弟子?薬?
「ねぇ~、ジャネットさん。ほんとに今から行かないと駄目ですか?」
「はぁ~、冷たい師匠もいたもんだね。弟子と約束をしてんのにすっぽかす気かい?」
「そ、そういう訳じゃないんです。あともうちょっとで、腰痛に効く塗り薬が出来るんですよ!」
「でも、時間をかけてもいいし、効果に変わりはないんだろ?」
「それは…そうですけど」
「だったら、さっさと準備しな。アルナ~、お前の主人は冷たいやつだったんだな~」
ピィ~
「ジャ、ジャネットさん!アルナを味方に付けるなんて卑怯ですよ」
「アルナに分かるぐらい簡単な話ってことさ」
ピィピィ
ジャネットさんの言葉に今度はアルナが抗議する。
「わっ!?こっちに飛び火したか。まあ、早く行ってあげな。サティーはずっと待ってるから」
「…分かりました。あれ?ジャネットさんはいかないんですか?」
「あたしがいてもできることはないしねぇ。的にするならリュートに任せるよ」
「ま、的って!駄目ですよ。怪我したらどうするんですか」
「でも、前は軽くやってただろ?空き地で」
「異国の地に来てまで通報されたくありません!」
「はいよ。なら、普通の的でも上達するよう指南してきな~」
ふりふりと手を振るジャネットさんに見送られながら、待ち合わせの広場に向かう。
「あっ!師匠久しぶり~」
「サティーさん、お久しぶりです。待たせちゃいました?」
「ううん~。弟子が師匠を待たせるわけにはいかないしね~。今日はどこで練習するの?」
「う~ん。普通に町の外壁の外でしょうか?」
「分かった。それじゃあ、近くに的に出来る木がある東に行こう!」
サティーさんに連れられる形で待ちの東に出る。
「この辺とか目立たなさそうだし、いいかも?師匠もいい?」
「はい。いいと思います」
「ティタみはってる」
「あっ、ティタありがとう。ついて来てくれてたんだね」
ティタは外壁にもたれる感じで街道側と反対に体を向ける。
「それじゃあ、始めましょうか。構えの方は大丈夫ですか?」
「任せて!あれから結構練習したんだ~」
さっとサティーさんが弓を構える。確かに無駄なく構えられている。これなら大丈夫かな?私は木に的を付けてサティーさんの元に戻る。
「じゃあ、まずはちょっと離れて撃ってみましょうか」
「えっ、この距離…当たるかなぁ」
ヒュッ
トス
「うう~ん。ちょっと手前に落ちちゃったね。次は頑張る」
しかし、サティーさんの次の射も的の上に行き、命中しなかった。
「あれ~?練習だと今まで外さなかったのにな~」
「残念ですけど、サティーさんは今まで同じような距離からずっと撃ってたので、うまく力加減がついてないんですよ。特に距離が開く時は込める力が強くなるから難しいんです」
距離を縮める場合は構えを少し落とすだけでいいけど、距離が開くとどうしても弓なりの軌道を描くので、高さの調節と力の加減という2つの要素が加わるのだ。
「これってちゃんと当たるようになります、師匠?」
「どうでしょう?私は一定以上離れて当たらない距離は射らないようにしてますから。代わりに当たる距離で命中を高めてるんです」
「でも、どの距離からでも撃てる方が良くない」
「じゃあ、さらに離れて5本撃ってください」
「は、はぁ」
よくわからないサティーさんに5本追加で矢を撃ってもらう。
「う~ん。当たりません、師匠!」
「そうですよね。これを60%で当たるようにする努力よりも、サティーさんが練習した距離位を95%当てる方が役に立ちます。結局この距離って着地点がぶれるせいで、仲間に当たるから撃てない距離ですし」
「なるほど。ただうまいだけじゃダメなんですね!」
「そうですね。特にサティーさんだと罠とかも使いますよね?土魔力と組み合わせもあるでしょうし、練習に使える時間も限られると思うんです。そこにこの距離もあの距離もって言うよりは、この距離から前なら当たる!って方が大事だと思います。その距離なら仲間が魔物と戦っていても援護できるってことですから」
「師匠すごい!ほんとに15歳ですか?」
「実はこれ、同じパーティーメンバーの方に教えてもらったんです。今はレストランに夢中で一緒に旅はしてないですけど、腕のいい方なんですよ」
「師匠の師匠ですね!いつかお会いしたいです。きっとすごい腕なんですよね!」
「はいっ!まるで森と一体化してるみたいな感じですよ」
-----
「フィアル、どうしたの?」
「いえ、何か異常な期待をかけられたような…」
「もう~、王都に店を出すからって神経質よ」
「そういう感じではないんです。今日は帰ったら弓の手入れをします」
「珍しいわね。月に一度の手入れで、先週したばかりなのに…」
「何かそういう力を感じたんですよ」
「店長!副店長!イチャイチャしてないで手伝ってください」
「はいはい。休憩は取った?」
「取りました!最近はライズくんが懐いてくれて…」
「分かったから、落ち着いて。それじゃ、フィアル。ホールに行ってくるわ」
「ええ。行ってらっしゃい、リン。…しかし、本当にどうしたんでしょうね」
大陸を超え、謎のプレッシャーを感じるフィアルだった。
「この距離はそこそこ当たりますね」
「じゃあ、その距離が狙いを付ける余裕のない時の射程ですね」
「えっ!?この距離ってそこそこ当たりますけど、実戦で使っちゃだめですか、師匠」
「ダメですね。実戦で使うには命中率が悪いです。弓って遠距離だから多くの魔物に機先を制することができるんです。そこで最初の一撃が外れたら、相手がこっちを下に見て来るんですよ。相手が人間なら動きが雑になりますけど、魔物なら勢いがついて動きが良くなっちゃいますから。避けて当たらなかったのと最初から当たらなかったのは大きな違いなんです」
「さ、流石師匠です!私はまだ甘えてました。この距離でも当たるようにもっと精進します!!」
「はい。頑張ってくださいね」
「ちなみに師匠はこの距離だとどれぐらい当たりますか?」
「えっと、この距離なら…」
私は矢筒から矢を2本取り出して一度につがえて撃つ。
タンッ
「このぐらいですね。2本同時に射ることができるぎりぎりの距離でしょうか?」
「師匠…程々に頑張ります」
「えっ、ど、どうしたんですか?」
「この距離で手間取ってる私に精進なんて言葉は早かったです」
「そんなことありませんよ!すぐに上達しますって。私もまだ2年ぐらいですから」
「ちなみに師匠の弓LVって幾つですか?」
「確か弓術は5ですね。そこそこって感じです。他には風魔法とかもそうですね」
「師匠。私、4以上1つしかないです。師匠、すごいです」
サティーさんの一人称が変わってる。どうしたんだろう?
「ま、まあ、今は伸びる時ですから大丈夫ですよ。ほら、練習しましょう!」
私も練習を見るかたわら、隣の木に的を置いて矢を放っていく。
「師匠、さっきから同じ場所には行きませんね。あたいでもこの距離なら何本か行くのに」
「同じ場所に当たったら、矢がダメになっちゃいますから!こうやって…上、下、右、左とか適当に順番を変えてやってるんです」
「…ガンバリマス」
そして、急に口数が少なくなったサティーさんと一緒に食事の時間まで練習を続けたのだった。
「師匠、そろそろお昼にしましょう!」
「もうそんな時間ですか?分かりました」
的なんかを片付けようとすると、ティタが声をかけてきた。
「アスカ、まもの」
「えっ!?こんな町の近くに?」
「おわれてる」
「ちょっと待って…確かに。魔物は2体。ウルフ系かな?サティーさん、先に向かいます!」
「はっ、はい!」
魔法で加速して、林の方に突っ込んでいく。
「人は…あそこっ!」
「う、うわぁぁぁ、こっちに来るな!」
「ま、町に逃げてもこのままじゃ入れないわ!」
「そんなこと言ってもこれじゃ、巻けないぞ」
「ああ、ここで食べられちゃうんだわ!神様…」
「2人とも伏せてください!」
「へっ?」
「早く!」
2人が伏せると同時に矢を放つ。
キャウン
どうやら、追っ手はフォレストウルフのようだ。この奥にある森から追って来ていたみたいだ。
「この距離なら…いけっ!」
今度は矢を2本同時に放ち、ウルフを倒す。
「大丈夫ですか、お2人とも」
「あ、ああ。ありがとう」
「助かったわ。森近くで採取していたら急に現れて…」
「えっ!?周辺の危険度はあと一回、調査をしてから判断するはずじゃあ…」
前回の見回りののち、再び危険と思われるところに部隊を派遣して、問題がなければギルドにも危険度を書いた地図を張り出す手配になっていた。確か、予定では数日後のはず。
「そっ、それは…見回りから帰って来た人たちが無傷だったから、きっともう大丈夫だと思って…」
「だ、ダメですよ。魔物がいないからケガしなかったわけじゃないですから!」
「俺たちだって、稼ぎが減って大変なんだ。でないとあんな奥まで…」
「師匠~、大丈夫?」
「あっ、サティーさん。大丈夫ですよ、ほら」
私は仕留めたフォレストウルフを見せる。
「フォレストウルフですね。こんなところに来たんですか?」
「この2人を追って森から来てたみたいです。でも、他にはいないみたいだから、前回の見回りが効いているみたいです」
「そっか。2人は無理して森に入った感じだね~。ギルドに一緒に行こうか」
「じ、自分たちで行けます」
「いやぁ~。自分たちでって言われても。フォレストウルフから逃げるぐらいだから、Eランクとかでしょ。ちゃんと報告しないとね。町の人に迷惑がかかるし」
「くっ」
「アスカはフォレストウルフの収納をお願い」
「はいっ!」
連行するようにサティーさんが2人を連れてギルドに向かう。私もそれについて行く。
「いらっしゃい。あら、今日は2人なの?間にいる2人はよく薬草を採ってた2人ね」
「この2人。勝手に森まで行ってたんだ。まだ、低ランクは許可出してないよね?」
「…そうですね。事情を聴きましょうか、奥に来てください」
私たちはそのままギルドの奥に入っていった。




