夜半の出来事
「いや~、今日は順調に魔物も出なくて快適でしたな~」
「そうですね」
「おっ、兄ちゃん。見張りお疲れさん。今日はお互い楽でよかったな!」
「ええ。明日もよろしくお願いします」
「任せとけって!俺たちも何度か迷宮都市までの護衛を受けてるからな」
「あっ、リュート。お疲れ様」
「アスカは何もなかった?」
「うん。馬車でずっとお話してた」
「お前の連れか?」
「はい。同じパーティーのメンバーです」
「きれいな子がいてうらやましいぜ」
「リュートご飯食べよう」
「うん。それじゃあ、御者さんまた明日」
「ああ。また頼むよ」
「あの人たちと何か話してたの?」
「特に何も。僕も護衛というより、見張りのレンジャーだと思われているみたいだし」
「確かに今のリュートって軽装だもんね。鎧もちょっと外してるし」
「そこまで危険じゃないし、迷宮都市で目立つならまだしも今はね」
「私も何かした方がいい?」
「アスカはそのままでいいよ。大体、その恰好で冒険者って時点で向こうも誤解してるだろうし」
「お~い、お2人さん。早く来なよ~」
「は~い!」
サティーさんに呼ばれてみんなと合流する。
「気合い入れて呼びに行ったのに遅かったね。冷めちまうよ」
「今日は僕がずっと御者と一緒にいたけど、誰が作ったの?」
「あたいだよ。といっても、スープはアスカが持ってきてたやつだけど」
「あの、粉末のやつか…おいしいんだけどね」
「どうかしたの?味見したけどおいしかったよ」
「リュートは自分が作らなくても、美味しく作れる粉末スープが苦手なんです」
「そういうわけじゃないけど…。手軽に美味しく作れるし、携帯食向けの材料だしね」
「歯切れが悪いね~。手料理がいいんでしょ~?」
「ま、まあ…」
リュートが押されている。カティアさんたちは女性ばっかりのパーティーだったし、何か言われたのかな?
「さあ、食うよ。キシャル、お前はこっちだろ」
んにゃ~
いつの間にかキシャルはジャネットさんの飼い猫のようになってしまった。移動する時は相変わらず私の肩とかに乗ってるけど、こうやって休憩とか野営時はずっとジャネットさんの周りにいる。
「ごちそうさまでした」
食事も終え、後は寝るだけだ。
「さて、見張りはと…あたしと、サティー頼めるか?」
「いいよ~」
「僕は良いんですか?」
「ちゃんと寝てないと明日もあるしね。あたし達はあんたを信用してるけど、他は違うだろ?」
「わっ、私は?」
「アスカはねぇ~、やらせると面倒だから。今日も多分、商家のお嬢様って思われてるだろうし、そう思われてる方があたし達も楽だし」
「そうそう。アスカはゆっくり寝ててよ~。まだ、成長期だし」
「そうですね!それじゃあ、寝ます」
そうだった、まだまだ私は身長が伸びる歳なのだ。うんうん、これは寝ないといけないね。
「アスカは寝たみたいです」
「相変わらず、寝つきのいい子だね。リュート、あんたも寝なよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「代わりに明日の日中は任せるから」
「はい」
「でも、アスカは何であんなに素直に寝に行ったの?」
「あいつ、背の高い女性がいいんだってよ。だから、寝るんだってよくわからないことを言ってるんだよ」
「ふ~ん。このままの方がかわいいのにな~」
「そりゃ、周りの意見だからね。さて、1時間ほどしてから寝るか」
「あれっ、直ぐにジャネットさんは寝ないの?」
「見張りのヘタなDランクだと困るだろ?ちょっと確認してからね」
馬車の周りには数張りテントが並んでいる。安全やテントがないものは馬車内で、持っている人は近くに張っている。あたし達はもちろん戦えるので少し離れたところだ。Dランクの見張りは馬車に近い位置で4人のうち、2人が見張りをしている。
「ん~。まあ、及第点かね?よほど強い魔物でなけりゃ大丈夫そうだね」
見張りを確認したあたしはサティーに後を任せて眠りにつく。数時間後…。
「魔物だよ!」
「ん?敵か~」
直ぐにテントを出て状況を確認する。馬車自体は入り口以外、こっそり魔道具で覆っているから問題ないとして、危ないのは他のテントだ。
「な、何ですか?」
「魔物だよ。すぐに向かう!」
「はいっ!」
寝起きのアスカとサティー、それにリュートもすぐに得物を持って馬車の周りに向かう。護衛はすでに戦闘状態のようだ。
「うわっ!」
「バル!大丈夫?」
「ああ。それより、客を馬車に…」
「分かったわ。みなさん早く馬車に!必ず守りますから!」
「アスカ、敵は?」
「ウルフ系です!数は…6体」
「了解。リュート、後方は任せた!」
「はいっ!」
「アスカとサティーは中ほどで支援だ。護衛もどんなもんか分からないからね」
「「分かりました!」」
持ち場に着いた私は直ぐにサティーさんにお願いする。
「あっち側に土の壁を作ってもらえませんか?」
「壁?いいけど…」
馬車の右側に壁を作ってもらう。こうすれば相手は嫌でも左側に回り込むしかない。
「今だっ!」
回り込んできたところを弓で射抜く。
「ここは行かせない!」
ヒュン
リュートも槍を振るいウルフを牽制する。その間にも乗客はテントから馬車に移る。
「全員入ったわ!」
護衛の人のその言葉を合図に私たちは一気に魔物に向かっていく。
「はぁっ!」
前ではジャネットさんが、後ろではリュートが次々に魔物を倒していく。私たちも援護しようとしたが、今回は普通のウルフのようで、邪魔にならないように馬車の方を確認していた。
「アスカ、最初に聞いた数は倒したけど残りは?」
「えーっと…いませんね。もう大丈夫です」
「はぁ、やれやれだね」
剣を降ろすと私たちは素早く魔物に近寄り処理をする。
「魔物はこれで全部なのか?」
「そうですね。今回の襲撃はこれで終わりです。みなさんも護衛ありがとうございました」
リュートが護衛の冒険者に話しかける。ずっと見張りをしていたから、リュートが感知していると思ったみたいだ。
「いえ、私たちは乗客の守りばかりでほとんど魔物の相手が出来なくてごめんなさい」
「そっちはそれが仕事だから気にすんな。まあ、倒しに行ってもらった方があたしたちが楽ではあるけどね。それより、乗客への説明は任せたよ。こっちはさっさと解体しておくから」
「分かりました」
護衛の人たちは馬車に逃げ込んだ乗客に事情を説明していく。こういうのは正規の依頼を受けた人がいく方がみんな納得するので、あっちに任せたと後で聞いた。
「ふぅ~、襲撃も終わりましたし寝直しますか」
「そうだね~。でも、流石師匠!寝起きの実戦なのに見事な腕だったよ~」
「そ、そうですか?いや~、そんなでもないですよ~」
などと話している私たちとは裏腹に、乗客たちは中々馬車から戻らなかった。安全だと思っていた今回の旅も、やはり危険が潜んでいたことで怯えてしまったらしい。
「明日も野営はあるし、もうちょっと元気でいてもらわないと…」
馬車の中は狭いし、ストレスもかかるだろう。せっかく町に着いてもこのままだと何もできなくなってしまう。
「ねぇ、リュート。お願いがあるんだけど…」
「な、何、いきなり」
「スープ作ってくれないかな?とびっきり贅沢なやつ!」
「ええっ!?こんな時に何考えてるんだよアスカ」
「いや、こっちの持ち出しってのは気に食わないけど、悪い考えじゃないね」
「ジャネットさんまで…分かりました。分量はどのぐらいですか?」
「いつもよりちょっと多めだね。な、アスカ」
「はいっ!」
リュートにお願いしてスープを急いで作ってもらう。もちろん、急なので私が火魔法で手伝った。
「ファイア。さ、お湯は沸いたからお願い」
「はいはい。よくわからないけど頑張るよ」
それから10分ほどでスープが出来上がった。町を出る時に買った野菜や、オーク肉のいい部分などをふんだんに使った、具も充実したスープだ。
「みなさ~ん。眠れない方はこちらをどうぞ」
「えっ、アスカちゃん。どうしたの?」
「お姉さんもどうぞ。みんな眠れてないみたいなのでスープを作ってみました」
「あ、ありがとう。…おいしいわねこれ」
「はい。リュートが作ってくれたんですよ」
「リュートってあの見張りの子?」
「そうです!普段から料理もやってくれてるんです」
「そうなの。護衛に見張りに料理と凄腕の護衛なのね」
「ねぇ。私たちももらっていいの?」
「はい。まだいっぱいありますからどうぞ」
違う馬車に乗っていた人も遠慮がちだったけど、声をかけてくれたことで他の人もどんどん並んでくれた。
「はい、次の人。あれ、御者さん?お疲れ様です」
「私ももらっても?」
「もちろんですよ」
「よかった。みんな美味しそうに食べてたから急にお腹が空いて…」
「いい匂いがしたらそうですよね。私もこの後食べますから遠慮なくどうぞ」
御者さんにもスープを配って、いよいよ次は私たちの分だ。
「さあ、リュート。私の分をお願い!」
「そ、それが…」
リュートが鍋をこっちに傾けると、もう1杯分も残ってなかった。
「そんなぁ~」
「おねえちゃん、まだ、スープある?」
「あるよ。ちょっとだけだけど、よそってあげる」
「ありがとう~」
親子連れて来ていた少女に最後のスープを渡すと、トテテと馬車に戻っていった。
「ああ~、私のスープが…」
「なら、今から返してもらう?」
「そんな非道なことしません!」
「なら、今日はもう寝なよ。明日もあることだしね」
「は~い。ううっ、折角のお夜食が」
ぐぬぬ、折角のお夜食を食べ損ねたと心の中で魔物に八つ当たりしながら眠ったアスカだった。




