ショルバの市
今日は昨日リュートと約束した通り、食料市に行く日だ。食料市は朝早くから始まるからパッと着替えて出発する。
「あっ、おはようございます。朝食はどうしますか?」
「市から帰ったら食べます」
「は~い」
宿のお姉さんに挨拶をして2人で市場に向かう。ジャネットさんも来ると思ったんだけど、昨日夕食の後に酒場に行ったらしく、朝早くはパスとのことだ。アルナは引き続きお友達のところへ、ティタは自分の食事に関係ないので部屋にいる。
「リュートお待たせ。それじゃ行こっか」
「うん」
細工市が北側で食料市は南側なので私たちは一路南へ。これは工房が北側に集中していることにも関連している。南に進んでいると、町並みも飲食店や果物屋さんなどそういった関係が多くなっていく。
「食料市へようこそ。いっぱい買っていってくれよ」
市につくと衛兵さんが挨拶をしてくれた。どうやら私たちが旅人だというのは見て分かったらしい。まあ、慣れてるみたいだし、出入りしてる商人とかを見慣れてるからかもしれないけどね。
「さあ、何があるかな~」
市を見ていくとこの辺では珍しく醤油も置いてあった。だけど…。
「レディトの半分で同じ値段かぁ~」
「まあ、港から離れてるし、ここまでの輸送費を考えれば仕方ないかもね」
「リュートは気になるのあった?」
「う~ん。調味料系を見てるんだけどあんまり」
流石に旅先の宿で厨房を借りたいなんて言えないから、野菜なんかは買えないししょうがないか。でも、サラダの野菜は3種類位だから付け足すように買ってもいいなぁ。そう思って、トマトっぽい野菜を買った。リュートはちょっと進んだところでピタリと止まった。
「どうしたのリュート?」
「見たことないものがいっぱいあるんだ。でも、瓶に入ってて詳しく分からないんだよね」
並んでいるのはたぶんスパイスなんだろうけど、荒粉状で瓶といっても500gは入ってる。一瓶銀貨2枚ぐらいするので、簡単には買えそうにないみたいだ。
「おじさん、ここのスパイスはどういうものですか?」
「ここのはバルディック帝国の乾燥地帯に生えてるものだ。自分の好きなように混ぜて作るんだぞ」
多分クミンみたいなものだろうけど、かろうじて匂いをかがせてもらえるぐらいだから、結構二の足踏んじゃうな。大量に使うスパイスならともかく、一つまみも入れない奴だと使い切れないだろうしね。
「おじさん、レシピとかないですか?」
「あん?そういうのはないな。うちで買ってくのは大体その地方のやつだから、そんなもん付けられても大きなお世話だからな」
そっか、ここで買っていくのは他国出身者向けの飲食店の人なんだ。それならそんなことより早くスパイス見せてってなるよね。質問したリュートもこの答えには困っている。色々料理は研究しているリュートだけど、旅は経験ないから、わからないんだよね。しばらく考え込んだ後、私はおじさんにこう質問した。
「それじゃ、おじさん。売れてるのとあんまり売れないのはどれ?」
「それはだなあ~。こっちの辺りのが売れてて、この辺のはたまにだな」
おっ、これはいい情報だ。この情報があればどのスパイスを多めに買って、どれを買わなくてもいいかがわかる。リュートも気が付いたようで、売れ筋を数種類2瓶ずつ、他を1瓶買っていってる。売れないのは慎重に匂いを嗅いだ後、2種類だけ買うみたいだ。でも、これだけで15瓶ほど。金貨3枚ぐらいするはずだ。会計を終えたリュートに私は聞いてみた。
「後で、バルディック帝国にも行くけどその時じゃダメだったの?」
「う~ん。難しい問題だね。それでもいいと思うけど、そうなったら向こうで料理を教えてもらう時、一からでしょ?それは相手にも悪いし、そこで料理を思いつくのは難しいと思ったんだ。だから、先行して味をつかんでおきたいと思ってね」
「流石リュートだね!」
「まあ、ちょっと高かったけどね…」
食材ゼロで金貨3枚だからね。それをしっかりマジックバッグにしまい込んでその場を離れようとする。
「若旦那。またのお越しをお待ちしてますよ」
「あ、あはは。なくなったらまた来ますよ」
早婚のこの世界の情勢と大量に買い付けたので、どこかの店の跡取りだと思われたらしい。う~ん、それにしても私は奥さんに間違われ過ぎじゃないだろうか?でもよく見るとリュートも鎧をしてないし、2人とも町人のような格好だ。
「仕方ない…のかな?」
釈然とはしないけど、いちいち毎回気にしていてもしょうがない。リュートもあまり気にしてないみたいだし、慣れるしかないや。それからも市場を見ていくと変わった食材も目に入る。だけど、試食とかできないしほぼ様子見だ。まあ、見てる限り各国の飲食店向けの露店のようだ。ここで滅多に手に入らない食材や調味料を補充して、店で出すのだろう。箱買いとかも普通にある。
「結構、奥で馬車とかも待ってるみたいだね」
「こっちは入場料もないからだろうね」
北の市も活気はあったが、入場料の関係かこういう馬車の待ちはなかった。でも、普通の食料を扱っているところはそんなに物がない。きっと、契約済みの商店用には別に確保しているのだろう。結局、いくつか野菜を買い足して私たちは市を後にした。賑やかではあったけどどっちかというと店や商人向けだった。
「ただいま~」
「おかえりなさい。すぐに朝食にする?」
「お願いします」
「僕も一緒に取るよ。荷物だけ置いてくるね」
「は~い。あ、そうだ!買った野菜とか直ぐに使わないならコールドボックスに置いとく?」
「良いの?じゃあ、お願いしようかな」
コールドボックスは私は作った魔道具でいわゆる冷蔵庫だ。違うところは大まかにしか温度調節が出来ないところだ。大体、室温マイナス25℃ぐらいが限度で、外に出しておくと季節によっては冷蔵庫より温度が高くなってしまう。代わりに、冷暗所におけば冷凍庫にもできる優れものだ。動力も魔力を込めるので、私みたいに魔力が高いと何の問題もなく使える。マジックバッグは大体20℃前後になるようで、ちょうどいい温度なんだ。
「んじゃ、ここに入れていってね。でも、下には入れないでね」
「分かったよ」
部屋に戻って荷物用のマジックバッグからコールドボックスを出してそこに入れていく。下が冷凍室で上が冷蔵室だ。
「ついでに魔力も足しておかないとね」
数日は放っておいても大丈夫だけど、最近はしてなかったからここでチャージしておく。それが終わったら下に降りて食事だ。他にやることがなかったのでこの日は残りの時間を細工に費やした。もちろん夕食時にはいつもの店に行って絵を描きながら食事をした。この調子ならあと4日ぐらいは無料で食べられそうだ。
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翌日、特に予定も決めていなかったがせっかくなのでリグリア工房に行くことにした。今回はジャネットさんが付き添いだ。リュートはというと何とか昨日、宿の人に頼んで調理場に入る許可を取っていた。買ったスパイスの味が気になったようだ。まずは売れ筋順の配合にしてみて試してみると言っていた。
「んで、連絡はしてないんだろ?」
「はい。でも、いつも細工はしてるって言ってましたから」
「まあ、そりゃそうか。ティタもついて来たけど何か見たいもんでもあるのかい?」
町中はともかく、工房内だけなら話をして大丈夫だろうということになったので今日はティタも一緒だ。
「こうぼう、いしいっぱい」
「あらら、そういうことかい」
ティタは細工というよりそれに使われる鉱石が気になるようだ。まあ、主食がクズ魔石か鉱石だから仕方ないよね。
「こんにちわ~」
「おや、アスカさん。こんにちは」
「あたしも邪魔するよ」
「今日は細工の見学に?」
「はい!折角知り合いになれたので是非見たいと思って」
「では、ここで待っていてください。親方に許可をもらってきます」
「いつでもいいんじゃないのかい?」
「そうなんですけど、これ!という時はあまり人を入れないんですよ」
「あっ、わかります。本当に集中していると気になりませんけど、集中する前は人がいると気になるんですよね」
「ええ。すぐ戻りますよ」
それから1分でリンクさんは帰ってきた。
「大丈夫ですよ。入ってください」
案内されて再び工房に入る。
「おう、来てくれたか。あんだけいいもんを見せられてそのままってことにならなくてよかったぜ。なにが見たい?置物かアクセサリーか?」
「うう~ん。それならあまり作ったことのない指輪かブレスレットでお願いします」
指輪は主に平民用で飾りっ気が少ない。貴族用はというと身近につけられる魔石の使い道が指輪なので、実用性が先なのだ。高位貴族はメリケンサックよろしく大きな魔石が各指についていると聞いた。その為、指輪の飾りは乏しい。他にブレスレットも魔石が使われることが多く、こちらは単純に作る機会が少なかったからだ。魔石を使うならバカ高いものになっちゃうし、使わないにしても結構金属の使用量も多いから気づかないうちに避けてしまっていたのだ。
「なら、ブレスレットにしとくか。俺も指輪はあんまりでな」
そういえば親方は魔力がないって言ってたから、魔道具が主になる指輪はそんなに作らないのかも。早速、作るものを決めたミュラー親方がそれ用の塊を取り出して削っている。
「まず、強度というか実用品だな。これはこうやってそのまま彫って行った方がいい。つなげたり、合わせたりすると強度はどうしても下がるからな。ただ、ミスした時の無駄も多いからある程度で組み合わせる奴もいるな」
「参考になります」
確かに1つの塊から作れば理想だけど、失敗のリスクが高いよね。削るという工程上、削り過ぎたらデザインを変更するか作り直しだからね。
「シンプルに中央に宝石や魔石を使うならこうだな。台座だけ出来れば後は削るだけだからある程度形を作っておいた金属を使え。複雑なのならこういう金具か、合わせの技術で組め。ただし、簡単に外れないように試作はしろよ」
「分かりました!」
いいながらも親方はどんどん作業を進めていく。まだ、彫りには入っていないけど、かなりの速さだ。無駄もないし、流石工房主ってところだろう。その後も細かいアドバイスや配色や配石のバランスなど、結構貴重な話ももらった。う~ん、多重水晶の実践より得たものの方が多い気がするなぁ。




