宿泊と買い物
「それでどこに泊まるんだい?」
「それが、ムルムルが宿を手配してくれたらしくって。名前は…睡蓮というらしいです」
「へぇ、洒落た名前だね」
「その宿を捜せばいいんだね」
「うん。でも、大通りに面してるって書いてあったから見つけやすいかも」
「なら、そっちに向かうか」
みんなで大通りに向かって進む。すると、今までの町とは違いすごくたくさんの人とすれ違う。
「ほんとに人がいっぱいですね~」
「王都に人がいなかったら問題だろ?」
「お店もいっぱいです。リュートの鎧も買いに行かないと」
「明日になったら行くとするか!」
「はい!あっ、ここみたいですね」
「ようこそ、睡蓮へ。お名前をうかがってもよろしいですか?」
「アスカって言うんですけど…」
「ご予約にはない方ですね」
「予約というかムルムルが連絡しているって聞いてるんですけど…」
「ムルムル様…ひょっとして水の巫女様ですか?」
「はい」
「お待ちしておりました。中央神殿先遣隊の方ですね。申し訳ございませんが宿の部屋は埋まっておりますので、離れにご案内いたします」
「離れですか?」
「はい。普段は貴族の方向けに提供している部屋になりますので、ご不便はおかけいたしません。食事も後ほどお持ちいたします。明日以降はこちらの部屋を空けますので」
「ご迷惑をおかけします。あと、食事の際は従魔の分をお願いできますか?」
「従魔ですね。野菜でよろしいですか?」
「えっと、小鳥の分は野菜でこっちのキャット種の分はお肉をお願いします。どちらもそこまでは食べませんので」
「承知いたしました。それと、巫女様よりアスカ様宛にお手紙が届いておりますので、お部屋の方でご確認ください」
「ありがとうございます」
そのまま受付から離れまで案内される。入る前も思ったけど、宿の装飾も豪華だし、敷地内に離れがあることも加えて高級宿ではなかろうか。
「それではごゆっくり」
「はい。素敵なところですね」
「んで、またこんな高い宿に案内されたけど、大丈夫なのかい?」
「どうなんでしょう?とりあえず手紙を読んでみますね。え~と…アスカへ」
『アスカへ この手紙を読んでいるということはもう王都に着いたのね。手配してある宿では一応中央神殿の先遣隊ということになっているからよろしくね。高い宿と思ってるだろうけど、中央神殿の関係者だからそこは気にしないで。費用に関しても代わりにちょっとお願いがあるの。それは私が着いたら説明するわね』
「だって」
「へぇ~、巫女様がお願いねぇ~。大丈夫かいアスカ?」
「ムルムルのことだからおかしなことだとは思いませんけど、手紙に書かないのは珍しいですね。普段から神殿のこととかも結構書いてくれるんですけど」
「それはそれでどうなの。あっ、裏もあるみたいだよ」
「ほんとだ!」
『そ・れ・と・先遣隊の名目は初めての場所で、食事や危険な場所がないかの確認ってなってるから私が来るまでいっぱい遊びなさいよ。アスカのことだからほっといたら王都でも部屋にこもって細工してそうだもの』
「おや、巫女様はアスカを分かってるね。と言う訳だから巫女様たちが来るまではいっぱい出かけるよ」
「分かってますよ。私も来たからには楽しみますから」
「それにしても巫女様って字がきれいなんだね」
「リュートってムルムルの字を見るの初めてだっけ?」
「そりゃあそうだよ。僕らみたいな一般人が手紙をもらうことないからね」
「でも、色んな所に行ってるし、手紙をもらってる子もいるんじゃないかな?」
「そんな運のいい子は一握りだろうねぇ。本人が出したいって言っても、好きなようにはいかないだろうし」
「そっかぁ、こんな感じできれいな字なのにな~」
「ア、アスカはどんな字なの?」
「私?私はここまでじゃないよ。流石に比べると恥ずかしいな。どうしてもちょっと丸くなるんだよね」
「ん?リュートもアルバの宿で一緒だったよねぇ?」
「リュートは基本、厨房か提供でしたから。受付はやってないんですよ」
「なるほどねぇ。一緒に働いてるとしか思ってなかったから初めて知ったよ」
コンコン
「は~い!」
「夕食をお持ちいたしました」
「どうぞ」
コロコロとカートに乗った食事が運ばれてくる。こっちもなぜか船と一緒で私のがちょっと大きめ、ジャネットさんとリュートのは少し小さくて、数も少ない。
「こちらが本日の夕食となっております。お食事につきましてはあとで到着されます巫女様のためにも、食後に感想をお聞きしますので、お手数ですが食器を下げる際にお尋ねいたしますね。申し訳ありませんが、本日はこちらにおりますので、食中でも気になることがあればお伝えください」
「分かりました」
「では、本日のメニューを紹介いたします。まずスープですが、旅でお疲れだと思いますのでリラ草を混ぜたものになっております。パンはこの地方で取れた最高級のものを、メインはサックバードのローストスライス。サラダは新鮮なものを使っております。飲み物はいくつかございますがどういたしましょうか?」
「果物ジュースでお願いします」
「すぐにお持ちいたします。また、食事以外でも必要な時は受付までお申し付けください。デザートは果物のパイとなっております」
「わぁ~!おいしそう。いただきます!」
一口、スープを口に含む。
「んっ!?おいしい。小皿ありますか?」
「こちらをどうぞ」
「ありがとうございます。アルナ、ちょっと食べてみて」
ピィ?
私に勧められるままスープをついばむアルナ。
ピィ!
「気に入った?もうちょっと食べる?」
ピィ!
やはり、お気に入りの味のようだ。
「あの、差し支えなかったらこの子に少しでいいので、2日に1回程度出してもらってもいいですか?」
「承知しました。毎日でなくてよろしいのですか?」
「毎日だと飽きちゃうと思うんです」
「なるほど。料理長には伝えるようにいたします」
「それにしてもこのサックバード?のローストはおいしいですね。魔物なんですか?」
「ありがとうございます。中型の鳥で大きめのくちばしで獲物を咥えて巣に運ぶのが特徴です。王都にはいませんが、西の森には出現しますのであまりそちらには近づかない方がよろしいかと」
「そうなんですね。気に留めておきます。じゃあ、今日メニューに出てるのはたまたまですか?」
「そうですね。西の森でも奥の方に住んでいる鳥ですので、毎日ということではありません。市場でもそれなりに珍しくはあるのですが、気に入られたご様子ですし巫女様が到着されたら出すようにいたします」
「ありがとうございます」
「パンはいかがでしょうか?」
「あっ、パンは…」
「悪いね。フェゼル王国のパンはちょっと変わってて、神殿でも最高級のものが出されてるんだ。多分、現状で満足できるのは難しいと思うよ」
「ジャ、ジャネットさん!」
「しょうがないだろ。リュートもそう思うよな?」
「これについてはどうしようもないと思います。もう少しで設計登録されるかもしれませんけど。いい小麦で焼いてあるのはわかりますが、こればっかりは向こうにしかないものなので」
「そうなのですね…。最高級のおもてなしをと思いましたが、残念です。ただ、貴重な情報をありがとうございます。必ず、その登録がされたら導入いたします」
「あとは、パイか。久しぶりだな~」
サクッという感触を期待して食べる。んん?ちょっとしっかりしてるなぁ。こっちはこういうタイプが主流なのかな?
「どうかなさいましたか?」
「えっと、この国ではパイ生地ってこういうしっかりしたものなんですか?」
「まあ、はい。というかこれ以外にもあるのでしょうか?」
「バターとか塩を入れるんですけど、バターが少ないんじゃないかと…。知り合いが作ってるのを見たことがありますけど、バターとか結構入れてたので。あとは薄く伸ばして多層にして焼いてもいいですよ」
「なるほど…。貴重なご意見ありがとうございます。すぐに対応いたします」
「あっ!でも、私の好みの問題なので」
「いいえ。きっと、その方が巫女様にも喜んでいただけるかと」
「あのう、ひとついいですか?」
「なんでしょう?」
「ムルムル…巫女様のことをそこまで思うのはどうしてなんですか?」
「この国も帝国ほどではありませんが、一部の地域では降雨量が少なく大変なのです。それに、巫女様がこの王都まで足を運ばれるのは初めてのことですので。その滞在先に我が宿を選んでいただけたことも光栄に思っております」
「そういえば、滞在先って宿なんだね。王宮や貴族の邸でもよさそうなのに」
「シェルレーネ教徒の方は多くの国にまたがっておられますから。教皇庁と中央神殿を除けば、貴族との関わり合いを積極的には望まれておりません。だからこそ、今回の件をお受けできた時は宿の従業員全員で喜んだものです」
「そうだったんですね。ご期待に添えるように頑張ります!」
ムルムルがね。早く、到着しないかなぁ。その後も簡単にこの王都のことを聞きながら食事を終え、初王都1日目が終わったのだった。




