こぼれ話 スティアーナの婚約条件
殿下に婚約破棄を告げられ、その不穏な空気を巫女様たちに払拭してもらった後、近衛騎士に別室に来るように言われた私は護衛騎士のミューレと再会した。
「お嬢様!」
「ミューレまでどうしたの?」
「こちらで待つようにと指示を受けたのです。何かあったのですか?」
「あったといえばあったわね…特大のが」
「???」
「スティアーナ、来たか」
「陛下!ご無沙汰しております」
「うむ。今回はバカ息子が迷惑をかけたな」
「いえ、私も軽率な判断をしてしまい…」
「いや、主賓である巫女様のことを思えばお前の判断は間違っておらぬ。全くどうしてこうなったのか…教育係は全員クビだな」
「父上、何の話です?婚約は破棄しましたし、別にこの女を呼ぶことはないでしょう?」
「お前は黙っておれ。あのような女にうつつを抜かしおって…」
「ミッシェルのことですか?彼女は素晴らしいですよ!」
「ふむ。そういうならお前の婚約相手はあの女にするとしよう」
「いいんですか!?いやぁ~、明日にでも頼もうと思っていたので。そうそう、その女の相手はシュライクでいいんじゃないですか。あいつも一応王族ですし、おかしくないでしょう」
「シュライクか…確かにな。ああ、もう戻ってよいぞ」
「分かりました。失礼します」
そう満足そうに言うとハインツ殿下は下がっていった。
「さて、邪魔ものも居なくなったところで、今後の話だな。先ほど、ハインツのやつが言っていたがどうだ?シュライクは元々お前とも仲が良かったし、悪くないと思うのだが」
「シュライク殿下とは確かに仲良くさせてもらいましたが、弟のようなものだと思っておりました。何より、いまだ婚約者が決まっていないとはいえ、シュライク殿下の方がお嫌なのでは?」
「そうは思わんがな。まあ、急な話であることは間違いないし、あいつにも確認は取っておく。決まればすぐに侯爵家に文を届ける。それにしても、巫女様が慈悲深い方でよかった。あの場を抑えるのはわしか巫女様以外では難しかっただろう」
「本当に。素晴らしい方でした。それと…」
私は先ほどのイスフィール様にお見合い相手を紹介する話をした。
「ほう?さっそく我が国に引退後とはいえ巫女様がな。めでたいことだ」
その後も陛下と少し話して私たちは家に帰ったのだった。
ハインツがやってくる少し前…。
「兄上、どうしたんですか?会場に行ったと聞きましたが」
「ふんっ、シュライクか。今日はどうした?こっちに来るのは珍しいな」
「それより、うれしそうですね。何かありましたか?」
「ああ、今日は機嫌がいいからおまえにも聞かせてやろう。とうとうあの女との婚約を破棄したぞ!」
「お姉ちゃんとですか?」
「お姉ちゃん?ああ、そういやお前はあいつに懐いてたな。そうだ!父上に今度呼ばれたらあいつの婚約者をお前にしてやろう。俺に婚約破棄された上にお前みたいなガキをあてがわられるんだ。さぞ面白いだろう」
「そうですか!ありがとうございます。兄上」
「分かったらさっさと戻るんだな」
満足したのかハインツは行ってしまった。
「本当にありがとう、ハインツ。無駄に長かったけどね。さて、あの女に連絡するか…」
「おお、スティアーナ帰ったか。どうだったパーティーは?」
「個人的にはよかったと申しますかなんといえばいいか…」
「あら、何かあったの?」
「それが…」
お父様とお母様に事情を説明する。
「なんだと!あの若造が!!ろくに婚約者の勤めも果たさず婚約破棄だと!こちらから願い下げだ」
「あなた落ち着いてください。私としても殿下と婚約を破棄できるのはうれしいけど、あなたはどうするの?侯爵家の娘として流石に結婚相手がいないのは許しませんよ」
「それが、陛下がシュライク殿下とどうかと…」
「おおっ!シュライク殿下か。それはいいな。諸々の問題も片が付くし、我が家としても王家としても願ったりだろう」
「そうねぇ、私としてもシュライク殿下なら安心できるわね。貴方はどうなの?」
「どうと言われましても弟のような感じですし…」
「弟か…お前が殿下と会ったのはいつだ?」
「最後は3年ほど前でしょうか?」
「それならそう思うのは無理もないか。まあ、楽しみにしてなさい。今日は疲れただろう、もう休みなさい」
「そういえば明日は出かけるのよね?どうするの?」
「もちろん行きますわ。お友達との約束ですもの」
「そうか。大丈夫だとは思うが気をつけてな」
「ミューレもついていってくれますし大丈夫ですわ。では」
2人に別れを告げ部屋に戻る。明日はアスカさんと会うので早く寝ないと…。
「それにしてもシュライク殿下か…元気かしら?」
12歳を境にずっと会っていない。どんな少年になっているのだろう。そう思っていると疲れていたのか気づいたら眠っていた。
「さあさあ、アスカさん。今日は何を頼みますか?」
今日はアスカさんとお茶の日だ。そう思って現地で待っていると、どうやら他の人がついて来ているらしい。ちらりと顔を見てみるとどこかで会ったような…。
「巫女様?」
「あら、あなたは昨日の…」
アスカさんが連れてきた友人というのはまさかの水の巫女様だった。昨日のお礼も兼ねてみんなでお茶をしているとそこに意外な人がやってきた。
「お姉ちゃん、こんなところに居たんだね」
「あら、もしかして…」
「そうだよ、シュライクだよ。久しぶりだね、元気だった?」
「ええ。それよりどうしてここに?」
「昨日の件で話をしようと思ったんだけど、お友達と一緒なんだね。また今度改めて家に行ってもいい?」
「ええ、もちろんですわ」
「じゃあ、明後日に行くよ。それじゃあね!」
そういうとシュライク殿下は颯爽と去っていった。
「あの人はお知り合いの方ですか?」
「あ、ええ。元婚約者の弟よ」
「ふ~ん。ああいうのが好みなの?」
「こ、好みという訳では…。それに私たちは自分の意思で結婚など中々できませんから」
「やっぱり貴族って大変なんですね」
そんな話をしながら、楽しい時間は過ぎて行った。
「もうこんな時間ですか、楽しい時間はあっという間ですね」
「そうね。私もこういう機会はないと思っていたから楽しかったわよ」
水の巫女様にも満足いただけたようだ。
「アスカさん。まだ王都には滞在されるのですか?」
「はい、そうですけど」
「ではよろしければ、また今度お会いしませんか?」
「あら、貴族の方にしては暇なのね」
「いえ、そういう巫女様はお忙しいのでは?」
私としては市井で出会った初めての友達なので、できれば二人で会いたいのだけど、巫女様もかなり手ごわそうだ。
「それでは4日後はどうでしょう?その日から学園が冬休みなのですが…」
「いいですよ」
「くっ、その日は予定が…」
「では、その日にお会いしましょう」
「はい!」
うまく予定を合わせて次の約束を取り付け、邸に戻る。
「さて、明日の学園に行く用意をしないとね」
ここ数日は忙しくて上の空だったし、ちゃんと準備をしないと。こういう時は少し侯爵家のプレッシャーを感じる。成績は落とせないから。
「とはいえ休息も必要ですし、午後の余った時間はのんびりしましょう」
色々あったし、たまには休養も必要よね。そして翌日、学園に登校してみると…。
ガラッ
「皆さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう、スティアーナさん」
いつものように挨拶を交わしたと思ったら、何やらおかしな雰囲気だ。
「あら、スティアーナさん来たんですね。ショックで寝込んでるかと思いました!」
「私がどうしてです?」
「婚約破棄でたいそうお疲れだと思いまして」
「そうですわよね。いくらスティアーナ様といっても流石にねぇ」
「あなたたち!失礼ですわよ」
「まあ、落ち着きなさいな」
私に喧嘩を吹っ掛けてきたのはもちろんミッシェルさん。その後ろには下位貴族がずらりと。今回の婚約白紙とおそらく、新たにミッシェルさんとハインツ殿下の間で結ばれる婚約で普段から仲良くしていた下位貴族たちが一気にすり寄ったのだろう。もちろん、全員がそうではないけれど。逆に、高位貴族たちはなんとあさましいことかと、怒りを隠さない。
「しかし…」
「いいえ。今回の騒動が大きくなってしまったのは私の責任もありますから」
「あら、そうなのですか?高位貴族ともなると大変ですね」
「…。ああ、一応言っておきますが、婚約破棄ではなく白紙ですわよ。両家の間で了承されておりますし、間違えないようにしてくださいますとうれしいですわね」
「くっ。まあ、これから婚約者探しでも頑張ってくださいね」
「御心配には及びませんわ」
その後も高位貴族と下位貴族の間で不穏な空気が流れながら、授業は進んでいった。
「はぁ、こんなことになってるなんてね」
「スティアーナさん、お疲れ様です」
「ああ、アゼルバイシェン侯爵令嬢。先日はどうも」
「こちらこそ。イスフィール様には手紙を送っておきましたので」
「助かります。私が仲介した甲斐がありますわ」
「いいえ。こちらとしても大変助かりました。それにしても大変ですね」
「まあ、もう少しの辛抱ですよ」
「あら、何か解決策の心当たりが?」
「一応は。あまり大きな声で言えるものではありませんけど」
「それはよかったです。スティアーナ様のように慕われている方がこのままなんておかしいですもの」
「今はこの扱いですけどね」
「彼ら、彼女たちの何割が今日家に帰って怒られることやら」
「できるだけ多いことを願いますわ」
「お優しいんですのね」
「同じ王国貴族ですから」
友人たちにも励まされながら今日の授業を終えて邸に戻る。
「それにしてもハインツ殿下はこれからどうなさるおつもりなのかしら?私との婚約を白紙に戻すなんて…。こういってはなんだけど、あまり政務にも興味がないようですし、王都に陛下から邸をいただくのかしら?」
私の殿下との婚約内容を改めて思い出す。婚約は政略的なものだった。第一王子は王族派の公爵家と婚約したため、第二王子も何かあれば国王になる可能性があるので、それ相応の婚約者をということで私に決まった。我がミファリア侯爵家は中立派。貴族派も何とか納得できる範囲だった。
「でも、第一王子であるサイファー殿下は風邪一つ引いたという話も聞かないし、次期国王なのは明らか。そうなると王族と私の婚約はもう必要ないのよね。以前の条件だと王家の直轄地を分割していただくという話だったけど、そうなると正妃の息子であるハインツ様にあまり肩入れする必要もなくなるし」
はぁ、とため息をついているとドアがノックされた。
「お嬢様、シュライク殿下がいらっしゃいました」
「もう?早いわね、殿下ったら。すぐに行くわ」
鏡を見て髪を簡単に整え、応接間へと向かう。
「シュライク殿下、お待たせしてすみません」
「お姉ちゃん!元気だった?」
「はい。数年の間に殿下は背も伸びましたね。殿下こそ元気ですか?」
「もちろんさ!」
「2人とも積もる話はあとでな」
「侯爵閣下、申し訳ありません」
「いや、こちらこそ殿下に来てもらって悪いですな。それで、今日の訪問理由なのですが、予定通りということで構いませんかな?」
「はい。当初の契約のまま、王家の人間が直轄地の一部を分割され、新たに伯爵家を興し、スティアーナ様はその伴侶となります」
「代わる点といえば、側妃様の男子であれば誰でも婚約できるというところですな」
「侯爵閣下それは…」
「お父様、意地が悪いですわよ」
ハインツ殿下が我が侯爵家と婚約を結んだのは後継者の可能性があったから。では、今回のシュライク殿下との婚約はといえば?答えは簡単。側妃様が貴族派の家の方だからだ。あまりにも王家の力が強くなるのを危惧した貴族派によって、側妃を迎えることになった国王陛下。その側妃様の子が王都直轄地を割譲され、新たに伯爵家を興す。これほど貴族派の望んだ展開はないだろう。
「ははは。しかし、明日にでも側妃様が男児をお産みになれば、その子でもうちとしては構わないのだ。もちろん、貴族たちもな。まあ、うちとしては王家の人間でなくともよいのだが、そこは貴族派が納得せんだろう。それにしても不幸中の幸いだな。王家の力が高まり過ぎずに貴族派も納得できる。今となってはお前とシュライク殿下の婚約は一番おさまりがいい」
「ですが、代わりにハインツ殿下は土地がもらえなくなりますわ。どうされるのでしょうか?」
「兄上ならそんなことわかってないんじゃないかな?婚約の経緯とか、貴族と王家の関係とかあまり興味なさそうだったし」
「それはまあ…」
そのことは近くで見ていた私も分かっている。だけど、なんだかだまし討ちみたいで悪いわ。
「お姉ちゃん、兄上に遠慮することないよ。お姉ちゃんじゃなくて自分から言い出したことなんだし。それで自分の肩身が狭くなるならしょうがないでしょ。それに好きな人とも婚約できるんだし」
「好きな人か…。そういえばミッシェルさんはそのことを知ってるのかしら?殿下のことだから王都直轄地の伯爵夫人だぞ!なんて言ってなければいいんだけど…」
「それは仕方ないんじゃないかな?人を見る目がなかったんだって思ってもらわないと。土地は余ってないからね」
うっ、シュライク殿下の言う通りだけど、こういうところは流石王族ね。さっぱりとしているわ。
「まあ、うちとしても看過するところではありませんな。あとは、対外的には白紙になっておりますが、賠償の件が残ってますな」
「あ~、それを父上…陛下からも聞くように言われていて。侯爵閣下からは何かご要望はありますか?」
「実現できるかどうかを置いておくなら、いくつか。まずは、新興の伯爵家との無条件取引ですね。元王家直轄領からですから当然、他の領地との取引には制約があるでしょう。ですが、娘も嫁ぐわけですし、この条件はいただきたい。他にも一部制限がかかっている品目や領地との取引緩和。もちろん、これらは10年程度を考えておりますが。他には賠償金代わりの減税処置が妥当かと思います。できない部分については理由を添えて返答いただければ、内容をある程度は緩和できますのでお願いいたします」
「流石は侯爵閣下だね。どれもこれも利益も大きく、かといってできない訳でもないものばかりだ。ちゃんと持ち帰るよ。それじゃあ、賠償関係と契約の関係はこれで終わりだね!」
「まあそうですな。あとは殿下の目的だけですか?」
「殿下の目的?今ので終わったんではないのですか?」
「なにを言ってるのお姉ちゃん!これからが重要な用事だよ。数年ぶりだし、お姉ちゃんと仲良くならないと!今度の婚約は国としてもとても大事だからね!」
「ま、まあ、大事なことというのは私も理解しているけれど、別に仲は悪くないわよね?」
「お姉ちゃんは僕のことはどうでもいいの?」
うるうるとした瞳で見つめてくるシュライク殿下。もう、しょうがないわね。
「それじゃあ、お部屋で話をしましょう!私も会えなかった時の話を聞きたいわ」
「もう!お姉ちゃんったら、僕らはもう婚約者なんだよ。気軽に部屋に招くなんて言っちゃだめだよ!」
「そうだぞスティアーナ。殿下にも失礼だし、家も困る」
「家が?まあ、言われた通り流石にこの歳では人の目がありますものね」
「お姉ちゃんが純粋でよかったよ。さあ、中庭に行こう」
中庭に殿下と行くと、早速私と会えなかった間の話をしてくれた。
「それでね。サラサは僕に寄ってくる人から守ってくれたりしてたんだ」
「そうだったんですね。私はその方に感謝しないといけませんね。きっと、その間に殿下の気に入る方と出会う機会があったはずですから」
「そんなことないってば、僕はお姉ちゃん一筋だからね!」
「まぁ!上手いお世辞まで覚えてきたのですか?」
「本当のことだもん。それより、お姉ちゃんの話もしてよ。他の貴族の人とも仲がいいんでしょ?」
「家の関係上、中々うまくいかない人もいますけどね」
「そういう人のことはいいからね」
こうして、シュライク殿下と一緒に来ていた方が、帰る時間だと告げるまで私たちは話し続けたのだった。
「それでは殿下、また次の機会に!」
「うん!お姉ちゃんの時間があるなら、いつでも来ていい?」
「ええいいわよ」
そんなことを言っても学園への入学も迫ってるし、そんなに来られないと思い私は軽く返事を返した。




