お勘定
休憩も終わって今は訓練再開中だ。と言っても私は見てる時間がほとんどだけど。
「ほら、槍の動きについていけてないぞ。穂先ばかりに目をやるな!」
「はいっ!」
あんな感じで熱血指導をするバルドーさん。今はリュートが槍の動きを見せてるけど、それが剣になると2人が入れ替わる。私はやはり今の体格、年齢には合わないということでビリー君が休憩をはさむ時だけどちらか2人と手合わせする。だから、基本は暇なのだ。
「アスカ、あくびをするんじゃない。気が抜けるだろうが!」
「でも、暇ですし」
「なら、こっちでお茶の続きをしましょうか。男どもはほっといて」
「いいですね。さっきのお茶美味しかったです。この街のやつですか?」
「いいえ。王都の商人がたまに持ってきてくれるの。他の大陸から運んでいるらしいわ。といってもここに持ってくるのはこれでも少ししけったやつらしいけど」
「これで2等品なんですか?いいお茶っぱなんですねぇ」
「ふふっ、娘がいたらこんな感じなのかしら。いいわねぇ~」
「娘ですか…妹じゃなくて?」
「妹というには年が離れてるし、こんなにかわいい妹だと気後れしちゃうわね」
「そんな、私ぐらいならどこにでもいますよ」
「ふ~ん、うりうり~」
シェイニさんが私の髪をわしゃわしゃとする。
「な、なんですか!?」
「あらま。こうすれば私でも少しは近づけるかなと思ったら、ウェーブがかかったみたいになってこれはこれでありね。本当にいい素材だわ」
「わっ、ほんとだウェーブがかかったみたいになった!」
ティタに水鏡を作ってもらい髪型を確認すると、爆発みたいになっているんじゃなくてウェーブがかかったぐらいでまとまっている。さっきみたいな簡単なやり方で出来るならありかな?
「だめよ。髪が傷むからやらないように!」
「なぜばれた…」
「アスカちゃんって口に出なくても表情に出てるのよ。そういえば町に滞在して長いのよね?予定は大丈夫なの?」
「う~ん。名残惜しいんですけど、予定もあるのであと2週間ぐらいですかね?」
「やっぱり王都に?」
「あ~、まあ。元々予定はなかったんですけど、リュートの装備とか友達に会いに行くんです」
「確かに、王都ならいい装備がありそうね。友達ってことはそこに住んでるの?」
「今度、そこに行く予定があるので落ち合おうって約束してるんです」
「そうなの?相手も冒険者なのかしら?」
「違いますよ。落ち合うのはムルムルって言って、シェルレーネ教の巫女をやってるんです」
「へ~、巫女をやってるの…って巫女様!?」
「なんだ!急にでかい声出すなよシェイニ」
「ご、ごめん。それ本当なの?」
「はい」
「あんまり言わないようにしなさいよ。この大陸とアスカちゃんたちの居た、フェゼル王国のある大陸は特に影響力が強いから巫女様と知り合いだなんていったら人が寄ってくるわよ」
「うっ、気を付けます」
「グリディア様だったら、基本はああいう戦闘馬鹿とか以外じゃこの大陸限定だけど、シェルレーネ様の信徒は他の大陸にもそこそこいるからね。一時期は離れた大陸にも巫女を派遣して欲しいって話もあったらしいわよ」
「改めてすごいんですね、ムルムルって」
「まあ、それを友達って言えるアスカちゃんもすごいわよ。私だったら恐縮しっぱなしでしょうし」
「きっと歳が近いからですよ!」
「あ、うん。そうね」
そんなことを話していると時間は過ぎていくもので、夕暮れも近くなってきたので今日はお開きだ。
「お昼、ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそありがとう」
「また来てね、リュートおにいちゃん!」
「うん。それまで無理せずに頑張るんだよ」
「分かった!」
「なんか、リュートとばっかり仲が良くなって腑に落ちない」
「ま、まあ、僕の方が訓練時間長かったから…」
「次こそは私のいいところを!」
「数年後にな。アスカの戦い方は今は無理だ」
「それじゃあ、今度ここに寄ったらまた相手してね!」
「う、うん。頑張る」
シェイニさんたちと別れて宿に戻ろうとするとバルドーさんに家に来るように言われる。
「どうしたんですか?」
「前に言ってた細工の単価表できたから渡そうと思ってな。普段は宿で広げて商売する時は頭に入れておけよ」
「ありがとうございます」
みんなで家によって地図型の値段表を受け取る。
「あとはおやっさんからこれだ」
「これは?」
「手帳型の単価表だとよ。元値からどれぐらいの値段で売ればいいか書いてるらしいぞ」
「すごい!大切に使いますね」
「おう。おやっさんがここまでするのは珍しいし、頑張れよ」
バルドーさんともここで別れ、宿に戻る。
「おや、今日はえらく遅いね。ふたりでお出かけかい?」
「今日はバルドーさんに誘われてビリー君の訓練に行ってました。そういえば、買い物できてないね」
「まあ、まだ機会はあるし僕は大丈夫だよ」
「そっか。また予定合わせて行こうね!」
「うん」
そして翌日。
「う~ん、う”~ん」
「なんだい、うっとおしいね」
「ジャネットさん、居たんですね」
「ああ、新しい本を買ったから読んでたんだよ。んで、何をうなってるんだい?」
「昨日もらった手帳をもとに今までの販売実績を計算してたんですよ。ついでに帳簿も付けながら」
「そんで?」
「今まで銀の塊を使った細工は仕入れが金貨1枚でもうけが金貨4枚ぐらいだったんです」
「ざっと、金貨3枚のプラスだね」
「はい。一つの塊から作れるのが2,3個なので。でも、このメモだと少なくとも利益が金貨6枚になるようにって書いてあるんですよ」
「実質、倍の値段で売れってことだね」
「そうです。しかも、最低でもって注意書きがあるのと、作るのに失敗があった場合はそれも売価に転嫁しろって書いてあるんですよ」
「そりゃあしょうがないだろ。商売なんだから。アスカだって2重水晶や3重水晶はそうして価格高めにしてるだろ?」
「あれは例外ですよ。そもそも、加工難易度が高すぎますし専用の治具も使いますから」
「う~ん。なんていえばいいのかねぇ…。そうだね、例えばだ。すごい切れ味の剣を作る鍛冶屋がいるとするだろ?で、ようやくそれを完成させた鍛冶屋がいい値段でその剣を売ってる。当然、技術は必要だが作れるようになればそこまでの材料費はかからないわけだ。アスカはそれを高いというかい?」
「うう~ん。それまで失敗とかありますし、他の店に売ってないならしょうがないんじゃ…あっ!」
「そういうこと。それで買うかどうかは客が決めればいいのさ。ただ、その剣には無数の失敗作が土台になってるのを忘れてやれ高いだの、やれ俺が使えばみんな買うようになるだの、おかしなことを言うんじゃないって話さ。アスカの細工だって毎回、1回で完成するわけじゃない。だめだったやつは溶かしてるんだろ?」
「はい。他の細工師も再精錬に回してますね」
「それだってただじゃないし、その間の材料を確保しなくちゃならない。アスカはそういうところを自分で出来るけど、やっぱりそれも価格に入れないとだめってことさ」
「は~い。でも、困ったなぁ~。これだと商品がほぼ倍になっちゃう。銀の使用量を削るかな~。小さくてかわいいの作っちゃおうか?それなら、ひとつ当たりの銀の使用量は減るし中央を銀にして、枠は木や他の金属で作って間に宝石とかはめ込んだら人気でそうかも。それで行くか!」
「あっ、言っとくけどそういう真新しいものを売る時は高めにね」
「へっ!?」
「貴族とか商人はそういう初めて目にする物には飛びつくからね。単に数を増やした奴じゃない限りは安く売らないように」
「ジャネットさん、どこでそんな知識を…」
「きっとどこかでアスカがそういうことをするからって、バルドーさんにね。まさか、街を出る前に言うことになるとは思わなかったけどねぇ」
「くぅ、先を読まれているなんて。流石は師匠ですね」
「まあ、簡単なデザインにちょちょいと細工するしかないだろうねぇ」
「はぁ、前途多難です」
「そりゃこっちのセリフだよ」
それからジャネットさんは読書、私は帳簿管理に戻り休日を終えたのだった。




