちの話。それでこっちがミニラシール?」
「はい。挿し木って言うんですね。庭師が教えてくれました。こっちの子もラシールほどではないですけど、魔力を吸収してくれるみたいです。ただ、あんまり元気がないというか意思が感じられないんです。なんだか本能だけみたいな…」
「まだ小さいからかな?でも、ラシールはアクアドレインウィードのころからはっきりしてたしなぁ」
挿し木だと個体としての意識が薄れるのかもしれない。まあでも、魔力の吸収と水の放出はできるからアナレータちゃんが領地に行ってもここの邸の水事情は問題ないだろう。
「ひょっとしたら水不足の解決になるかもね」
「私がですか?」
「うん。まあ、魔力がたくさんいるから簡単ではないだろうけど。魔力が高い人ってプライドの高い人も多いみたいで、こういう風に自分の魔力を使われるのを嫌がる人もいるから」
「そうなんですね。せっかく人の役に立てるのに」
「でも、村人だって普段から魔力を使うことは少ないし、村で2,3本ぐらいなら扱えるかも。いざとなったら木材は…かわいそうかな?」
ちらっとラシールを見るとぷるぷると体を震わせる。一方で挿し木の方は特に無頓着だ。トレントにはまだ出遭ったことがないけど、ああいう魔物がいるならどっちの反応が普通なのか分かったのにな。
「そう考えると、ラシールっていい従魔なんですね。私のところに来てくれてよかったです!」
「そうだね。従魔の保護施設っていうのは心苦しいけど、こういう出会いもあるなら施設の人も喜ぶと思う」
なんせ、ご飯には手間がかかるし、できることも冒険者の後ろをついてくるだけの魔物がいまや大活躍なんだから。ラシールも主の言葉に感動したのか嬉しそうだ。
ぼこっ
「ん?」
「あっ、ラシールってばまた…」
その時、ラシールの鉢植えの土がぼこっと膨らんだ。
「また?こういうことがたまにあるの?」
「はい。詳しい人を呼んで確認してもらったんですけど、どうやらこの種族は水と地の属性を持っているみたいなんです。地属性はおまけみたいなものらしいんですけど、私の魔力をどんどん吸っているので、ラシールも魔力が強くなってるからこうやって使えるんだろうって」
ボコココ
アナレータちゃんの言葉に気をよくしたのか自分の周りを円形に膨らませるラシール。
「こんな枝ごときが2属性を使うだなんて、どういうことなの」
「ティタったらまたそんな口の悪い。ごめんねアナレータちゃん」
「いいえ。ティタさんのそういうところにも慣れましたから。ラシールの細かいところも見てくれてて助かります。アスカお姉様のレッスン中は部屋のテーブルから観察してくれてますから」
「ティタってばレッスン中はどこに行ったのかと思ってたけど、そんなことしてたんだね。えらいえらい」
「そ、そんなことは…ご主人様のため当然のことをしているだけです」
「照れてるの?それじゃあ、ご褒美ね」
私はマジックバッグから魔石を取り出す。特に使い道もないので、あげようと取っておいたものだ。
「ま、魔石!ありがたく頂きます」
「ゴーレムって本当に石を食べるんですね。食費がかさみそうです」
「まあ、普段は魔力のこもった石ぐらいだよ。こうやってたまには魔石とか、魔石くずになるけど。多分、群れのウルフ種とかを従魔にするよりはいいんじゃないかな?ああいう肉食の種族って、新鮮な肉とかでないと食べない子もいるって聞くし」
「それは大変そうです!うちでも新鮮な肉を調理しますが、以前に料理長から平民はもっと鮮度の落ちたものを食べると聞いたことがあります」
「取れたては高いからね」
「アスカお姉様もですか?」
「私たちはまちまちかな?魔物の肉ならほら…新鮮だから」
「ああ、なるほど。それはそれでおいしそうですね」
「そう思うでしょ?でも、リュートが味付けをしてくれるまではそうでもなかったんだよ。冒険者って結構出先では食にこだわらないから、調味料があまりなかったの。ほんとに軽く塩を振って焼いただけとかのが普通だったんだよ」
「塩だけですか?それは大変です」
「それに、食器とかもあんまり持ち歩かないからその辺の枝を加工して焼いたりね。あとは雨の日は保存食だし」
「それなら騎士に聞いたことがあります。保存がきいて、お腹もいっぱいになる食べ物もあるんですよね」
「ー_ー」
「アスカお姉様、どうかしましたか?」
「あっ、ううん。そうだね、保存食ね。でも、保存食もいろいろあるよ。ちょっと高いけどドライフルーツとか。水やお湯さえ用意できれば、ドライの野菜もあるしね」
「ドライの野菜ですか。私は見たことありません」
「あはは、アナレータちゃんはね。わざわざ新鮮な野菜を乾燥させて戻して出すなんてないよ」
「でも、ちょっと興味がわいてきました。今度、出してもらおうかな?」
あ~、これがTVとかで見るお嬢様のごちそうがカップ麺とか言う現象かぁ。作る方はいいの?って困惑しながらやってそうだな。
「それじゃあ、今日はこの辺で。また来るから!」
「はい」
アナレータちゃんの部屋を出て宿に戻る。
「おっと、今日は神殿に寄るんだった」
エルトーレちゃんから数人の信者を獲得したから、一度神殿まで来て欲しいと言われているのだ。やっぱり、中々来れない分、巫女があいさつするのは特別らしい。
「ついでに他の人も連れてきてくれるって話だし、頑張らないとな」
「ご主人様がちょっと祈ればばっちりですよ」
「そうだといいんだけどね」
ちょっぴり不安も抱きながら神殿に向かう。
「シェルレーネ教の神殿へようこそ!本日は…アスカ様ですね。こちらにどうぞ」
神殿の受付の人に神殿内の右側にあるアラシェル教の施設へと通してもらう。ここにアラシェル様の神像が安置されていて、エルトーレちゃんも普段はこっちに詰めている。
「アスカ様!いらしてくれたんですね」
「エルトーレちゃん、久しぶり。今日は信者になってくれた人が集まってくれたんだって?」
「そうなんです。普段は旅をしているので中々会えないって言ったら、是非にと」
やっぱり、神様が降臨することもあるこの世界では巫女というのは特別らしく、会える機会というのはみんな大事にするみたいだ。
「おおっ!?ひょっとしてその方が?」
「はいっ!こちらがアラシェル教の巫女を務めておられるアスカ様です」
「こんにちわ。ご紹介にあずかりました、アラシェル教の巫女をしてるアスカです」
「可愛らしい巫女様なんですね。今、滞在しておられるシェルレーネ教の巫女様もお若いのだとか」
「ムルムルのことですか?かわいいですよね」
「お知り合いなのですか?」
「はい。今は一緒に過ごしてますし。普段は私が旅をしていて、ムルムルは中央神殿にいるからあんまり会えないんですけどね」
「水の巫女様と知り合いの聖霊教だなんて!聖霊様もお綺麗だし、入ってよかったです!」
この人は子どもが病気がちで本人も眠れない日があるということで、気が休まるようにと入ってくれたらしい。今はお守り(シェルオークの方)を子どもさんに持たせて、病状は安定しているそうだ。アラシェル教は運にも作用しますよというのが、何とか事態が好転して欲しいという人に受け入れられているらしい。
「それではせっかく集まっていただきましたし、皆さんでお祈りをしましょう!」
そして、アラシェル教デグラス王国支部での初めてのお祈り会が始まった。




