リュートの鎧
「ん~、よく寝た~」
「そいつはよかったね」
「あっ、ジャネットさん。おはようございます」
「おはようさん。しっかし、そのベッドでよく眠れるねぇ」
私が今寝ているのは例によって天蓋付きベッドだ。上も下もふわっふわで気持ちいのにな。ジャネットさんは護衛のふりをしているから向かいにあるソファーベッドで気持ちよさそうに寝ていた。リュートはというと男性は…ということで見張りも兼ねて1Fの部屋で寝ているらしい。
「朝食をお持ちしました。昨夜はよく眠れましたか?」
「はい!とっても気持ちよかったです」
「それはよかったです。警備の都合上、本隊の方が到着次第また移っていただきますね。昨日まで別の方がお泊りになっていたので、他の部屋も模様替え中でして…」
「そうなんですね。じゃあ、私たちが移るのもそれに合わせてですか?」
「はい。ご不便をおかけいたしますが万一、こちらが合わないようでしたら本館の方でお部屋をお取りしなければいけませんので」
「それだけ、今回の訪問に注意してるって訳かい」
「はい。ですので、もし何か気になる点がありましたらいつでもおっしゃってください」
「分かりました。今日はこの後出かける予定ですけど、荷物はどうしましょう?」
「仮に置くところを設けますので、そちらにお願いできればと思います」
「はい」
「それではこちらをどうぞ」
昨日と同じように朝食をテーブルに並べてくれる。今日はサラダとなんかおっきい卵だ。パンは昨日ああ言ってしまった手前か用意されてなかった。
「これ、変わった卵ですね。僕が見た中でも大きいです」
「こちらはヒュージクックという動物の卵です。少々エサ代がかかるのがネックですが、大きい卵は珍しく濃厚な味で人気なのです」
「へぇ~、何かけようかな~」
「こちらはこのソースで召し上がっていただければと」
ピキッ
「目、目玉焼きにソース…」
「ア、アスカ。卵料理は大体ソースじゃない」
「リュート、それは単品じゃないから。目玉焼きは塩か醤油だよ」
「醤油?」
「ああ、異国の調味料だね。アスカはそれが好きなのさ」
「えっと、それは巫女様もということですか?」
「どうだろうねぇ。まあ、口に合えばうまいのは確かだけど。こっちのリュートは苦手だったりするしねぇ」
「端っこは塩で、あとは穴をあけて醤油を…うん!おいしい。量もあるから食べごたえもある」
ピィ
「なあにアルナ。わがままだって?いや、でも、これは大事なことだよ」
「一応こちらもメモさせていただきます。お口に合う方もいらっしゃると思うので」
「ああ、まあそこは食べてみないとわからないだろうからね」
こうして、朝食を取り終えると少ない荷物をまとめ、仮の部屋に置いていく。ちなみにティタもここだ。ごめんね荷物みたいに扱っちゃって。そして、キシャルはお寝むなようで宿の人の膝を借りている。
「ほんとに済みません。仕事があると思うのでその時はどけていいですから」
「いいえ。小さくとも大切なお客様ですからお任せください」
「それじゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ。お昼はどうなさいますか?」
「う~ん。買い物中心なので街で食べてきます」
「かしこまりました。お戻りをお待ちしております」
「はい」
「そんで、まずはどこから行くんだい?」
「そうですね。やっぱり最初は武器屋ですね。リュートの装備を更新したいですから」
王都に来て分かったのは一目で初心者とわかる冒険者は結構ぼろぼろの装備。中堅はかなり頑張っているようで見た目もかなり良い装備をしていた。なので、私たちの中でほんとにリュートの装備が浮いてしまっている。今は私が街行きの服に、ジャネットさんがいつもよりちょっと豪華な護衛用の鎧。リュートが傷も目立つ金属鎧だ。これだけ人が多いとリュートが絡まれそうな気がしてきた。
「じゃあ、どこにしようか…」
「大通りから気に入る店があるまで回るしかないね」
「そうですね」
というわけで大通りの店に入る。
「た、高い…」
「まあ、物と場所を考えたらね。でも、これだとリュートには合わないねぇ」
「ですね。魔槍が言う前に肩のところがごついです」
「次に行きましょう!きっとありますよ」
大通りを3軒ほど回ったものの、目当てのものは見つからなかった。そして3軒目を出ようとしたとき…。
「お前さん方、珍しいものをお探しかい?」
「珍しいというか、ちょっと条件が厳しくて」
「この辺だと大通りはオーソドックスな店が多いから、直接鍛冶の店に行ってみた方がいいだろう。うちの納品元を紹介してあげよう」
「ありがとうございます!」
「ただ、気難しいから売ってくれないかもしれないが」
「大丈夫です。気に入ったのがあったらお願いしますから」
「そうかい。じゃあ、店の位置を教えるよ」
おじさんに店を教えてもらい向かうことに。
「ごめんくださ~い」
「ん?納品か?今月はもう済んだはずだが」
「鎧を見せて欲しいんですけど…」
「鎧?お前さんが着るのか?」
「いえ、着るのはこっちの」
「リュートです。よろしくお願いします」
「なんだお前!」
「はっ、はい!」
「そんなボロボロの鎧で護衛をしているのか?ちょっとこい!」
おお…予定より順調にというかすぐに中にリュートが入っていった。
「あたしたちも入るよ」
「はっ!そうですね」
ジャネットさんに続いて店に入る。
「どうだ!俺の店の品ぞろえは!!」
リュートがおじさんに力説されている。確かにいい武器や防具が並んでいる。ただ、ちょっと変わった装備が多いみたいだ。普通の店先に並べられないものを置いてる感じかな?
「う~ん。僕は槍がメインなので動きの邪魔にならないのがいいんですよね」
「そういうのもあるぞ。こっちの棚だ」
確かにおじさんの言う通り、結構鎧もあるみたいだけど。
「これは?ダメ。しょうがないなぁ。こっちは?これもダメか…。ええっ!?本当にこれ?間違いなく」
「坊主、一人で何言ってんだ?」
「あっ、今は魔槍と話してるんです」
「なるほどな、魔槍とは面倒な武器を使ってるな。それで決まったのか?」
「はい。これなんですが」
リュートが指さしたのはにび色に輝く鎧だった。元の色はわからないほど、ほこりもかぶっている。ただ、魔槍のいうような肩口以降は空いていて、下半身もスカートっぽい感じではあるものの動きが阻害される感じではなくて、広がりがある。
「ほ~う。これな、金貨50枚だが構わんか?」
「うっ、高い…えっ!?これでも安いって?まあ、他の鎧でまた時間かかるよりすんなり決まりそうだしいいか。試着してもいいですか?」
「ああ、だがそのままだぞ?」
ほこりもついたまま試着させられるリュート。サイズはほぼちょうどだけど、わずかに大きいみたいだ。
「ちゃんと小手も付けられるし、ちょっと大きい以外は問題ないかな。槍も…ちょっと小さくしてと」
魔槍を少し縮めてぶるんと振って見せるリュート。
「どう?」
「違和感はないね。鎧も見た感じよりずっと軽いんだ。うん、これに決めるよ」
「そうか。そいつの引き取り手もようやくか。そいつは金属部分の4割がミスリルで、内側はワイバーンの革を加工してある。鎧の色はどうする?ミスリル製だから魔力を流すとその色になるぞ。火なら赤、水は青、風が緑で、地が茶色だ」
「う~ん。普通に風しか使えないんで緑で」
「そうか。ちなみに流すやつの魔力が強いほど濃く色が染まって、効果もよくなるぞ」
「えっ!?効果が付くんですか?」
「ミスリルに魔力を通すんだから当たり前だろう」
「それなら、アスカ。お願いできる?」
「任せて!きっといい鎧にしてみせるよ」
「まあ待て。まずは軽く磨いてからだ。こいつも手入れをしてなかったからな」
「でも、そんなにいい鎧ならどうしてほこりをかぶっていたんですか?」
「これを見つけられる資格のあるやつに会うまではって思ってな。それで、もう魔力を通すのか?」
「そうですね。ここで出来たりしますか?」
「おう!今から磨いて、そのあとで台に乗せて魔力を流せば完了だ」
「分かりました!」
みんなで磨き終わるのを待ち、30分ほど経つといよいよ出番だ。
「それじゃあ、魔力を流すね。えいっ!」
シュゥゥゥゥ
白みがかったグレーの鎧が少しずつ緑色に染まっていく。
「まだ、もう少し…」
最初は淡い緑だったのが今は普通の緑に。そして、数秒後には濃い緑に変わっていく。
「おおっ!?こいつは…」
「まだいける!この子が教えてくれる」
まだ魔力を込められることを感じ取った私は、どんどん魔力を込める。
「もう少し…」
「アスカ、無茶は」
「いいえ、もう少しだけですから。できたっ!」
「アスカ、大丈夫!?」
作業が無事に終わってふらついた私をリュートが受け止めてくれる。
「ありがと、リュート」
「見てみなよ、リュート。アスカの頑張りのおかげでほら」
「本当にきれいな緑ですね。それもかなり深い色の…」
「むむむ。確かに素晴らしい色の鎧だ。これなら頑強で風の魔法にも耐えるし、効果も上昇するだろう。まさか、ここまでの付与ができるとは」
「へ~、そんな効果になるんですね」
「込める力や下の魔方陣で変わるらしい。最もうちには、この魔方陣しかないから他の効果はわからんがな。それはそうとお嬢さんは火の魔法は使えるか?」
「使えますけど」
「どうかしたのかい?」
「材料費や依頼料は出すからお嬢さんにミスリルと銀の混合金属の作成を依頼できないか?」
「どうしてまた?」
「実は俺の息子はこの国で兵士をやっていて、少し前に大功を上げたんだ。そこでせっかくだし、良い鎧を作ってやろうと思ってな。なんでも”鮮血の剣士”なんて大仰な名前を付けられたそうなんだが。まあ、せっかく付いた異名だし戦場じゃ張ったりも必要だろうからそれに見合ったものを作ってやりたいんだ」
「あ、でも、次もそんなにうまくいくか分かりませんよ」
ちらちらとジャネットさんの方を見て言う。
「コホン。こうして、あたしたちはフレンドリーに話しているけど、この子はさるお方の子どもでね。ここに来れるのも次はいつになるか分からないんだよ。だから、準備を終わらせてきた時にあんただけ立ち会うって条件なら。もちろん、追加の制作はなし!それと、小物でいいからこっち用の素材も用意すること。どうだい?」
「おおっ!!受けてもらえるか?」
感激したおじさんに強く手を握られて、了承する。
ピィ!
しかし、勢いよくつかんできたので私に害を与えると思ったのか、アルナがおじさんに突っ込む。
「わっ、なんだこの鳥!」
「ご、ごめんなさい。アルナ!大丈夫だから」
ピィ
「あんたが急に近づくからだよ」
「すまねぇ。つい興奮しちまって。わかった。すぐに素材は準備しておくからよろしく頼む」
こうして、無事に鎧は見つかったけれど、ちょっと面倒な依頼を受けたのだった。




