エンジョイ!
「ここがこの街での行きつけの店よ。安いって訳じゃないんだけど、テーブル席が多くて利用しやすいの。ほら、宿とかの場合だと食べ終わったら直ぐに退いたり、相席も多いでしょ?」
「確かにねぇ。ゆっくり食えるってのは大事だね」
だけど、店構えはフィアルさんの店のようにレストランって感じでもない。何だか身近な感じだ。
「いらっしゃいませ!あら、ミリーちゃん。いらっしゃい」
「おばさん久しぶり。今日は知り合いを連れてきたのよ」
「そうなの?人数は…4人だね。奥にどうぞ!」
「ありがとうございます!」
「可愛らしい子ね。うちで大丈夫?」
「はい、こういう雰囲気大好きです!」
「あらあら。それじゃあ、おばさんも張り切らないとね」
席に座るとまずは飲み物だ。今日の気温を考えてか飲み物はちょっと温い感じだ。そしてしばらく待つと、中央に焼いた薪が置かれた。
「えっと、これってどうするんですか?」
「ここに鉄板を置いてその場で焼いていくのよ。店から出されるのは野菜や肉だけ。後は自分でってスタイルなの。元々は従業員が少ないから手間を省くために始めたらしいんだけど、これが人気でね」
「そっか~、道理で見慣れた感じな訳だ~。直火は初めてだけど」
「ほんとにアスカってこういう食事系に関してはすごい知識だよね。料理できないのに…」
「リュート、一言多いよ」
「リュート君が言うなんてよっぽどね」
「さあ、まずは野菜を持ってきたよ。肉はどうする?」
「いつもので」
「リュート、リュート」
「何アスカ?」
「ここって持ち込みOKかな?漬けダレしてるオーク肉焼きたいんだけど…」
「ええっ!?まあ、ミリーさんの馴染みの店だしどうなんだろう?」
「なになに、面白い話なの?」
「アスカがたれに漬けた肉を焼きたいって言い始めてまして…」
「あら、面白そうじゃない。おばさん、良いわよね?」
「ああ、客も引き始めてるし構わないよ!。でも、うちの分もちゃんと食べておくれよ」
「は~い、ありがとうございます!」
私は許可が出たので野菜を鉄板に引きながら、リュートに取り出してもらった肉を焼いていく。
「こうすればきっとたれが野菜にもしみ込んでおいしいはずですよ!みんなでわぁ~っとやりましょう」
「この子はもう…」
「でも、楽しみね。たれはいつも焼き上がったら付けてたからこういうのって初めてなのよね。鉄板の上に鉄の器を置いてくれるのもあるけど、あれとはまた違った感じだし」
「そんなのあるんですね」
「塩だれを使ったスープよ。おいしいけどちょっと味は濃いかな?野菜とかを入れて薄めるの」
「頼んでみるかい?」
「でも野菜はもう鉄板に乗せちゃいましたよ?」
「おいおい、アスカは肉だけ食べる気かい?」
「今日はお肉の気分なんです!」
「ま、あたしもいるし、リュートも食べるから問題ないだろ。それじゃ、ミリー。そいつとお勧めの肉をいくつか後は…」
「ジャネットちょっと待ちなさい。料理って言っても焼いてる時間とかあるから、そんなには頼んじゃダメよ」
「そうなのか?なら、今日は全部ミリーに任せるとするか」
「ええっ!?どうしてそうなるの?」
「ほら、食べ方とかの説明はあんたが一緒だったからなかっただろ?つべこべ言わないで注文しておくれよ。こっちは腹減ってんだからさ」
「分かったわよもう…おばさん、注文お願い」
「はいよ」
「鳥の串が8本にジュムーアの舌と赤みのスライスを、それと野菜といつもの鉄鍋スープね」
「はいよ。でも、女所帯で大丈夫かい?」
「こっちのジャネットがたくさん食べるから大丈夫よ」
「それじゃあ、持って来るね。まってな」
おばさんはそういうと奥に引っ込んで注文を伝えている。
「お店忙しそうですね」
「ええ。ここは後、娘さんが一人いるだけなのよ。3人でこの店を切り盛りしてるんだからすごいと思うわ」
「たった、3人なんですか!魔法みたい」
「まあ、そうね。でも、娘さんが遊びにもいけないし、相手も探せないって愚痴ってたわ」
「その辺はどこも一緒なんですね。私が働いていた宿でも小さい女の子が居たんですけど、忙しそうにしてましたよ」
エレンちゃん元気かなぁ?後で手紙でも書こうかな?ついでに今日買った石を使った細工も一緒に入れてあげよう。
「そろそろいいんじゃないかい?」
「それじゃあ、いただきま~す!パクッ、ん、んん!おいし~い!」
「よかったわ。そんなに喜んでくれて。それじゃあ、私も」
「お肉がおいしいのは当然ですけど、お野菜もたれが染みておいしいです!しゃっすがユート!」
「アスカ、だから口に物を入れてしゃべるなよ」
「…」
「この子はもう…」
「フフッ、本当にあなたたちは面白いわね」
「んぐっ!そ、そんなことないですよ」
「アスカ、急いで食べたからたれが口についてるよ」
「えっ!?ほんとに?どこどこ」
「もうちょっと右、いや、そっちは左だって」
「え~、それならリュート取ってよ!」
「そ、そんなこと出来るわけないだろ!」
そういうとリュートはいきなり焼けた肉をばくばくと食べ始めた。
「リュートってそんなにお腹減ってたんだね」
「この子たちはもう…」
「ミリー、見てて楽しいのは最初だけだからね」
「分かるわ、この感じ。あなたも大変ね」
「その分、今日は目いっぱい食べないとね」
「そんなに食べると太るわよ。折角、良いプロポーションしてるのに」
「あいにくこっちは前衛なんでね。体は常に動かしてるさ。それに、速さが命なんでそこはわきまえてるよ」
そんな三者三様の食事を取っていると、おばさんが追加を持ってきてくれた。
「はい。注文の品だよ、順番に並べていくからね。空きの皿は回収するから貰うよ」
「皿を回収しちまって大丈夫なのかい?支払いとか」
「うちはこの伝票を使ってるんだよ。土の魔力がいるんだけど、何度も書き換えできて楽なんだよ」
そう言っておばさんが見せてくれたのは伝票だ。基本的に紙が高いこの世界ではテーブルに乗っている皿で会計をする。たくさん食べる人には申し訳ないけれど、食べ終わったさらに重ねて置いていくのだ。そうやって、会計時には皿やお盆を使って計算しているってわけ。回転ずしに近いシステムかな?
「便利そうですね。でも、他のところでは見たことないですよ」
「そうなのかい?まあ、あたしが土魔力を持ってるし、この店は人が少ないから知り合いの魔道具師に頼んで作ってもらったんだよ」
「魔石と魔力をどうするかですけど、ある程度のラインに落ち着けばきっと売れますよ!土の魔石って安いですし」
「そうかい?お嬢ちゃんは詳しいねぇ」
「そ、そうですか?えへへ」
「それよりアスカ、ほら」
「えっ!?ぱくっ。あちゅいです」
「まだまだ、焼くもんは残ってるんだよ。どんどん食べな」
「おや?それがさっきの肉かい?最初っから味ついてるんだねぇ。うちじゃ、客が色々うるさくてやらないんだよ」
「野菜も一緒に焼けますし、焼き上がるとそのまま食べられるからいいですよ。鉄板掃除は大変ですけど」
「それはねぇ~、元々大変だから大丈夫だよ。ちょっとだけ貰ってもいいかい?」
「どうぞ」
おばさんが野菜と肉を欠片だけ一つまみする。
「んん。うちで作ったたれよりおいしいねぇ。どこかで売ってるのかい?」
「こっちのリュートの自作ですよ自信作なんです!」
「あんたは何もしてないけどね」
「いいんですよ。一緒のパーティーだから」
「へぇ~、冒険者なのにやるもんだね」
「まあ、野営とかでも料理は重要なんで。匂いの問題はありますけど」
「そうだねぇ。ま、ゆっくり食べていきな。もう混むことはないから」
「はい!」
「ほら、串が半分焼けたわよ。味付は塩は振ってあるけど他は何もしてないから各自でね」
「は~い。そうだ!残りの串はちょっと待っててくださいね。食べた後で焼きましょう」
「前んとこでやったあれかい?」
「はいっ!」
「あれ?あなたたちといると本当に秘密が増えていくわ」
「でも、こいつは簡単にまねできるもんだし、いいもんだよ。」
「そうそう、ちょっとアレンジするだけですから」
おいしい串焼きを食べた後はいよいよ残りの串に移る。
「まずは肉を外してください。半分に分けたら、リュート!」
「はいはい。この野菜を切ったものと肉を交互に串に刺していってくださいね。出来上がったらこれを振って鉄板に置いて行けばいいだけですから」
「こんなに簡単なの?これならそんなに楽しみにしなくても…」
「ま、そこは焼き上がるまでのお楽しみだね」
「そうそう、食べてみればわかりますから」
私たちはじっとネギまが焼き上がるのを待つ。
「そろそろひっくり返してもいいですかね?」
「何度も返すなって自分で言ってたくせに」
「気になるんだもん!」
「やれやれ、しょうがないねぇ。おっ!いい感じだね、リュートも返してみなよ」
「はい。あっ、良い感じにネギが焦げてますね」
「だろ?こりゃ、焼き上がりが楽しみだ」
「じゃあ、私も…」
「アスカは串に刺すのが遅かったからもうちょっとだよ」
「みんなが早いんですよ」
「まあ、これぐらいは冒険者ならねぇ。前衛職でないミリーでもそこそこだったし」
「ぶ~、分かりました。もうちょっと待ちます」
そうして、いよいよ両面が焼ける時間がやって来た。
「もういいですよね?ね!」
「はいよ。その前に涎拭きなよ」
「へ?」
言われるがままにハンカチで口元を拭く。
「取れました?」
「ああ」
「なら、気を取り直して第2ラウンドです!」
「何と戦ってるんだよ…」




