探検!ショルバの細工市
夜が明けて、私たちは宿で食事を取っていた。
「うん、まあパンってこうだよね」
「ほら、アスカ。顔戻しな」
「そうだよ。このパンは硬さもそこまでじゃないし、スープも美味しいよ」
朝食は銅貨六枚でちょっと高いけど、麦がいいみたいで味は美味しかった。ただ、やっぱりライギルさんやフィアルさんの作ったパンとは比べられない。スープの具も昨日の食材の余りだけど、味のバランスを整えられていて美味しかった。
「どうですか、うちの朝食は?」
「美味しいです」
「良かったわ。ちょっと高いからあまり旅の人は取らないの。でも、肉もちゃんとした部位を使ってるし、ちょっと自慢なのよ。スープも一杯まではお代わりできますから」
「そいつは良いことを聞いたね。頼むよ」
「はい。少々お待ちください」
私はお代わりしなかったけど、ジャネットさんとリュートはお代わりをしていた。二人ともよく食べるなぁ。
「ふぅ~。ま、この規模の町でこれならいい宿だね」
「そろそろ街へ行きます?」
「だねぇ」
「アスカ、準備の方は?」
「バッチリですよ。着替えてますし」
私の今の格好は街娘的な服装だ。冒険者オフの時はいつもこうしてるんだよね。
「あんたがいいならいいけどね」
「?」
「深くは追求しないけど、冒険者二人と街娘の格好の妙齢の女性が歩いていてたら、少なくとも裕福な商家の娘とみられるのが当然だけどねぇ」
「アスカの容姿も含めれば貴族に見えるかもしれませんね」
「ティタお留守番よろしくね」
私は二人にそんな事はありませんと告げ、ティタにお留守番を頼む。
「わかった」
荷物の番をティタに任せて私たちは町に繰り出した。小さいゴーレムは目立つし、数日滞在するなら騒ぎにならないようにという判断だ。アルナも目立つけど、小鳥の魔物自体は町にも住んでいるから大丈夫だろう。
「で、どこから回る?」
「ん~、折角ですから市場を覗いていきましょうか。ここは北市と南市があって北は細工とかの非食料品、南は食料品で別れているみたいですよ」
「じゃあ、最初は北市からだね」
「折角来たんだからね」
目的地も決まり、連れ立って北市に向かったのだけど……。
「入場料大銅貨一枚です」
「はぁ!? 市場に入るのにかい?」
「はい。ここで売られるものは工房からのものもありますから、それだけの価値がありますよ」
細工の町として名を馳せたショルバの市は完全に観光地化していた。これって、○○フェアとかで会場入りする時の入場料だよね。その時、奥の入り口から何かを見せて入る集団がいた。
「あれは?」
「あっちは王都からきている団体客ですよ。専用の木札があってそれが入場証なんですよ」
「oh……」
思わず英語が出てきてしまった。この時点でちょっと嫌な感じがしながらも折角やって来たんだからと入ってみる。
「まさか、入場料なんて……」
「意外だね。市ってのはもっと開放的なものだと思ってたんだけどねぇ」
「本当ですよね。でも、それだけ良いものが並んでるんでしょう」
「そうだよね。リュートの言う通り。さあ、買うぞ~!」
旅は始まったばかりだし、まだまだ資金には余裕がある。大銅貨一枚分なんてすぐに取返しちゃうんだから!
「まずは入り口から右に進んでいって順番に回って行こう」
「なら、二時間後というか次の鐘の音で一旦あそこに集まろうか」
「いいですね。僕もちょっと見たいものがありますから」
「ん? リュートはそれでいいのかい?」
「別に買いたいので」
「なら、アスカには内緒で一時間後に替わるかね」
「お願いします」
二人の会話には気づかず、私はすでに細工市の店を見始めていた。
「ん~、ん~~~」
「どうしたのアスカ?」
「ちょっとね……」
私はジャネットさんと別れて今はリュートと二人で市を見ている。リュートは細工物は見たいけど、専門的なことは分からないから私に相談したいんだって。これは責任重大だ。
だから、店を少し見るたびにちょっと離れてこそこそ話をする。
「思ったより、質が良くないの。これならおじさんの店の方がずっといいよ」
「確かに。僕も思ってたより高いなって思った」
露店で並んでいたのは安くても銀貨二枚以上だ。それも鉄製だったり銅製だったりと、材料はそこまでよくない。加えて細工の質も微妙で買う気にはならなかった。
「まあ、この辺は入り口だし序の口だよね」
気を取り直して次の店に向かう。たけど、他の店も同様で流石に友人やお世話になった人に渡せるものではない。それでも見物人には珍しいものらしく、団体客は数人が買っている様だ。
「リュートは今まで気になったものはあった?」
「まだないよ。アスカは?」
「同じく」
あれから三十分ほど回ってみたものの、残念ながら素通りだ。三分の一ぐらいは回ったと思うから、残りの店に期待しよう。
最初に回っていたのはこの街の工房の弟子の作が主で、銘を入れられてない物だったんだよね。ここからは工房作の物も売られるから期待値が違う。
「あっ、これはいいかも」
「リュート気に入るのあった?」
「うん。これなんだけどちょっと珍しいなって思ってね」
リュートの目の先には緑に彩色されたバラの細工があった。髪にも留められそうなものだ。
「確かに。綺麗な色だし細工もいい感じだね」
「ん? 若い兄ちゃんだな。こいつは金貨三枚だぜ」
「三枚ですか……」
「えっ!?」
「何だい、女連れか。どうだい彼女に?」
「ははは……」
金貨三枚はちょっと高いな。細工は確かに悪くないけど、銀でもあれなら金貨一枚位。彩色をしてても金貨二枚はしないはずだ。
そんなことを考えていた私に二人の会話は聞こえていなかった。結局、何店舗か見たものの、細工は良いけど、値段と見合わなくて購入まで進んだものは無かった。正直、頑張れば私でも同等……いや、良い物が作れそうだったのだ。
「どうするアスカ? もう三分の二は過ぎちゃったよ?」
「だね~。でも、今まで見たやつじゃね……」
「確かにね。良い物もあるみたいだけど値段がね。買えないわけじゃないけど、それならここじゃなくてもって思っちゃうよ」
最後の区画は有名工房の商品を置くスペースと聞いて、最後の望みにかけていたのだけど……。
「貴族かその使いが多いね」
「そうみたいだね」
有名工房ともなれば貴族の支援や人気が集まるもので、下位の貴族は自分で高位の貴族は使いを寄越して、商品を見定めていた。周りの人に何時いなくなるのか聞くと、市の終わる昼近くまではいるとのことだった。
「仕方ない、いったん戻ろう」
リュートと二人で一度道を戻ると、ジャネットさんと再会した。
「おや、どうしたんだい戻ってきて?」
「奥は貴族コーナーでした」
「ああ、有名工房のだね。直接依頼できるのには限りがあるからああやって来てるらしいね。あたしもその辺で聞いたよ」
「私、近づけませんからこっちに戻ってきたんです」
「なるほどねぇ。なら、ちょっとあたしに付き合いなよ。リュートは貴族が気にならないだろ? 奥に行ってきな」
「はい。ありがとうございます」
今度はリュートと別れてジャネットさんと二人で市を見る。
「一応この辺も見たんだろ?」
「はい。でも、細工物って本当に細工ばかりですね」
「当たり前だろ? 何言ってんだい」
「いえ、魔道具でもないかな~って」
「そっちは堅苦しい魔道具屋か武器屋にでも行かないとね。盗られた時に何か起きたら大変だろ?」
「そっか。言われてみればそうですね」
「で、おすすめとかはあったかい?」
「それが……」
私は小声で値段と見合わないということを告げる。
「やっぱりかい。おっさんの細工屋で見たぐらいのも倍以上するし、あたしもジェーンに土産でもって思ったけど手が出なくてね」
「でも、人が多くて飛ばしたところもあるのでもう一回見ましょう」
私は気を取り直して再び露店を見始めた。途中で団体に挟まれてスッと通り抜けた場所があったのだ。ただ、その店が人気というよりは、ちょっと一息ついて今まで買ったものを見せ合っていた場所だった。
休憩所もあるけど、市より少し離れているのであまり利用客はいない。しかも、再入場不可なので私たちのような一般客は使えないのだ。
「何だか意地でも買わせようって気がしてきたよ」
「そこのお嬢さん。その飾り見せてもらえないかい?」
その時、不意に声をかけられた。場所からするとまだ見たことのない店だ。
「いいですけど……」
私は髪に付けていたガーベラの髪飾りを外して店員さんに渡す。
「ほう、ほうほう? ほう! うう~ん、やや隙間が空いているが彩色でそれがぴったりとはまっているな」
「あっ、分かります? もうちょっとぎゅって作っちゃうと、色を塗ったらべったりしちゃうので型はちょっと隙間があるんですよ」
「ん? これはどこかで買ったものでは?」
「いいえ、自作ですよ。私も細工師なので」
最も冒険者の活動は週に一度、対して細工は週に三日ほど。どちらが本業かと言われると苦しいところだけどね。
「……こちらにはどこかの工房に弟子入り志願で?」
「いえ、前から興味があったので観光です。旅をしているので弟子にはなれないので」
「そうですか。ぜひうちの工房をのぞいてみませんか?」
「えっと、良いんですか? 部外者立ち入り禁止では?」
しかも、細工町の工房だ。おいそれとお邪魔してもいいのだろうか?
「大丈夫です。町の細工ギルドの要請で近年見学ツアーも企画されるようになったから、入ること自体は簡単になったんですよ」
「な、ならぜひお願いします!」
「ええ。日程なのですが……」
「それってあたしもついてって良いのかい?」
「あなたは?」
「そいつの連れだよ。もう一人お邪魔するかもしれないけど」
「構いませんよ。ツアー向けにいくつか細工物も置いていますので、気に入ったら買っていくことも出来ますから」
「そういえば、店の前でしたね。ちょっと見せてください」
「どうぞ。うちは中堅ですけど、そこそこ腕はいいと思っていますよ」
店主さんの言う通り、細かい細工が施されている。しかも、よく見ると花びらの先は曲がっているものもある。細かく細工した後に曲げるのは破損につながるからあまりしたくないのに、綺麗に出来ている。元からやや大きめのものを削って作ったのかもしれない。価格はと……。
「金貨一枚半か。これなら納得だ」
細工の町で工房を開いているのにこの価格ならむしろ安いかもしれない。ただ、並んでいるものは派手さに欠け、彩色もあまりないので近くの店とバランスがとれておらず客は少なめだ。
私は中央にロードクロサイトを配したバラの細工を手に取る。これならお土産にぴったりかも。後一つは欲しいけど、まだ今日は市に来ただけだし次の機会にしようかな?
「決まったかい?」
「はい。ジャネットさんは何か買わないんですか?」
「あたし? 冒険者だしねぇ。それにこれがあるからね」
そういうジャネットさんの片耳には私の作ったイヤリングがぶら下がっていた。まだ細工を始めたての頃に材料費が足りず、片方しか作れなかったものだ。いつの間にかジャネットさんが店で購入して以来、ずっとつけてくれている。
一応魔道具にもなっていて、少量の魔力を込めるとフライの魔法の応用で動きがフォローできるようになっている。
「じゃあ、これだね。うちにはいつ来れる?」
「しばらくこの町にいますから何時でも」
「なら、明日の九時ごろに。工房の名前はリグリアですが場所が分かりませんよね。宿はどちらですか?」
「宿はですね~」
私は宿の場所を教えると、どうやら知っていたらしく来てくれるとのこと。細工の町での初めてのお買い物は微妙になってしまったけど、工房に行けるなんて明日が楽しみだ!




