オフの一幕
「ん~、終わった~。着色の工程は明日以降だからこれで今日はおしまいっ!」
「別にそれはいいけど、騒ぎなさんな。もう深夜だよ」
「うえっ!?もうそんな時間ですか?」
「リュートはもう寝たよ。明日の仕込みもあるからね」
「そっか、おやすみ言い損ねちゃった。それにしても、昨日はびっくりしました。まさか、キシャルの魔力があんなに伸びるなんて!」
「そうだね。ノースコアキャットは魔力に乏しい種族だから、あたしもびっくりしたよ」
「ティタやアルナも魔力は多いですし、何かあるんですかね?」
「どうかね。ティタは元々、魔力のコアの部分だからあり得るけど、全体的にアスカが従魔にする魔物は魔力が多いよね」
「いわれてみれば、魔力が低いのってリンネと進化前のキシャルぐらいですよね。どっちも低いのは種族的な問題ですし」
「今まで一番魔力が高かったのはサンダーバードかね?」
「ああ~、確かにそうですね。あの子たちは私より高いかもしれませんから。でも、当てになりませんよ。使える魔法が1つですから」
「魔法使いなら3流もいいとこだけど、あれはねぇ~」
「ディースさん、ちゃんと抑えててくれますかね?」
「あいつなら大丈夫だろ?魔物使いとしての経歴は浅いけど、冒険者として長くやってるんだしな」
ふと、アルバの話が出たので向こうでの出来事に思いを馳せる。みんな元気かなぁ?リンネとか従魔のみんなは心配いらないだろうけど、エステルさんとかノヴァって元気かな?仕事も探すって言ってたけど、すぐに見つからないだろうし。
「ん~」
「何か気になることでもあるのかい?」
「いえ、みんなどうしてるかなって。エステルさんはともかく、ノヴァは心配で」
「あはは。そんなの大丈夫だって。あいつも大人になってるだろ。その辺はきっちり考えるようになるさ」
「そうだといいんですけど…」
ノヴァは歳はリュートと一緒だけど、どこか少年ぽかったからなぁ。
「大体、アスカが心配できるようなもんかね。自分のこともしっかり見てないのに」
「むむ~」
「ほら、夜更かししてないでもう寝なよ。明日もあるんだろ?」
「そうですね。明日は塗料を使ってきれいに仕上げないと!」
「そんじゃ、おやすみ」
私は音を広げない結界を解くと、ベッドに入って眠りについた。
「アスカ、おはようさん」
「ジャネットさん。おはようございます…」
「少し、涼しくなってきてるから、格好には気を付けなよ」
「わかりました…」
私は寝間着から外出着に着替え、下の食堂に降りる。
「今日はなんだろな~」
食堂ではすでにリュートがスタンバイをしていてくれた。この宿も、朝は宿泊客以外を断っているためのんびりだ。その代わり、昼に向けての仕込みと宿の業務があるから忙しいんだけどね。場合によってはこの時間に朝市に仕入れに行かないといけないしね。
「アスカ、今日はあっさり目のスープにしたよ。臭み消しにハーブを使っておいたから癖もないはずだよ」
「ほんと!食べてみるね」
リュートがお盆をテーブルにおいてくれ、さっそく私は食べてみる。
「はわ~、朝から贅沢だな~。透き通ったスープにやわらかいお肉。そして、野菜が歯ごたえと味に深みを…」
「朝から難しいこと言ってないで、さっと食べられないのかねぇ」
「ジャネットさんはもったいないですよ。そんな直ぐに食べちゃうなんて…」
見ればジャネットさんのお盆にはもう何も残っていない。同じぐらいに運ばれてきたのにな。
「まあ、ちょっともったいなかった気もするけどさ。何度か潜ればまた出るだろ」
そんなことを言いながら食べ終わって、すぐに食堂を出て行った。そこそこいい依頼があったらしく、ちょっと出かけるとのことだ。まあ、リュートも店員やってるし、いつも通りなのかな?
「さあ!それじゃあ、私は細工をしないとね」
おいしい食事の後は昨日の続きだ。この前手に入れたちょっと不思議な鉱石を砕いて塗料にする。
「普通のでもいいんだけど、これだと少し輝いた感じがするんだよね。安っぽいつくりにはしたくないからきちんと使わないと」
塗料を作ったら後は塗りだ。
「ここは完全に手作業だから頑張らないと!魔道具じゃ、加工はできても色塗りはできないんだよね」
細~い筆を出して少しずつ塗っていく。バラのところは内側と外側で塗りを変えたいし、慎重にやらないと。塗りすぎるとだまになるし、少ないと重ね塗りが必要になっちゃうんだよね。
「それはそれで深みが出るんだけど、失敗の確率も上がっちゃうしなぁ」
正直、塗りに関しては細工ほどの腕はない。塗料を珍しいものにできるだけで、何か特殊な技法があるわけではないのだ。
「これを機にやっちゃう?でもなぁ…」
確か金属の加工を工夫すれば花びらなんかに鉱石をはめ込めるなんて映像を見たこともあるし、塗りに頼っちゃうのはなぁ。これでも一応は細工師なんだし、価格や技術的にできない部分を塗りで済ませる、な~んて感じにしたいなぁ。
「まあ、今回のはバラも小さいし、塗っちゃうけどね。太陽のデザインの方も近い色で仕上げちゃうし」
白銀に太陽のイメージをかぶせようと思ったら、どうしても宝石や鉱石を多く使わないといけない。だけど、そんなことをしたら中央部分に魔石をはめ込めないので、今回は塗りで対応するのだ。もし次、何かの機会で同じようなデザインを作る時があったら、今度は中央に魔石を置く形で作ってみようかな?
「それより今は塗っていかないと!このままじゃ、今日中に終わんないよ」
塗るだけならともかく、乾燥の時間も考えたら今日はかなりの時間取られそうだ。
「ん~、もうちょっと奥…あと少しだけ…。よしっ!出来た。アルナもキシャルもどうしたの?そんなところで」
ピィ
んにゃ~
「えっ、ほんとにどうしたの?」
「アスカがはんのうしないから、どっちもすねてる」
「えっ、ごめん。全く気づかなかった…」
その言葉にさらに気を悪くしたのか、アルナは巣箱にキシャルはその横で眠り始めてしまった。結局、その日は作業の進捗はよく細工は完成したものの、2人とも私とは会わなかった。
「ほ~ら、今日はずっと一緒だよ~」
MPを昨日で限界まで使った私はお詫びも兼ねて今日はオフだ。
ピィ!
んにゃ
ただ、昨日の分の埋め合わせもと思って過剰に接したからか、今日もちょっとまだ距離を置かれている。
「はいはい、もう抱きしめたりしないから戻っておいで~」
キシャルも前より少し小さくなったので、もう少し優しくしてあげないと。それとどうやらかなり熱に弱い種族らしく、以前より私に抱っこされることが減ってしまった。仕方ないけれど残念だ。
「でも、相変わらずジャネットさんのところには行くんだよね~。不思議」
後は魔法が得意になったみたいで、人が触れない時は自分の周囲に冷気をまとわせたりしている。
「もう季節過ぎちゃったけど、夏とか涼しそう~」
私がそういってキシャルを見るとビクリと反応する。ふふっ、来年の夏は頑張ってもらおうかな?私は風は送れるけど、冷気は作れないからね~。ガンドンのテントは熱を遮断するけど、冷える訳じゃないから期待しておこう。
「あ~、宿にいるのも暇だなぁ~。どこか行く?」
ピィ!
そういうとアルナが反応する。どうやらお友達の気配がするらしく、会いに行ってみたいとのこと。
「行く先々でお友達なんてアルナは社交的だね。キシャルはいいの?」
着いては行くけど、別に興味はないといった感じのキシャルも連れて私たちは外に出ることにした。
「ん~、太陽が眩しい!」
宿の前で大きく伸びをして歩き出す。目指すは小鳥のいそうなところだ。出掛ける前にリュートに声をかけたらもうすぐお昼で抜けられないとのこと。心配されたけど、私も冒険者生活が長いんだし大丈夫と言って出てきた。
ピィ
「ん?こっちに行けばいいの。来た日から実は目を付けてたって?アルナったら寂しがりやなんだから」
ピィ!
違うぞと言うけど、まだまだ子どもだもんね。ミネルたちとも会ってないし、旅先で近い種に会うのは楽しみなんだろう。
ピッ チッ
しばらく歩くと、近くに住んでいるらしい小鳥たちのいる広場にやってきた。町の人も気にする様子もないことから、いつもの光景なのだろう。
「餌とかやっても大丈夫なのかな?」
キョロキョロと周りを見ると、パンの欠片をやっている人がいたので大丈夫そうだ。
「ほら、おいで~」
私は鞄から餌用の薬草を取り出し、アルナの鳴き声とダブルで攻め立てる。
「おっ、反応あり!」
チュンと1羽の小鳥がやってきた。どうやら、バーナン鳥らしい。
「アルナがバーナン鳥とのハーフだって解るのかな?すぐに近寄ってきたね」
ピィ
他にはスズメに近い小鳥もいて、こちらは向こうではあまり見かけなかった種だ。その子達は遠巻きにこちらを伺うだけで、距離は詰めてこない。
「どうにかして近寄ってきてくれないかな?ほらほら~」
近寄ってきてくれた子もすぐにアルナと話し始めたので再び暇になった私は誘ってみる。
チッ
すると、1匹の小鳥が群れからこちらにやってきてくれた。
「おおっ!?ついに来てくれた!怖がらせないように慎重に行かなきゃ」
そんな感じで私はオフを満喫したのだった。




