到着、迷宮都市
「昨日はありがとうございました」
ぺこりと護衛の人が馬車の窓越しにお礼を言ってくれる。
「いえ、困った時はお互い様ですから!」
「しっかし、いてぇな~」
「バル!ちゃんとポーション使いなさいって言ったでしょ。もう~、また痛みが続くわよ」
「こんぐらい町に着くまでには治るって」
「だ、ダメですよ!消毒もいるし、ちゃんと直さないと後々に響いてきますよ」
「えっ!?そうなのか?お嬢ちゃん詳しいんだな」
「これでも薬師の娘ですから!」
「しょうがない。一応使っとくか。それにしてもあんたたち強かったよな。ひょっとしてダンジョン目当てか?」
「ちょっとだけ体験のつもりで」
「それがいいぜ。折角、いいもん拾ってもあそこにこもりっぱなしで死ぬ奴も多いって話だ」
「私たちも1度は行ったんだけど、ろくなものが無くて。まあ、10Fまでだったけどね。流石にオーガの亜種が出て急いで戻ったんだから」
「それは大変でしたね」
Dランクの冒険者にとってオーガは天敵だ。硬い皮膚に人外のパワー。亜種ともなれば、BランクやAランクがかろうじて相手に出来る力なのだ。私たちもDランクだったころはすごく警戒してたし、今でも攻撃には気を使う相手だ。
「そういえば、ダンジョンってどんな敵が出るんですか?」
「あら知らないの?あそこは雑多に出るのよ。降りた先が砂漠なら砂漠の、森なら森の魔物が出るの。だから、これって装備がない代わりに、私たちみたいな駆け出しでもある程度進めるんだけどね」
確かに前に行ったダンジョンはアンデッドばっかりだったから、光や火の属性が活躍した。低階層でもあるかないかで攻略が変わってくるからそれ用に別装備がいるもんね。
「さて、それじゃあ、今日もお願いしますよ」
パカラパカラと馬を引いて馬車は動き出す。今日は町の近くまで行く予定だ。急ぎの馬車なら今日中に着くんだけど、流石にそこは連結馬車。馬の方にも負担が大きいから2日の野営を挟むんだ。
「アスカ~、なんか面白い話ないかい?」
「面白い話ですか。どんな感じの話しですか?」
「ん~、そうだねぇ。村での話とか?」
「実は特にないんですよね。村って言っても離れてましたし、親が薬師じゃないですか。用事がないとほとんど村の人も寄りつかなかったですから」
「へ~、アスカってそんな感じで過ごしてたんだ、意外~。町とかには行かなかったの?」
「お母さんが嫌いだったみたいで…。商人さんとたまに話して材料を買うぐらいでしたし」
「商人?村に直接売りに来てたのかい」
「多分そうですね。お母さんは暇さえあれば調合してましたから、割と頻度は多かったと思います」
「よっぽど田舎だったんだねそこ。村の薬師にわざわざ頼るなんてありえないよ~」
「そうなんですか?」
「まあ、村の薬師って大体は年寄りなんかの知識を伝えてるだけだからね。正しいのもあるけど、全部が全部効くわけじゃないよ。苦いだけの薬草を飲まされただけってこともあるからねぇ」
顔をしかめながらジャネットさんがつぶやく。きっと、小さい頃に飲まされたんだな。
「まあ~、そもそも村に薬師がいるのが珍しいよね~。大体は何でも屋みたいなところが全部兼任してるし~」
「へぇ~、私は他を知らないから…そういえば、ワインツ村にもありませんでしたね」
「そういうもんさ。居てくれりゃあいいけど、村で手に入る薬草っていうのもね。大した種類もないし、結局ある程度物流が発達してる町に居ついちまうからね」
「確かに私もファーガンドで揃えてもらった時は早かったですしね」
「ああいう町だと珍しい薬草でも名前を出せば誰でもわかるしねぇ」
「やっぱり薬師の町っていうだけありましたよね」
そんな話をしながら進んでいると今日の野営地に着いた。
「道中1度は魔物が出るもんですね」
「まあ、出たのがオークの群れで良かったよ。こうやって、その場で消化できるし」
「リュート、薪拾ってきたよ」
「分かった。護衛の方はもうちょっと待ってくださいね。交代で取れるようにしますから」
「わりぃな。戦闘中も援護してもらって、肉まで振舞ってもらっちまって」
護衛のパーティーはDランクということもあり、マジックバッグはパーティーで1つ。それも一番小さいものだったから、折角倒したオークも1体しか入れられなかった。まあ、最初に装備にお金を使った結果だから正しいとは思うんだけど。その為、襲撃してきた残りのオークは援護した私たちが安く買い上げたのだ。
「おねえちゃん、あたしも~」
「はいはい。ちょっと待ってね」
「すみません、この子ったら…」
「いいですよ。そこまで高いものでもないですから。それにしても、親子2人で危険じゃないですか?」
「主人のところに行くんです。本当はもっと早く行くつもりが、馬車が中々出なくなって費用も高くなってしまったので…」
「迷宮都市におられるんですか?」
「はい。あそこは冒険者が多くて治安も一部悪い地区がありますが、代わりに周辺の魔物は討伐されるので比較的安全なんです」
「おとうさんはつよいぼうけんしゃなんだよ」
「そうなんだ。会うの楽しみだね~」
「うんっ!」
「はい、おかわりだよ~」
「ありがとう、おねえちゃん」
「今日はスープも残ってるよ」
「言わないでくださいよ~」
「はい、アスカの分」
「ありがとうリュート。ん?ちょっと、脂身が多いところだね」
「アスカが前に言ってた通り、圧力鍋で長めに煮込んだんだ。量が作れないから僕たちの分だけだけどね」
「リュート…ありがとう」
「いい雰囲気、なのかな?」
「さぁてね。さ、あたし達も食べるか」
私たちが食べた後で、護衛の人の半数とジャネットさんとリュートが入れ替わり順番に夕食を済ませていった。
「いや~、本当に今回の旅は快適ですね。御者をやっててよかったです」
「そんな大げさですよ」
「いやいや、やっててなんですが一年もすれば何人かは亡くなってしまうもんでして。今回もこうして無事に済んだだけでも儲けものなのに、こんなうまい料理まで食べられるんですから」
「別のお仕事とか探さないんですか?」
「そうしたい気持ちもありますが、手当てが良くて…。それに、馬を引けるってだけでそれなりの収入になりますからね。その辺で売り子やってる奴じゃもらえない給料なんですよ」
「将来的に独立とかはしないんですか?」
「無理ですよ。今はこうしてお嬢さんと話させてもらってますが、元々は引っ込み思案でして。滅多に自分から話しかけないんですよ」
それでも、パッと仕事に付ける御者があっているというおじさん。まあ、ファーガンドから迷宮都市カディールだけでなくとも仕事はあるだろうしね。
「それじゃあ、皆さんよろしくお願いします」
今日の見張りはジャネットさんと、サティーさんだ。もちろん、護衛の人も交代でやってくれてるけど、昨日の襲撃の件もあるしちゃんと報酬も出る。
「やれやれ、今日だけとはいえ見張りとはね」
「昨日も実質やってたし、まあしょうがないよ~」
せめて護衛がCランクならもう少し安心できたんだけどね。ダンジョンでオーガの亜種に遭って逃げたって言ってたし、流石に任せるには不安だ。
「はぁ、何もなくてよかったやら面倒やら」
一夜明け、襲撃もなく平和な朝が来た。昨日に引き続き今日も朝からオークの肉を使ったスープだ。もう、流れで出しますみたいな感じになってしまっているので、作っている最中に人が馬車から降りて来る。
「一応、これサービスじゃないんだけどねぇ…」
ぼそっとジャネットさんがつぶやくと、馬車にいたお姉さんがいい情報と交換してとのこと。
「そんでその情報って?」
「安くていい従魔宿があるのよ」
「何でそんなこと知ってんだい?あんた、一般人だろ」
「仕事柄、冒険者とは縁があるの」
そう美人なお姉さんはウィンクするとスープを取っていった。
「上手くごまされたような気がするが、まあ従魔の宿も探すのが面倒だからいいか」
その後もスープを渡しながらいろんな話を聞いた。なんだか炊き出しか何かみたいだ。そして馬車は出発して、残りの行程を消化していく。
「最初はどうかと思ったけど、そこそこ有用な情報があったからいいか。町に入る前に構えておくのも重要だしな」
「別に宿ぐらいあたいが紹介するのに~」
「ちなみにその宿はどんなところなんですか?」
「どんな?う~ん、いつも手配はハイル…付き合ってる人が手配してくれんの」
「それ絶対高い宿だろ。Bランクの人間が付き合ってる相手に変な宿を取らないからねぇ。多分、1泊で銀貨数枚はするんじゃないか?」
「そういえば、宿の人も礼儀正しいし色々話聞いてくれたかも」
「僕らは迷宮都市でちょっと滞在しますからね。そんな宿には長くは泊まれませんよ」
「そっかぁ~。じゃあ、宿は別になっちゃうね~」
「心配すんな。アスカを連れ出してくれるなら、また知らせるよ」
「やったぁ!これでまた一緒だね」
むぎゅ~っとサティーさんに抱き着かれる。年の離れた甘え上手のお姉ちゃんみたいだ。
「しょ、しょうがないですね。でも、細工とかもあるので毎日は無理ですよ?」
「分かってるって。そうだ!彼に聞いて、一緒にダンジョンに行けるか聞いておくよ!アスカも3人で潜るより経験者がいる方がいいでしょ?」
「そ、それはそうだけど、迷惑じゃない?」
「どうせ向こうも毎回本気で潜るわけじゃないから大丈夫。任せておいて!」
そんな話をしながら移動していると、御者さんが話しかけてきた。
「皆さんもうすぐですよ。町が見えてきました!」
そこには立派な城壁に守られた都市の姿があった…。




