国境の町ジーディアへ
野営地を出発して草原をどんどん進んでいく私たち。草原といえばレディト東のイメージだったけど、こっちはあんまり魔物もいないみたいだ。草の背も低いし草食動物も少ないのかも?
「どうしたんだいさっきから?キョロキョロしてるけど」
「あんまり魔物いないなって思いませんか?」
「この辺はそこそこ人も通るようだし、強い魔物もいないからじゃないか?たまにちっこいのはいるみたいだけど」
ジャネットさんが指を指した先には小さい穴が空いていて、ひょっこりと魔物が顔を出している。土もぐらか何かかな?かわいいけど臆病みたいで、目が合うとすぐに穴に入ってしまった。
「あんな魔物もいるんですね」
「ま、全部が肉食って訳でもないからねぇ。さあ、それより先に進むよ。もう少しで町が見えるはずだから」
ジャネットさんの言葉通り、しばらく歩くと右手に小さな街並みが見えてきた。町の規模は小さそうだけど、ところどころ高さの高い建物がある。
「何見てんだい?」
「いえ、高い建物が多いなって思って」
「ああ、この辺はちょうど中継地にもってこいだからね。商売は少ないけど、商人用の宿が多いんだよ。商隊は人数もいることも多いし、宿の方も確保に必死ってわけ」
「そうなんですね。さすがジャネットさん!物知りです」
「そ、そうかい?」
「…。」
「どうかしたリュート?」
「ううん、なんでもないよ。町には寄らないし、このまま進もう」
「うん」
偶然町に出かけた時にこの地方のガイドブックを買っているジャネットを見たとは言えないリュートだった。
「それにしてもこの川おっきいですね~」
「バルディック帝国だけじゃなくてデグラス王国、さらにその先までつながってる大河、オルフェーナだからね」
「うわっ!?そんなに長いんですね!時間がある時に上流から下流まで船に乗って旅したいですね~」
「途中までならあるよ。支流のところはデグラス王国の首都バンデルベルク。バルディック帝国は首都のガルグストに近いところを通ってるからね」
「やっぱり、水運が発達してるところが首都になるんですね」
「そのせいで過去、戦火にまみれたわけだから皮肉だよ。デグラス王国の首都も帝国の領土がもっと広かった時の副都だったんだよ」
「なるほど。すでに栄えていたんですね」
「アスカって不思議だよね」
「急にどうしたの、リュート?」
「だって、小さい村に住んでたのに地理とか歴史とかの見解は詳しいよね。誰か先生でもいたの?」
「あ、えっと、それは…そう!お母さん!お母さんに教えてもらったの!ほら?村に住んでたけどもとは貴族だし、いろいろ本とかもあったんだよ」
「そっか…ごめんね。思い出させちゃって」
「いいよ。気にしてないから」
ふう、何とかごまかせた。確かに本はいっぱいあったけど全部薬学関係だったし、貴族のマナーとかも教えてもらった記憶はあるけど、それだけなんだよね。貴族としての生活をしてなかったからきっと私が将来、こんな遠くまで来ることは考えてなかったんだと思う。その辺の町でひっそり薬屋でも開くと思ってたんじゃないかな?
実は町や村には女性の薬師はある程度いる。理由は村や町の周りに薬草が生えていて、戦えない女性でも採りに行けるからだ。家を守るという意味でもポーションとまではいかなくても傷薬を作れるだけで、命も家計も助かるのだ。当然、そういう女性は結婚の相手も選べるので安定した暮らしができる。お母さんもきっとそんな風に考えていたんだろうなぁ。
「そうだ!せっかく川の横を通ってるんだし、久し振りに釣りでもするかい?」
「時間は大丈夫ですか?」
「一時間ぐらいならね」
「じゃあ、さっそく…」
私はアルバから持ってきた専用の釣竿を、リュートも実はひそかに作っていた自前のものを。ジャネットさんだけがその場にあった木を使った簡易の釣竿だ。浮きさえ付いていない。
「ふふふっ、作っておいてなんですけどそんな釣竿で大丈夫ですか?私は負けませんよ?」
「まあ見てなって」
得意げに言う私をあしらうかのようにジャネットさんはひょうひょうと糸を水面に垂らす。今日こそ勝って見せますよ!
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一時間後…。
「アスカ、アルナのとったさかなもらう」
「あ、ありがとう。ティタ、アルナ」
今日の戦果、もとい釣果はというと、ジャネットさんが4匹でうち2匹は大サイズ。リュートが2匹でどちらも中サイズ。そして私は…ゼロ。なんでなの~!リュートはともかく、ジャネットさんに負けるなんて。
ちなみにアルナの釣果は大小合わせて3匹だ。もっと採れたんだけどオーク肉も多い今、途中でストップがかかった。さらに言えばくちばしでつつくのではなく、空から風魔法で狙い撃ちしているので釣りといえるかも怪しい。なんにせよ、アルナのおかげで私のお昼ご飯は確保できたわけだからありがたいことだ。
んにゃ~
「あっ!キシャルったら一番大きいお魚を」
アルナが獲ってくれた中でも一番大きい魚をキシャルが我先にと口にくわえてこっちに来る。
ふが
私にくれるのではなくもちろん焼けと言ってくる。まあ、くわえちゃったものはさすがに食べないけど。
「はいはい。それじゃあ、焼いちゃうね。焼き加減はどうする?しっかり焼くの」
んにゃ!
中までちゃんと火が通っているのがいいらしい。どうせ凍らせるのに焼き加減まで指定してくるとはキシャルったら。アルナはそのままでいいというので、小さいやつをリュートに切ってもらってあげる。
「おいしい?」
ピィ!
久し振りの新鮮な魚でアルナも満足そうだ。
「あたしは1匹目は醤油で、2匹目は塩焼きだな。リュート頼んだよ」
「わかりました。アスカはどうする?」
「軽く塩を振って焼いてもらえる?」
「わかったよ」
見張りをジャネットさんにお願いして、火の番は私。味付けをリュートが担当する。それにしても串にさして焼く魚ってなんでこんなにおいしそうなんだろ?ワクワクするなぁ。
「はい、焼けたよ」
「ありがとう。あちち」
「大丈夫?」
「うん。いい感じに熱も通ってるみたい」
「それじゃあ、僕も…熱っ!本当だね」
「二人してなにしてんだいこれぐらいで」
ジャネットさんは焼き立ての魚でも大丈夫みたいでさっさと口に運ぶ。
「うん。醤油のもうまいね。途中でかけてパリパリに表面が成ったのがまたいい」
「確かに見た目もいいですよね」
「ああ。料理は見た目も大事だからねぇ」
「ジャネットさんがアスカみたいなこと言ってる…」
「私みたいなことってどういう意味?」
「いや、なんでも」
「あたしだって、うまいもん食べる時はそれなりに気になるよ。ただ、こういうところとかだと食べること自体が大事だから気にしないだけさ。要は時と場合によるってやつ」
「うんうん、さすがはジャネットさん。それにしてもおいしい!」
「その割にはゆっくりだね」
「これだけおいしくて新鮮なんでかみしめてるんです。ほんとは刺身で食べたかったんですけどね~」
さすがに川魚のお刺身は食べる勇気がない。ティタの水魔法で寄生虫とかを洗浄できるかもしれないけど、さすがにここで体調不良はよくないもんね。
「海が恋しいなぁ」
「またそんな贅沢を。アスカの理想の土地を探すのは大変そうだねぇ、リュート」
「そ、そうですね。結局、どんなところがいいの?」
「う~ん。まずは安全で山や海や小川があって、そこそこ町で静かな一軒家ですかね?」
「あるのかいそんなところ?」
「きっとありますって!世界は広いんですから」
「まあ、探せばあるか」
そういいながら2匹目を食べ終えるジャネットさん。2匹目は大きいやつだったのに早い。私はまだ食べてるっていうのに。ちなみに私のお昼は中サイズを半分とアルナの余りの小さいお魚だ。そして、残した分が今日の夕食に追加で出る予定だ。
くあ~
「キシャルはおなか一杯?」
当然!と言わんばかりに食べ終えて横になってるジャネットさんのお腹に飛び乗る。
「こら!飛び乗ると重いだろ、全く…」
そういいながらも払いのけたりはしないジャネットさん。いいなぁ。
ピィ!
私のところには代わりにアルナが来てくれた。食後の少しの休憩を私も横になって過ごす。アルナはおでこの上だ。
「ごめんね、リュート。見張り頼んじゃって」
「いいよ。ゆっくり…はできないけど休んでおきなよ」
見張りをリュートに任せ、しばしの時間を私たちはくつろいで過ごしたのだった。




