優秀な冒険者と訓練官
ビリー君が私と距離を取っているところで、ジャネットさんが提案をしてきた。
「ビリー、あんた剣以外で相手されたことは?」
「相手されたこと?僕じゃなくてですか?」
「そうそう」
「う~ん。ないと思います。バルドーおじさんに体術は使われたことありますけど」
「そうか、そりゃあいい。じゃあ、続きでアスカ!」
「はいっ!」
ピシッと背筋を伸ばして返事をする。
「弓で相手してやりな。剣はこれからいつでもできるけど、他の得物はそうはいかないだろ?次はリュートな」
「えっ!?ま、また、アスカさんですか…」
ええ…なんだか引かれてる気がするんだけどどうして。
「まあまあ、色んな武器の特徴を知るためだよ。強くなりたいだろ?」
「…分かりました!」
おおっ!ビリー君がやる気になった。しかも、何かを決意した顔つきになってる。これは私もしっかりやらなくちゃ!
「ああ、言っとくけど相手は8歳だぞ?」
「は、はい。気を付けます…」
ジャネットさんにチクリとくぎを刺され、仕方なく私は弓を適当に構える。
「それじゃあ、ビリー君。まずは見ててね。矢の軌道を最初は見極めてからやるから」
「はいっ!」
まずは、近くの木に的を用意してもらって弓とはどういうものか見てもらう。
「それじゃあ、行くね~」
「あの的、小さいんじゃ…」
「見といたら分かるよ。アスカ、ああ見えて深いところで訓練って苦手だから」
「え?」
ヒュンヒュンヒュン
まずは3射放って近いところからでもやや弓なりの軌道になることを見てもらう。
「す、すごい…アスカさんすごいです!」
ふふん、これにはビリー君も私を見直してくれたようだ。
「的の同じ位置に当たってるんだけど、ああいうものなの?」
「んな訳ないない。あれ、Bランクでもできないやついっぱいいるから」
ジャネットさんが手を振りながらシェイニさんとジェシーさんに説明している。まあ、命中に関してはなかなかのものだと自分でも思っている。
「さあ、それじゃあ今度は実戦形式で行くよ。さっきと一緒でその的に行くから、ビリー君はその横に立って当たるか当たらないか見極められるようにしてね」
「分かりました」
剣を構えたビリー君を木の横に立たせて再び矢を放っていく。
「こんなに近いとよく見えます!軌道が少し山なりで来るんですね」
「そうそう。今度はもう少し離れるからもう少し弓なりだよ~」
「はい!」
次はさらに距離を取ってやや上に構える。やることはそれだけなので、当然のように的の同じところに当たる。
「距離が離れるたびにこうなっていくんですね!」
「そうそう!そうだ、今度はちょっと変わったやつも見せるね。オーガとか人間でも魔法矢ならこうなるよって感じで!」
「待ちな、アスカ…」
私は矢筒からウルフの矢を取り出すと、魔法を込めて矢を放つ。やっぱり騎士や冒険者になるなら、オーガの矢とか一直線に向かってくる攻撃の対処も知らないとね。
ヒュッ
「ひっ!」
同じように的に当たったが、ビリー君は大きくのけぞった。
「ほら!矢はおんなじところに行くから大丈夫だよ。どうだった?」
「あ、うぅ」
「アスカ、ちょっと話がある。リュート、その間に槍を見せてやってくれ。もちろん、わかってるな?」
「はい、分かってます」
「えっと、私はどこに?」
「アスカはこっちな。みんなと一緒にな」
なぜかズルズルと庭の端に引っ張られていく。何もしてないのに…。
「アスカ、ビリーはいくつだ?」
「8歳ですね。でも、すごいですよね。あの歳で騎士になるために全力で頑張ってるんですよ!思わず応援したくなりますよね!」
ゴンッ
「痛っ!」
「応援したくなりますよね!じゃないんだよ。もう少し、年齢なりに対応の仕方があるだろう」
「アスカちゃん。何か意図があるのかもしれないけど、あれだとビリー君が怖がってしまうわ」
「そ、そんな!だって、当たらないんですよ?」
「ビリーのことを思ってくれるのはうれしいけど、当たらないから怖くないとは思わないと思うの。ほら、大きな火が目の前にあるとどうしてものけぞっちゃうでしょ?」
「確かに…。ちょっと焦り過ぎたかもしれないです」
「もう少し、体が出来上がってたらあたしも厳しくやったんだけどねぇ」
「ジャネットさん、怖いこと言わないで」
「ああ、済まない。アスカの癖が移ったみたいで」
「その言い方はひどいですよ!」
「今回の件に関してはひどくない。とにかく、ビリーの訓練に関しては言ったこと以上のことはしないように!いいね!」
「は、はい」
しぶしぶながら納得して返事をする。まあ、でも実際に訓練が始まっちゃえば…。
「訓練中ならどうとでもなるとか思うなよ?ちゃんと見てるからな?」
珍しく、ジャネットさんに強い口調で見破られた。なぜ、ばれたのだろうか?
「ひょっとして、アスカちゃんって人に教えるの出来ないの?」
「できなくはないよ。相手が天才とかならね」
「そ、そんなことはありませんよ!」
「じゃあ、今まで誰を教えたか言ってみな」
「今まで?えっと、ロビン君とサティーさんですけど…」
「ロビン君?」
「はい。前に住んでいた町の近くにあった村に住んでいた子です。要領が良くて、すぐに弓の腕も上がっていったんですよ」
「へ~、若いのに弟子もいるのね」
「ジェシーさん、言っとくけど半年程度でCランクまで上がった上に、連射持ちだからそいつ。連射速度はアスカより上で、命中と安定的な射撃はアスカのが上。わかるだろ?たまにいる若くて上位冒険者になるやつの特徴だって」
「ジェシーそうなの?」
「ああ、うん。いるわねそういう子。騎士団でいうと最年少入団とか最年少の隊長とかああいう系列よ」
「そんなにすごいのね。主人が昔話してくれたけど、滅多にいないしいてもすぐに中央に行っちゃうって嘆いてたわ」
「もう一人のサティーって人は?」
「あいつは元々Cランクぐらいでいいってやつだし、途中から武器を取り替えたからなぁ。アスカは実力じゃなくてやる気に合わせて訓練するんだよ。それに練習相手は基本、あたしらぐらいだからね。最低ラインの基準がリュートだよ」
「リュート君は大丈夫なの?」
「ああ、その点は問題ないよ。本人も苦労してるから。とにかく、あんたは一人で教えないこと、いいね?」
「はぁい」
でも、ビリー君からお願いしてくる可能性がまだ残ってるからね。それなら、ジャネットさんも何も言ってこないはずだ。後年、一人の新米騎士はこう述べたという。『訓練がきつくないかって?あんなの平気ですよ。当たらないとわかっている方が怖いことだってあるんですよ。当たった方が痛いし、怖いだろって?そんなんじゃ、駄目ですよ。当たらないからこそ恐ろしいんです』
「さて、そろそろ戻らないとな。リュートも気になるし」
「そうですね!失敗してないか気になりますし」
「アスカちゃんって…」
「まあ、誰にでも欠点はあるものよ」
「リュート調子はどうだい?」
「ジャネットさん。そっちはもういいんですか?」
「ああ、それで?」
「はい。今は基本的な構え方を教えたところです。ここから突きとか払いとか基本の動きを教えようかと…」
「うんうん、基礎から入っていい感じだねぇ。ビリーも大丈夫そうかい?」
「はいっ!とってもわかりやすいし、型の意味も教えてくれるのでありがたいです!冒険者ってやっぱりすごいんですね!聞いたらCランクだって。この町でも10代のCランクはそんなにいませんから!」
「私だってCランクだもん…」
「育成力でいうとCランクあるかね?」
「ぐぬぬ」
「ジャネットさんってそういうことも言うのね。ギルドで会う時はもっとまじめそうに見えたけど」
「あ、いや…」
「そうしていると姉妹みたいよね、ジェシー?」
「そうね」
「あんまりからかわないでくれ」
「あら、照れたりもするのね。ますます、普段と違う姿ね」
「それで、どんなもんだい?」
「はい。やっぱりまだ体が小さく、力もないので本物の槍を持つのは難しいです。その代わりに今の体でも無理のない動きや構えを教えてました」
「なるほどねぇ。それなら、問題なく教えられるね」
「でも、リュートって槍は独学だったよね?」
「そこは魔槍に聞いてね。基礎は僕も知らないから」
「アスカさんもすごいと思いませんか!武器と会話できるんですよ!」
「ソ、ソウダネー」
悔しくないもん。私の弓だって一級品だし。しゃべりはしないけど、頑張ってる気はするし。
「アスカ、相手は子どもだから…」
「何の話?悔しくなんてないもん」
私はリーダーだし、そんなことじゃ何とも思わないもんね。
「ご主人様、ファイト!」
「ティタ…いや!悔しくないんだって!」
「あれ?それって人形じゃないんですか?」
「言ってなかったっけ?私、魔物使いだよ」
「でも、魔法とか弓を…」
「あ~、ちょっと事情があって。まあ、魔物使いって言っても3体しか連れてないし、まだまだだよ」
「そうなの?」
「2体もいればいい方よ。サイズは小さいけど、維持費もあるし。あと、あのゴーレムのことは内密にね。しゃべれるなんて知られたら面倒だから」
「あとでビリーに言っておくわ」
「ん?誰か来てると思ったらジャネットか」
「シウスさん、帰りかい?」
「おう!衛兵は退屈でな、どうだ?」
「今日はビリーの指南役なんでパスだね」
「…いつもより早かったね」
「まあな。そんで、いい師匠は見つかったか?」
「みんなすごい人だよ」
「そりゃあよかったな」
なんだかギルドで見た時はとげとげしい感じだったけど、家ではそうでもないんだ。ひょっとしたら、意地になってるだけでほんとはビリー君も仲良くしたいのかもね。そんな夕暮れ時、そろそろ食事の時間だということで今日の訓練は終わりとなった。
「ジャネットさん、リュートさん、また来てね!アスカさんも」
「うん。ビリー君、また今度ね!」
シェイニさんたちに別れを告げて宿に戻る。
「さて、明日はいよいよポーションづくりだ!」
私はルーン草を入れている袋をポンと叩いて眠りについた。




