国境都市ジーディア
「さあ、キリキリ歩け!」
「くそっ!こんな女子供のパーティーなんぞに…」
「ああん?なめてかかったお前らが悪いんだろ」
その後は当初の予定より少し遅れたものの、魔物の襲撃もなく街道を走る乗合馬車は無事に、国境の町ジーディアに到着した。今は城門受付にて盗賊の捕縛を連絡して、詰め所で引き渡しているところだ。
「治安維持のご協力感謝します。こいつらは最近この辺で現れるようになった盗賊団で我々も手を焼いていたんです」
「その割には実力は大したことなかったけどねぇ」
「こちら側は魔物が強い地域ではありませんので、護衛も3人前後が多いんです。今回対応していただいた乗合馬車などは2人とかもありまして…」
「ああ。それじゃあ、10人は厳しいねぇ。うちらの乗った馬車はDランク一人だったし」
「えっ!?こちらの馬車の護衛の方ではないんですか?」
「ちがうよ。たまたま道すがらそこの御者に声をかけられて乗ってただけさ。乗客だよ」
「おい!御者、よくやったな。こいつらは追いはぎだけでなく、乗客を売り飛ばす噂まであったんだ。お前が声をかけていなければ大事だったぞ!」
「いえ。私もここまでの方たちとは…」
「引き渡し金はこっちの頭目と副頭目が金貨2枚。他は一人銀貨8枚だ。全部で金貨10枚と銀貨4枚だな。代金はあなたたちで?」
「お願いします。この方たちがいなければ私どもも…」
「お、おい、待てよ!俺もちょっとは手伝っただろ」
そういうのは護衛の冒険者。まあ、確かにそれまでの区間はちゃんと護衛をしてたし、ロープを巻くのは手伝ってたなぁ。報酬が0というのもかわいそうかな?ちらりとジャネットさんを見る。
「やれやれ、しょうがないねぇ。駄賃ぐらいはやるか。ほら、端数だよ」
そういうとジャネットさんは銀貨を一枚指で弾いて冒険者に渡した。
「あれ?残り3枚は…」
「残りは乗客だよ。戦えないのに不安になっただろう。もとからもう少し護衛が居ればそうでもなかっただろうに。と言う訳でここに大銅貨2枚を足して一人当たり大銅貨4枚を配るよ」
手続きを済ませた私たちは馬車に戻り、乗客の人たちにお金を渡す。
「おう、済まんな。あんたたちも乗客だろうに」
「いいって。その分稼げたからな。これでうまいもんでも食って気晴らしをしなよ」
「お姉さんも、はいっ!」
「あら、ありがとう。悪いわね、守ってもらった上にお金までもらっちゃって」
「いえ。気にしないでください」
「これからもあの華麗な鞭さばきでみんなを守ってね!」
「もちろんです!」
ぽこ
「こら、調子に乗るんじゃない。まだ、使い慣れてないだろ?前に出て戦うなんて危なっかしくて見てられないよ。使うにしても、練習することだね。腰にでも下げてな」
「は~い」
前衛職のジャネットさんから見るとやっぱりまだまだらしい。しょうがない、体にでも巻いて擬装するかな?ワンピースとかローブを固定するのにロープとかベルトを使う。それの代わりに電撃鞭を巻いておこう。それが無理な時は腰の横にでもぐるぐる巻きにして固定しておけばいいだろう。
「とりあえず、弓を使う時に邪魔にならない位置を覚えなきゃね!」
町を出る時か滞在中にちょっと練習しておこう。乗客の人とも門をくぐったところでお別れだ。
「それじゃあ、お元気で!」
「ええ。あなたもね」
相乗りしてきた人たちと別れて私たちも宿を探す。
「御者さんに聞いた宿はどの辺でしたっけ?」
「この通りを右だよ」
「いい宿だといいですね」
「ま、商人御用達って話だし、悪くはないだろ」
そんな話をしながら宿に入る。
「いらっしゃいませ!お泊りですか?」
「ああ。飯は出るかい?」
「今日は宿泊客用でなくて、一般の方と同じになりますが…」
「構わないよ」
「お部屋は1室で?」
「はい!あと、この子たちは大丈夫ですか?」
「ああ、従魔ですね。小型ですので構いません。ただし、暴れないようにと、できるだけ他のお客様には会わせないようにお願いします。苦手な方もいらっしゃいますから」
「わかりました。注意します」
「何泊のご予定で?1泊、朝と夜付きで銀貨1枚と大銅貨5枚です」
「とりあえずは2泊かね」
「わかりました。他の者にも連絡しておきますので、それ以上連泊される場合はどなたか受付にご連絡をお願いします」
「了~解」
受付を済ませお金を払う。
「ではこちらが部屋のカギになりますので」
受付のお姉さんから鍵を受け取り部屋に向かう。番号は315号室だ。3Fの複数人部屋の5号室だろう。結構大きい宿だったし。
「おおっ!狭くはない」
中はちょっと小さいけどベッドはちゃんと4つあった。あの値段で食事つきだと結構2段ベッドのところも多いんだよね。奥には向かい合わせて座れる小さなテーブルまである。御者のおじさんのおすすめだけあっていい宿かも。
「それじゃあ、ご飯まで小休止ですね」
残念ながら盗賊の引き渡しなどで時間がかかったため、すぐに食事だ。
「そういえば、お風呂とか聞いてませんでしたね」
「飯の時でいいだろ。どうせあっても今日は無理だろうし」
「わりかし、早い時間に閉まるところもあるんですよね~。もっと遅くまでやってたらいいですけど…」
「燃料費が高いだろ?そりゃ無理さ」
「やっぱり、まだまだ魔石のお風呂は広まりませんね~」
「魔力もそうだけど、魔石が高いからね。汎用の火魔石は金貨10枚からでしょ?そこに魔力を込める人を雇い入れるとどうしてもさ」
「わかってはいるんだよ。でも、気兼ねなく毎日入りたいよ」
「そろそろ飯の時間だね。降りるとするか」
「は~い」
階段を下りて食堂に向かう。
「メニューはなんですかね~」
「楽しみだね」
食堂でメニューを見せてもらう。内容は…。
「割とこういうのってどこでも一緒なんだね」
メニューは3種類で肉と水生生物と野菜だ。あとは三種類から二つを選べるミックスがあるぐらい。サイドメニューも数品あるだけだ。商人向けといってもこんなものなんだ。
「アスカは何にするの?」
「私は水生生物かなぁ。何が出てくるか楽しみだし。リュートは?」
「僕は肉と野菜のミックスにするよ」
「あたしは肉の大盛だね」
「ご注文はお決まりですか?」
「はい! 水生生物を」
「僕は肉と野菜のミックスで」
「あたしは肉の大盛で」
「かしこまりました。えっと、宿泊のお客様でしょうか?」
「そうだけど?」
「ミックスと大盛は追加で銅貨5枚必要ですのでお願いします」
「それじゃあ、大銅貨1枚だね。ほらよ」
「ありがとうございます、ではごゆっくり」
注文して20分ほど待つと料理が運ばれてきた。
「こ、これは!?リザードの薄焼きだ」
この辺りにはリザードが生息しているのか普通に夕食のメニューに並んできた。歯ごたえは薄いながらややあるものの、癖もなく食べやすい。
「最近はオークばっかりだったから新鮮だな~」
小さめに切り分けて口に運ぶ。こういうのはゆっくり味わうのが礼儀だよね。
「おいしい~。ちょっと薄い割に歯ごたえがあるのは気になるけど、肉質は赤みが多くてあっさりしてるし好きかも」
他に珍しいといえばパンが普通の半分ぐらいで、代わりにスープの横には野菜が置かれているところだ。大体、こういうところだと大きめのパンがあって、野菜は選ばないと付いてこない。
「やっぱり、国境ってことでメニューとか大変なのかな?」
「どうしたの急に?」
「いや、普通だったらパンもおっきくてメインが一つ、どか~んっておかれてるじゃない?ちょっとここは違うなって」
「ん~、というより商人向けだからじゃない?ほら、冒険者みたいに力仕事ばっかりじゃないし」
「あっ、そっか!」
言われてみればこの宿は商人向けだったな。いつもは冒険者向けの宿にしか泊まらないからなぁ。
「商人向けの宿と言えば、結局神殿で泊まった宿ってどうだったの?私はムルムルのところに居て知らないんだよね~」
「あそこ?いい宿だったよ。ただね…」
小声で話しかけてくるリュート。どうしたのかな?
「あまりに良すぎて、しばらく他の宿に泊まった時の落差に戸惑ったよ。料理もサービスも部屋も全部ね」
「ああ~」
なるほど。高級スイートルーム(泊まったことはないけど)に連泊してからビジネスホテルとかに泊まる感じかぁ。そりゃあ、段違いだよね。
「おや?あなた方はどこかの護衛の方で?」
「うん?そういうあんたは」
「いやはや、失礼しました。私はべネス商会のワグナー・べネスと申します。普段はバルディック帝国帝都からデグラス王国王都への船輸送をしております」
「ふぅ~ん。で、なんでその商人さんが陸路で?」
「今、こちら側の治安が良くないことはご存じでしょう?そんな中、危険を押して商売をする商人がいたら街ゆく人や商人はどう思います?」
「勇気があるなぁと」
「でしょう?その縁で新しい商売につながることも多いのですよ」
「んで、その商人さんがなんであたしらに?」
「いえね、この辺を最近騒がしていた盗賊団が捕まったと聞きまして。そこの護衛に聞いたんですよ、この宿に泊まっていると」
「よくもまぁそれだけの情報で動いたもんだ」
「ですが、特徴的なパーティー構成でしたので。どうです?うちの護衛をやっていただけませんか?」
「あたしらの目的地は知ってんのかい?」
「この辺りからなら王都かグラントリルですかな?」
「すごい!さすが商人さんです。行き先が分かるなんて!」
「はいはい。お嬢様は下がってなって」
その後はワグナーさんとジャネットさんで打ち合わせをしていた。
「~だから、それだと遠いよ」
「しかし、安全ですよ?」
「いやいや、馬車が1台なら絶対こっちだよ」
「ふむ、まあそれはそれとして出発は?」
「早くとも明後日。そうそう、この街で売れるものは…」
「んぅ」
「アスカ眠たいの?」
「ちょっと」
戦闘もあったし、結構魔法も使ったしなぁ。
「ああ、先に休んでなよ。明日起きたら説明してやるよ」
「すみません。それじゃあ、失礼します」
これ以上いたらどんどん眠くなるので、リュートと一緒に先に部屋に戻って休む。
「おやすみ、リュート。あしたもよろしく~…」
「よろしくね、アスカ。ってもう寝てる。また、明日」
こうして国境の町での一日目を終えたのだった。




