こぼれ話 鮮血の剣士
俺の名はグランベル。親父はデグラス王国の王都で鍛冶屋をしている。小さいころに母親を亡くした俺はずっと親父の鍛冶屋で育った。そんな俺が鍛冶屋になったかというと、俺は兵士になった。なぜなら、親父に会いに来ていた兵士や冒険者に憧れたからだ。
「最初は冒険者になろうと思っていたんだよな。だが、親父の店に来る冒険者もひとりまたひとりと来なくなっちまって、流石にと思って兵士に応募して、まさかこうなるなんてな……」
冒険者である危険性を親父を訪ねて来る冒険者の入れ替わりで感じた俺は、それよりは安全だろうと兵士になることにした。町配属なら安全だし、まっとうな職で親父を安心させることもできると思ったからだ。
「それがミクシリス帝国のやつらめ」
ミクシリス帝国はデグラス王国の北西に位置する帝国だ。ガザル帝国滅亡後、その後継となるバルディック帝国以外では唯一の帝政を布いている。この大陸でいまだに領土の拡大に熱心で、我が国にもちょくちょくちょっかいをかけていた。
「お前は北方の所属だ。せいぜい頑張って帰れるようにしろよ。成績優秀者君」
「し、指導官! 本当にあそこに?」
「そりゃそうだ。優秀な兵士は戦場でこそ役に立つんだからな。まぁ、頑張れば帰れるって。俺もあそこ帰りだからな」
ガハハと笑う指導官。でもあんた、あそこで片腕になって帰ってきてるじゃないか! そう言いたいのを飲み込みつつ現地へ向かった。他にも五十人ほど配属が決まったが誰も彼も顔は暗く、途中で出会った山賊などでうっぷんを晴らしながら北の町へたどり着いた。
「お前ら、よくここへ来た! 今日は街で休むといい。だが、明日からはこの先の砦務めだ。簡単に街に降りられると思うなよ!」
「は、はいっ!」
「よーし、返事だけは一人前だな。明日からガンガン行くから覚悟しておけよ」
「はぁ~、全くとんだところに来ちまったな。お前、名前は?」
「グランベルだ。あんたは?」
「テオだ。よろしくな」
こうして配属先の砦に向かうとそこは地獄だった。毎日の訓練に傷病兵の手当て。物資はまだ街が近いからそこそこあるものの、たまに敵の伏兵に襲われるため命懸けだ。
「大隊長! 今日はやつら来てそうですよ」
「そうか。なら、確認してこい。今日の補給班はグランベル、お前の隊だ」
「というわけで今日の補給隊はうちの隊になった」
配属から半年、小隊長となっていた俺は隊員に今日の予定を告げる。
「ひょっとして今日って……」
「多分待ち構えているだろうから、二人は盾を持て。残りの四人で敵を蹴散らすぞ!」
「よく毎回のように待ち伏せに遭いますねうちの隊」
それが自分の進言によるものとは言えないのでグランベルは黙っていた。そして、町で食料等を買い込み帰る途中……。
「案の定ですよ、隊長」
「敵の位置はさっきの矢でつかんだな! 盾組は矢の方へ突進しろ。俺たちはその横から一気に攻め立てるぞ!」
「おお~……」
敵に遭い過ぎてやややる気がない部下を尻目に一気に突っ込んでいく。盾が前に出たのなら相手はその後ろに意識が行くはず。その隙をついて一気に間を詰める!
「なっ!? 一人だけ突っ込んでくるぞ!」
「そいつに合わせろ」
相手の方だってこっちの見張りの間隙を突いてここまで来ている。人数が多くないのはどちらも一緒だ。俺はなけなしの魔力で火の玉を作ると敵の方へと放つ。
「避けろ! あれぐらいの規模ならかわせる」
相手が避けたのを見てしめしめと思う。
「さあ、こっからだぜ!」
相手は十人ほど。今は弓使いが距離を取っているから、矢が飛んで来ることはない。この隙に一気に数を減らす。
「はぁっ!」
ひとり、またひとりと切り捨てていく。三人ほど切った後、矢が飛んできた。
「あぶねぇ!」
ここからは部下が来るまで時間稼ぎだ。腰に下げていた小型の盾で相手をいなしつつ。到着を待つ。
「こいつ、ひとりのくせに! うわっ!?」
「隊長! 行くのが早いですよ」
「来たな。反撃だ!」
一気に合流した部下と攻め立てる。
「くっ、作戦は失敗か。退却だ!」
「隊長! 相手が逃げます」
「放っておけ。それより、こっちの息のあるやつらだ」
助かる見込みのないやつは楽にさせて、残りは捕虜だ。情報はどこでも大事だからな。
「隊長、本当に追撃はしなくていいんですか?」
「ああ、さっき……見てないか。俺があそこに火の魔法を放っておいた。見張りが今頃、砦に連絡して退路を断っているだろう」
「流石隊長! これじゃあ、あっという間に大隊長ですね!」
「こら、調子に乗るな」
調子よく軽口を叩く部下をゴンと軽く殴る。
「いって~、なにも殴らなくても……」
「ここ数日、押されているのを知ってるだろう。司令官の耳に入ったらどうするんだ」
「はぁい」
砦に戻ると捕虜にした兵士の尋問結果を待つ。
「大隊長。尋問の結果はどうでした?」
「うむ。向こうは食糧事情が良くないらしい。我々は街が近いから短期的に食料を補充しているが、彼らはかなりきついようだ」
「しかし、まだそんなに尋問開始から時間が経ってないでしょう。そんなに早く吐いたのですか?」
「ああ。新兵も混ざっていた。向こうも人員は不足しているのだろう。この周辺では戦闘状態といっても戦争状態ではないからな。不用意に熟練の兵士を送り込めんのだろう」
「……大隊長。恐れながら申し上げても?」
「なんだ?」
「それでしたら今日の食料強奪任務に新兵を入れないかと」
「つまり偽報だと? しかし、そんな必要があるのか?」
「向こうが人員不足なのはそうだと思います。戦っていても感じますから。だからこそ、戦争にしたいのではないかと」
「食糧不足を好機と捉えて砦を落とそうとした我が軍に宣戦布告する気だと?」
「それで電撃作戦でこの辺り一帯を手に入れて講和すればいいのです。この長く続いた戦闘を終わらせることもできますし」
「上層部にお前の考えを元に作戦を立て、掛け合ってみよう」
その後も戦闘は続いたものの、俺の読み通り相手の作戦をつぶしたため、向こうは宣戦布告の理由を失ってしまった。こちらから仕掛けない以上は大義名分が立たないのだろう。我が国は隣国との関係も悪くないし、国境を多く面している帝国としては一気に攻めいるか、一度に少しずつ切り取るかしかできない。そして、数年後…。
「グランベル! これまでの功績をもって大隊長の任を解き、この砦の副司令官に任命する。今後は本格的にこちら側で働いてもらうぞ」
「はっ! 司令官殿」
多くの功績を上げ、俺は副司令に上り詰めた。その後も精力的に動き、とうとう半年後には帝国と不可侵条約を結ぶことになった。
「皆も知っての通り、帝国との不可侵条約が結ばれた。これでこの地にも平和が訪れるだろう。とはいえ、数年間はこの砦が前線のままだ。しかし、長年詰めているものは王都へ帰還することとなる。王都帰還組に関しては後ろに張っておいたからな。きちんと見て、準備をしておくように。残るものに関しても人員整理のため移動があるからな。忘れるなよ!」
「副司令官!」
「ん? ガイウスか」
「副司令官はどっちなんですか? 帰還組ですか?」
「さてな。今回の辞令は俺も聞かされてなくてな。司令官殿ではなく王都からの指令だろう」
「そうなんですね。俺はどっちかな~」
俺もどちらでもよかったが、立場を考えると荷物は多いので見ておくことにした。
「げっ! 俺は残留かぁ。流石に帰りたかったけどな~」
「残念だったな。俺はと……」
「隊長……副司令は帰還組ですよ。良かったですね」
「済まんな。先に帰らせてもらう」
「元小隊は半分居残りですね。チクショー、半々だったのにな~」
「代わろうか?」
「よしてくださいよ。副司令って一度もここに来てから帰ってないんでしょ? そんな人を残せませんよ」
「済まないな。では、一足先に帰るとする」
「はいはい。暇になったら来てくださいよ。もちろんお土産付きで」
「ああ、約束しよう」
こうして、俺は数年ぶりに王都へ帰還した。王都へ帰る際には沿道で歓迎された。長年、あの地域で戦闘が続いていたのは公然の秘密となっていたので、皆ほっとしているのだろう。
「北方隊ばんざーい!」
「王国軍勝利!」
「副司令官、すごい歓迎ですね」
「ああ、別に戦争という訳でもないのにな。それだけみんな不安だったのだろう」
「しっかし、戻ったらどうしますかね。隊長はなんか予定ありますか?」
「何も。だが、実家には顔を出すがな」
「実家って鍛冶屋の?」
「ああ。よく覚えていたな」
「いやぁ~、たまに支給品の剣に隊長のところの剣が紛れてて。あの剣、耐久も切れ味も良くて重宝してたんですよ」
「それはよかった」
一緒に砦に来た友人も多くの部下もこの数年間に失った。戦争ではないといっても、それなりに死傷者もいたのだ。親父の武器がこいつの命を救ったのなら、俺も嬉しい。
王都の町を歓迎を受けながら王城に向かう。
「簡単なパレードまで行われるとは思ってもみなかったな」
「副司令! 明日は戦功授与式が行われます。各隊の大隊長と副司令は出席をお願いします」
「分かった。今日はどうしたらいい?」
「このまま王城の一室をお使いいただいても、王都に家があるのでしたらそちらに帰られても結構です」
「じゃあ、実家に戻るぞ」
「はい、ではまた明日」
王城を出るとさっそく親父の元に向かう。元気にしているかな?
「帰ったぞ」
「うん、誰だ? 今日は仕事はないはずだが」
「親父。俺だ、グランベルだ」
「お、おおっ!? 本当か! 兵士になってすぐにあの砦に配属されて、もう駄目かと思っていたのに、この前帰ってくると手紙が届いたのは本当だったんだな」
「なんだよそれ。嘘の手紙が届くわけないだろ」
「だがな。お前と同期で一度も帰ってこなかった奴はいないんだぞ。帰ってくる奴と言えば……」
そう言って親父は口をつぐむ。まあ、同僚も結構やられたからな。初めてあっちで話したテオも数年前に殉死していた。別の大隊の作戦が失敗し、しんがりの部隊の隊長を務めたのだ。あいつらしいと思ったが、馬鹿らしいとも思った。腕も指揮能力も良かったのにあんなところで死ぬなんてな。
「明日は叙任式だそうだ」
「終わったらどうするんだ? ここに住むのか?」
「どうだろうな? 一応砦の方では副司令官だったから、それなりの邸がもらえるんじゃないか? もらえたら親父も住むか?」
「お前そんなに偉くなってたのか! だが、そんなお堅そうな家はごめんだな。豪勢な邸からこの工房に勤務するのはおかしいだろう?」
「親父はまだ仕事を続けるのか?」
「当たり前だ。打てる内は打つ。これが俺の信念だ。そうそう、お前が帰ってくると聞いていいものを用意しておいたぞ」
「いいもの?」
「こいつを見ろ」
親父がバサッと奥にある布を取り払うとそこには赤褐色の鎧があった。
「これは?」
「ミスリルと銀と魔鉄を混ぜた鎧だ。なんでもお前、鮮血の剣士だなんて呼ばれてたそうじゃないか。それに合わせた鎧を用意したんだ」
「そ、そうか」
親父の気持ちは嬉しいし、おそらく鎧は支給品の何倍も良い物だろう。だが、軍隊でこんなハンドメイドの高性能な物の着用が許されるかどうか……。
「駄目元で明日聞いてみるか」
配属先にもよるが不可能ではないかもしれないと思い、その日は砦の思い出などを話しながら何年かぶりになる実家で寝たのだった。
翌日、時間通りに登城すると大隊長を始めとした連中が集められる。
「こちらから謁見の間に行きます。失礼のないようにお願いします」
「はっ! お前ら、分かっているな?」
「「了解!」」
「統制が取れていますね」
「戦場と思えばこれぐらい何ともありません」
こうして俺たちは謁見の間に入っていったのだった。
「面を上げよ。お前が北方砦の副司令官か?」
「グランベルと申します。陛下」
「うむ。お前の活躍は司令官の方から何度も聞き及んでおる。あやつが大隊長からの部下だともな」
「はっ、司令官にはお世話になりっぱなしで……」
「ふっ、よい。そなたには長年の戦功の褒賞としてクローウェル男爵の位を授ける。土地は王都南の小さな村2つとなるが、心して治めるがよい」
「はっ、ありがたき幸せ」
「他のものもご苦労であった。そなたらにも相応の褒美を用意している。のちに執務官より目録をもらうがよい」
「は、はっ!」
自分たちにも声がかかると思っていなかったのか、後ろ手の指で指示して返事をさせる。
「他に何か欲しい褒美はないか?」
「陛下、僭越ながらお願いがございます」
「ん? クローウェル男爵、何か?」
「実は私の父親は鍛冶屋を営んでいるのですが、先日帰郷に当たり鎧を作ってくれまして。その鎧を公式の場で着用する許可をいただけないかと……」
「ほう? 確かそなたは戦場で鮮血の剣士と呼ばれていたとか」
「お恥ずかしながら、そのような名をいただいております」
「その鎧がそれに見合うものであれば構わぬ。戦場の英雄の畏敬を高めるだろう」
「陛下! よろしいのですか?」
「報告書を見ればこの者は十七歳から七年近く、一度も帰らずに砦で戦っていたとある。それぐらいしても構わんだろう」
「承知しました。クローウェル男爵、特例としてその鎧の着用を認めますので、後日城に持ってきてください。着用の許可証を鎧に刻みます」
「承知いたしました」
「面白そうだな。男爵、その鎧を持ってくる時には騎士団に寄るように。ぜひ貴殿の腕を見てみたい」
「承知いたしました」
こうして俺は男爵位とともに親父の鎧をつける許可を陛下直々に頂いたのだった。
「それでこうして男爵の応接間には鎧が飾られているのですな」
「ああ。この鎧は鍛冶屋の親父の傑作にして、私を表すものだからな。こうしてここに飾っているのだ。部屋も近くだから緊急時にはすぐに着用して現場に赴ける」
「それは心強い。それで、見回りをする騎士団への納入の件ですが……」
「ああ、そうだったな。武器は?」
「こちらになります」
「見回りならこの程度か。金額は? 鎧や盾も一緒にな」
「はい。こちらにあります」
「ふむ。この金額か、少々高いな?」
「これまで戦争……いえ、戦闘が長引いていたのでこういうものは値上がりぎみでして……」
「それなら不可侵条約が結ばれたのだから下げるものではないのか?」
「製造にかかわる素材はその前に調達したものでしたので」
「では、今回の契約はその調達分のみにしよう。それ以降は再び入札ということで」
「待ってください、それでは当初の数と差が……」
「こちらにも予算があるし、高値で引き受ける訳にはいかない」
おそらくだがこの商人が値を釣り上げて、過剰にもうけを取るつもりだろう。後で親父にも聞いてみるか。
「し、仕入れ担当者に少し確認させていただきます」
「ああ、数日後にまた会おう」
親父の鎧を褒められて悪い気はしないが、それとこれとは別問題だ。武器はよりよく、資金は抑える。戦場では数が必要なのだから当たり前だ。
その後も二つの村を統治し、王都を見廻る騎士団の責任者を歴任した。三年後には村の見回り中に魔物の群れに出くわし、連れてきた騎士たちとともにせん滅した。それを機に村周辺の環境を整え、新たに二つの村の中間に大きめの村を作ることとなった。この村により王都南からの安全が確保でき、引退するころには町に発展し陛下からは子爵に任じられた。
「あなたお疲れさま」
「ああ、いつもありがとう」
「それにしても不思議ね。私みたいな村娘が子爵夫人だなんて」
「そんなことを言ったら、俺だって元は鍛冶屋の息子だぞ?」
俺は魔物撃退時に出会った女性と結婚していた。村の周辺には魔物がたびたび現れて、見回りを強化した時に料理を持ってきてくれたり、宿の手配をしてくれ仲良くなったのだった。子どもも息子と娘が一人ずつ。貴族とはいえ両親ともに平民の出だが、何とか婚約者も見つけたし、後は大きくなってくれるのを待つばかりだ。
「俺もそろそろ引退だし、邸も街の方に移るか」
「それは構いませんけど、引っ越しの準備は手伝って下さいね」
「ああ」
そして、引っ越しの当日。
「あら? あの鎧は置いていくんですか?」
「ああ。こいつも今の俺が使うこともないだろうしな」
見廻りついでに魔物に出遭うこともあるかもしれないが、もうあの辺りは低級な魔物しか出ない。こんな豪華な鎧は不要だろう。
「ひと段落したら墓参りだな」
「またですか、本当に大事な方だったのですね」
「それもあるが、誰も来ないのは寂しいものだ」
俺は毎年二回はテオを始め、戦友たちの墓参りに行っていた。今回は以前に行ったばかりだが、知らせることもあるので行くことにした。
「テオ、久し振りだな。今日はすごい知らせだぞ。貴族になったと思ったら今度は子爵だ。お前だって今頃は成れていたかもしれないのになぁ。そうだ、少し前にそっちに行ったガイウスは元気か? 戦傷がもとでな、残念だったよ」
俺も後何度ここに来れるか分からないが、残りの日々を過ごしていくだろう。毎日のように剣を振る日々を懐かしみながら…。




