ミスリル細工
「ふむ…これは。とてもいい出来ですよ。正直、見せていた指輪よりもいいかもしれません。この指輪も名のある細工師に依頼したはずなのですが…」
「そうですか?同じぐらいだと思いますよ」
「いえいえ、これを作るのには4か月ぐらいかかりましたからね」
「そんなに!?大変なんですねぇ」
「ですから、驚いていますよ。ところでこれは銅ですね」
「はい。あくまで型ですね。本番ではミスリルを使う予定です」
「ミスリルを!?わかりました。依頼料の方はご心配なく。材料をとはいきませんが、それを購入できるだけのことは致しますので」
「気を使わせてしまってすみません」
「いいえ。こちらこそこのような短期間でお願いしているのです。本来は2か月、3か月とかかるものですので」
「それじゃあ、OKももらったことですし、明日から頑張って作業に入りますね」
というわけで、タリアさんたちと別れて部屋に戻る。
「お帰りアスカ」
「ただいま~」
「どうだったの、依頼の件は?」
「うん、OKもらえたよ。明日からは早速、ミスリルで作っていく予定」
「ふ~ん。ミスリルねぇ、大丈夫なのかい?」
「はい!貯蔵はたくさんありますから」
「貯蔵ねぇ。あたしはちょっと見廻りに参加してくるから大人しくしてるんだよ」
「やった…ごほん。わかりました!頑張ってきてくださいね」
「あ、ああ…」
ぽかんとするジャネットさんをよそに私は明日に備えて眠りについた。
「ふわぁ~」
「アスカ、おはよう」
「おはようリュート。あれ?ジャネットさんは?」
「朝からの見回りらしくてもう出ちゃった。もしかしたら、泊まりがけかもって」
「そっか」
にやりと笑って食堂で朝食をとる。
「ミスリルの加工は大変だからな~。良かったかも」
食事のあとは昨日と同じく、タリアさんたちの部屋に向かう。
「おはようございます」
「おはようございます。今日も頑張ってください」
「はい!まっかせて下さい。準備も万端ですから」
ミスリルをたくさん手に入れた時から、道具屋さんでマジックポーションを買い込んでたんだよね。今日はそれを解放する時だ。
「服はちゃんと着替えてきてるからと、さっそく作業に移りますね~」
ミスリルの小さい塊をごとんと出すと、下に置く。
「最初に魔力を流してミスリルを加工しやすいようにしてと…」
他の金属とミスリルの一番の違いは魔力が通りやすいために、加工の時から通しておくことだ。こうすると結構形状を変えやすくなる。ただし、当然のように必要なMPも増えるし、それに関連して費用が掛かる。そもそも、魔道具で加工できること前提だしね。
「魔道具で加工してる人って思ったより少ないんだよね~」
これもこの前、バルドーさんたちに聞いたことで、本当に限られた部分だけ魔道具で加工する人がほどんどで、大体は魔道具加工をしないんだって。貴族お抱えの人はそれなりにいるらしいけど、一般人じゃ会うこともほぼないらしい。
「まぁ、魔力が30ぐらいだとMPも100程度だから、当然なのかぁ~」
魔道具加工自体、割と少しでも80ぐらいは使ってしまう。私はさらに服も着込んでるからその倍近くかかってるんだよね。
「さて、独り言もここまで。ここからは本気で行かないと…」
枠を作るだけと違って、ここからはちゃんとバラの花や、つたを作っていかないといけない。昨日のように集中して作業していく。
「んん、ここはもうちょっと削るか…。あっ、MPがないや。ごくごく」
「あ、あの、アスカ様?」
「ちょっと待ってくださいね~、いま、いいとこれすから」
飲み終わった瓶を横に置く。すると、カンっと音が鳴った。
「ん?あれ?こんなに飲んだっけ?」
横を見るとすでに8本の瓶が並んでいた。
「少しお休みください。もうお昼も過ぎますし」
「分かりました。もう少し進めたいですけど、流石に休憩しますね」
きりがいいところまでやりたいけど、タリアさんがすごく心配そうにこちらを見ている。あの目を見て流石に作業を続けるのは、はばかられた。
「では、食事をお持ちいたします」
いつの間にか部屋に置いてある椅子に座るよう促され、部屋を出ていくタリアさん。
「こんな革張りの椅子なんてどこから持ってきたんだろう?」
背もたれどころかひじ掛けもついている椅子をギコギコしながら食事を待つ。
「お待たせしました。食事はとりやすいようにサンドイッチ?なるものらしいです。ちょっと不思議なパンですね」
「あっ、リュート作ってくれたんだ。パンを柔らかくするのは難しいから期待しないでって言ってたのに」
フィアルさんがアルバで紹介した酵母菌を何とか育ててくれて、リュートはそれをもとに何とか作ってくれた。ただ、あまり安定はしないらしくちょっと硬い時もあるのだ。
「ちょっと分厚いですけど、これは何を挟んでいるので?」
「これはオークカツを挟んだカツサンドですね。ソースがかかっていておいしいんですよ!半分たべます?」
「いいのですか?」
「はい。この量だと半分ずつ食べるように作ってくれてると思うので」
カツサンドの他にも薄切りのロースハムサンドとかちゃんと体力がつくように作られている。ありがたいなぁ。
「よしっ!エネルギー補給も済んだし、ここから頑張らないと!」
「あ、あの、ほどほどに…」
「分かってますって!」
昼もちゃんと休憩を取れたし、以前の私ではないのだ。
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「う…ん。もう少し右。こっちは斜めに…」
メスですっと切るように、針の穴を通すように緻密で繊細な作業を続けていく。そうして疲労を覚えた頃、ようやく終わりが見えてきた。
「うんっ!あとは指輪の部分との接合だけだし、こんなものかな?」
なんとか指輪の飾り部分は完成したのでちょっと体を後ろに傾ける。
「アスカ様っ!?」
「えっ!?タリアさんどうかしました?」
体を傾けようとしただけなのになぜか体を支えられてしまった。
「よかった。倒れられたのかと…」
「そんな大げさな。細工の方が終わったので体を後ろに倒そうとしただけですって」
「いくら呼び掛けても返事はないし、汗も全く出ていないので心配したのですよ?」
「そ、そうなんですか?」
「それにほら」
タリアさんが横を指さすと、昼間以上に瓶が置かれていた。
「あれ~?よく当たらないように置きましたね、私」
「なにを言っているんですか!途中、すごいペースで飲むから私がどけたんですよ」
「そ、そうでしたか。すみません、お手を煩わせてしまって…」
「それよりも、こんなに長時間集中してやらないでくださいね。見ているこっちの方が心配になりますから」
「気を付けます」
お昼にも増してタリアさんの目が潤んでいる。これはもう少し気を付けないとな。ジャネットさんも心配性だから今日は居なくてよかった。なお、翌日帰ってきてタリアさんから話が伝わり、怒られたのは言うまでもない。
「それで、細工の方は終わったのですか?」
「はい。無事に終わりました。あとは昨日と一緒でワグナーさんに見てもらうだけですね」
そんな話をしているとドアがノックされた。
「誰ですかね?」
宿だと特に用事がない限り、ドアのノックなどされない。特に商人相手は商談中だったり、商品の確認だったりと神経を使うので、宿の従業員がこんな時間にノックすることなんてないはずだけど…。
「誰ですか~?」
手をノブにかけながら反対の手では対処できるように構える。
「アスカ、おわった?」
「あっ、ティタ!どうしたの?」
ティタが自分からやってくるなんて珍しい。
「そのさいく、にんしょういれる」
「認証?ああ、個人の識別ってやつだね。うん、これから見てもらわないといけないから明日になると思うけど」
「わかった。また、あしたくる」
それだけ言うとティタは去っていった。
「ゴーレムだったみたいですけど、どうしたんですか?」
「さあ?でも、多分認証についてなので、やり方を教えてくれるんだと思います。見た目は小さいですけど、結構知識は深いんですよ」
「ゴーレムは何百年と生きるといわれますからね。従魔にしている人も頼りにしている人が多いみたいですね。ただ、普通は言っていることはわかりませんけれど…」
「普通はそうなんですよね。でも、もう何十年かしたらそれも変わりますよ!」
ディースさんが今も一生懸命、魔物言語について調べてくれているしね。
「それはどういう…」
「その時のお楽しみですよ!きっと、魔物使いはもっと人気職になりますよ」
ガチャ
「いや~、なかなかいい商談だった。おや?アスカ様、まだ作業中でしたか。失礼しました」
「あっ、ワグナーさん。もう終わりましたよ」
「それはよかった。まさか、作業の邪魔をしたのかと思いましたよ。ところでその瓶の山は?」
「あ~、なんでもないです。ちょっと、使っただけで…」
「あまりお聞きしたくないのですが、中身は?」
「マジックポーションです。会長」
「タリアさん!」
「隠してもよくありませんよ、アスカ様」
「ううっ…」
「こんなに一度に使うのはよくありません!短期間でやっていただけるのはありがたいですが、おやめください」
「はい。でも、無理しているというわけではなくて、どうにもやり始めると止まらないんですよね」
「はぁ、明日にでも補充分を買ってきます」
なぜかワグナーさんに呆れられる形でマジックポーションの在庫確保が再びできたのだった。良かった。内心、今日使った分の補充でジャネットさんにばれちゃうってひやひやしてたんだよね。個人だと同じものを大量に買い付けるとすぐに噂になるから困るんだよね。などと意味のない安心をしていた私だった。




