判定はどうですか?
「さて、それでは出来上がった細工を見せてもらいましょうか」
あれから、食事を先にとってワグナーさんにいよいよ細工を確認してもらう。
「ふむ…やはりというか、見た目に問題はありませんね。では、こちらと見比べまして…」
ルーペを取り出し、ワグナーさんはもともとの印章と私の作ったものを見比べる。
「これは…」
「だ、だめですか?」
「いえ、見れば見るほどそっくりです。ですが、アスカ様の作った方がより、バラという形を表しているような…」
「ええっ!?見せてください!」
そんなはずないんだけどと思いながら、私は指輪を受け取る。
「ああ…これは」
「どうしました?」
「多分、集中していつもの調子でこうだった方がいいよねって感じで修正入れちゃってますね」
「なるほど!それは都合がいいですね。どの道、印章を新しくしたら国に申請しないといけませんから。それがたとえ同じ形をしていてもです。それなら、よりよくなったこちらの方が喜ばれるでしょう」
「それにしてもこのような難しい細工に修正を加えるとは、流石ですね!」
「えへへ、そうですか?でも、すぐにはもう作れませんね。マジックポーションもひいふうみい…21本使ってますし」
まだまだ、ミスリルの塊はあるけど、この調子だと数を作るのはこの町にいる間は難しいかも。王都に寄るから2,3個は作りたいけど間に合うかな?その前にワグナーさんに渡す細工がいるからそっちは銀かなぁ。
「いや、これをすぐに作られては他の細工師が形無しですよ。弟にも大事にするようにくれぐれも言っておきます」
「弟さんが領主なんですか?そういうのって長男が成るものでは?」
「ああ、うちは第3夫人までいるんですが、私が第2夫人の、弟は第1夫人の子どもなんですよ。当然、領主になるべきは弟になります。そこを動かしては家督争いになってしまいますしね。16のころでしたかな?早々に家を出て商家に入ったんですよ」
「大変そうですね」
「大変といっても生活の保障はされていますし、商家としても貴族とのつながりがありますから下手なことはできません。ただ、弟の母親は警戒していたようで、今でもあまり交流はありませんが。今回の贈り物は初めて私が弟に送る物なんですよ」
「今までは送らなかったんですか?商会も開いているのに」
「ええ、安いものでしたらいつでも送れましたが、それでは弟の立場にみあいませんからね」
「気持ちがこもっていればいいのでは?」
「そんなことをすれば親からそんな小汚いものを持つなといわれてしまいますよ。公式の場でもふさわしくないといわれるでしょう。弟は心優しいですからそれでも付けてくれるでしょうが、私がそれを望まないのです」
「難しい関係なんですね」
「ええ。ですが、こうやって連絡を取って大事なものである印章も預けてくれますし、大事な弟ですよ」
そういうワグナーさんの顔は誇らしげだ。難しい関係だけど仲のいい兄弟って感じでうらやましいな。
「それで、こちらはもう完成なのですか?」
「いえ、あとは指輪の部分ですね。大きさはこれでいいんですか?サイズとか人によって違うと思うんですけど…」
「ああ、それは合う指につけるので構いません。不摂生をして付けられない輩は領主になるべきではありませんしね」
家督は譲ったとはいえ、ワグナーさんの目は厳しいようだ。
「では会長。指輪の制作時期も目途がついたことですし、次の行き先を決めませんと」
「そうだな。アスカ様はまだ滞在されるのでしょう?」
「はい。あと4週間は居ますね」
「では、1週間を目途に立つとするか」
「分かりました。それじゃあ、私もそれに合わせて予定を立てますね」
「い、いえいえ、アスカ様にはここまでしていただいてますので、無理をなさらず」
「私もこの辺りのデザインの流行とか知りたいですし、少しはやりますよ」
「そう言われるのでしたら、タリアに言えば予定を合わせますからお願いします」
「はいっ!旅先で少し聞いてるんですけど、あまり女性目線の意見を聞くことがないので楽しみにしてますね!」
細工師は圧倒的に男性が多いし、デザインは流行っているならともかく、ラフ画は見せてもらえないので中々聞ける機会はない。街の人には聞けるけど、あくまでも消費者目線なのでこういう売り手の人の意見は貴重なのだ。
「それでは、あとはまた明日ということで」
「そうですね。それじゃあ、失礼します」
挨拶を交わして部屋に戻る。
ピィ!
「アルナ、今日も元気に遊んできたの?」
ピィ
遊んでといってくるアルナ。でも、ちょっと疲れてるんだよね。
「ごめんね。今はちょっと疲れてるの。明日の午後からなら空くから」
絶対だよというアルナと約束をして、お風呂に向かう。昨日、寝る前にジャネットさんに聞いたら、宿の近くにお風呂があるらしい。フェゼル王国に出荷するようになった石の風呂の見本をそのまま使ったお風呂らしく、ちょっと楽しみだ。
「いらっしゃいませ!入浴ですか?」
「はい」
「ごめんなさい。もう火がなくてぬるいですけど構いませんか?」
「大丈夫です」
お姉さんに断りを入れて湯船に入る。
「うわっ、ほんとにぬるいというかちょっと冷たいな」
季節柄、もうかなり冷えてきている。
「そんなわけで…ファイア」
火球を湯船に沈め温度を調節する。
「きゃ!なに?いきなりお湯が温かくなったわ」
「あっ!ごめんなさい。他に人がいると思わなくて」
「いいけど。温かくなったし」
「もう少し温度上げてもいいですか?」
「いいの?」
「はい。私もこのままだと寒いですから」
もう一度、火の魔法を使ってお湯にする。
「あったか~い!ありがとう」
「いいえ、私も温かいお風呂に入りたかったですから」
「えっ!?湯気が出てる!いつも冷たいお風呂なのに…」
「あっ、受付の人」
「こんにちは。もうお客さんも来ないからこの時間に入るんです。それで何かあったんでしょうか?」
「いえ、私が魔法で温度を上げただけです」
「魔法で?まぁ、ありがとうございます。この季節はお風呂に入れるといっても寒くて…」
「やっぱり燃料費が?」
「はい。夕方から時間を決めてやっているんですけど、冬や春は寒くてすぐに冷えちゃうんです」
「まあ、結構人も入れますしね、このお風呂」
パッと見ただけでも同時に14人ぐらいは入れそうなお風呂だ。当然、熱が逃げる面積も多いので火を落としたらすぐに冷えていくだろう。
「今日より少し早い時間ですけど、来る時は温めてもいいですか?」
「いいんですか?お願いします!これであったかいお風呂に入れる…。夏や秋はいいんですけど、この季節はちょっと大変で」
「そうですよね。他の町でも中々長時間の営業はできないみたいで皆さん苦労してました」
「へ~、私は町から出ることがありませんからそういう話は新鮮です。旅の人ですか?」
「はい。こう見えても冒険者なんですよ!」
私がそういうと先に入っていた人が考え込むしぐさをする。
「あの…ひょっとして、ゴーレム退治の?」
「えっと、まあ、一応」
「ゴーレム退治?」
「ほら、この前町の近くで強い魔物が出たってあったでしょ。彼女がその魔物を退治した方よ」
「まぁ!街の治安だけでなく、こうやって生活にも貢献してくださるなんて!」
ええ…なんだか女性二人が盛り上がっている。私としてはゴーレムは身を守るためだし、素材も大量に手に入れられて結果的にはよかった。今回も自分が温かいお湯に入りたかっただけなんだけどなぁ。というか、目の前で褒められるのはほんとに恥ずかしいからやめて欲しい。
「はぁ~、それにしてもこれで明日も頑張れます!また、井戸から水をくまないといけませんけど…」
「ええっ!?この量を井戸からくみ上げてるんですか?」
「川から引くには高い位置にありますし、増水とか怖いですからね」
毎日この量を…。私も宿で働いていた時は洗濯とかしてたし、お風呂もくみ上げていたけど、サイズが段違いだ。何とかならないかな?
「でも、ポンプとか使えないんだよね~」
アルバでも水路とかは作れたけど、ああいう仕組みの分からないものはさっぱりだ。エレンちゃんは途中から水くみしなくなったけど、どうやってたっけ?
「えっと確か…そうか!それなら行けるかも!」
「ど、どうかしましたか?」
「はいっ!水問題は近いうちに解決できるかもしれません。ちょっとお金かかりますけど」
「費用についてそこまでかからないのであればできるかもしれません!お願いします」
お姉さんのすごい勢いの依頼を受けながらお風呂を上がる。
「ふぅ、いいお湯だった。それはそうとお風呂の件は明日、お願いしないとね」
ちょうどひと段落する日でよかったと思いながら、宿に戻ったのだった。




