討伐前夜
この世界で初めての焼き肉屋でテンションが上がった私たち。今は目の前に焼けたばかりのネギまが鎮座している。
「アスカちゃん、これはそのまま?」
「最初はそうですね。好みの味付けとかもあると思うんで」
そう言いながらみんなで2串に増えたネギまをパクリ。
「あら、ほんとに美味しいわ。塩とこの黒いのは何かしら?香りもいいしピリッとしてて癖になるわね」
「コショウっていうんですよ。リュートが見つけてくれた調味料です」
「私はこのままの方が好きかもしれないわね。一応たれもつけてみるけど」
「私はちょっとたれを塗ってと…」
はけはないのでスプーンですくってネギまにたれを掛けていったら軽く両面を炙る。その間に塩ネギまをパクリ。
「ん~、おいしい~!」
「ああ、今日のも旨いねぇ。エール頼むか」
「まだ、お昼ですけど」
「明日には抜けるから大丈夫だって。アスカも飲むか?」
「わ、私はまだ遠慮しておきます」
「そ、ならミリー一緒に飲もうぜ。リュートも付き合ってくれなくてさー」
「そうなの?飲みそうな感じだけど?」
「割と積極的になるから気にしてるんだってさ。一回アルバで暴れたことあるんだぜ~」
「ええっ!?そうなの!私知らなかったよ」
「ジャネットさん!その話は…」
「いいじゃないか。酒の失敗ぐらいみんなあるもんさ」
「へ~、私その話聞きたいかも」
「だめだめ、それよりアスカ。もう焼けてるよ」
「えっ!ほんとだ、見ててくれてありがとうリュート」
「どういたしまして」
私はたれネギまを鉄板から取ると、口に運ぶ。
「あちゅい…」
「おばか、これ飲みな」
「ふぁい…」
香ばしい匂いとたれの味とネギや肉の味が混ざって、それはそれはおいしかったんだけど熱かった。
「アスカちゃんって本当に面白いわ!こんな妹がいたら毎日楽しいわね」
「心配事もいっぱい運んで来るけどね。ほら、口も拭くんだよ」
「は~い」
塩とたれ付きのネギまを堪能した後はジュムーアだ。こっちは塩タンともも肉みたいだ。
ジュー
「こっちの薄いのは舌なんだけど、見た通り薄いから早く返すかそのまま食べてね」
「返さなくていいなんて珍しいですね」
「これはさっきのネギを乗せて…っと」
「またアスカが何かしてる…」
「し、失礼な。乙女のたしなみだよ」
「肉にネギまぶすのが乙女のたしなみねぇ。それはそれとしてあたしも真似するけど。アスカの食べ方はどれも旨いからね」
そして、肉肉肉野菜とスープぐらいの割合でどんどん食事が進んでいき、追加のメニューも頼んで行く。焼肉屋さんに来てるって感じだなぁ~。
「ふぅ~、お腹いっぱいです」
「そりゃそうだろ。普段より食べてたしね」
「この雰囲気ならそうなっちゃいますよ。ねっ、リュート」
「そうだね。単純な料理なのにおいしかったよ」
「はい、食後のジュース。ほんとによく食べたね。それにしても時々変わったメニュー出してたね」
「多分、そろそろ登録されてると思いますよ。今度商人ギルドに行ってみては?」
「そうだね。手間がかかるといって、のぞいてなかったけど久しぶりに行こうかね」
「それじゃあ、ごちそうさまでした!」
「はいよ。また来ておくれ」
店を出ると立ち止まり、次の目的地について話し合う。
「店は出たけど、これからどうしましょうか?服も買いましたし、魔道具屋さんにも行きましたし」
「小物とか見なくていいの?」
「小物…そうだ!便箋買おう」
「便箋?ムルムルに手紙かい」
「エレンちゃんにです。最近あんまり出せてませんでしたから」
「確かにねぇ。あっちは旅なんてしないから、心配してるかもね」
というわけで小物屋さんに向かったんだけど…。
「紙質硬い、ぶ厚い…」
「ここまで来たら板だね。後、筋が入って書きにくそうだね」
「そうですね。もうちょっと質のいい紙はと…これかな?」
さっきよりはいい質感の紙を手に取る。でも、便箋というよりはポートレートに近いかも。
「でも、これなら両面書きやすいしいいかな?ついでにイラストとか入れちゃおう!せっかくだし、マグナを描いておこうかな。きっとびっくりするだろうなぁ」
のちにこの手紙を読んだエレンから話を伝え聞いた冒険者たちがアスカのことを『ビッグハンター』と呼ぶことになるなど予想だにしないアスカだった。
「でも不思議。便箋は高いのにインクはそこそこ安いだなんて。あっ、このペンかわいいかも。でも、使い勝手が…」
「お客様、こちらをお求めですか?」
「あっ、いえ。インクの補充が大変そうなんで…」
「そうですか…新しく入ったデザイナーのものなんですけど」
「インクはもうちょっと濃いのがこう入ってて、持ち手のところはすっきりした方が疲れませんよ」
「そうなんですね。一度話してみます。新人は売れるまでが大変ですからいいヒントになるかもしれません」
他にはきれいな瓶があったので、香水とかを入れる用に買っておいた。流石に野営とかでは付けられないけど、これから街に繰り出す時とかにちょっとつけてみるのも面白いかなって思ったのだ。
「でも、材料とかないよね。買うっていうのも面白みがないし。流石にシャルパン草は駄目だよね。バニラ臭がするんだと、ただの食後になっちゃうし」
レモンみたいな柑橘系の匂いかなぁ。でも、原料とか分からないし、出来るのはいつになるんだろ?
「今日はたくさん買い込みましたね~」
「ま、たまにはいいさ。そういうのも」
宿に戻った私たちは戦利品を確認しながらまったりと過ごす。
「今日はもうどこにもいかないしどうしようかな?」
ピィ
「アルナ。お腹空いた?ちょっと待ってね。この前のルーン草と混ぜてあげる」
「あら、綺麗なルーン草ね。何か問題でもあるの?」
「特にありませんけど…Aランク位ですかね?」
「銀貨が小鳥のエサになっていく…」
「ほらほらミリー。あっちで休んでなよ」
「アスカ、僕が見てるから細工したら?」
「いいの?ありがとうリュート」
私はアルナとキシャルをリュートに任せて細工に移る。
「今日手に入れた石を早速加工しないとね」
「アスカそれませき?」
「ティタ。ううん、違うよ。宝石みたいなものだよ」
「でも、まほうのちからかんじる」
「ええっ!?そうなの」
「ませきほどつよくないけど」
ティタの話によると、この鉱石?も一応魔石に似た力があるみたい。ただ、特製スクロールでないと力が込められないほど弱いから、気付かなくても仕方ないんだって。
「じゃあ、これにも魔法が込められるんだね?よ~し、頑張ろう」
これはこれで、庶民向け低価格品としてお守りみたいな感じで売れそう。たくさん買い込んだし、しばらくは持ちそうだしね。
「前は髪飾りだったから、今回はネックレスかな?後はブローチに…」
エレンちゃんが付けている姿を想像したら、いくらでもアイデアが浮かんで来るなぁ。私は浮かんできたデザインをすぐに描きためて制作に移る。今日のうちに2つは作っておきたいなぁ。
「ふんふ~ん。こっちのはちょっと可愛らしく。ネックレスはわざと目立つようにして大人びた雰囲気を出してと。ティタ~スクロール頂戴」
「はい」
「ありがとう」
ブローチは店員の目印、特にホールの責任者みたいな感じで付けてもらってもいいかなと思って地味目に、逆にネックレスはデート用だ。どちらも風の魔法を込めて簡単なバリアみたいな効果を付ける。そこまで強力じゃないからお守りみたいなものだけどね。
「これで良しと…あれ?」
細工がひと段落して周りを見ると珍しくみんな静かだ。ジャネットさんは本を開いたまま目をつぶっているし、ミリーさんはベッドに入っている。リュートはというと…。
ピィ
「アルナ、しーーーっ。疲れてるんだよきっと」
いっつも私に付き合ってくれるもんね。ご飯も作ってくれるし、たまに思うんだよね。
「リュートってほんとに旅に出たかったのかな?無理してついて来てくれてるのかな?ほんとは嫌だったりしないよね…」
そろりとリュートの髪を撫でる。出会ったころは少年って感じだったのに、今じゃ背もうんと伸びて見上げないといけなくなった。男の子の成長って本当に早いんだなぁと思う反面、ちょっと悲しい。私は前とほとんど変わらなくておいてかれた気分だ。
「はぁ…このままどんどん差がつくのかな?」
ちょっとぐらい追いついてもいいと思うんだけどなぁ。
「(何やってんのかねぇアスカは。気になってるなら言えばいいのに。ま、あの頃ってのはそういうもんかね)」
目を覚ましたジャネットだったが、邪魔をしないようにそのままの姿勢で2人を見ていた。
「(まあでも、進展はしてそうだし良いか)」
それにしても、こんな中ぐっすりと眠っているミリーは運がいいのか悪いのか。そう思いながらも邪魔をしないように再び眠るジャネットだった。




