久々の野営
街を真北に街道を進んでいく。整えられた道は歩きやすく、魔物も出てこない。休憩したせいかゆっくり行っているせいか、商会の馬車に抜かされることが多くなった。
「向こうも護衛は徒歩なんですけどね~」
「あっちは商売だからね。うちらみたいに何時町についてもいいなんて事はないからさ」
「でも、早いですよ。僕が王都に護衛でついていった時はもう少し余裕があった気が…」
「ひょっとすると、ここで頑張れば1泊分稼げるのかもねぇ。あるいは危険な魔物がこの辺に出るとか…」
「こ、怖いこと言うのやめてくださいよ、ジャネットさん!」
「あはは。まあ、ワイバーンさえ相手にできるあたしたちが危険だって判断するほどの魔物なんてそうそう居ないけどね」
「た、例えば?」
「ワイバーンの亜種にサイクロプスに…ああ!?ナーガなんてのもいたね。あれは魔力が高いらしいから、あたしは勘弁願いたいよ」
「どれも見たことがないです。どこかにはいるんですよね」
「まあね。この大陸にもダンジョンはあるし、遭えるとは思うよ?」
「別に遭いたいわけではないのでいいです。図鑑に載せられるならぐらいの気持ちなので」
アルバの本屋で店主をしていたおばあさんから買った魔物辞典は、旅先で加筆していっている。載っていない魔物が居れば書きたいけど、強敵と戦ってまでは思わない。
「アスカはコレクションとか熱心だよね」
「そうなのかな?でも、空欄とかが埋まるのは嬉しいかも」
「ダンジョンか…確かファーガンドの先にあったはず。これだね!迷宮都市カディールは腕の立つ冒険者と薬師と治癒師をお待ちしています、だってさ」
「要求先が限定的ですね…。どんなダンジョンなんですか?」
「どんなってそりゃあ…」
「2人とも、敵だ!」
ダンジョンの説明を聞こうと思ったら、珍しく魔物だ。街道付近でも全く遭わないということは難しいみたいだ。
「数は?」
「5体、大きさから言うとオーガですね」
「街道沿いとしちゃ、まずまずの戦力か…行くよ!」
「はいっ!」
杖に魔力を込めてオーガに備える。街道沿いなので魔力は抑えたままだ。気を抜かないようにしないと。
ガアァァァ!
相手がこっちに気づいてやってくる。血の気の多いオーガたちは隊列も何のその、我先にと向かってきた。
「せ~の、アースグレイブ!」
地面から土の槍を出現させる。先頭の2体はこれで足止めして、後は2人が左右から仕掛けてくれる。
「せいっ!」
「はぁ!」
2人が攻撃する間に私は目の前の魔物に注力する。
「キシャル、アルナ、行くよ!」
んにゃ!
ピィ!
最近覚えた連携だ。まず、キシャルが元のサイズに戻り、相手の注意を惹く。そこに、アルナが魔法で攻撃。無事な魔物を私が追撃という流れだ。ティタは万が一の防壁を準備してくれている。
「ふぅ、終わったね。ジャネットさん、リュート!そっちはどうです?」
「問題ないよ」
「僕も」
「それじゃあ、サクッと素材だけとって行きましょう!」
街道とはいえ魔物が出るなら倒して回らないとね。旅人や商人たちは戦えないから。その後も進んでいくが街道ということもあり、魔物には出くわさなかった。
「今日はあの一回だけですか。よかった~」
「儲けとしちゃ、少なくなるけどね。まあ、こんなのんびりとした旅路も良いもんさ」
「2人とも薪と見張りお願い」
「は~い!」
「はいよ」
多分まだ15時ぐらいだけど今日は今から野営だ。街道沿いだけあって野営に適した場所があるからだ。私たちみたいに足の遅い旅人用に、普通に急ぎ用と次の町までに3ヶ所もある。
「森とかばっかり進んでたからなんだかこんな早くからって新鮮かも!」
「薪拾いは終わりかい?普通はこっちが当たり前なんだけどねぇ…」
「僕もジャネットさんについて王都に行ってたから、こっちもある程度なれてるかな?」
「つまんないの。それじゃあ、慣れてないのは私とキシャルぐらいだね」
んにゃ?
既にリュートが作ったテントで休んでいるキシャルがなんだと顔を出す。普段から好き勝手にしてるようで、こうして反応してくれるのは嬉しいな。
「はい、キシャルにはごほうびだよ~」
最近、自分で氷を出せるようになったキシャル。その時に出る冷気を風で集めてキシャルの周りに集めてあげるのだ。
んにゃ!
「おっと!その手は食わないよ」
そしてその冷気をまとったままキシャルは私に飛び付いてくる。最初はスッゴク冷たかったけど、もう、当たらないもんね。
んにゃ~
寂しそうに鳴くキシャルにおいでと声をかける。
んにゃ~!
「冷たっ!やっぱり冷たいよ、キシャル」
ピィ!
そんなことをしていると、アルナも近寄ってくる。ただ、冷気が苦手なのか、ちょっと距離は空いてるけど。
「やれやれ、気楽なもんだね。リュート、飯は?」
「今からだから日暮れまでには片付けも終わります」
「んじゃ、ちょっと手入れやら何やらに時間を使うかね」
「2人とも大変ですね」
ジャネットさんは剣の、リュートはナイフと薙刀の手入れがあるから定期的にこうやっ手入れの時間を作る。私は弓はともかく、杖は拭くぐらいだから楽でいい。ただ、そろそろ舞姫の衣装の手入れが…。
「屋外かぁ…まあ、舞の練習もできるしいっか」
まだまだ不馴れな二の舞を完璧にしないとね。
「後は、三の舞だなぁ。ムルムルが使ってたのと同じ楽器は不味いし、何か考えないと」
そんなことを言っても楽器屋さんをまだ見てないし、何処か大きい町で探してみないとね。そんなことを考えながら私は従魔たちと夕御飯まで遊んだのだった。
「はい、アスカの分」
「ありがとう、リュート」
「今日のスープは野菜が多いけど、明後日には肉になるよ」
「うぇ、その前に町につかないとね」
「といっても、このペースだとあと4日ぐらいかね?」
「近くに村はないんですか?」
「あるだろうけど、面倒だよ?それでもいいってんなら…」
「いいです。程よいペースで行きましょう」
ファーガンドまではのんびり行くのだ。そう思った私は我慢して野営をすることにした。
「薪はこれが全部?」
「うん。私の時は魔法を使うし、気温も低くないから大丈夫だよ。後はその邪魔な木を加工しとくよ」
「わかった。それじゃ僕はお先に」
「おやすみリュート」
リュートは朝御飯の関係で今日も最後の見張りだ。最初が私だから頑張らないと!
「まずはと…アルナとキシャル。ちょっと周りを警戒しててね」
コルタの舞姫の衣装に着替えて後はひたすらステップの練習だ。
「いちにいさん、いちにいさん、しーごーろく。ここで、スッと位置を変えてと。うんうん、前よりよくなってる!体力ついたからかな?」
「何がついたって?」
「ジャネットさん。まだ寝ないんですか?」
「寝るも何もまだまだ早いからねぇ」
時間は19時にならないぐらいだろうか?リュートがここから8時間寝ても午前3時。私の見張りが23時までだから余裕はある。
「いっつも間で済みません」
「いいよ。短時間寝るのなんて慣れてるしね」
「う~ん。私も慣れた方が良いんでしょうか?」
「やめときなよ。別のパーティーでやるんならともかく、無理して体壊しても知らないよ。ただでさえ細工で無茶するってのに…」
「そうですよね。宿にいる時もよくステアさんに呼ばれてましたし」
「あれはあれでお節介だったけど、なくなると寂しいもんだろ?」
「そうですね。ふふっ」
「どうしたんだい?」
「なんだか私よりジャネットさんの方がステアさんと別れて寂しいのかなって」
「なんてこというんだいこの子は。そんな訳ないよ。あんないけ好かない女」
「そう言いながらもお姉ちゃんとは仲良くなってましたよ?」
「ラフィネはまああれだ。同じ悩みを抱えてるもの同士さ」
「どんな悩みです?」
「アスカにはまだまだ教えられないね」
「何時になったら教えてくれますか?」
「そうだねぇ…嫁に行ったら。いや、子どもが生まれて何年かしてだね」
「ずいぶん先の話ですね」
「それぐらいでちょうどいい話さ。さてと、リュートもテントの中で手入れをしてるだろうし、あたしも少しやってから寝るかね」
「頑張ってくださいね。それじゃまた交代の時に」
「はいよ~」
ふりふりと手を振りながらテントに入っていくジャネットさん。うむむ、まさしく大人の女だ。
「私も頑張らなきゃ!あれ?そういえばさっきから舞姫の衣装のままだった。言ってくれたらよかったのに…人前だとまだまだ恥ずかしいんだよね」
その後も4時間、舞や細工をちょっとだけやって交代した。街道沿いの野営は楽でいいなぁ。




