新たなる神殿
私たちが舞を披露し終え、いよいよ馬車に乗って移動を開始しようとした。
「巫女さま~、素晴らしかったです!」
「ぜひ他のところでも!」
「ええ、今後機会があれば。あまり必要になって欲しくないけど」
「そちらの巫女様もありがとうございます」
「いいえ、濡れて風邪などひきませんよう」
「心配してくださってありがとうございます」
「お姉ちゃんもこっち向いて」
「私?」
「うん!」
「ふふっ、見てくれてありがとね」
「バイバイ」
「は~い。また会おうね!」
人々に受け入れられ少しずつ進んでいく。確かに、ムルムルに聞いていた通り熱気が半端ない。来た時はすんなり通っていた道が、とても長く感じる。それに今度は姿が見えているから話しかけられたら応えないといけないし。
「こんなこと毎回してるなんてムルムルってすごいんだね」
「見直した?」
「うん!」
「な~んて、私でも王都に行くのはめったにないから、いつもはもっと人も少ないわよ。それよりみんなに返してあげないと」
「おっと、そうだった。ありがとうございます」
「巫女様~」
多くの人に歓迎されてきた時間の何倍も使って片道が終わる。
「さて折り返しね」
「ええ、私もさっき以上に頑張ります!」
イスフィールさんも気を取り直したようで、元気いっぱいだ。そうして何とか往復しもう一度中央広場に戻ってくると、そこから一気に北上して王城に入っていく。
「ふぅ~、何とか終わったわね」
「すみません。ムルムル様、アスカ様。私のせいでご迷惑を…」
「そんな、良いですよ」
「そうそう。確かにハプニングだったけど、これで水の巫女の力を示せたんだし。あとで現地に行く時にとってもよくなったわ」
「そう言っていただけて良かった」
「ただ、今度からはフォローする立場にあるんだから、頑張ってよね」
「なんとか頑張ってみます」
王城に入っていくとしばらくして、馬車が止まる。
「王宮の手前の庭園に付きましたので、馬車入れ替えのためここでお降りください」
「ありがとう」
「あれ、王宮には入らないんだ?」
「まあ、ちょっとした気遣いってやつね」
「お待ちしておりました」
「どなたですか?」
「国王陛下付きのエスマと申します」
「わわっ!?すみません」
「いえ、お気になさらず。貴族ではありませんので。貴方はパーティーに出席しておられなかったようですが?」
「は、はい。先遣隊で巫女といっても別の神様を祭っていますので」
「そうだったのですね。シェルレーネ教は教義に幅が持てると聞いていた通りですね。どうでした出迎えは?」
「皆さんからの期待をひしひしと感じました。南部はそれほど難しいのですか?」
「はい。北方や王都の付近はオルフェーナ大河のおかげで問題ありませんが、南は…。海まで行けば近くの町はそこに流れる川の水が使えるのですが」
聞けば王都の南はもう砂地なのだとか。そこからしばらく砂漠に近い地形が続き、そのあとようやく木々がまばらに見えるそうだ。土壌が悪く、植林してもすぐに枯れてしまうので国としても困っているんだって。
「そちらに関しては年月がかかりますし、国にお任せします。私たちは一時的ではありますが、困窮する国民の為に祈るのみですわ」
「お願い致します。行く時にはこちらからも護衛を付けます。日程が決まったら、お知らせ下さい」
「どうやってお知らせすれば?」
「ミリー!」
「はっ!」
バッと上から人が落ちてきた。そういえば、忍者っていつもどうして上からなのかな?
「この者が宿に付きます。この鈴を鳴らせば連絡が取れるのでそれで日程をお知らせ下さい」
「分かりました。では…」
「そうです。せっかくですから庭園でも見て行かれてはどうですか?また、今回の訪問に合わせて神殿を小さいながら設けております。帰りに寄ってくださいませ」
「ありがとうございます」
そう言ってエスマさんは退席した。
「というわけだし、庭園を見て回りましょうか」
「うえっ!?大丈夫なの?」
「なにがあるってのよ」
「いや、ほら、貴族の人もいっぱいいるんじゃ…」
「ここまでそう簡単に入ってくるわけないでしょ」
その後は庭師の人の案内で少し庭園を散策した。
「あっ、これ珍しい花ですね」
「これはここにしか咲かないんです。特殊な栽培方法なんですよ」
「へぇ~、元はどこに生えていたんですか?」
「さて、確か南の砂漠だとか。今はこうして栽培出来ていますけどね」
「そっかぁ~、ありがとうございます」
「いやいや、お嬢さんみたいに花の美しさ以外を聞かれることがないので楽しかったですよ」
「ふふっ、それじゃあ」
散策も終わり、再び馬車に乗って帰る。その前にこの国初めてのシェルレーネ教の神殿を見に行くことに。
「はぁ~、あんなところで人に会うなんて緊張した~」
「そうだったの?結構堂々としてたみたいだけど」
「本当ですよ。私は緊張して声が出ませんでした」
「イスフィールさんも貴族ですよね?」
「そう言っても、本当にパーティーに出るのはわずかですし、王宮の近くに寄れる身分ではありませんから」
「そっかぁ」
「さ、次は神殿ね。ここはまだ開いてないからシェルレーネ教だけじゃなくて、アラシェル様を広めるのも向いてるわよ」
「それで、神像を多めにって言ってたんだね」
「ええ」
「それにしても、神殿が作られてるって知ってるなんてムルムルの情報網ってすごいね!」
「そんなの事前に情報もらうにきまってるでしょ。現地でサプライズなんてこっちが困るだけよ。予定が狂っちゃうじゃないの」
「まあ、それはそうとどんな建物でしょうか?気になりますね」
中央神殿はギリシャ~って感じだったけど、こっちの神殿もそうなのかな?まあ、大体はあんな感じなんだろうけど。
「こちらになります」
王宮から乗ってきた馬車から降りる。
「わぁ!流石、国が作ったものね。小さいと言いながら、立派だわ」
「本当ですね。でも、ちょっと向こうとは雰囲気が違いますね」
「ほんとだ~。柱も露出してないし、結構壁も丈夫だね」
馬車から降りてコンコンと壁を叩く。結構頑丈そうだし、貴族の邸と砦の間みたいな感じかな?ちゃんと、飾り彫りされてるから神殿っぽさはあるけど。
「まぁ、フェゼル王国は戦争から遠ざかってるからでしょうね。こっちは小競り合いならまだくすぶってるし。民間人、特に各宗教に関しては手を出せない様にってことでしょうね。さ、入りましょう」
中に入ると、シスターさんが10人ほど、それに男の人が4人いた。他にも数名の人がちらほら。でも、身なり的にはあまり宗教関係者って感じじゃないな。
「ようこそいらっしゃいました、ムルムル様。それにイスフィール様も。そちらの方は?」
「私の友人のアスカよ。王都にいる間、一緒に行動することも多いと思うから覚えておいて。それと、こっちにも持ってきてる神具の件、管理を頼むわね」
「はい」
「ところで、責任者は誰なの?」
「それが、我々は教皇庁から派遣されたのですが、ムルムル様から指名するようにと」
「はぁ~。あのおじいちゃんたら、またおかしなことを。う~ん、そうね。年齢順でいいんじゃないかしら?ほら、みんな階級は一緒でしょ?」
「ま、まあそうですが…」
「それで、3年ぐらいで変わっていったらいいんじゃない?4人で12年でしょ?そのころには下も来てるでしょうし」
「では、そのように。それとこちらがこの教会のシスターです。見習いも数名おりますが、今は開ける準備で手が離せなくて…」
「ああ、その辺はわかってるからいいわよ。そうね…一人見習いを紹介してくれない?別に信仰心とかはいいから若めの子だといいかな?」
「若いですか?」
「でしたら、エルトーレではどうでしょう?今年、孤児院から引き取る形で見習いになったばかりですし」
「おおっ、そうだな。すぐに呼んできてくれ」
司教さんに呼ばれてやってきたのは私よりちょっと大きいぐらいの女の子だった。
「どうかしましたか?」
「あなたがエルトーレ?」
「はい、そうですけど…」
「私はシェルレーネ教の巫女をしているムルムルよ」
「えっと、巫女様が私に何の用でしょうか?」
「見習いシスターのあなたに頼みたいことがあるの」
「はぁ」
事情が飲み込めないようでエルトーレちゃんは戸惑っている。まあ、いきなり偉い人の前に出ればね。
「このアスカって子はシェルレーネ様とは違ってアラシェル様って聖霊を信仰してるの。そこであなたには担当聖霊を頼みたいの」
「えっと、そういうのはシスターになってからと聞きましたが…」
「普通はね。でも、この子の聖霊はまだ知名度も低いし、フェゼル王国って言う海の向こうの国出身なの。こっちまであんまり来れないから、まだ若いあなたに頼みたいの。もちろん、神殿としてもその役職分は給与アップよ」
「やりますっ!」
は、はやい。まぁ、リュートやノヴァも言ってたけど、それだけ孤児院を出た直ぐって生活が苦しんだろうね。
「じゃあ、こっちは打ち合わせがあるから、アスカの方は教義の説明とかしておいてくれる?」
「分かったよ。じゃあ、エルトーレちゃん。こっちに来て」
「はいっ!お願いします」
「じゃあ、まずこれが教義書。難しいことはないはずだけど、どうかな?あっ、字は読める?」
そう言えば、識字は微妙だったっけ。
「あっ、それはシスターになる時に習ったので大丈夫です」
「じゃあ、とりあえず読んでみて。わからないところがあったら聞いてね」
「はい」
エルトーレちゃんが教義書を読んでいく。
「えっと、読めたんですけどこれだけでいいんですか?」
「これだけって他には?」
「う~ん。決まった時間に祈るとか?」
「仕事によって無理な時間とかあるしね。無理しちゃったら駄目だし」
「分かりました。どこまでできるか分かりませんけど、頑張ってみます」
「あんまり肩ひじ張らないでね。疲れて倒れちゃったら私も困るし」
「あっ、私しかいませんもんね」
「それもそうだけど、頑張ってくれてる人が倒れるのは悲しいでしょ?」
「…はい。ありがとうございます」
「それじゃあ、配る用の神像と祈るための安置しておく神像を出していくね」
私は持ってきていたマジックバッグから神像を取り出す。最初は舞うのに何でって思ったけど、こういうことだったんだね。
「これは…えっと、どうしたら?」
「えっ、普通に触っていいよ。そこまで大きくないから信者になってくれた人も、近くに来て見てもらわないといけないし」
「いけません!こんな素晴らしい神像なんて触れません!色も塗ってありますし」
「ああ、確かに途中で剥げちゃうかもね。でも、それだって味があっていいと思うし、しょうがないよ」
「しょうがなくありません!巫女様、助けてください!」
「ええっ!?どうしたの?」
打ち合わせのところに入っていくエルトーレちゃん。ええっ!?どうしたんだろう?




