しとめた獲物は
「もうすぐ、魔物の生息地です」
「分かったわ。アスカ、気を付けてね」
「このぐらいの場所なら平気だよ。それより、ムルムルたちはこの範囲に入っておいてね」
私は杖の先を使って円を描くとムルムルとイスフィールさんにその中へと入ってもらう。
「じゃあ魔石を発動させるよ。発動後は切るまで出られないから注意して」
「分かったわ」
ムルムルの要望により、私の戦いを見たいという理由で受けた依頼のスタートだ。
ズン
「ん?早速、現れたみたいだね」
「もう?早いわね」
「ちょっとね。探知の魔法を使う時、魔力を多く乗せたから」
「ああ、さっき言ってた魔物に気づかれやすくなるってやつね」
「そうなの。あまり強いと逃げちゃうからわずかに強めただけだけどね。弱い魔物にはこれで十分だよ」
草食の魔物でもなわばりの為にこういう行為に対して警戒する習性を利用しているのだ。
カタカタ
「えっ!?ナニコレ???」
そこに現れた魔物は骨だった。
「えっと、これはボーンホーンですね。修業時代に見たことがあります」
「そ、そうなんですね。こういうところにいるものなんですか?」
「やせた土地や砂漠などに出ることがあるみたいですね。ただ、全く儲けになりませんが…」
そりゃそうだろう。ほんとに骨だけだもん。なんだか嫌な予感がしてきたなぁ。
「アスカ強い魔物なの?」
「ううん。全く強くないよ。とりあえず倒しておこう。ファイア」
付近には木もないし、初球の火魔法で燃やしてみる。
カタカ…
「あっ、倒れた」
「本当に強いのね。あんな初球の魔法で倒すなんて」
「まあ、それ以前に向こうが弱いから」
「それにしても本当に荒れ地ですね。アンデッドの魔物が出てきても違和感がありません」
「だよね~。おかしいなぁ、お目当ての魔物はこういうところにはいなさそうなんだけど…」
「あら、取ってきた依頼の魔物じゃないの?」
「違うよ~。こんな魔物なんて倒してもお金にならないし」
「でも、討伐依頼だと討伐報酬が出るんでしょ?」
「まあ、そうだけど。それもおまけみたいなものかな?その上で素材も取れないとお金にはならないよ。その日ちょっと食事を豪華にするとかならいいけどね。装備だってよほど戦力差がないと痛んでいくし」
「そうよね。そういえば、あなたたち騎士の装備って自前なの?」
「一部はそうですね。鎧と剣は支給されますが、たとえば私のこの短刀。近接だけでなく、投てきにも使いますがこういうものは自前です」
「そういうのって支給されるべきじゃないの?」
「難しいと思います。私はこれが合っているので使っていますが、他の騎士には合わないと思いますし。そうなってしまえば支給される鎧や剣にも特徴を持たせないといけません。流石にそうなっていけばコストが上がりますし、量産できませんから」
「う~ん。でも、なんか釈然としないわね。私たちの為に自分たちのお金を使うなんて」
「いいえ。もっと我々が強ければ支給品だけでも十分なはずです。それでも、不安だからこうして追加の処置が必要なんですよ」
「ファナたちも強いと思うけどね」
「強くても守れるかは別ですから。今もムルムル様たちを守っているのは私たちではなく、アスカ様の作られた魔道具です。こういうのは悔しいですが、私たちがそばにいる以上に安全でしょう」
「…難しいのね。護衛って腕が良ければいいのかって思ってたわ」
「ふふっ、ムルムル様たちはそれでよいのですよ。護衛はそういう心配をさせないようにいるのですから」
「ありがとう」
「あっ、また来た」
そんな話をムルムルたちがしている間も、私はボーンホーンを倒していた。
「う~ん。まだ来ないよ~」
「アスカ様はどんな魔物を待っているのですか?」
「イスフィールさん、えっと小型の魔物なんですけど…あっ!来た」
よしよし、ようやくお目当ての魔物だ。
ケタ
「そうそう、こんな感じの小さくてかわいい魔物が…」
ケタケタ
「な、なんでこんな姿に??」
私の目の前にいたのは骨だけになったウサギだった。
「アスカ様、危ないですよ」
「あ、うん」
私がびっくりしているとさっとファナさんが前に出てウサギ型の何かを切り伏せた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。ちょっとびっくりしちゃって」
「あれがお目当ての魔物では?」
「えっ!?違いますよ。私が探しているのはホーンラビットで…」
「ああ、あの魔物はボーンラビットですね」
「へっ!?」
私はガバッと依頼票を取り出して文字を確認する。
依頼:ボーンラビット討伐 討伐対象10体以上 報酬:銀貨1枚
「えっ!?ナニコレゴミ依頼じゃない…」
あんな柔らかい肉も持たない骨だけの魔物なんて、何の価値もない。いや、錆びた剣を落とすスケルトンよりましかもしれないけど。あっちは、落とすだけイライラするからね。
「アスカどうしたの?」
「あっ、いや~、め、目当ての魔物がようやく出たからちょっと焦っちゃって」
「そうなの?やっぱり、なんだかんだ言ってまだ、子どもだもんね」
「違うよ。ちょっと想定外が…」
「想定外?」
「い、いや、なんでもない」
危ない危ない。まさか、依頼票の文字を見間違えたなんて恥ずかしいこと言えっこないよ。
「あとあいつらを9体も倒さないといけないのか…」
幸い、今ので大きさも覚えたし、あとは広めに探知すれば場所も見つけられる。
「こうなったらさっさと処理しちゃおう!」
「アスカ様?」
「あっ、魔物の居場所が分かったので釣ってきますね!」
そう言って、砂地を駆けていく。
「釣る?池もないのに?」
「ああ、よく冒険者が使う言葉ですね。回避能力の高いレンジャーなどがわざと魔物の前に出て行って、罠やメンバーがいるところにおびき寄せることを言います」
「へぇ~、そういうこともできるのね」
「ああ、アスカは風魔法も使えるんで、移動も早いんです」
「まあ、それは知ってるわ。私も一緒に飛ばされたもの。あれは怖かったわね」
思い出して身震いする。前に風のバリアがあるとはいえ、体に風が来るし、景色の移り変わりがあまりにも早い。あれは、正直二度と味わいたくない。
「戻ってきたよ!」
「あら、アスカ様…後ろに魔物がたくさん!」
「あはは、ちょっと頑張っちゃった」
「大丈夫なのですか?」
「まあ見ててね。ファイアブレイズ!」
火球を大量に作り出し、追いかけてきた魔物に見境なく放つ。
ボッ
「うわっ!?あんなに大量に出して結構魔物に当たるものね。もっと、散らばるかと思った」
「普通は散らばるんですよ。ただ、おそらくは魔力操作をお持ちなのでしょう。軌道をコントロールされているんです」
「じゃあ、あの時神殿で戦わなかったのは…」
「正解ですね。中級魔法の中でも簡単なあの魔法であれだけの威力ですし、魔導兵がいないとろくに対処できないでしょう」
「騎士の装備は耐魔法が施されてるんでしょ?」
「まあ、あれぐらいなら耐えられるでしょうが、逆に単体魔法を放たれてはどうしようもありません。あくまで牽制の魔法を無効化できる程度ですから」
「大変なのね。やっぱり魔力があるのはすごいのね。私も巫女になってからかなり魔力が高くなったし」
「そうですね。何せ任命されて直ぐといったら、中庭が水浸しに…」
「あ~、ちょっと何言ってるのよ」
「あら?ムルムル様にもそういう時期が?」
「恥ずかしいでしょ。あの頃はまだ子どもだったの。10歳ぐらいだったし」
「それならしょうがないですね」
「それにしてもここは外だというのにのんびりですね」
「まあ、あっちもそうなんだからいいんじゃないの?」
「ですが、ムルムル様がアスカ様の戦い方を見たかったのでは?」
「そうなんだけど、奥に行って魔物を集めてきて、一気に焼き払ってるだけだしね。正直、危険もないし安心はしたけど」
「ですが、その度に空中からとかバリエーション豊かなのは流石ですね」
「ふぅ~、これで何匹かな?やった!もう11匹倒してる」
これで依頼完了だし、もういいかな?
「ムルムル~、こっちは終わったよ~」
「そう?見てたけど本当に強いのね。安心したわ」
「へへっ、まあね」
「あとはと…キュア」
「ムルムル、何してるの?」
「アンデッドって死んだあとの骨が土壌に悪影響を及ぼすこともあるって聞いたから、浄化しておこうと思ってね」
「そうなんだ。それじゃあ、私も。ライト!」
杖の魔石を使って光の魔法で骨を浄化する。すると、骨はぼろぼろと崩れていった。
「あんた、その魔法だけでもアンデッドを倒せそうね」
「そうかな?今度試してみるね」
ぶんぶんと杖を振ってイメージトレーニングをする。光の魔法は日中だとあんまり周りにも影響を及ぼさないし、使ってみよう。
「それじゃあ、中に入って報告しないとね」
「そうね。ちなみにこの報酬はいくらなの?」
「えっとね、銀貨1枚」
「本当に?1時間半はいたわよね。結構効率的に集めてたと思ったんだけど」
「そうだね。多分普通に探すと半日から1日かかるんじゃないかな?」
「宿が王都だと一人大銅貨5枚だとして食事なしの2人の宿泊費にしかならないじゃないの!」
「だから、誰も取らなかったんだね」
「人がいいのね。こんな依頼をやってあげるなんて」
「ま、まあ、そんな時もあるよ。アルバでも薬師さんの為に薬草採ってたし!」
あれは結構お金になったけどね…。そして、ギルドに帰って報告を済ませる。
「依頼完了です」
「ありがとうございます」
「それにしてもフロートの皆さんはCランクでもこういった人気のない依頼に目を向けてくださって助かります。先日もジャネットさんが引き受けてくださったんですよ」
「えっ!?ああ、そうですね。お力になれる依頼があったらまた言って下さいね」
そう言って宿にみんなで戻る。そして、部屋に戻ると…。
「ジャネットさんも間違ったんですね!道理で私が依頼を間違えたのに指摘しないと思いました」
いつもなら、ちゃんと文字ぐらい見なよって言うはずなのに、静かに護衛の人と話してたからおかしいと思ったんだ。
「なっ!?あの受付、しゃべったね!」
「それにしても、普段からオーク肉でも別にいいって言ってるのに、ホーンラビットの肉が欲しかっただなんて、やっぱり我慢してたんですか?」
「やっぱりってなんだよ!あたしはなぁ」
「あたしは?」
「ふんっ!ちょっと見廻りに行ってくる」
「あっ、ジャネットさん!もう…ほんとのこと言われて出てっちゃうなんて」
それにしても2人で依頼を見間違えるなんてちょっとうれしいな。そう思いながら私は一日を終えたのだった。




