1つの解決
「皆さん、契約が終わりました」
「本当か!?長くかかっていたようだが娘は?」
「大丈夫です、契約の注意などを説明していたので。ただ、直ぐに病状が良くなるかは私にもわかりませんから、経過は慎重に見てください。では、どうぞ」
私がアナレータちゃんの部屋にみんなを入れる。
「ん?従魔ってもっと小さくなかったっけ?」
「ああ、アナレータちゃんの魔力を吸ったからか変化したみたいです。ティタによると魔力量も増えているので、これでひと安心ですね」
「しかし、またアナレータの魔力が大きくなったら…」
「それなんですが、この子も今は枝みたいな姿ですし、将来的には木になると思います。大地に根を張って大きくなれば全く問題ないかと」
「そ、そうか!良かったな、アナレータ」
「いいえ。全部、アスカお姉様のお陰です」
「本当に水の巫女様にお願いしてよかった」
「水の巫女は私だけどね」
「ムルムル、どうどう」
「それじゃあ、今後のことについて少し話があるから隣に移りましょう」
ムルムルの言葉を合図に私たちは隣に移る。
「それで、今回の騒動の責任だけれど…」
「はっ」
「まず、言いたいことが3つ。1つはさっきの魔吸病の暫定的な治療法をギルドに登録して広めること。もちろん、使用に関しては無料として、貴族・平民問わず領を上げて取り組むこと。2つ目は今回の出来事を外に絶対漏らさないこと。こっちとしても騒動はごめんだし、一貴族に肩入れしたなんて知れたらどうなるか。3つ目、今後10年にわたって神殿か孤児院に対して一定の金額を納めること。金額はあとで相談して提示するわ。以上ね」
「ム、ムルムル。金銭って…」
「当然よ!アスカのおかげで早くに解決できたけど、これが長引いたらどうするつもりだったのかしら?明日には孤児院の訪問もあるのよ?孤児院にこの騎士たちを連れて行けっていうのは無しよ。何よりね、この人は貴族という特権を利用して私に会いに来たのよ。予定を知っていたのもそうだし、騎士を連れてまで訪れたのもそうよ。同じことはね、平民にはできないの。そんな人間を許すわけにはいかないわ」
「う、うむ。わかりました」
ムルムルの強硬な態度には伯爵もびっくりしたのか、押され気味だ。
「そうそう。これはシェルレーネ教からだけね。アスカからは何かないの?別に何でもいいのよ。あなたの功績が一番大きいんだから」
「私の欲しいものって言ってもなぁ…何かあったかな?」
「あるだろ。銀にミスリルに魔石に色々と」
「そ、そういうのはちょっと。まあ、神像を作る分には欲しいけど」
「では、旅先で神像を作る際には私が指定する口座を支払いにお使いください。なに、こちらと取引のある商会を使いますから、相手にはわかりませんよ」
「他にはないの?最近困っていることとか」
「最近…あっ!?」
「あるの?」
「うん。魔笛の稽古を付けてくれる人を捜してくれますか?」
「魔笛ですか?」
「はい。私は聖霊を信仰しているので、ムルムルたちと一緒の舞ではいけないので、魔笛を取り入れようとしたんですけど中々うまく吹けなくて…」
「奏者は女性の方で?」
「はい」
「承知しました。貴方は娘の命の恩人です。必ずや名手を捜してきます」
「他にないの?また何か思いついたら言いなさいよ。少なくとも私の要求以上はする資格があるんだからね」
「ミリーさんも今回はありがとうございました!」
「ミリー?あの人どこにいるの?」
「はっ!」
「うわっ!?びっくりした。アスカ、よく気づいたわね」
「助けてもらったし、なんとなく気配が分かるんだよ」
「すごいですね。これでも気配を消すことには自信があったのですが…」
「まあ、王都にいる間には連絡を取れるんだから遠慮しないようにね」
「うん。でも、連絡はどうやって取ろうか?こっちから行くのも目立っちゃうよね?」
「そうねぇ」
「それなら私がやりましょう。どの道、ムルムル様たちの連絡係をやりますので」
「それもそうね。任せるわ」
「御意」
う~ん。でも、ミリーさんは王家の使いだし伯爵家の人が使ってもいいのかな?本人がいいって言ってるしいいのかなぁ。そんな疑問を覚えながらも明日の打ち合わせだ。
「明日は孤児院訪問だからここに来るのはどうしようか?馬車2台で帰る?」
「だめよ。一緒に停まってる時点で怪しいわ。そうね…私たちが乗ってきた馬車を先に返してそのあともう一台付けるようにするわ。それならまだましでしょう。ミリーよろしくね」
「はい、そのように取り計らいます」
「じゃあ、今日は解散かな?」
「そうね。疲れたわ。あっ、神殿の子にお菓子買うの忘れたわね」
ムルムルがちらりと伯爵の方を見る。
「手配をしておきます」
「くれぐれも目立たないようにね」
帰る前にもう一度アナレータちゃんに挨拶をする。
「それじゃあ、私たちは一度帰るね。また様子を見に来るから」
「本当!?また来てくださいね、アスカお姉様」
「うん」
乗り掛かった舟だしまた来るけど、伯爵様に会うのはなぁ。そんなことを考えながらみんなが乗ってきた馬車に乗り込む。
「あれ?ジャネットさんたちは乗らないんですか?」
「この馬車じゃ4人がせいぜいだ。三人で乗ってな」
というわけで私たちは馬車に乗り込んだ。
「それにしても神官騎士さんが乗るなら一緒に乗ればいいのに…」
「まあ、この鎧は目立ちますからね。だから、ファナたちはしてなかったでしょう?」
「そういえば」
こういう時のためじゃないけど、神官騎士さんたちは地味な鎧も持ってきているみたいだ。各村を訪問するのにあまりに豪華だと向こうが委縮しちゃうからだって。
「さてと、宿に着いたし休みましょうか」
「そうだね。今日は疲れたよ」
「アスカも?ゆっくりしなさいよ」
「うん。ムルムルもお疲れ~」
従魔を捜したり、魔力を渡したりと流石に今日は疲れたので宿のベッドにダイブする。
「行儀悪いよ」
「今日は疲れたからいいんです」
に~
私に続きキシャルもやってきた。
「キシャルも一緒に寝る?」
に~
私に返事を返したキシャルはそのままくるんと丸まってベッドに入った。
「じゃあ、私も…」
こうしてこの日は夜まで寝て、ご飯を食べたらまたすぐに眠ってしまったのだった。
「アスカ~、起きなさい。朝よ」
「うん…。朝?」
「そうよ。ほら、一緒に朝ごはん食べましょう」
「分かった」
まだ、眠ったままの頭で部屋を移動して朝ごはんを食べ始める。
「うん、今日もおいしい。リュートありがとね」
「なにボケてるのよ。食べ終わったら着替えるわよ」
「はぁ~い」
部屋に戻って動きやすい服に着替えると、再びムルムルの部屋に行く。
「お待たせ~!」
「アスカって本当に得な性格よね。さっきとは別人だもの」
「これはみんなやられてしまいますね」
「?武器は持ってないけど…」
「まあいいでしょ。馬車の準備はできてるから行きましょうか」
ムルムル、イスフィールさんと一緒の馬車に乗り込む。目的地は孤児院だ。場所は昨日行った従魔保護施設の南になるらしい。
「ここの孤児院はどんなところだろうね~」
「アスカ様は他の孤児院にも行くのですか?」
「旅先でちょっと寄ったり、アルバに居た時はリュートやノヴァが出身だったし、泊まったこともありますよ」
「そうなんですね!それは素晴らしいです」
イスフィールさんに褒めてもらったところで馬車が孤児院に着いた。
「お待たせしました。どうぞ、お降りください」
ファナさんに手を引かれて馬車を降りる。
「ここが王都の孤児院…やっぱり、他の町よりいい建物ですね」
「ええ。貴族からの寄付…これは服や金銭どちらもになりますが、比較的集まりやすいですから。地方ではその領地の貴族や領民の支援だけですからこうはいきません」
「やっぱりそうですよね。それにしても、豪華です」
正直、ちょっとしたお邸ぐらいある。そんなことを考えていると、建物からひとりの男性がやってきた。
「おや、ひょっとして…」
「ええ。今日訪問することになっていた水の巫女の一団です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いいたします。わんぱくな子ばかりですが…」
「元気なのはいいことだわ。とりあえず、書類を片付けましょうか」
「はい」
「私は?」
「アスカはどうしようかしら?先に遊んでてもいいわよ。ほら」
ムルムルが孤児院の方を指すとすでにちらほら子どもたちの影が。どうやらこの日を楽しみにしてくれていたみたいだ。
「そうしよっかな?みんなも連れてきてるし」
従魔のみんなは他の孤児院でも人気だったし、今日は秘策もあるのだ。
「それじゃあ、そっちは任せるわね。イスフィールもこっちね。あなたの経験にもなるでしょうし」
「分かりました」
私はムルムルたちと別れて子どもたちの方へと向かう。
「おねえちゃんがみこさま?」
「一応ね。みんなが思ってるのとは違う巫女だけど」
「??」
まあ、子どもには難しいよね。
「それよりずっと待ってくれてたんだよね。遊ぼうか」
「いいの?院長先生とのお話は?」
「それは別の巫女様がやってくれてるから大丈夫。ほら、みんなの為にこの子たちも来てくれたんだよ」
「この子?まもの?」
「うん。でも、従魔って言って私の言うことは聞くんだよ。試しにやってみるね」
私はアルナに指先にとまるように指示する。そのあとは肩・頭と場所を変えていく。キシャルはほら、もしかしたらね…。
「すご~い!おりこうさんだ~」
「でしょ?こっちの子はたまにいうこと聞いてくれないけど、優しい子だよ」
フォローを入れつつキシャルも紹介する。
「ふわふわそう!さわってもいい?」
「いいよ」
子どもが手を伸ばすが、キシャルは私の右肩から左肩にひょいっと移動する。
「もう、キシャルったら」
「逃げちゃった…」
「ごめんね。熱いのが苦手だから、ちょっと最初はこうなっちゃうの。慣れたら大丈夫だから」
「ほんと~」
「ほんと、ほんと。ね、キシャル?」
あんまり動かないでねとキシャルに頼む。
に~
「あとでアイス?わかったよ」
取引成立ということで、少し子どもたちに触らせるキシャルだった。




