アスター市と出発
「あ~、食事美味しかった~」
「だね。ああいうところは少ないから覚えておかないとねぇ」
「僕も時間まで少し店を見ましたけど、他にもありそうでしたよ?」
「チッチッチッ、リュートもまだまだ甘いねぇ。味がいいってことはこだわりもあるってことだよ。食べ方やら何やらを指導してくる店主も中にはいてね。食べづらいったらありゃしない」
「あ~そうですか」
「リュートもちょっとわかる?」
「うん。この料理はこのたれの方が美味しいとかあるからね。もちろん好みがあるけど、それに合わせた味付けにしてることも多いし」
「ひょっとして、今まで出してくれた料理も?」
「もちろんいくつかはそうだけど、旅先でしかも野営でしょ?使えるものはそんなにないから、問題ないよ」
「ほっ、良かった~」
「…野営の時はね」
そうボソッとリュートが言ったので私はビクッとしてしまった。な、なにかやっちゃったことあったかなぁ…。
「そういやアルナのやつまだ部屋にいないな。ティタ、帰ってきたのか?」
「まだ、したにいる」
「へぇ~、気まぐれなあいつがねぇ~」
「まぁ、アルナもお年頃ですから働きたいんですよ、きっと」
「それにしてもどうしてだろうね?今までこういうことなかったのに…」
「何にせよ、こっちとはえらい違いだね」
んにゃ~
キシャルは帰るなり私にアイスをねだってきた。う~ん、砂糖もだけどシャルパン草も補充しなきゃね。シャルパン草はバニラエッセンスのような草で、もとは苦いんだけど、加工することでその香りが引き立つ。ファーガンドで自生してくれると嬉しいな。
「はい、キシャル。あ~ん」
最初こそ嬉しそうにねだってきたから私が食べさせてあげてたけど、途中からそれに飽きたのか、今は床に置いて自分で舐めている。かわいいけどちょっと切ないな。
「後、今日は風呂に入るんだっけ?」
「できたら。道中、まだ入れてませんしね」
ほんとは入りたかったんだけど、今回の街道の魔物の調査・討伐依頼は出来るだけ旅人や一般の冒険者と同じ行動が推奨されている。野営でお風呂やカレーを食べたりは出来ないのだ。残念。
「じゃあ、僕はちょっと出てるね」
「お願い。上がったら呼ぶからね」
「ジャネットさんに呼んでもらうから!」
「リュートったらなに慌てて出てるんだろ?まだ、水も張ってないのに…」
「ほら、それより準備しなよ。明日は市を見てそのまま出発だからね」
「は~い」
ささっとお風呂セットを用意してティタに水を貯めてもらう。
「後は火をいれて…温度は良し!軽く体を拭いてから、いざっ!」
ちゃぷ~ん
「はぁ~生き返る~」
「あんたそれいっつも言ってるけど、生きてるだろ?」
「これはこういうもんなんです。はふ~」
この時ばかりはちょっと背が低いのに感謝だ。ジャネットさんやリュートと違って私は足をめいいっぱい伸ばせるからね。
「ん~、気持ちいい~。っと体洗わないとね。ほんとは出て洗いたいけど室内だしね」
かといって野営中に入るのも中々難しいので仕方がない。じっくり体が温まるのを待つと、足を出して熱を逃がす。
「これでもうちょっと入ってられるよ~」
「好きにしなよ。本当に変わったやつだよアスカは」
「なにか言いました~」
「い~や。気の済むまで入りな」
「は~い!」
るんるん気分の私はジャネットさんの言葉も話し半分に聞き、お風呂を堪能したのだった。
「ジャネットさん、温くないですか?」
「ん?いや、これぐらいでいいよ」
お風呂を一緒になんてことはこれまでほとんどなかったので気がつかなかったけど、ジャネットさんは熱いお風呂は苦手だ。私の方が熱いぐらいだから、入る順番もちょうどだ。
「ジャネットさんが出たらリュートも入るだろうし、温め直さないとね」
「そんなに構ってやらなくてもいいと思うけどねぇ~」
「ダメですよ。毎日、私たちのためにご飯まで作ってくれてるんですよ?」
「あたしはおまけだけどね」
「なにか言いました?」
「いいや。それより、そろそろ上がるなら乾燥させてくれ」
「は~い!」
お風呂から上がると私は乾燥魔法でジャネットさんを包み込む。洗濯に使っていた火と風の合成魔法の応用で、パッと乾かせるのだ。
「後は髪だけですね。行きますよ~」
「別に乾燥ぐらい分けなくてもいいってのに…」
「ダメですよ~。ジャネットさんの髪ってきれいですし、ちゃんと乾かさないと!」
「はいはい。じゃあ、頼むよ」
「任されました!」
ブワァ~
最近は暑くなってきたし、ちょっと温度は控えめだ。ただ、風邪を引かないようにしないとね。
「あ~、なんだかんだ言って気持ちいいねぇ。そんじゃ寝るか!」
「そうですね…ってリュートがまだですよ!」
「そうだったかい?しょうがないねぇ」
だるそうにジャネットさんがリュートを呼びに行く。
「ジャ、ジャネットさん!服!シャツだけですよ!?」
「別にこれぐらい構いやしないって」
「いけません!ほら」
「はいはい、全く面倒な…」
しっかり者のお姉さんなジャネットさんだけど、たま~にこうやってだらけた姿を見せてくれる。きっとこの姿を男の人に見せたらイチコロだよ。ジャネットさんには服を着せたのでリュートを呼びに行ってもらう。
「リュート、上がったよ。入るんなら早くしなよ!」
「は、はい!って、ジャネットさんまた薄着で…」
「いいだろ暑いんだから。これでもアスカが服着ろってうるさくって着たんだよ」
「当たり前ですよ。僕も入ってきます」
「はいよ~、見張りはあたしでいいかい?」
「…お願いします」
「リュートもやっぱり入るよね!それじゃあ、私は下に降りてるね」
リュートと入れ替わるように食堂に降りる。食堂は大体の人が注文は終えており、今はどちらかというとまったりしている。もちろん、店の人は洗い物がどんどんたまる時間なので暇ではないけどね。
「あら、お嬢さんどうしたの?」
「ちょっと、下に降りてみようかなって思いまして…」
ここでお風呂入ってますなんて言えないからね。
「そうなのね。護衛の人はいなくて大丈夫?」
「大丈夫です。お忙しいところ気を使ってもらってありがとうございます」
「忙しいの顔に出てたかしら?」
「いえ、私も宿で働いたことがあるので、こういう時間は洗い物ばっかりですよね?」
「そうなの。手があれるのはもちろんだけど、もう仕事終わりだと思ってみんな声をかけて来るのが大変なのよ」
そうお姉さんが小声で教えてくれる。ああ、エステルさんも困ってたなぁ。
「それじゃあ、ちょっとだけ洗い物お手伝いしましょうか?」
「いいの?護衛の人に怒られたりしない?」
「大丈夫です。汚れたりしませんから」
「??」
疑問符を浮かべたままのお姉さんと一緒に厨房に入る。
「おう!洗い物手伝いに戻って…誰だその子は?」
「お客さん。変わった洗い方をしてくれるって」
「あはは…まあ一般的ではないですね」
「お前は客に…」
「まあまあ、何か洗い方のヒントになるかもしれないし。それじゃ、やって見てくれる?」
「はい。その前にちょっと離れててくださいね。えいっ!」
2人を洗い場から離すとすべての食器をまずは上にあげる。
「えーっと、こっちは割れるお皿、こっちは木皿に後は大体がナイフとかの食器か~」
「えっと…何をされてるので?」
「魔法で簡単に洗い物を分けてるんです。使える洗剤や濃さが変わりますからね~。それそれ~」
私はためていた水を3種類に分け、水の塊にそれぞれ洗剤を入れていく。そして後は洗濯機の要領で洗っていくだけだ。ぐるぐると回して反転もして後は水分を飛ばして流していく。
「洗うのは終わりましたけど、食器を置くところはどこですか?」
「あ…えっと…ここよ」
「それじゃあ、置いて行きますね~」
「ありがとう。後は乾燥を待つだけね。洗濯のヒントにはならなかったけど」
「乾燥は待たないですよ?」
「それってどういう…」
「行きますよ~、ウォームウィンド!」
イメージを簡単にするためにあえて詠唱して乾燥を始める。もちろん、これも乾かすものの素材ごとに温度を変えている。
「は~い。洗い物終わりです!どうですか?」
「どうって言われても…どう思う?」
「参考にはならないなぁ。だが、一日だけでも助かったぜ!」
「そう言ってもらえると助かります。そう言えばこの辺にいらない木ってありません?」
「いらない木?まあ、裏庭出てすぐに何本かあるわね」
「ちょっとだけもらってもいいですか?」
「いいけど、どうするんだ?切る物もないだろ?」
「そこは大丈夫です」
私は裏庭に案内してもらうと早速、丈夫そうな木に目をつける。
「あれなら良さそう。えいっ!」
ささっと木を切ると枝を落として丸太状にする。そこから必要なものを切り出していく。
「えっとこっちはつなげてテーブル。こっちは椅子にするのと、足はここから切り出すかな?」
作業を進めていって、10分ほどでパーツが出来上がった。
「これは?」
「こっちがテーブルセットで、こっちはそれに組み合わせる椅子です。ちょっと、店のテーブルとか傷んでたみたいなので。後は、さっき乾かす時に木皿が削れてたりしたのでこれは予備です」
「あなたの分は?」
「私のはこっちのコップですね。ちょっと細工とかしたやつを作りたかったので。野営中でも木はあるんですが、細工を入れちゃうと割れたりするんで、いい木が欲しかったんですよね~」
「これは貰っても良いものなのかしら?」
「いいですよ。代わりに根っことか処分してもらいたいですし!あっ、この部分はテーブルに出来ますし、年輪がおしゃれですからそのまま使えますよ」
「そうね。助かるわ、加工とかも結構するのよ」
「そうなんですね。こんなに簡単なのに…」
何度もお姉さんたちにはお礼を言われて部屋に戻る。もうリュートも上がってるだろうしね。ただ、最後にちらっと見えた時は残念なものを見る眼をしてたんだけど気のせいだろう。
ピィ
「アルナお疲れ~。お姉さんにも会って来たよ。いい人だったね」
ピィ!
アルナも懐いてるみたいだし、もうちょっと居れればよかったんだけどね。
「リュート上がってる?」
「うん。アスカはもう寝るんでしょ?」
「そうだね。ちょっと疲れたし」
「下でなんかあったのかい?」
「いいえ。ただ、ちょっと良いものが手に入りまして」
「そうかい。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい2人とも。ほら、アルナもお部屋に入ろうね」
ピィ
いつものようにアルナ専用の小屋を出す。中は真っ暗に出来る持ち運びも可能な小鳥小屋だ。アルナが入ったことを確認するとベッドに入る。
「おやすみなさい~」




