巫女、舞う
そのあともお茶を楽しんでいた私たち。
「お嬢様、そろそろ…」
「もうそんな時間なのね。時間が経つのは早いわね」
「そうだね。楽しいとあっという間だよね」
「そ、そうですわよね」
「アスカめ、また」
「?」
ムルムルが何かつぶやいたみたいだけどよく聞こえなかった。
「さっ、キシャルちゃんもアスカの肩に戻りなさい」
にゃ
ムルムルに促されて私の頭に乗るキシャル。もう、わざとだな。
「あら、可愛らしいですわね。きっと、寂しかったんですわね」
「一晩だけですよ。それに普段からよく寝てますし」
「それだけ安心しているということではないでしょうか?」
「そうなの?」
に?
さあねと今度は肩に乗ってくる。
「さて、それではお暇致しましょうか。次はいつ会えますか?」
「次ですか?明日はパレードがありますし…」
「あら、貴族のお嬢様はお暇なのかしら?」
「巫女様もお忙しいのではなくて?」
「くっ、まあそれなりにね。明後日も孤児院の見回りですし!」
「そうなの?私も行ってもいい」
「いいけど、特別なもんはないわよ」
「ううん。構わないよ」
「ご一緒したいところですが、私は学園ですわね」
「あら、それは残念ですわね。ほほほ」
「で、では、4日後ではどうですか?その日から冬休みに入りますの」
「その日なら大丈夫です」
「その日は何かあったかしら?」
「ムルムル様、その日はご予定が…」
「仕方ないわね」
「では、また宿の方にお邪魔しますので」
「はい。待ってます!」
私たちは宿へ、スティアーナさんは馬車に乗り込んだ。
「ただいま~」
「帰ったわよ」
「お帰りなさいませ、ムルムル様。アスカ様も、どうでしたか?」
「びっくりしたわよもう」
「そうなのですか?」
「ええ、ナタリーも部屋に行きましょ」
今日は非番のナタリーさんを連れてムルムルの部屋に入る。
「ふぅ、戻ってきたわね」
「お帰りなさいませ、ムルムル様」
「あら、イスフィールは出かけなかったの」
「はい。特に行きたいところもなかったので」
「気にしなくてもいいのよ。滞在なんてあっという間なんだから」
「それで外出はどうでした?」
「それがね、聞いてよ!アスカったら昨日のあのご令嬢と友人だったのよ」
「昨日の…ひょっとして」
「そう。ナタリーも見てたわよね。堂々としていて」
「あのご令嬢ですか?アスカ様はいつ面識が?」
「お店に入った時に座席を用意してくれたんです。貴族ですけど優しい人ですよ」
「まぁ、それは素晴らしい方ですね」
「貴族にしては鼻に付く感じもないし、いい子よね」
「もうまたそんなこと言って。別れる前とか仲よさそうだったよね?相手の予定を確認してたし」
「そっ、それは!」
ちらりとこっちを見てくるムルムル。どうしたのかな?
「まあ、その様子だと元気なようでよかったです」
「それより、イスフィールの方は手紙の内容どうだったのよ?」
「て、手紙ですか。それは…とても前向きな話でした。今度会ってみたいと」
「へぇ~、良かったじゃない。いつにするの?」
「えっと、ムルムル様はいつが空いてますか?」
「気にしなくてもいいわよ。何なら護衛を連れて一人でも行ってくれば?」
「そ、それはちょっとハードルが高くて。どうか、一緒に!」
「分かったわよ。それじゃあ、5日後とかどうかしら?ちょっと先だけど、それぐらいならいいでしょ?」
「はい。それなら返事を返しますね」
「アスカも来るでしょ?」
「ええっ!?でもなぁ…」
いまさらといっても貴族の家だし。
「ほら、きっと珍しいものも見れるわよ。なんでも魔道具の研究をしてるんですって」
「行くっ!」
「そう来なくちゃ!」
というわけで予定もできたことだし書き込んどかなきゃな。
「ん~、今日もおいしい食事だったわね。さて、打ち合わせに入りましょうか」
「はい」
「打ち合わせですけど、パレードの案内は来ているんですよね?」
「ええ。9時ぐらいにここを出発。それから、中央通りまで専用の馬車で移動。王都前公園まで行ったら馬車を降りてそこで、人々に言葉を掛けるの。それが終わったらいよいよ舞ね。それからそのまま大通りを左右に行き来して、最後は王城の中に入っていくわ」
「それじゃあ、打ち合わせはこれで終わり?」
「残念。ちゃんと細かいところもやらないとね」
「そうなの、遊ぶのはもうちょっと先かぁ」
「こまごまとしたことも把握してないとね。ちょっとイレギュラーが起きても、後の予定を知っていれば何とかなることもあるし」
「へえ~、そういう経験もあるの?」
「もちろん!イスフィールもこれから経験するかもしれないんだからよろしくね!」
「は、はいっ!」
「じゃあ、ここからの想定時間ね。人は多いけど、最初は騎士団が先頭を歩いてくれるからあまり時間はかからないと思うわ。そこから言葉をかけるのも私だけだし、想定内。ただ、問題は舞を披露したあとね。盛り上がってるから大通りの移動は大変だし、移動する馬車に乗り込むのも大変だわ。多分ロープか何かで線引きされてるけど、それを越える人も出てきたりするの」
「興奮して割って入ってきたらどうするの?」
「う~ん。場合によるわね。そのまま、騎士に頼る場合もあれば、ちょっと声をかけてどいてもらうこともあるわね。判断が難しいけど、正解は色々あると思うわ」
「そう言われると緊張しますね。私にもできるようになるでしょうか?」
「イスフィールなら大丈夫よ。私なんてもっと小さい時からやってたんだから!」
「そうでしょうか…」
「まあ、そんなに問題なんて起きませんよ。気楽に行きましょう」
「そうだといいけどね。ま、なんにせよ打ち合わせは入念にね」
それから2時間ほど騎士さんも交えて打ち合わせを行い、翌日に備えた。
そして、パレード当日。
「ムルムル様、着替えは終わりました。イスフィール様をお待ちください」
「アスカは?」
「今回はムルムル様とイスフィール様の衣装も違いますので、お持ちの服装をそのまま着用していただきました」
「そう。なら、待ってましょうか」
「ムルムル、お待たせ!」
「あら、本当にきれいな衣装ね。ただ、ちょっと変わってるわ」
「あはは。まぁ、私の地域の衣装だしね。でも、ムルムルも似合ってるよ」
「ありがと」
「そうだ!似合いそうなやつつけてみる?」
「何かあるの?」
「ショウブのブローチとブレスレット。それに髪飾りを用意できるよ!」
「一式出してくれる?全部つけるとおかしくなるかもしれないから、ちょっと見てみるわ」
「はい!」
私はひとつずつ細工を出す。
「ふむふむ。流石に全部が似合う訳でもないわね。ただ、ひとりに一つってのはどう?それなら、この国のシンボルだし受けると思うのよね」
「それいいかも!お揃いだしね」
「ムルムル様、終わりました」
「あっ、良いところに来たわね。これであなたに合いそうなのは何かしら?」
「私にですか?どうでしょうか、侍女に聞いてみませんと」
「イスフィール様であればこちらのブレスレットかと」
「じゃあ、あたしはブローチかしら?」
「私が髪飾りでいいの?」
「ええ。それが一番似合うでしょ?それじゃ、さっさとつけるわよ。時間ないんだから」
そういうと、直接ムルムルが私に髪飾りを付けてくれる。
「ありがとう!」
「黙ってなさい。ずれるでしょ」
「は~い」
準備も無事に終えていよいよ馬車に乗り込む。
「ムルムル、変なところない?」
「大丈夫よ。しっかりしなさいよ」
「ムルムル様、私もおかしくないですか?」
「イスフィールまで。全くしょうがないわね」
馬車でそわそわする私たちと違い、落ち着いているムルムル。やっぱり、場数を踏んでるなぁ。
「もう少しで、通りに到着します」
「分かったわ、ありがとう。ここからは民衆の前に出るんだから頑張りなさいよ」
「うん」
「は、はい」
それからすぐに馬車は停車した。
「巫女様、よろしくお願いします」
「ええ。ありがとう」
まずは今回の筆頭巫女としてムルムルが馬車から降りる。それに続いてイスフィールさんも降りる。
「いよいよ次は私の番だね。頑張らないと!」
気合を入れて馬車を降りる。すると…。
「巫女様~」
「この度は南部を助けるために来ていただいてありがとうございます!」
人々の様々な声が聞こえる。中にはムルムルたちが訪れる町の人もいるみたいだ。
「さ、ここからは手を振りながら行くわよ」
ムルムルが歩き出すのに合わせて、私たちも進んでいく。みんな歓迎してくれてうれしいな。正確には私は水の巫女じゃないけどね。
「巫女様、こちらで」
「分かったわ」
通りの中央に来たところで私たちは足を止め、民衆に向き直る。
「皆さん、本日は集まっていただいてありがとうございます。私たちシェルレーネ教の一同も、この国に来ることができ喜んでおります。短い時間ですが、この機会に神にささげる舞を皆様にも披露したいと思いますので、ぜひご覧ください」
ムルムルがこちらに向く。私たちもうなづいて準備に入る。
「では…」
あらかじめ打合せしておいたように舞が始まる。楽団の人も後ろに控えていてきちんと演奏が流れる。うれしいな、いつもは一人で舞っているだけだから。
「♪~♪♪」
1の舞は動きもゆったりしていて大きな動きも少ないけど、それだけに見入る時間もある。そうして、4分ほどで舞は終わろうとしていた。
「なんだ?雨が…」
その時、会場にわずかだが雨が降ってきた。おかしいな、さっきまで晴れていたはず…。空を見ても天候は問題ない、ならどうして?
「ムルムル様、いつもの癖でつい…」
「あらら、こっちに来るまで降雨の儀式の練習をしていたから、降らせちゃったのね。どうしようかしら?」
舞ながらも対応を考える。舞も残り少ないし、何とかできないかな?そうだ!
「私がやってみるね」
「アスカが?わかった。イスフィール、動揺しないでそのままね。雨はアスカが何とかしてくれるから」
「そこまで信頼しないでよ。えいっ!」
私は風の魔力を上空に向けて一気に流す。雨といっても自然現象でなくてイスフィールさんが起こしているならできるはずだ。イスフィールさんが作った雨雲のようなものを風の魔力で南側に押しやる。ごめんなさい、南側の人。
「雨が南側に…」
「きっと、これから雨を降らせていただけるんだ!」
「なんてすばらしいの。この雨は奇跡の雨だわ」
人々は口々に感想を言い合っている。その間にイスフィールさんも落ち着き舞も残りわずかとなり、雨はやみ始めた。
「ふぅ、これで終わりね。合わせてよね」
ジャン
最後は音に合わせてみんなでポーズを決める。うん、決まってよかった。
「皆さま、途中雨が降るアクシデントもありましたが、これで舞の披露を終わらせていただきます。本日は集まっていただきありがとうございました!」
ムルムルの挨拶を皮切りに再び私たちの前に馬車が現れた。ただし、今回の馬車は屋根付きではなくオープンだ。みんなの顔を見ながらここから通りを往復して、王城に入る。
「さあ、乗り込むわよ」
「うん!」




