短編集 冒険者と神様と
ジャネットと神界とある冒険者の話です。本編と関係ない範囲での未来を含みます。
パチパチ
火が燃えている。今は深夜、見張りの最中だ。
ガサッ
「うん?あんたか。別に見張りは足りてるよ」
音がした方を見るとワグナーさんがやってきた。
「いやいや、明日は御者も交代ですし、せっかくの機会ですからな」
「まあ、好きにしなよ」
「それでは失礼して…」
ワグナーさんが隣にかける。わざわざ見張りに来るなんて変わった商人だ。
「それで何の用だい?」
「別に用というほどのものでは」
「じゃあ、このまま黙って見張りだねぇ」
「これは…。まあ、お聞きしたいことはアスカ様のことなのですが…」
「却下。他のにしてくれよ。面倒ごとはご免でね」
「やはり護衛は大変で?」
「勘違いすんなよ。別にあたしらは護衛じゃないからね。まあ、保護者ではあるけど」
「そうでしたか。いや、昔にあのような髪の方を見かけたことがあるものですから」
「あんまり、調べない方がいいよ。あんたも長く商人でいたいだろう?」
「そうですな。それにしても、あの歳であの技術力とは素晴らしい。どこでお知り合いに?」
「町でフラフラしてたんでたまたま声をかけただけだよ。見てて危なっかしかったからね」
「それはよい出会いでしたな」
「まぁねぇ。いや、どうかな?苦労することも増えたしね」
あたしはアスカと出会った頃を思い出した。最初の頃こそ後ろをついてきてかわいいなと思っていたけど、すぐに成長してその辺の魔物を倒すようになった。なのに常識はてんで身に着かず、店に行くたびに目を離せない存在だ。
「ジャネットさん、これ安くないですか?やっぱり、きちんと作ったやつは違いますね~」
「いや、このポーションならあんたが作ったやつの方が…」
「この服かわいいですね。金貨1枚かぁ、どうしようかな?」
「いや、それは高すぎる。ほら、隣に半額で同じ素材のがあるだろ?」
「ほんとだ!すごい、お値打ち品ですね!」
「ジャネットさん。私、新しいお友達ができたんです」
「へぇ~、なんて名前だい?」
「ムルムルって言うんです。なんと!シェルレーネ教の巫女なんですよ!」
「は?いや、巫女様ってこの国じゃ有名人だよ」
「そうなんですか?私、有名人とお友達なんですね」
「ああ。まあ、もういいや」
普通は巫女と友達なんて言わないんだけどねぇ。お知り合い程度だと思うんだけど。まあ、珍しい神像も作ってたし、この子自身ももしかして…な訳ないか。
「あんときはびっくりしたねぇ。まさか、あの子もなんてね」
「どうかなさいましたか?」
「ああ、こっちの話さ。アスカと一緒にいると飽きなくてね」
飽きはしないけど本当に心配かけるんだから。ハイロックリザードと戦った時は本当に肝が冷えたよ。上位魔法を使って残りMPが少ないのに、ティタに回復を使いまくって倒れるんだから。魔物使いってのはあんなものなのかねぇ。
「魔物といえば、この前餌付けしてたあいつはどうなったかな?変な気配がすると思ってみてたけど、よくもまあ野生の魔物に餌やりなんてするもんだよ」
「餌やり?」
「ん?ああ、アスカがね。この前、野営の最中に腹を空かした魔物に餌をやってたんだよ」
「大丈夫なのですか?魔物使いといっても、従魔にするのは相当な苦労だとか」
「ん~、どうなんだろうねぇ。あたしはあの子しか見てないし、あれが普通…な訳ないか。ま、他のやつよりは断然すごいと思うけどね」
「よく、この国のものに声をかけられませんでしたな。ともすれば竜種をも手懐けられそうですのに…」
「げほっ!?何言ってんだい!そんなのはさすがに無理だよ」
実際は下級とはいえワイバーンを一度は従魔にしているのだが、そんなことを言えるはずもなくごまかすしかなかった。
「まあ、できたとしても数年後でしょうな。ですが、楽しみですね。あと数年、それだけあればどれだけ成長されるか…」
「分かんないよ。今が一番かもしれないし」
「ジャネット殿は心にもないことを。まあ、保護者としては心配でしょうが」
「うるさいねぇ。ほら、さっさと寝なよ」
流石に依頼主は蹴れないのでシッシッと手を振って馬車に追い返す。
「はぁ、本当に前途多難だよ」
過去を思い出して今日も気苦労の絶えないジャネットだった。
アラシェルの下界見学
「ん~、あれ?」
「どうかしたかアラシェル?」
「なんだか、バルディック帝国北側でグリディアの影響が下がるみたいだよ」
「は?なんでだよ。別に下がる要因なんて数十年はないはずだぞ。ちゃんと10年ぐらい前に確認したからな」
「え~、でも下がってるよ。ちょっと先のことだけど」
「なんか変わるようなことあったっけなぁ~。ちなみに信仰が下がってるだけかい?」
「えっとね~、あっ!?シェルレーネが上がってる」
「は?いや、あいつの神殿はこっちには増えないし、どういうことだよ」
「神様が見た未来って基本は確定だもんね~。なんか不確定要素があるのかな~」
「この10年以内にそんな要素があったか?あ!」
「ん~、なにかあったの?」
「いや、流石にシェルレーネとは関係ないよなぁ」
そんなことをぶつぶつ言いながらグリディアは何か思い当たるのか北の方の都市を見ていく。
「ああ~、やっぱり!こら、アラシェル!!」
「なっ、なに~?」
「下がるみたいだよってアスカのせいじゃねぇか!ほら、この前、市場でちっこいのにミズアオイのブローチあげてただろ?あいつがそれをつけて踊り子になってんぞ」
「でも、それってシェルレーネ関係ないよね?」
「大ありだ!あれはシェルレーネ教向けの細工だろうが。うわぁ~、こんだけ減るのか。大きい戦いも予定はないし、こりゃちょっと大変だな。久しぶりにテコ入れするか」
「テコ入れ?」
「神託使う」
「ええっ!?珍しいね」
「しょうがないだろ。不当にシェアを奪われてるんだから。何出そうかな?前は確か…ああ、複数人に加護が授かるって話だったな。あれで同時代に剣王が何人か出ちゃったんだよな~」
「でちゃダメなの?」
「駄目ってことはないけどな。剣聖と違って剣王って性格は問わない称号だからな。半分ぐらいは戦争好きなんだよ。腕試しの場所を欲しがるってやつ?あんときゃ結構な戦乱になってよ。アラシェルもアスカが危ない目に合うのは嫌だろ?」
「いや~!」
「だからどうすっかなぁって思ってね」
「なによ。また私だけのけもの?」
「あっ、シェルレーネだ!」
「こんにちは、アラシェル。グリディアも。それで何の話してたの?」
「んとね~、もがっ!」
「いや、たまにはアタシも加護をやるから神託でもってね」
「へ~、珍しいじゃない!どんなの出すつもりなの?」
「それがな~。前に出した時はかなりの戦乱になったから、そういうのが起きにくいやつがいいんだけど中々思いつかなくてね」
「まあ、戦いの女神なんて言われてるあなたには難しいかもね~。…そうだ!護身術とかいいんじゃない?」
「護身術?そんなの需要あるかぁ?」
「あるわよ。高位の貴族や皇族・王族・大商人と大人気よ。大体、あなたの加護なら護身術っていってもほとんどの相手に勝てるわよね?きっと、一気に勢力を盛り返せるわよ。私の勘(直感スキル)がそう告げてるんだから間違いないわよ」
「そうか?いや~、済まないね。わざわざ自分の力を削ってもらって!」
「は?何の話なの」
「いやいや、その日を楽しみにしてなって。アタシもすぐに加護って訳にもいかないからさ。そうと決まれば事前に神託だして、何かを達成したやつの子どもにでも授けるって感じにするかな?」
当然ながら、神の身で直感スキルを持つシェルレーネの予感通り、一時的にシェルレーネ教に関わるブローチをつけた踊り子目当てに信者のバランスが崩れたものの、結局はグリディアの地盤が強化された。
「ん?最近、こっちの大陸でシェアが増えた気がしたけど…気のせいよね!グリディア人気の高い大陸だし」
くあぁぁ~
「お前はのんきだな。まったく…」
俺がここに住んでもう15年になる。よくもこんな山奥に住めるものだと人には言われるが、うるさく言う人間もいないし、なれたら楽なもんだ。
「しかしそうか…もう15年か」
俺はこいつと出会った時を思い出す。
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「うわっ!ま、待て!俺を食ってもしょうがないぞ!ほら、ここに餌ならある!」
仲間とはぐれて一人草原を歩いていた俺にローグウルフが3頭も襲ってきたのだ。1対3では分が悪く諦めかけた時にあいつが来た。
ガルゥ
草原の背が低い木に跳び乗ったそいつは一気に俺の近くにいたローグウルフを襲撃し、そのまますぐに2匹目を襲った。
「なんだかわからんが今だ!」
残った1匹に剣を振りかぶって襲い掛かる。
キャン
「一対一ならこんなもんよ!はぁ、はぁ…。ん、んで、お前は何なんだ?」
にゃ~
ローグウルフを仕留めた中型のキャット種は一定の距離を保ち、前足を振っている。
「えっと…獲物を運べってか?」
にゃ!
「重たいし血まみれだろ?嫌だよ」
にゃにゃ
助けてやっただろとでも言うのか再び声をあげるキャット種。
「分かったよ。なら、マジックバッグにでも入れるとするか」
ひょいっとマジックバッグに入れるとまた声をあげてきた。
「なんだよもう。ちゃんと入ってるよ、ほら!」
頭のところだけ袋から出すと安心したのか進み出す。案外、頭は良さそうだ。
「しっかし、人に噛みついてこないし、誰か飼ってるのか?」
それにしては従魔の印も無い。
「この辺りに人なんて住んでないよなぁ」
俺も何度か通ったが、家なんて見たこと無いしな。
に"ゃ
「はいはい、行きますよ。ったく、めざとい奴だ」
そのお陰で助かったわけだが。そして、20分ほど歩くと山すそに着いた。
「ここに住んでんのか?確かに他の魔物の気配はしねぇな」
居てもこいつよりは弱い種族だろう。俺はキャット種の前にローグウルフを取り出すと帰ろうとした。
にゃ!
「なんだよもう。まだ何かあるのか?」
どうやら解体もしていけということらしい。
「こうなったらやるか!毛皮はこいつらには不要だろうし」
仲間とはぐれて手ぶらってのも格好がつかないし、手土産だな。俺は腰の解体用のナイフを掴み作業を開始した。
「じゃあ、元気でな」
にゃ~
お前もなと前足を振って挨拶を返してくれる。しかし、解体に夢中で終わった時に3匹増えていたのはビックリした。
「それじゃ、町に戻るか」
そして、町に戻ると…。
「えっ!?あれ!?どういうことですか?死んだんじゃ…」
「はっ?いやいや、ちょっと仲間とはぐれただけだっての。そう簡単にくたばるかよ…」
まあ、実際は危なかったけどな。
「で、でも、パーティーの人からは死亡届が出てますよ。確かにカードはありませんでしたが。長く所属されていましたし…」
「ちょっと待て!俺の金は?」
「えっと、処理は済んでますね。ギルドマスターを呼んできます!すぐに奥に入って下さい」
「あ、ああ」
「結局、あれから人を信用できなくなってここに居ついたんだよな。因果なもんだ」
「ただいま~」
「おっ、リキッド。戻ったか」
「うん、父さんの狩りの方は?」
「珍しく、ドーディアーが手に入ったぞ」
こいつは息子のリキッドだ。俺と同じように草原で襲われていたところを助けてやった。もう、17歳だしそろそろ独り立ちしてもらわんとな。
「へぇ~、本当に珍しい。一緒に食べよう、メッサー」
にゃ~
あの時の何代か後のキャット種もこいつに懐いている。町に行くには面倒だが狩りには助けになるから、どうしたものかな。
「それはそうと、そろそろ町に行かないのか?独り立ちしてもいい歳だぞ?」
「またその話?別にいいよ」
「そうは言うが、服とかは町で買ってるんだ。騙されない程度には金の使い方を覚えんとな」
「でも、メッサー連れていけないんでしょ?」
「そりゃあな。俺たちは魔物使いって訳じゃない。ただの同居人だからな」
「じゃあ、また今度にするよ。ほら、メッサー。ご飯だよ」
にゃ~
「やれやれ、手のかかる奴らだ。なあ?」
ふわぁ~と何時ものようにあくびをして返事を返してくる。本当に最近は日中寝てばかりだ。
「全く、お気楽なやつばかりだ」
にゃ
すかさず、俺の方を指してくる。本当に言葉が分かるんじゃないだろうな。
「まあ、何でもいいか。飯にするから入れ物取ってくる」
にゃ!
「はいはい、ちゃんと小さく切りますよ。どうしてこうわがままなんだか…」




