こぼれ話 侯爵令嬢スティアーナ・ミファリア
この話は4話ほど完結でざまぁっぽいですが違います。多分、きっと。25000から30000字になりますので、読み飛ばしてもらっても大丈夫です。
私はスティアーナ・ミファリア。侯爵家長女に生まれ、何不自由ない生活をしております。ただ、現在はちょっと困ったことになっておりまして…。
「殿下、またそちらの女性ですか?いくら学園での生活といえど、もう少し慎みをお持ちくださいませ」
「なにを言う!この学園では男女平等・貴賤を問わぬ決まりであろう。ミッシェルと話して何が悪いのだ」
「何も身分のことを言っているのではありません。仮にも婚約者がいながら他の女性と近いのはどうかと言っているのです」
「そ、それは…」
「そんなこと言って!また、嫌がらせをする気ね!」
「なにっ!また何かあったのか?」
「そうなんですぅ~」
「あなたも、男爵家でどのようにマナーを学ばれたのかは知りませんが、きちんとしなさい。こう言ってはなんですが、平民のシュリーさんですら、この1年で素晴らしいマナーを身につけておられますわ」
「そんな…スティアーナ様にそう言っていただけて光栄ですわ」
「そうやって、平民と壁を作るの良くないと思います!知ってますか、スティアーナさん。王都にも孤児院があるんですよ。私、学園に来て知ったんですけど、たまに行くようにしているんです。お父様に後日聞いたら領地にもあるんですって!」
「おおっ!そうなのか、ミッシェル。心優しいのだな。どこかの女とはえらい違いだ!」
ピキッ
「ス、スティアーナ様、お気を確かに!」
「分かってる、分かってるわ…」
貴族で領地を持っているなら大体10歳ぐらいで、普通は領地のことについても学び始める。もちろん、私のような高位貴族ならもっと前からだ。15歳から3年間学ぶことになるここ、王立学園に入るまで男爵家とは言え領地持ちの貴族の令嬢が、孤児院があることさえ知らないのに頭を抱えた。
「ミッシェル・カスティル男爵令嬢。あえてそう呼ばせて頂きますが、普通はもっと早くそのようなことは知りますし、慰問に関しては貴族の義務ともいえます。ことさら誇ることではありませんよ」
確かに、慰問は重要なことではある。しかし、そのような施設があるのは残念ながら、戦争や魔物の被害に生活苦など国の施策が行き届いていない証左でもある。それを誇るような貴族など滅多にいない。
「そんなことを言って、自分はやっていないからと衝撃を受けたのか?」
「お言葉ですが、そのようなことであればどの貴族もやっております。当たり前ですので、彼女のようにわざわざ大口を開けて言うことがないだけですわ」
「わっ、感じわる~い。そうです!この前、教科書破られちゃったんです。きっと、それも嫉妬に駆られてスティアーナ様が…」
「なんだと!どうして言わなかった?」
「だって、ご迷惑がかかると思って…」
なら、言わないでおかんかい!おっと、心の中とはいえ言葉が乱れてしまいました。
「そのような気づかいは無用だ。次からは直ぐに言うように」
「はいっ!」
はぁ、なんでこのお花畑な第2王子が私の婚約者なのだろうか。頭が痛くなってきますわ。
「それにしても、気に入らないからと教科書を破るとは、見下げ果てたな」
「そのような稚拙なことやっておりませんわ。そもそも動機がありません」
貴族が本気になったら学園を出た瞬間に…おっといけませんわ。
「動機だと。どうせ、私との仲に嫉妬したのであろう?」
「殿下と私は家同士の政略結婚です。なぜそのようなことを?」
「ふん。では、その家の名誉のためか?どうせ取り巻きを使ったのだろう」
「もう一度言いますが、理由がありません。彼女は男爵家です。どこにそのようなことをする要素が?」
「きっと、身分が低い私が殿下と仲良くしてるのが気に食わないんです!だから、取り巻きを使って…」
だから、さっき違うといったんですが。人の話を聞く気がないのでしょうか?
「それと、ミッシェルさん。友人のことを取り巻きなどということはやめてもらえますか?あなたとは違うんです」
「おい!さっきから聞いていれば、スティアーナ!彼女がかわいそうじゃないか。そうやって身分にばかり触れるなんて」
「おおっ、カエサル・ラバナス!流石は騎士団長の次男だ。そなたもそう思うか?」
「はっ!高位貴族に下位貴族が苦しめられるのをこれ以上見ていられません!」
はぁ、こいつまで出てくるなんて…。どうしてこうなってしまったのかしら?
「ケイティさんも大変ね」
「い、いえ、スティアーナ様ほどでは…」
ケイティはケイティ・ランページという伯爵家のご令嬢だ。引っ込み思案な子で、先ほど出てきたカエサルの婚約者だ。幼いころはケイティを守るようにカエサルが前に出ていてほほえましかったが、いつの間にかカエサルはヒーローのように強大な相手に立ち向かうことが趣味の傲慢な人間になってしまった。
「もういいですわ。とにかく、自身のお立場をもう一度考えてくださいませ」
その場を去ろうとすると呼び止められる。まだ何かあるのだろうか?
「まて、教科書の件はどうなった?」
「ですからやっておりませんと…そうですわね、どうしても信じられないというなら、真実を明かす魔道具を持ち出して、どのような経過でその教科書が破られたのか確かめましょうか?」
「大した自信だな。自らが手を下してなくともあれは計画者までたどることができるのを知らないのか?」
「えっ!?」
知ってます。知らなかったそこの男爵令嬢はびっくりしてますけれど。
「安心しろ。必ず犯人は突き止めてやるからな」
「そうです!このようなことが許されていいはずがありません!」
「あっ、でも、私は謝って欲しかっただけなので…。それに計画者まで辿るとなると、脅されてやらされた人にも迷惑が掛かりますし」
「そうか…。犯人を追い詰めることができないのは残念だか、心優しいそなたの思い…王族として誇らしく思うぞ」
どうせ誰か取り巻きにやらせたか、自分でやったんでしょうに。そんな魔道具があることを知らないですぐに手のひらを返して。
「そうだ!もうお昼ですし、中庭に行きましょう。今日はお昼を作ってきたんです」
「おおっ、それはいいな」
「皆さんも行きましょう」
「おうっ!」
そういうと、殿下をはじめとした取り巻きたちがぞろぞろと教室を出ていく。
「はぁ、全くどうなってしまうのかしら」
「スティアーナ様」
「あら、ルティック・ゴードバンさん。何か名案が?」
彼は伯爵家次男にして現宰相の息子でもある。政治学では他の生徒より一歩も二歩も抜きんでた秀才だ。
「こじれているのはわかっていますので、私の婚約者のハルファスティを巻き込まないでいただきたい」
「そう。あなたはそういう人よね」
「ルティ!失礼よ。スティアーナ様は困っていらっしゃるんだから」
「でも、ハティが巻き込まれると思うと気が気ではないよ…」
「ルティ…」
また、2人の空間を作って、このふたりは…。
「まあ、ルティックの言うことにも一理あるな。あの調子で王族の権威を出されたら面倒だし。な、メルティ」
「それはそうだが、スティアーナは苦労しているんだぞ。友人として、クラスメイトとしてもっと力になるべきだろう、エルナー」
こちらはメルティーナ・アセック侯爵令嬢。私とは幼いころから仲が良く、昔は私の護衛騎士になるんだなんて言っていた武闘派だ。その婚約者なのがエルナー・クルストス。クルストス伯爵兼第1騎士団団長の長男でちょっと言葉遣いに問題はあるけど、剣の腕は一流でメルティを守ってくれる勇敢な騎士だ。
「なんで同じ高位貴族の政略結婚でこんなに差が出るのかしらね」
「相手を思いやる心じゃねぇの?」
「私にないというんですの?」
「それは失礼だぞエルナー。スティアーナは元々興味がないだけだ」
「興味はありませんけど、きちんと婚約者として接しております!そもそも、10歳のころに急に決まったのです。それ以来、季節に1度会うかどうか。しかも、会うたびに偉そうに言ってきて…」
「それは災難だったな。だが、お前にはいつも感謝してるぞ」
「あら、どうしてですの?」
「お前が我慢してくれたおかげでメルティは俺と婚約できたからな」
「こ、こら、エルナー」
「あらそう。なら、もう少し協力的になって下さらない?」
「協力してどうにかなるならな。全く、第1王子のサイファー殿下と第3王子のシュライク殿下は聡明だというのにどうしてああなのか…」
「というか、あなた方は殿下の側近候補ではなくて?こちらに居ていいのかしら?」
「まあなんだ、こっちにいた方が気分がいいし、いろいろとあるんだよ」
「そうなのですか。おっと、いけませんわ。そろそろお昼に行きましょうか。シュリーさんも行きませんか?」
「私もご一緒していいのですか?」
「もちろんです。大切なご友人ですもの」
「スティアーナ様…」
「全く、スティアーナ様の何が気に食わないのか理解に苦しみますね。カエサルも含めて」
「ちょっと、誰かに聞かれるよ」
「そういえば、カエサルのお父様と宰相様は会ったりしないの?」
「それは会うと思いますがなにか?」
「いえ、あなたのことだからたしなめるよう助言したのかなと思いまして」
冷たいように見えてルティックはそういうところはきちんとする性格だ。
「言いはしましたがね。何分、いろいろと頭を使う父を心から信頼できないようで、確認してみると言われただけでしたよ」
「そういえば、お義父さまと団長様は仲があまりよろしくありませんでしたわね」
「親子で困ったものね」
「それでも話を聞くだけましですよ」
そんな話をしながら食堂に向かう。食堂では午後からの授業や家のことを話して和やかに今日の学園生活が終わった。
「はぁ、今日も疲れたわね」
「お嬢様、カフェに行かれますか?」
「そうね。行きましょうか」
最近できたカフェは紅茶もケーキもおいしく、こうして嫌なことがあった日はよく行っている。まあ、最近はほとんど通い詰めになってしまっているのだけれど。
「いらっしゃいませ!いつものお席にどうぞ」
「ありがとう」
最近はずっと通い詰めている所為か、席を取ってくれるようになった。といってもこちらから言ったことはないのだけど。
「どっかの誰かさんは無理に開けさせてたのよね」
何が王子だからなのか、王族ならそういうところで順番を守るものだと思うのだけど。
「ケーキセットになります」
「いただくわ。ミューレも食べない?」
「私は護衛ですので」
ミューレも私と一緒で甘いものが好きだ。しかし、護衛ということで誘っても5回に1回ぐらいしか食べてくれない。お堅いんだから。そうして、食べていると受付のところで残念そうにしている少女が見えた。大方、うわさを聞きつけてやってきたものの、予約制だと肩を落としているのだろう。
「あら、あの見た目…」
「どこかの貴族のご令嬢でしょうか?ですが、見たことはありませんね」
「そうね。ひょっとしたら学園への編入生かしら?ちょっと声をかけてみましょう」
「よろしいのですか?」
「あのがっかりした顔を放っておけないわ」
と言う訳で受付に居た少女を席に呼んだ。従者を連れていたが、どうやら仲は良さそうだ。商人の娘だったりするのかしら?貴族ならあまりこういうのはないと思うけど。
「おすすめはこのケーキのセットですわ」
「そうなんですね!」
アスカと名乗った少女は平民だというけれど、その所作や見た目などどう見ても貴族としか思えない。何か理由があるのかしら?あら…。
「その子は?」
「この子はキシャルって言うんです。私の従魔です。暴れないし、いい子ですよ」
「へぇ~、君。こっちに来る?」
キシャルというキャット種に呼びかけてみる。しかし、こっちに来る気配はない。
「あっ、今はケーキに夢中だから無理だと思います」
「そうなのね…。これも食べるかしら?」
試しに残っていたケーキをひょいっと突き出してみる。
んにゃ?
するとすぐにこっちに向き直り、一度口を開けたあと何かをすると口に含んだ。
にゃにゃ!
「どうやら気に入ったみたいですね」
「そ、そう。良かったわ。というかちょっと寒いわね」
「キシャル!またやったの、ちゃんと緩めて使わないとだめだよ」
「まあまあ、リュート。それだけ楽しみだったんだよ」
「アスカはまた甘いんだから…」
「ふふっ、本当に仲がいいのね」
それにしてもさっきの冷気、珍しい氷属性の従魔なのかしら?強そうには見えないけど、今度のパーティーはシェルレーネ教の巫女様が主役と聞いているから、ちょうどいいかもしれないわね。
「ねぇ、今度パーティーがあって当日はおいしいお菓子とか出るんだけど、その子を連れて行ってもいいかしら?」
「キシャルをですか?でも、この子って子どもだから寝てたりしちゃいますけど構いませんか?」
「ええ、もちろんよ。ちょっと、今回のパーティーに出る人に会わせてみたいだけだから」
「この子も行く気になっちゃってますし、お願いします」
にゃ~
そのあと打ち合わせをして、当日の午後にミューレが迎えに行くことになった。
「楽しかったわ。また会いましょうね!」
「はいっ!」
こうして少女と別れ、私は邸に戻った。
「お嬢様。今日は何かいいことありました?」
「どうかしら?いつも通り、面倒なこともあったけど良いこともあったわね」
そう言いながら途中、アスカに言われたことを思い出す。
『そんな、もったいないですよ』
『もったいない?』
『せっかくこんなおいしいケーキなんだから楽しんで食べないと!』
「楽しんで食べるね。確かにそうよね」
うんうんと納得してその日は久し振りにぐっすり眠れた。
「ふぅ、今日はいよいよパーティーね。また、エスコートで揉めるのかしら?面倒だわ」
両親たちと朝食を取っていると思わずため息が出た。
「おおっ!そうだ、スティアーナ。喜んでいいのかわからんが今日のパーティーだがな、王族や高位貴族の当主は出席しないことになった」
「なんでですの?」
「王国始まって以来、初めて巫女様を迎えるわけだが他国でも近くで雨を降らせる以外では首都に呼ばんのだ。それを大々的にパーティーまでというのは外聞が悪くてな。陛下と王妃様は出席されるが、あとは伯爵家以下の当主数名と、侯爵家以下の同年代の貴族のみとなった」
「あら、それは急なことですわね」
「なんでも、隣がうるさいらしくてな」
「あら、またですか。確か、今回の訪問を渋っていたとか」
「まあ、王都に招くのはよい顔をしなかったみたいだな。特に老人たちがな」
「そうなんですか。では、私はエスコートなしで?」
「ああ。主役も巫女様だし、別に形式ばった席は必要ないと陛下からも聞いている」
「良かった。そうそう、夕方に1台馬車を借りますわね」
「馬車を?何に使うのだ?」
「この前知り合った方に従魔をお借りするんです。ちょっと変わったキャット種なんですの」
「ほう?懐かしいな。以前は私も書庫の本を読んでいろいろと空想したものだ」
「あなたにもそんな時期がおありに?」
「ははは、6歳とかそのくらいのころだよ。それに、その年のころはテシウスも読んでいたぞ?」
「お兄様も!?」
「ああ。しかも、恥ずかしいのか勉強に使う本に挟んで持ち出してな」
お兄様は私と2つ違いですでに成人しており、お父様が王都にいる間は領主見習いとして領地にいる。今度会ったらこそっと聞いてみようかしら?
「でも、従魔なんて危なくないのかしら?戦うのでしょう?王都のペットショップでは売っていないみたいだし」
「小さいし大丈夫ですわ、お母様。帰ってきたら見せてあげますわね。ただ、ちょっと気まぐれな子なので寝ているかもしれませんけど」
「それは楽しみね。あなたのパーティーの感想を聞きながら撫でたいわね」
「では、パーティーを成功させませんと。私たち侯爵家の人間が一番上の立場になりますから!」
「うむ、任せたぞ!」
ゆっくりと朝食を取り、午後からはパーティーの準備だ。
「お嬢様、次はドレスの合わせを、終わったら髪を結いますわね」
「ええ」
そうして、ある程度完成が見えてきたころ日は傾いていたのだった。
「ミューレ、迎えの方よろしくね」
「かしこまりました」




