いざ旅立ち!
あれから数日。滞在予定を少し伸ばした私たちは町でくつろいでいた。といっても私は細工に集中していたので、ほとんど宿に居たけど。
「ほら、アスカ。顔拭きな」
「はいぃぃぃ~」
「アスカししょ~~、お元気で~~」
今日はいよいよこの街を去る日だ。宿の前でハイルさんたちのパーティーと待ち合わせして、お別れのあいさつをしていたのだけど、やっぱり長く滞在しただけあって別れる時も寂しいものだ。特にサティーさんは前の街からの友達だからね。
「はいっ!カティアさんたちにもよろしく伝えてください!」
「もっちろん!」
「そうだ!お別れの品ってことでもないんですけど、ここ数日でちょっと作りすぎたのでどうぞ」
私は勢いで作りすぎたグリディア様の像を3体ほど渡す。
「えっ!?悪いよ~」
「大丈夫です。在庫はありますから!」
「そう?だったら、私たちが店を開いた時はアスカの細工を販売したげるよ」
「いいんですか?」
「もっちろん!ちょっと先になるけどね。アスカの商会はトリニティだっけ?こっちも作ったら連絡するよ。細工師アスカ・バルディック支部だね」
「じゃあ、お願いします」
再びサティーさんと抱き合って街を後にする。
「いい出会いになってよかったね、アスカ」
「うん。ちょっと寂しいけどね」
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「サティー、うまくやったわね」
「何が~?」
「アスカちゃんと専属契約するなんて」
「えっ、いやぁ~。友達だし!」
「まあ、それはそうね。よかったわねハイル。あなたの商会は繁盛しそうよ。御覧なさい、このグリディア様の像。最近出回ってる良品と同じ…むしろ、やや良いかもしれないわね。木彫りだから価値はそこまででしょうけど、銅や金で作ってもらえば飾るだけでも中々のものよ」
「だが、今は旅の途中だし立ち上げもまだ先のことだ」
「わかってるって。ひとまず一つは持っとくとしてあとはお得意様になってくれそうな人に売ろうかな?」
「まったく、抜け目のない嬢ちゃんだぜ」
「アスカ、また逢う日を楽しみにしてるからね~」
そんなサティーさんの声が空に響くころ、私たちはといえば…。
「まだ、中継点には着きませんか?」
「歩き始めてまだ2時間だろ?どうしたんだい」
「いえ~、久しぶりに長時間歩いたからか疲れてしまって…」
「そりゃあ、しょうがないね。すぐに取り戻せるように歩かないと」
「そんなぁ~」
ピィ
んにゃ
アルナたちもキリキリ歩けと私に言ってくる。うむむ、自分たちは私の肩に乗ってるくせに。気を取り直して再び歩いていく。今日の目的地はここから2日ほど先にある中継地の中間点手前だ。頑張って2日で着いても夜で入れない可能性もあるので、明後日の朝に着けるように調整しているんだ。
「アスカ、そろそろ森に入るよ。先頭交代しよう」
「わかった。お願いね」
距離を少し縮めるために今日は森に入る。街道はこの間にある小規模な町や村を経由するので、ちょっと距離があるのだ。そっちだと丸3日はかかるからさすがに遠慮した。思いのほか、カディールに長居したせいでデグラス王国入りも遅くなってるからね。
「バルドーさん、元気かなぁ?」
「あのおっさんが元気ないわけないだろ。なあ、リュート?」
「そうですね。僕も今度は稽古をつけて欲しいです」
「稽古?リュートってばそんなの頼んでたの?」
「Cランクの中でもあの人は別格だったからね。Bランクの人でも勝てないって話だったし。前に頼んだ時は実力がないって断られたんだよ」
「へ~、気のいいおじさんって感じだけどなぁ~」
確かに強いってことは聞いたことがあったけど、怖そうじゃなかったし。
「まあ、今は国境を抜けることに気を向けないとねぇ」
次の目的地はジーディアという国境手前の町だ。古くはたびたび国境を左右する戦争に巻き込まれ、現在は国越えしてくる商人の滞在地になっている。そこから、ひたすら北西に進むこと2週間でバルドーさんのいるグラントリルの町に到着予定だ。
「はぅ~、まだまだ先は長いなぁ」
「それなら、もっと頑張らないとねぇ。アスカ、国境の町でも細工は売るのかい?」
「う~ん。行ってみてですかね?デグラス王国とバルディック帝国の品物をやり取りするだけの町とかなら、あまり歓迎されないでしょうし」
グリディア様の像はともかく、今の手持ちはバラの細工だ。売るつもりで作ってはいるけど、その町の商人が国内向けの商品をわざわざ手に取ってくれるかどうか。まあ、無理ならデグラス王国で売ってしまえばいい。そっちからバルディック帝国への輸出品として買い取ってもらえば問題ないだろう。
「でも、そうなったらカディールで売っちゃった方がよかったかな?だけど、あそこはファーガンドからも近いし、あんまり一か所で売るのもなぁ…」
過剰に売れちゃうと、町で名前が売れてもっと作ってって注文がきちゃうしなぁ。旅を続けるのには困るんだよね。そんな思いを抱きながら森を進んでいく。
「よっと」
「ジャネットさん!そっちに」
「はいよ」
森といえば魔物がつきもの。大したことはないといってもそこそこの頻度で出てくる。
「最初こそ少なかったですけど、なんか多くないですか?休憩とってからどんどん出てきますけど…」
「それだけみんな街道を通ってるってことさ。大方、魔物は迷い込んだ哀れな旅人って思ってるんだろうさ」
「今までで、ゴブリンにオークにオークの亜種…。肉が手に入るのはいいんですけど、このペースだとちょっと予定が狂いますよ」
「だねぇ。肉だって無限に入るわけでもないし、処理もあるしねぇ」
倒すのは一瞬でも血抜きの時間はそこそこかかる。当然、動くわけにもいかないのでその間はその場で待機だ。まとめてやるにしても移動できないので行程に遅れが生じてしまう。
「売値は知れてますけど、旅をするには在庫は欲しいですね。交渉材料にもなるので」
そういうのはリュート。確かに扱いは豚肉みたいなものだし、いろんな料理に使えて便利なんだよね。厨房を借りる時にもその地方に合った料理を紹介できるし。
「とりあえず今日の飯はそいつに決まってるし、さっさと目的地に行くかねぇ。この調子だとまだ出てくるだろうし」
「なんかこう…強者のオーラってやつで遠ざけたりできないんですかね?」
「はぁ!?またこの子は…。同じ魔物同士ならともかく人間相手にそんなもんはないよ。あるとしても知能が高い魔物だけさ。ゴブリンやオークにそれを求めてもねぇ。まあ、実際に戦えば思い知るんだろうけどそれじゃ遅いし」
「キシャル、何とかならない?」
くあ~
あくびで答えるキシャル。まあ、子猫がすごんでも無理か。そう考えると今の従魔はみんな小さいし、だめだなぁ~。せめてワイバーンでもいればよかったけど、あの子は大きすぎるし…。
「おっ、もうそろそろ森を抜けるようだよ」
「ほんとですか!」
あれから3時間ほど歩き詰めて、ようやく切れ目が見えてきた。とはいえ、まだ街道に戻ったわけではなく森が南側に広がっているのを西に進んでいるだけだ。
「ここからは草原と林の中間ぐらいだね。見晴らしがいい分、注意しないと」
「そうだね。この辺の魔物ってなんだろう?」
「街道から離れてるっていってもそこまでじゃないし、大したもんは出ないだろ」
「だといいですね~。今日はこの辺りで一泊ですよね?」
「ああ。もうちょっと先にいい空き地があるってんでそこで休むよ」
「ようやく今日も終わりですね!頑張りましょう」
それから林はどんどんなくなり、ほとんど草原に景色が移り変わったところで今日は野営になった。
「リュート、薪はないからそのまま焼いちゃうね」
「それならこの金属の台があるからそこにかけて焼いちゃって」
「は~い」
私はホットサンドメーカみたいに上下に挟んだフライパンを金属の台にかけてそのまま火を入れていく。
ジュウゥゥゥ
フライパンに挟まれた肉が焼けていく。ある程度火を入れたらあとは石の上に置いて保温だ。これでうまく火が通るんだから保温っていうのも馬鹿にできないよね。
「アスカ~、そろそろ焼けた?」
「ジャネットさん!今、保温で火を入れてるところです。もうちょっとだけ待っててくださいね。設営は終わりました?」
「ああ、こっちはOKだよ。なら、あたしは皿でも用意しとくよ」
「お願いします」
「アスカ、僕の方はたれを用意しておくよ。あとは従魔たちのご飯とね」
「よろしくね!キシャルはまた焼いたお肉を凍らせるの?」
んにゃ~
当然!とキシャルが一鳴き。今日はほとんど寝てたくせに、こういう時の返事はいいんだから。
ピィ!
アルナもまだかまだかとご飯を待っている。ふたりともずっと肩に居て運動してないのに…。
「ちゃんと運動しないとだめだよ?」
私だって頑張って歩いてるんだよって言葉を何とか飲み込んで、飼い主として注意する私だった。
 




