巫女との交流
「あたしが行ってもいいのかい?」
「はい。ムルムルも会ってみたいって」
「まあ、アスカが良いって言うならいいけどね。そんじゃ行くとするか」
ジャネットさんを連れて部屋に戻る。
「来たわね」
「こ、今日はよろしくお願いします。巫女様」
「あなたがジャネットね。別にそう硬くならないで」
「しかし…」
「ムルムル様。普通の方はこの反応が正しいのです。無理強いはよくありません」
「しょうがないわね。それじゃあ、食べましょうか」
いつの間にか食事も運ばれてきており、早速食べる。ただ、テーブルは広いもののみんな座れるほどではない。
「ああ、気にしないで。後ろの二人は後で食べるから。慣れてるし」
「そ、そう?なんか悪いなぁ」
「ま、それでいいって言ってくれてるんだし、そうしなよ」
「ふ~ん。テルン様から聞いてたけど、本当に面倒見がいいのね」
「あ、ええ」
しどろもどろになるジャネットさんなんて初めて見たかも。そう思っているとぎろりとにらまれた。
「あの時はお世話になって…」
「テルン様がこれないからよろしくって」
「そうですか」
「それにしてもあなた一人だと大変じゃない?リュート君もまだまだ若いし」
「いや、でも、それなりにしっかりしてるので」
「そうなんだ。まぁ、アスカの相手をしてるんだしそうよね」
「どういう意味かな?」
「そのままの意味よ。そうそう、こっちはイスフィールよ。テルン様の次の巫女なの」
「イスフィールですわ。よろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそお願いいたします」
「ジャネットさんなんだかおかしい!」
「これだけの人に出会って普通なあんたがおかしいんだよ」
「え~。でも、友達に遠慮なんておかしいし」
「ふふっ、本当に仲がよろしいんですね」
「あ、お恥ずかしい限りで」
「それにしてもアスカ様は見事な銀髪ですね。どこかでお見受けしたような気がするのですが…」
「そ、そうですか?他人の空似じゃないですかね?性別も違いますし」
「性別…ああっ!?わかりました!新年あいさつに王城へ伺った時のティリウス家の方にそっくりなんですわ!」
「ストーップ!イスフィール、その件は2度と口にしないように」
「は、はい」
「護衛の二人もね。今日の話は無しよ」
「「はっ!」」
「全く、忘れてたわ。イスフィールの身分なら会ったこともあるわよね」
「もちろん、挨拶だけですが…。それでラフィネさんがあんなことを宣言されていたのですね」
「あんなこと?おねえちゃんが何かしたんですか?」
「おねえちゃん?」
「ああ、ほら、一応関係者だし薄いけど血縁だからそう呼んでるのよ。続けて」
「はい。この前の宣誓式で神官騎士は毎年一度、教会への忠誠を使う儀式があるのですが、その時に剣を掲げずひとり立ち尽くしてたんです。流石に目立って注意されたのですが『私は真なる主を見つけました。よってここで宣誓することはできません!』と宣言されたのですわ」
「なにやってるの、おねえちゃん…」
「もうちょっと融通利かせられないのかねぇ」
「流石にそんなことは前代未聞で御父上を呼び出されて、説得を試みたのですが…」
「どうなったんですか?」
「それがね。『話は分かった。流石は我が娘だ!』って同意しちゃったのよ」
「私は以前はラフィネさんが苦手だったのです。なんというか生真面目すぎて。それが、今は別の意味で苦手になってしまって」
「そうなのよ。ラフィネって元々は家門の名誉の為、人々の為にって休日でも剣は振るし同僚の代わりに仕事はするしで、上司の騎士が無理やり休ませてたの。それが、あの日の後で『今後は緊急の休暇を取ることもありますが、お気になさらず』なんて言うもんだから、逆の意味で今度は頭を悩ませていてね」
「あの性格なので、忠誠心はゆるぎないと思われていたので。それも今日、氷解しました」
「えっ!?どうしてですか?」
「もちろんアスカ様を見たからです。あの時は気づきませんでしたが、一門の中でも上位かつ素晴らしい方ですから仕えたいというのも無理ありません。それが公表できないのが難点ですが」
「そうねぇ。でも、公表したら一度は絶対に家に行かないといけないだろうし、難しいわよね」
「そういえば、パーティーの方は驚かないんですね。普通はもっとびっくりされるのかと」
「ああ、いや。知ってたからね」
「そうですか。まぁ、同じパーティーですのでそうですわよね」
「病院も改革していってる途中だけど、明確な消毒の基準とか知ってたしね。庶民じゃ、ああいう知識は手に入らないもの」
「それは、お母さんの知識だから。なんでも貴族だったらしいよ?」
さらりと話題を変えてみる。
「えっと、家名はわかりますか?」
「家名?シュトライトですけど」
「シュトライト家ですか!?それは素晴らしいですね」
「でも男爵ですし、あんまり偉くないんですよね?」
「爵位だけでいえばそうですが、建国時からの家ですから由緒ある血筋ですよ。男爵になったのも腕のいい当主が時の陛下をお守りした褒美ですし。爵位こそ当時のままですが、当代限りでもなく土地を持っているれっきとした貴族ですよ」
イスフィールさんによると、騎士団長になれば自動的に伯爵位が付いてくるらしい。それでも、土地はなかったりわずかなことも多かったりと、私のお母さんの家は爵位以上に偉いのだそうだ。
「そういえば、イスフィールさんって巫女見習いなのに貴族のパーティーに出るんですね」
「一応伯爵家の出ですし、あわよくば婚約者をと思いまして」
「婚約者ですか?」
「はい。巫女は基本的に貴族と関わり合いになりませんが、大体5年ぐらいが任期なんです。その後は別に関わってもよいので、私が来年巫女になるとして6年後ぐらいに結婚できる相手をと思いまして」
「それってありなんですか?」
「まあ、大っぴらにしてなければありね。婚約の発表自体は5年後の次の巫女に代替わりする時まで持ち越しになるけど。流石に侯爵家次期当主とか王族との婚約になってくると勝手は違うけどね」
「でも、伯爵家のご令嬢なら別にあとでもいいんじゃないのかい?です」
「私は伯爵家といっても3女ですから。男爵家や子爵家、場合によっては家に仕える騎士に嫁ぐ可能性だってありますよ」
「ええっ!?騎士さんってそんなに身分高いんですか?」
「高くはありません。中央の騎士と違って領主が雇う騎士ですし。ただ、領主の娘をめとる可能性があるという事実が募集に有利に働くこともありますから」
うえ~、そういうことも覚悟しないといけないのか~。やっぱり貴族って大変だ。
「それでイスフィールってば、今回の訪問に立候補したのよ」
「ムルムル様、その話は秘密にと…」
「いいじゃないの。ここには気を許せる人しかいないでしょ?」
「ま、まあ、それはそうですが…」
「なんですか?」
私はすごく気になってムルムルに食い気味にたずねる。
「実はね。今回この子がついてきたのはこっちで歓待されている間に、婚約者を捜そうって魂胆もあるのよ」
「こっちでですか?」
「はい。巫女の役目が終わればあとはある程度自由になりますから。これまでも巫女をやめてから他国に渡った人もいますが、この国にはまだいません。そういうのも手伝っていい人が見つからないかなぁって」
「結構現実的なんですね」
「こう見えて巫女としてやる時はやるけど、割とだらしない子なのよね。普段は後輩の見習いがいるからしっかりしてるけど」
「今は見習いで自分のこともある程度できますが、巫女になったらそこまでではないとムルムル様から聞いて。そうなったら絶対に巫女の任期が終わって普通の暮らしができないと思いまして」
「言ってることは正論だけど、内容はだめだめだねぇ…」
「お恥ずかしい限りです。でも、このチャンスを生かしたいと思います!」
すっごくやる気を見せるイスフィールさん。明日はパーティーらしいし頑張って欲しいな。
「それで、明日のパーティーって全員行くんですよね?」
「行かないわよ。私とイスフィールと護衛が4人だけ」
「ちょっと少なくない?」
「あんまり大人数で行っちゃうと関係性が強まるからね。最初は私と護衛だけ出席する予定だったのよ」
ちらりとイスフィールさんを見るとちょっと恥ずかしそうだ。多分、さっきの目的のためにねじ込んだんだろうなぁ。
「まあ、そういう訳だから明日は残念ながら昼ぐらいから忙しいのよ」
「そんな早くからあるの?」
「本番は夜だけど、簡単な顔見せもあるの。そうそう、手紙で頼みがあるっていう話だけど、3日後は空いてるわよね?」
「うん。明後日はちょっと予定があるけど」
「何かあるの?」
「えっと、この前知り合った人とお茶するんだ」
「そ、そう。それって私も行ってもいい?」
「多分いいと思うけど…」
「なら、一緒に行くわね」
「ただ、予約がいる店だから護衛の人とか座れないかも」
「ああ、その辺は皆慣れてるから大丈夫よ。それで3日後なんだけど、実は中央通りでパレードがあるの。そこで舞を一緒に披露して欲しいのよ」
「一緒にってムルムルと?」
「ええ、そうよ」
「む、無理だよ。2の舞ぐらいまでしかきれいに踊れないよ」
「それで構わないわ。今回はイスフィールもいるから1の舞だけだもの。パレードがあって、そのあとちょっとだけって感じね。イスフィールも対外的にやるのは初めてだから緊張すると思うの。そこにアスカが加われば人数もいるし、少しは緊張がまぎれるかなって思ってね」
「そういうことだったの。うう~、やらないとだめだよね?」
「ぜひ、お願いします!神殿以外で披露したことがまだなくて不安なのですわ」
心配そうにそう言われてはしょうがない。宿も手配してもらったことだし。
「分かったよ。でも、失敗しちゃっても怒らないでね?」
「そこは信頼してるわ。イスフィールもきれいに舞うのよ。ただ、初めての時って緊張しちゃうからね」
「ムルムルもそうだったの?」
「あっ、いや、私の時は村だったからそういう雰囲気でもなかったし…」
それからはムルムルが巡礼に出た頃の話をして過ごしたのだった。




