リグリア工房
細工の町の工房にお邪魔できることになった私たちは、夕食も睡眠もしっかり取って店の人が迎えに来てくれるのを待つ。
「ほら、もうちょっと落ち着いたらどうだい」
「だって、本物の細工師の工房ですよ! すごいですよ!!」
「アスカだってきちんとした細工師でしょ?」
「違うよ。私は独学で本を読んだだけだもん。一から……それも厳しい修行をしてる人のものが見られるんだよ!」
私はこのワクワクを二人にも知ってもらいたくて、身振り手振りを加えつつ答える。
「どうだろうね。昨日の市を見た感じだとアスカの方がそこらのやつよりできそうだったよ」
「本当ですか? それはちょっと嬉しいです」
みんなで話をしていると昨日のお兄さんがやって来た。
「こんにちは。アスカさんだったね。今日はよろしく」
「こ、こ、こちらこそ……」
「こんなアスカが見られるなんて珍しいですね」
「だねぇ」
《ピィ》
今日もティタはお留守番をしてくれるのでアルナが私たちについて来る。
「そ、それで、工房はどの辺なんですか?」
「工房はある程度まとまっているんだよ。でも、一工房通りと二工房通りに分かれてるんだ」
「何か違うのですか?」
「一工房通りは古い工房が多くて、通りの入り口が新しい工房だね。二工房通りは細工の町になる頃に一工房の弟子たちが独立して作った通りで、入れ替わりも多いから、色々な工房があるよ」
「じゃあ、工房の数はどんどん増えてるんですか?」
「いいや。細工ギルドが出来て明確に工房の数は管理されてるよ。一工房通りは十五軒、二工房通りは二十軒までだよ」
「新しい工房を開きたい人はどうするんですか?」
今の説明だと既存の工房がある限り、新しい工房が入る隙間がない。
「既存の工房と入れ替わりだね。五年ごとに一工房通りから五軒、二工房通りから十軒の腕の振るわない工房主が呼ばれて、入れ替わることがあるんだ。もちろん、可能性の話だけどね」
「大変なんですね。職人なのに商売まで……」
「リュート君だっけ? 大丈夫だよ。成績は確かに売り上げで決まるけど、入れ替わるには技術勝負……つまり、工房主の腕を競うんだよ。商売がうまいだけの細工師はこの町にふさわしくないからね。別の問題もあるんだけどね」
「別の問題ですか?」
「おっと、着いたよ。ようこそ、リグリア工房へ!」
「工房ですか……ここが」
案内されたところは普通の民家に見える。三階建てで立派ではあるんだけど……。
「ははは、通りを見てごらん。どこもこんな作りだよ。手前が住居で奥が工房なんだ。人の目が気になったり通りが工房だと音が気になる人もいるからね。工房は裏手にあって、きちんと各工房ごとに区切られてるんだよ」
「なんだ。びっくりしました」
住居の一階部分を通って工房へ向かう。各工房で違うのは住居と工房がつながっているかで、工房主が選べるそうだ。
「ん? リンク、きちんと連れてきたか?」
「ミュラー親方、連れて来ました」
「んで、誰が細工師なんだ?」
「わ、私です!」
元気よく答える。ここがあこがれの工房か。
「ふぅむ。見た感じでは実力は分からんな。何か作ったものはあるか?」
「最近作ったのはこれです」
私はお兄さんにも見せたガーベラを渡す。
「うん? ちょっと細工が小さいな。ああ、彩色するからだな」
「はい。ここの工房の細工は彩色をしたものが少ないですね」
「まあな。色を塗ると見栄えもいいし、確かに人気も出る。だが、そこにあるのは細工の美しさじゃないと思っている。もちろん、宝石などをはめ込んで色合いを出したりはするがな。だから、彩色をしているのはうちの工房にはあまりないんだ」
「こだわりがあるんですね」
「職人仕事だからな。それに工房を預かっているという自負もある。そんなことを言ってても腕は落ちる一方だがな」
「親方またそんな……」
「事実だろう。この腕じゃあな」
そう言いながら親方さんは腕を動かす。なんだか動きが変だ。
「どうしたんですかその腕?」
「怪我したんだよ。珍しい素材があるってんで取りに行ってこの様だ」
「取りに行ったって細工ギルドから材料を買えないんですか?」
「もちろん買えるさ。だが、本当に珍しいものは一工房通りの奴らが持って行っちまうからな。欲しけりゃ自分で取りに行くか、冒険者に依頼するのさ」
工房にも冒険者ランクみたいなのがあるのか。それによって優先的に買える人がいるみたいだ。
「で、その腕で自慢の細工が出来るのかい?」
「多少の怪我などどうとでも……と言いたいが、昔のようには無理だな。どうしても細かいところになるとミスが出ちまう」
「親方は昔はもっと腕が良くて、一工房通りに行くと言われていたんです。でも、怪我のせいで今では二工房通りの中堅よりやや上になってしまって……」
「済んだことは仕方ねぇ。だが、リンクの腕も上がってきたし、工房の心配はしてねぇよ。それよりお嬢ちゃん、何か見たいものはあるか?」
「じゃ、じゃあ、早速ですけど細工道具を……」
「俺が使ってるのはこれだな」
そういうと何本かの細工道具を見せてくれた。どれも年季が入っているようだけど、手入れはきちんとされている。意外なのは特殊な道具がないことだ。
「えっと……思ったより普通の道具なんですね。実際に作業しているところを見せてもらってもいいですか?」
「おう! ただの客相手ならともかく、同じ細工師が見ているとあっちゃ手は抜けねぇな」
親方さんは道具を元の位置に戻して、オーク材を取り出し作業を開始した。最初は型を取るために大胆に作業をしていたけど、どんどん細かくなっていく。
一時間半ほどでたちまち小さい花のブローチが出来上がった。これは彩色を予定しているらしく、私のと同じようにちょっと花弁に隙間がある。
「どうだ? 何か参考になったか?」
「はい! 花びらのところとか私、ずっと細かくやってたんですけど、そうじゃなくていいんですね。細工の本にはそう書いてあったんですけど……」
「ああ。それは初心者用の基礎本だな。俺も読んだことはあるが、あれは小さな町の細工師向けだ。他にも何点か改善できることがあるから、後で教えてやるよ」
「良いんですか! でも、私は何もお返しできませんよ?」
「そういうんなら作品を何点か見せてくれ。俺たちはそれだけで十分なんだよ。他人の作ったものに刺激を受ければいくらでもやる気になるからな」
おおっ、ここにもアルバのおじさんみたいな人がいた。おじさんも珍しい魔石や宝石を見つけては代金よりこれで作ったものを見せろってうるさかったもんね。
「それじゃあ、出していきますね」
私は用意されたテーブルの上に作品を置いていく。
「うむ。いい作品たちだな。魔石などは模様を無理に加工せずそのまま使っているのか。ほう? これは帝国の花だな。しかも、出来も中々だ。リンク、お前この子に負けてるかもしれんぞ?」
「そ、それはないですよ。店に並んでたものだって秀作ですし」
確かにリングさんの作が店に並んでいたやつなら、細工のレベルはかなりのものだ。それに価格だって細工の町の工房作なら安かったし。
「じゃあ、技術以外も加味したらどうだ?」
「単純な技術なら負けないでしょうが、発想も合わさると横並びというところですね。うちの工房は彩色も少ないので勝てませんし」
「うむ。これが独学というのがもったいないな。もう少し理論的にやれば腕も上がるだろう。俺の工房に読まなくなった本があるから気に入ったら持っていけ。後、時間があれば工房に来るといい。色々教えてやる」
「大丈夫なんですか? そういうのって秘密なんじゃ……」
申し出はありがたいのだけど、門外不出じゃないのかな?
「本来はな。だが、今はこの細工の町も変わって来ちまった」
「変わった?」
「ああ。観光だなんだって言ってな。作品を見せるだけの工房が見学をさせるようになり、銘が入れば売れ、人気の柄なんてものまで言い出す始末だ」
「でも、人気の柄なんて当たり前じゃないのかい?どの街でも好みのデザインがあるだろ?」
「ふん! そんなのものは他の町の細工師に任せておればいいのだ。ここは細工の町だ。発注ならともかく、自分から流行のものを作るなど風上にも置けん。今自分たちが作るものが全てだ。流行っていようとなかろうと良いものは結局売れる。それこそがこの町の誇りだったのだ」
ジャネットさんの意見にそっぽを向くように言葉を紡ぐ親方さん。私もその気持ちはちょっと分かるかも。
「昨日の市を見れば分かると思うのですが、町の細工レベルが下がっているんです。流行のものを作るのは悪いとは思いませんが、流行るということは複雑すぎないデザインです。価格に跳ね返りますからね。そういうものばかり作っているせいか、町全体で苦手なデザインが出来つつあるんです」
「確かに昨日の市ではあまりいい細工はありませんでした。一番いいところは見れてないんですけど……」
「今は観光で隠れているが、積極的にこの町のものを仕入れなくなった商人も出始めた。同じようなデザインで細工もそれなり。だが、銘があって高いとなれば当然だな。将来が心配なのだ。ん?」
その時、親方さんの目が一つの細工の前で止まった。あれは多重水晶だな。多重水晶とは中を空洞にした水晶に水晶細工を入れることで内側に複雑な模様を配せるものだ。そういえばあれも元はこの町でバルドーさんが買ったものだったな。
「これは二重水晶ですね。珍しい、これもアスカさんが?」
「はい。友人にこの町で売られていた多重水晶を見せてもらってそこから作りました」
今でも作るけど、中に入れる水晶の細工が細かいのと、外側になる水晶の内側に細工をするのが難しく、たまに失敗をする作品だ。
「リンク、これを見てみろ?」
「親方どうしました……これは!?」
「アスカと言ったな。これは三重水晶か?」
「そうです。私はまとめて多重水晶で通してますけど」
「多重水晶……そうか、これなら!」
「親方、何か良いものが浮かびましたか?」
「おう! これまでは中に入れる水晶をどうやって魅せるかばっかりだったが、これが出来るようになればもっと色んなもんが作れる!」
「あ~、元気よく言ってるところ悪いんだけど、それって技術の流用だよねぇ」
「あ、いや、まあな。だ、だが、出来ると分かっていてやめられんぞ」
「そいつは構わないけど、ちゃんと払うもん払いなよ。こっちでも技術登録しとくからさ」
「ジャ、ジャネットさん。そんないいですよ。多重水晶だってティタが教えてくれたんだし……」
「駄目だよ。一度失われた技術ならきちんと取るもん取らないとね。誰かやなやつが登録してあんたが金を払う羽目になって良いのかい?」
「そ、それは嫌ですけど……」
「なら話を合わせなよ」
「分かりました」
小声でそんなやり取りをして結局、技術登録するところから話をしてもらうように伝える。
「使用料は一個いくらだ?」
「ん~、一個銀貨一枚ぐらいですかね」
「そりゃ安すぎる。二重のものでも売れば金貨二枚だ。三重ならもっとするだろう。商品が金貨五枚から六枚ならその一割の銀貨五枚だ」
「そんなに高くていいんですか?」
「良いも何も安すぎると簡単だと思われちまう。その辺が妥当だ」
あれよあれよという間に使用料も決まり、ギルドに登録することになった。
「しばらくこの町にいるんだろ? 折角だから明日作るところを見せてもらえないか?」
「それは構いませんけど……」
細工の町でお土産を買おうと思ったら、なぜか細工をすることになった。