登録と制作
多重水晶をリグリア工房で作ることになった私は製造方法の登録をしに行くため、商人ギルドへ向かう。
「ところでアスカが登録するのかい?」
「あっ、そうですね。人気が出ちゃうと目立ちますし、リュートお願い!」
「しょうがないな。それじゃ、ちょっと簡単な文章に起こしてくれる? 何か聞かれた時に僕がアスカに聞いてたら変でしょ」
「流石はリュート。頭の回転が速い!」
「調子いいんだから……」
リュートにも分かるように多重水晶の作り方をメモして覚えてもらう。そして、商人ギルドへ入った。
「いらっしゃいませ。取引の申請ですか?」
「あ、いえ登録なんですけど……」
「登録ですね。お若いのに優秀なんですね。後ろの方は奥様と護衛の方ですか?」
「うぇっ!? ち、違います」
「……付き添いです。登録は初めてですが、ここで構いませんか?」
「はい。内容によっては移動していただきますが、概要をまずはこの紙にお書きください」
は~びっくりした。まさか奥さんって言われるなんてね。確かに私は街娘の格好でジャネットさんが冒険者の格好だから、そう言われても不思議はないけど、夫婦に間違われるなんてね。
「これで一応欄は埋まりましたがいいですか?」
「確認させていただきますね。申請内容はと……多重水晶の製造と可能性ですか。少々お待ちください」
内容を確認するとギルドのお姉さんは奥へ引っ込み、二分ほどで一人の男性を連れて出てきた。
「おい、まだ書類が残って……」
「そんな一銭にもならないことは放っておいてこっちです!」
「いや、書類の決裁で初めて金銭の授受がだな……」
「とにかく! これ読んでください」
そういうとお姉さんは男の人にさっきリュートが書いた書類を見せる。
「ん? 登録申請の用紙だな。何々……多重水晶?
ああ、二重水晶のことか。まてよ? これだと三重以上にもできるということか。奥の宝石を変えれば様々な色合いにも対応するだと! 確かに言われてみればそうだが、そんなことが可能なのか? 二重でもかなりの技量が必要だったはずだ」
まあね。模様を入れて中に水晶をはめようとすると削れちゃったりしたから、その意見は分かるよ。
それにしても細工の町だからか、商人ギルドの人も細工に精通しているんだな。当然と言えば当然かもしれないけど。
「メリサ、何をしている。すぐに別室にお連れしろ」
「はいはい。じゃあ、こちらの部屋にお願いします」
「はい」
言われるがままギルドの奥の部屋へ通される。これは私が登録しに来なくて良かったかも。
「まずは座ってくれ。ちょっと話が長くなるかもしれんからな。俺はこのショルバ商人ギルドの副ギルド長のディアモンだ」
「僕はリュートです。今回初めての登録なのですが、個室で話すのは普通ですか?」
ナイスな確認ありがとう、リュート! これでこの中の主役はリュートになっただろう。
「いや、受付のギルド員の判断にもよる。今回は重要な情報だからこっちにしたが、普通は窓口のみだ。ああ、安心してくれ。ギルドの受付は詳しいものしかなれんから、判断を誤ることはまずない。あまりに革新的なものはどうしても漏れがちだから、心配なら書類欄の最後に検分の項目がある。そこにサインしてもらえれば、俺かギルド長が確認するから」
「で、ギルドとしては今回の情報は良いものだって判断したんだね」
「もちろんだ。確かに細工の腕は必要だろうが、これまでこの町でも市場に出回るのは二重水晶までだった。それ以上だとたまに出ることもあるし、古い遺跡からは見つかったという報告も受けちゃいるが、研究用の現物がなくてな。製造の方法さえわかれば一気に広まる可能性もある。特に貴族からは絶対に話が上がるだろうな」
「貴族ですか……」
「あら、お嬢さん。残念だけど実際に会うことはなくて、依頼が来るぐらいよ」
それでいい! いや良くはないけどさ。直接対面何て絶対ヤダモン。
「それで、登録にかかる費用はいくらですか?」
「一律、一件につき銀貨一枚だ。それと管理料が五年で金貨一枚。もしくは、設計料の一部を徴収だな。そっちだと一件当たりの年間設計料平均額の一割が当てられる。ちなみに登録期間は最長で三十年、もしくは登録者の死亡及び商会長の死亡だ。ちゃんと考えないと十年ぐらいで切れることもあり得るからな。で、設計料はいくらにするつもりだ?」
設計料とはいわゆる使用料のことだ。この世界は著作権料とか個別の呼び名は無くて全て設計料名義で処理されるのだ。この点で私は助かっている。正直、個別に名前があると覚えるのも大変だし。
登録があれば使うのには設計料がかかる。これだけ覚えておけば済むからね。ただ、ギルドの中では設計料から、項目別に分かれてるらしい。平民の私たちにはありがたい気づかいかもしれない。
「一応、工房の人とも話したんですが、銀貨五枚にしようかと」
「銀貨五枚か強気だな。まあ、貴族相手の商売も出来るとなればおかしくはないか。管理料はどうするんだ? 普通は設計料の一部徴収だが」
「とりあえず十年分の管理料を払いますね。金貨二枚でしたよね」
「ああ……」
ちょっと残念そうにディアモンさんが受け取る。ここの工房だけでも三十五軒あるんだから五年で金貨一枚ならすぐに行くと思うしね。
「そういえば、登録者名はリュートとなっていたが、会長は別の人物なのだな」
「はい。忙しくて中々来れないので」
「そうか。これだけの成果を出す商会長なら顔を見ておきたかったのだがな。まあいい、今後も何かあればギルドまでよろしくな」
「はい。では失礼します」
無事に登録も済み、私たちは商人ギルドを出る。
「ふぃ~、助かった~。ありがとうリュート、とっさにごまかしてくれて」
「まあ、普段から目立ちたくないって言ってたしね。でも、あの人アスカが細工師だって知らなかったみたいだね」
「まあ、アルバやレディトで名前が売れてるって言っても、ここは細工の一大生産地だ。地方の細工師にまで気が回らないんだろうよ」
惜しいことをしてるよねぇとはジャネットさんの言。そう言ってもらえると嬉しいなぁ。
「でも、ここで登録して助かりましたね。現物見せろって言われませんでしたし」
「そうだねぇ。現物を見せるとなったら、当然作った細工師の許可だなんだので、結局ばらさないといけないところだったよ。細工の町だからこそ、そういうところには気が回らなかったようだね」
「それはそうとアスカ。多重水晶を作るのは良いけど、材料は大丈夫なの?」
「一応あるにはあるんだけど、細工の町に来たことだし一度覗いてみよえかな。普通の町にはないものもあったりするかもしれないしね」
みんなの意見を聞いて、細工材料を扱う店にお邪魔することにした。
「でも、よくよく考えてみればこの町で工房開いてるってことは材料も届けてもらったりしてないのかな?」
「それはあるかもね。だけど、工房に弟子入り出来ない奴らもいるし損はないと思うよ」
「そうですね。期待しちゃいます!」
話しながら一軒の材料屋さんを見つけた私たちは店へ入った。
「いらっしゃい……なんだ子どもか」
「こんにちは。細工用の材料を探してるんですけど……」
「おつかいかい? 物は見て分かるか?」
「大丈夫です。私もちょっとは出来ますから。水晶とか透明度の高い宝石類はどこですか?」
「それならそっちだ。値段はその周りのなら三つで銀貨一枚だぞ」
「銀とか鉄もありますか?」
「鉄はねぇなぁ。銀なら塊で銀貨四枚、銅は大銅貨六枚だ」
「えらく安いんですね。物を見せてもらっていいですか?」
「ほらよ」
そう言って出してくれた塊は銀は小、銅は中の塊だった。
「えっと、ここではこれが基準のサイズなんですか?」
「当たり前だ。これ以上大きくても使い道がないだろう?」
うう~ん。何点も作るなら大きい方がいいし、このサイズじゃなぁ。しょうがない、宝石類だけにしよう。そっちは流通量が多いからかアルバより安いしね。私は透明度の高い宝石を銀貨五枚分と、普通の宝石や価値の低いクズ魔石を銀貨五枚分買い込んだ。
「合計金貨一枚だぞ。足りるのか?」
「大丈夫です。えっと、支払いは……」
「ああ! 金はあたしが預かってたんだ。ほらよ」
「おう、確かにな。それじゃ落とさんように早く帰れよ」
「あ、はい」
買い物を済ませて店を出るとジャネットさんに尋ねる。
「どうして私の代わりに払ったんですか?」
「どうしてってアスカ、商人ギルドのカードで払おうとしただろ?」
「まあ、細工のお金はこのトリニティのカードで払うって決めてますし……」
「この辺でいきなり商人ギルドのカードなんて見せたら変に広まっちまうよ。折角、向こうがお使いって勘違いしてくれてるんだからそれに乗らないとね」
「なるほど~、流石はジャネットさん!」
「流石はじゃないよ。目立ちたくないんなら普段から気をつけな」
「大丈夫です。いざという時はリュートも一緒ですし」
「開き直ってるのがいいのか悪いのか……」
その後も何か言いたげだったけど、ジャネットさんは何も言わずに宿に向かい始めた。私たちも後をついて行こうとした時、不意にアルナが鳴いた。
《ピィ》
「どうかしたの?」
アルナの視線の先を見ると、どうやらバーナン鳥がいたみたいだ。アルナはバーナン鳥のお父さんとヴィルン鳥のお母さんとのハーフだから気になったんだろう。
「ちょっと遊んで来る?」
《ピィ!》
夜には帰ってくるように伝え、行かせてあげた。窓も開けておくけど、治安はよく分からないからあまりはぐれて欲しくはないんだけどね。
「さ、帰ってきたけど、今日の夕飯はどうする?」
「まだ日も高いし店を探しましょう!」
「なら、折角だし外国の料理屋でも覗くかね」
「いいですね。最初はどの国の料理にしましょうか」
「最初は海を渡ったお隣の国のバルディック帝国のものにしようかね」
「どんな料理なんですか?」
「確かスパイスが多く使われてるって話だね。どっちかというと本場寄りだそうだ」
「それは楽しみです」
早速、リュートも誘って店に向かう。異国情緒漂う外観も相まって、期待させられる店だ。隣の国だからそこまで建築様式に違いはないんだけど、スパイス料理があるのは砂漠に近い地域でその周辺の建物は結構違うらしい。
「何にしますか?」
「あの初めてなのでおすすめとかありますか?」
「それじゃ、三人前で人気のを出すからその間にメニューを見て決めてくれ」
そういうと店員さんはすぐに奥に引っ込んだ。次の客も来てるし忙しいんだろう。私たちは料理を待つ間にメニューを見るものの、読んでもどんなものか分からない。
「うう~ん。どうしましょうか? これじゃ分かりません」
「だねぇ。聞くにしても忙しいからあまり聞けないし、響きで選んでみるかね」
「そうしましょう。僕はこれかな?」
ということで料理が運ばれてくる前に私たちは一つずつメニューを選んで、それを二人前頼む。量が多かったり口に合わなかったりしたら困るから、三人前ではなく二人前止まりだ。
「お待たせしました~」
「わぁ~、美味しそう!」
「ぜひ、感想くださいね。残りの注文は?」
「これとこれとこれを二人前ずつ頼むよ」
「かしこまりました」
そうして出されてきた料理はケバブを思い出す、薄く焼かれたパン生地のようなものに具がたっぷり包まれた料理だった。
「ん~、スパイスが効いてて美味しい。手前側はスパイスと野菜の味が、奥側はソースが染みてて違った味になるのもいいよ~」
「そうだね。僕も美味しいと思うよ。流石にこれは作れそうにないけど」
「難しそう?」
「配合がね。スパイスは種類も多いし、その上馴染みのないソースだと考える時間が足りないね」
「そっか、残念だね」
少しして追加注文した料理も運ばれてきた。名前からじゃ分からなかったけど、どれも美味しかった。
「でも、どんな料理か分からないのは困るね」
「あら、やっぱり。うちもそうだけど外国の店はそれがね~。食べてもらえるとリピートしてくれるんだけど」
「絵とか載せないんですか?」
「絵? 描ける人がいないのよ。どれだけ影響あるか分からないし」
「ちょっとやってみてもいいですか?」
気まぐれに寄ったお店だったけど、私はちょっと気になったのでそう話しかけた。
※ぱっぱぱっぱと街を移動するはずが余計なイベントを挟む流れに……。これは前作の反省が生かせてませんね。




