アナレータとラシール
「伯爵様。そちらはどうですか?」
「うむ。一通り見て回ったがやはりいないようだ」
がっくりと肩を落としてこちらに来る伯爵。
「それなんですけど、ひとりだけ条件に合いそうな子がいました」
「本当か!それで、それはどれだ?」
「この子です」
「この子は先ほど見られたアクアドレインウィードですね。本当にこの子で?」
「実際に会ってみないとわかりませんけど、おそらくは」
「君、試しに娘に合わせることは可能かね?」
「それは構いませんが、施設の外となると一度引き取る形になりますが…」
「構わん」
話がまとまったところで、ジャネットさんたちとも合流する。
「アスカ、こっちは駄目だったよ」
にゃ~
「僕の方も強い魔力となると…」
ピィ
「やっぱりそう簡単にはいかないよね。こっちは何とかなりそうな子がいたの」
「本当かい?」
「はい。今、手続きに入っているところです」
「ふむ。こいつの引き取りに金貨10枚もかかるのか…」
「申し訳ありません。一見役に立たないようでも、エサに魔力を帯びた水が必要でして。これまで結構金がかかってるんですよ」
アクアドレインウィードを食べさせるためにたまに冒険者に来てもらったり、見回りの騎士さんたちに協力してもらったりと、施設側も倹約には力を入れているものの費用がかさんでいるらしい。他の魔物とご飯を共有できないのも原因だそうだ。
「まあよい。では、連れて行くとしよう」
小さなかごに入ったまま伯爵が持とうとしたので、私が受け取る。
「邸に付く前におびえちゃいますから、私が持ってますね」
「そうか。よろしく頼む」
護衛が何か言いたそうにしていたが、そこは魔物使いの私に何か言ってはこなかった。
「ただいま~」
邸に戻ってきた私たちは一度、アナレータちゃんの隣の部屋に集まって結果を報告する。
「お帰り。それで成果はあったの?」
「どうかな?でも、何とかできそうな子は見つかったよ。この子だよ」
私がかごから魔物を出すと、メイドさんたちはびっくりしたように下がった。
「ちょっと、かごから出して大丈夫なの?」
「うん。元々強い魔物でもないからね」
「それじゃあ、早速開始するの?」
「そうしたいんだけど、ちょっと事前にやることがあって…その、アナレータちゃんと2人きりにしてもらえないでしょうか?」
「従魔契約はそこまで簡単なのか?」
「簡単かは…この子がアナレータちゃんと契約するかどうかにかかってますし。なので、極力人を入れたくないんです」
「しかしだな…」
食い下がろうとする伯爵にメイドさんが一歩、歩み寄る。
「なんだ?」
「レヴィン伯爵。これ以上、巫女様方に干渉するのであればここで王家へ報告させていただきます。もちろん、治療も中断して」
「なっ!?メイドが何を…」
ん?あの顔は…。
「ミリーさん?」
「アスカ様、ムルムル様。王城以来ですね。宿に戻られないのでこうして捜しにまいりました。伯爵、私は現在どのような状況に巫女様方が置かれているか調査中です。しかし、これ以上行動を妨げるのであれば国益に背く行為として即座に王家に報告します」
「そなたは王家の…。わかった。アスカ様、娘をよろしくお願いします」
「では、私たちのみで入りますね。補助としてこちらの従魔も連れて入りますので」
私はティタとアクアドレインウィードを連れてアナレータちゃんの部屋に入る。
「こんにちわ。アナレータちゃんの従魔を連れてきたよ」
「わたしの従魔?でも、わたしと契約してくれるの?」
「アナレータちゃんならきっと大丈夫。自信を持って!」
「は、はいっ!」
こういうのは気合というかやる気も大事だからね。
「その前にこれだけは約束して。ここで今から見たことは誰にも話さないって」
「どうしてですか?」
「あんまり普通の人にはできないこともあるから。私は人に騒がれたくないんだ」
「…分かりました。アスカ様の言う通りにします」
「うん。ありがとう。それじゃあ、さっそく始めたいんだけど、ティタ。この子を進化させるのはどうするの?魔力を与えようにも私は水の魔力を持ってないんだけど…」
「ご主人様は私に魔力を送ってください。送ってもらえばその魔力を私が水の魔力に変換いたします。そして、この子に渡せば、水の魔力がないご主人様から間接的に渡すことができます」
「へ~、そんな便利なことができるんだね」
「あっ、言っておきますが、かなり微妙な魔力の調整が要りますので、人間ならAランク以上でないとまともに成功しませんよ。ミスしたら大量の魔力を受け取る側は大変なことになります」
「そ、そうなんだ」
ちらっとリュートにやってみて、リュートでも上級魔法が使えるよってやりたかったのにな。
「では、早速やってみましょう」
ティタの言葉で私とティタ、ティタとアクアドレインウィードが手をつなぐ。
「魔力を流すよ」
「お願いします」
すっと目を閉じてティタの方へと魔力を流す。そして変換された魔力がアクアドレインウィードへと流れていく。
「…まだいけそう?」
「はい」
ファサファサ
私たちの気づかいとは裏腹にアクアドレインウィードは水の魔力をもらって元気いっぱいだ。
「もう少し送ってもらえますか?」
「大丈夫?余り魔力が強くない魔物だけど」
「大丈夫そうです。もう少しで限界に達しますから」
「分かった」
そして、1分ほど送るとケプッとげっぷをする仕草をして座り込んだ。
「そ、その子大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。あとは進化するかどうかだけど…」
しばらく待っても中々変化がない。う~ん、何がいけないんだろ?
「ふむ。どうやら魔力だけではきっかけが足りないようですね。数日かければ大丈夫でしょうが、時間を取るのもあれですし、手っ取り早く一度ご主人様が名づけをしてしまいましょう」
「えっ!?私の従魔にするってこと?」
「すぐに解除するので問題ありません」
「えっと、良いかな?あなたが水の魔力をもらうのに必要なんだけど…」
ファサ
「もっとくれるならいいといってます。まったく、強欲な」
「あはは。それじゃあ、名前はアナレータちゃんが付けて。この後、アナレータちゃんの従魔になるんだし」
「私ですか?う~ん、この子って男の子なんですか?」
「どうなんだろう?草ってそういうのあるのかな?」
「どちらでも構わないのでは?そこまで表情が変わることもありませんし」
「ティタ…」
出会い方もあまりよくなかったし、ティタ的には興味ないんだろうな。
「じゃあ、女の子だとして…ラシール。ラシールはどうでしょう?」
「ラシールだって。気に入った?」
そよ
私が話しかけるとぴかっとアクアドレインウィードが光る。どうやらうまく契約できたようだ。
「ふふっ、気に入ったみたいだよ。あとは…」
ラシールとつながったことで直接魔力を送ってみる。すると、ラシールは枝人間みたいに細いながらも大きく成長した。
「ほんとに進化した。ティタ、これでどうかな?」
「魔力は大体85というところですね。これだけあれば吸収と消費で何とかなるでしょう」
ビッビッ
「なんて言ってるの?」
「消費だなんてもったいないって。全く、あなたの魔力じゃいっぱいになるわよ。さ、それじゃあ、こいつの譲渡を」
「う、うん。さあ、ラシール。アナレータちゃんの従魔になるんだよ」
「えっと…よろしくね、ラシール」
しかし、なぜかラシールはアナレータちゃんの方に向かわない。
「どうしたの?」
「この子から魔力があまり感じられないって言ってますね」
「あ、ごめんなさい。さっき辛かったから、ちょっと魔力を出してしまって…」
「そうだったんだ。ちょっとだけ魔力を出してもらえる?」
「はい」
アナレータちゃんが水の魔力を体の周りに放出すると、すぐにラシールは反応してすり寄っていく。
「本当に現金な奴だわ」
「まあまあ。お互い大事なパートナーになるんだし」
「改めてよろしく、ラシール」
ビキッ
ラシールがアナレータちゃんに応えると光が広がり契約が終了する。
「ティタ、どうなの?」
「きちんと従魔契約は終わりました。ただ、アナレータの実力がありませんから、仮契約ですけど」
「そこはしょうがないよね。お互いの目的は一致してるし、大丈夫でしょ」
「それで、わたしはこれからどうしたらいいんですか?」
「まずはこれまで通り生活してみて。どちらかというとアナレータちゃんは何もしなくていいんだ。問題なのはラシールの方」
はてなとこっちに向き直るラシール。
「あのね、ラシール。アナレータちゃんは際限なく魔力を吸収するから、あなたが代わりにその魔力を引き受けるの。特に寝ている間は吸収速度が上がるからずっと見ておいてね。それで魔力が限界までたまったらどこかに放出して。放出するところはあとで伯爵様とお話してね。わかった?」
私が言ったことをティタにも通訳してもらって説明する。
「要するに、限界まで食べてもいいけど、それ以上の分はほったらかしにしないでちゃんとどこかに出すこと。わかったわね?」
ビキッ
ティタに説明され枝を上にあげてわかったと返事をするラシール。
「わっ!従魔とお話しできるんですね、アスカ様の従魔は」
「まあ、ある程度はね。私はラシールの言ってることはほぼわからないけど」
「わたしも分かるようになりますか?」
「これから長く付き合うんだし、分かっていくと思うよ。あとは、今は根っこがむき出しだし、鉢植えにでも移してあげないとね」
ラシールは今、高さ30cmほどだ。これぐらいなら鉢植えで足りるだろう。
「もしかしたら、アナレータちゃんの成長に合わせて進化するかもしれないから、その時は入れ物を変えてあげてね」
「はいっ!ラシール、窮屈になったら言ってね」
分かったというように左右に体を動かすラシール。魔力のつながりもできたし、この間も魔力の受け渡しができているようだ。
「成功したみたいだし、みんなを呼ぼうかティタ」
「そうですね」
従魔契約が無事終了したことに安堵して、私はみんなを呼びに隣の部屋に向かった。




