魔笛の練習
スティアーナさんの案内で2軒目、3軒目とお菓子の店をはしごする。
「キシャル、こっちはどう?」
にゃ~
「キシャル、そんなに遠慮なく食べてたら太るよ」
に
口を開けたキシャルは私の紅茶をキンキンに冷やす。
「ブレスで消費するから大丈夫?もう~」
そこまで考えて、私も魔力を消費すればやせるのではと考える。
「アスカはちゃんと運動するんだよ」
「わ、分かってるってば」
じろっとジャネットさんとリュートに見られる。2人とも鋭いんだから。
「はぁ~、アスカさん。今日はありがとう。元気が出たわ」
「私も楽しかったです」
「この後は魔笛の練習よね。どこでやるの?」
「えっと…レヴィン伯爵家の一室で」
「誰か知り合いでもいたの?」
「あ、いや~、知り合いになったというか…」
「いいけど、何かあったら言いなさい。こっちの方が家格は上だし、力になるわ」
「ありがとう。じゃあ、またね」
「ええ」
私たちはスティアーナさんと別れてお昼に。
「お腹空いてないな」
流石にケーキセットを3つ頼んだ後だし。
「なら、この辺のちょっと食えそうな店にしようか」
「そうですね」
「ジャネットさんたちはあまり食べてないですけど、大丈夫ですか?」
「数頼めばいいんだよ。あんたも食うだろ?」
「あ、はい」
ナタリーさんも加わり店に入る。メニューはオークステーキもあるけどここはひとつ…。
「ジュムーアの煮込みください」
「おっ、良いねぇ。あたしもそれにするか。他にも焼いたやつもあるし、リュートたれ出しといてくれ」
「分かりました」
ステーキ系は大体、塩で大雑把に味付けしたものが普通なので、リュートにたれを出してもらうジャネットさん。
「追加で用意するのですか?」
「ああ、あんたも食べてみなよ。癖になるよ」
「では少しだけ…」
料理が運ばれてくると、リュート自家製のたれをつけて口に運ぶナタリーさん。
「おいしい…これはとても肉に合います」
「だろう?ちょっと味が濃いけど、肉の味にプラスしていろんな料理に合うよ」
大満足の食事を終えた後は伯爵家に向かう。今日のところは寄り道してからなので馬車ではなく徒歩だ。貴族街に向かうのに呼び止められるのかと思ったけど、簡単な説明で終わった。話がいっていたのかな?
「アスカ様ですね。お待ちしておりました」
伯爵家の門番さんも通してくれ今日は音楽室に案内される。アナレータちゃんは今日はお昼寝しているとのことで、後で見舞うことになった。
「ようこそ、アスカ様。では、早速レッスンをしたいと思います」
「はい。よろしくお願いします」
私は魔笛を取り出して準備をする。
「まずは音を出せるかです。一音ずつ吹いてください」
「分かりました」
私は一音ずつ正確に吹いていく。ただ、ちょっとだけかすれるんだけどね。
「ふむ、音はきれいに出ていますね。初心者としてはですが。変な癖もないようですし、安心しました」
「ほっ」
「では、もう少し一音ずつきれいに音が出るように練習しましょう。今はかすれていたり、長く音を出した時は不安定になったりしてますから」
「はいっ!」
「ふふっ」
「どうかしましたか?」
「いいえ、この話を受けてよかったと思いまして」
「私も助かりました。中々お願いする先生に出会えなくて」
「実はこの前にも何件かお受けしたことがあるのですが、皆様趣味というか簡単な嗜み程度に考えていて。一曲なんとなく吹ければよいという方ばかりだったのです。それで、あまり受けなくなってしまって…」
「そうだったんですね。王都にいる間だけですけど、頑張ります!」
「こちらこそよろしくお願いします」
こうして3時間ほどレッスンを頑張り、今日のところはお開きとなった。
「もうこんな時間ですか。今日はここまでにしましょう」
「まだできますけど…」
「のどに悪いので。その代わり、手入れのやり方を教えますね」
そう言って、先生は魔笛の手入れを実演してくれる。王都を離れたら自分でやらないといけないし、ばっちり覚えないと!
「さて、では私はこれで」
「ありがとうございました」
私は先生と別れてアナレータちゃんの部屋に向かう。
「起きてる?」
「はい。アスカお姉様。来ていただいてたのに済みません…」
「いいよ、私もレッスンがあったから。調子はどう?」
「それが、とても良くて!実は今日の午前中は少し庭を散歩したんです」
「そうなんだ。良かったね」
「ただ、そのせいか昼過ぎに寝てしまって…」
「いいことだよ。あんまり今まで動いてなかったんだし、十分にリハビリの時間は置かないとね」
「そうですよね。これまでもあんまり寝れないから体力を温存しなさいって、運動はできなかったのでうれしいです」
「でも、急に走り回るのはあぶないから周りの言うことも聞くんだよ」
「はい。そういえば、今日は邸がドタバタしてるんですけど、何か知ってますか?」
「そうなの?私はレッスンしてたから知らないなぁ」
「アスカお姉様も知らないんですね。また今度聞いてみます。それにしてもラシールって成長早いんですね」
「ん?」
アナレータちゃんの言葉でラシールを見る。昨日出ていた新芽がもう伸びている。魔力をずっと吸収しているとはいえかなりの速さだな。
「ラシール、あなた挿し木とかで増えないよね?」
そよ~?
「ティタ、通訳お願い」
「よくわからないと言っています。まあ、枝程度ではこれが限界かと」
プシュッ
怒ったラシールがティタに水を放つも、ティタはそれを水の膜でくるんで水路に放り込む。
「室内で魔法を使うとはしつけのできていない枝ですね」
「す、すみません。私の従魔が…」
「いや、今のはティタも悪いから。でも、ラシール。部屋を水浸しにしちゃだめだよ」
しゅんとなるラシール。ちゃんとアナレータちゃんが主人だということは認識できているようだ。
「それじゃあ、今日はそろそろ帰るね」
「はい。来てもらってありがとうございます、お姉様」
アナレータちゃんと別れ、宿に戻る。そして、翌日と翌々日も伯爵家に向かうと…。
「ようこそいらっしゃいました。アスカ様ですね」
「は、はぁ、そうですけど…」
そこには青年が立っていた。
「どちら様ですか?」
「失礼しました。私はコルク・レヴィンの息子のナゼルと申します」
「息子さんが何の用ですか?」
「いえ、父なのですがちょっと領地で問題がおきまして、昨日のうちに発っております。それで私に引き続きアスカ様の対応をと手紙で伺っております」
「そうなんですね」
「はい。それで顔合わせだけでもと思いまして。あいにく、引継ぎであまり顔を見せられないと思いますが…」
「あっ、ご心配なく。私はアナレータちゃんの容態確認と魔笛のレッスンに来ているだけですから」
「そう言っていただけると助かります。妹のこともありがとうございました。何かあれば執事に言えば私に会えますので」
「ありがとうございます」
一応お礼を言って私はアナレータちゃんの部屋に向かった。
「ふぅ、緊張しました」
「挨拶は済ませたようですね」
「ミリーさん…でしたか?父上は本当に文にあるようなことを?」
「はい。シェルレーネ教の方は今後の祈祷のこともあり、何とか目を瞑っていただけたようですが、王家の方はそうはいきませんので。当初は目立たないように巫女様方が去ってからの予定でしたが、アスカ様がかなり御父上を警戒しておられましたので、早々に隠居していただくように陛下に進言しておきました」
「はぁ、妹のためとはいえ頭が痛い」
「領地でも前領主に過剰に権力が行かないようにすることと、今後数年間は租税増・並びに王家からの分配金の削減の文も預かっております」
「…これは数年間は邸の維持もぎりぎりの生活だな」
「それに関しましては妹君の嫁入りで何とかなるかと。今保有されている従魔と一緒に南部へ嫁げばどうにかなるだろうと」
ぱさっ
「この金額ではそれしかなさそうですね。まだ12歳なのが幸いです。早めにあちらの領主と話をしなくては…」
アスカという少女にはああ説明したものの、領地は何の問題も起きていない。ただ、王家から今回の責任を取ることとして隠居の命令が出たのだ。まあ、手紙の内容の通りなら隠居で済ませてくれただけでもありがたいが。
「本当に取り潰しにならなくてよかった。まさか、新妻に明日から平民になるとは言えんからな」
ナゼルはそうつぶやくと執務室に入っていった。首はつながったとはいえ、ろくに引き継ぎもできていない。領地のことだけでなく王都のこともすぐに覚えなければならないのだ。しばらくは旅行もなしだなと肩を落としながら机に積まれた書類に向かったのだった。




