こぼれ話 マグナの新生活
私はワイバーン。名前はまだないというか普通ない。強者として生まれて今は成長途中だ。今日も今日とてオークを空から狙う。
「せやっ!」
ブモォ
森から草原に出たところを一気に降下して狙う。
「よっしゃ!」
今日も獲物にありつけたわ。いくら強いといっても体も大きいし、日々の食事は重要だもの。
「この辺の獲物にも飽きてきたし、そろそろ南にも行こうかしら?」
とはいえ、知り合いの子に聞いたところ南の人間は強いらしい。特に港町より南の大都市の人間は私たちワイバーンでも敵わないとか。中には人間に付き従っているものまでいるらしく、周りでも行くべきではないという意見が大半だ。
「そうはいっても別に代わり映えしないような毎日だし、それはそれで面白そうなのよね」
この辺にいるのはオークかオーガだし、傷すら滅多につかない。この外皮を貫けるような攻撃すらまずないのだ。
「どうせ大袈裟に言ってるだけよね。ちょっと覗いてこよっと」
バサッと羽を広げて大空に飛び立つ。まあ、空を飛んでる時点で他種族なんて目じゃないわ。たとえハーピーやコンドルがこようとも物の数ではないもの。それが空も飛べないような種族ならなおさら。みんなも何を恐れているのやら。翼をはためかせながら私は南に向かった。
「いるいる。人が結構いるわね。しかも、馬を引いてたり周りを兵士で固めてたりと本当に憶病な奴らね。自分で戦うことを知らないのかしら?」
欲しいものは実力で、及ばなければ自分の身を差し出す。それが魔物の不文律だ。分かり易くて私も気に入っている。だというのに人間ときたら戦う奴や食料を作る奴などそれぞれに別れている。欲しいなら取ってしまえばいいというのに。
「あれは?ワイバーンか?」
「まずいぞ!俺たちのパーティーじゃ対抗できない」
「急いで、馬車を離すんだ」
「後詰は誰だ?」
あらら、人間が何か言っているわね。別にもう今日はオークを食べたからいらないというのに。パカパカと急いで馬を走らせるなんてみっともないわね。それからも暇な日は南に行くことを繰り返していると一人の男が見えた。
「何あいつ、びびっちゃってまあ」
普段より南に来てみれば、一人の男がのろのろとあっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。面白いのでちょっとからかってやろうかな?
ギャオォォォ
ちょっと男に接近してやるとバタバタと街の方まで逃げて行った。
「あらら、あんなに憶病だなんて。剣も持っていたのに」
別に今回は襲うつもりもなかったし見逃すけど、明日ぐらいはちょっと戦ってみたいわ。ルンルン気分で住処に戻る私。まあ、南が怖いっていっても大したことなさそうだし、こんなものよね。そう思って次の日も出かけたことを私は悔やむべきだったのだろうか?
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「もう何なのよ!」
朝からいじめてやろうと思ったら変な集団に出くわした。これまでは私が人間を見つけて襲いかかっていたのに、こっちに先手を打ってきたのだ。しかも、風魔法をばらまいてきてうっとおしいったらありゃしないわ。
「せやっ!」
「いったぁぁぁぁぁあ」
攻撃をかわしたと思ったら間から槍みたいなのが飛んできた。何なのよこいつら!アタシが何したっての?でも、アタシの素晴らしさが分かったのか生贄を用意してきた。一回り弱いやつだ。構えもしっかりしてないし、きっとこれ以上の戦闘に恐れをなしたのだろう。
「いっただっきまぁ~す!」
がぶりと食いつこうとしたところで殺気がした。
「トルネード!」
な、なに!?このメスの魔法は…。今まで遭ったやつより1ランク上の威力だわ…。ちょっと南に来ただけなのにこんな奴がいるなんて。何とか逃げようとするけれど、この風魔法の前では身動きがほとんど取れない。
「くっ!これはまずい…」
空に逃げたいけれど、上からはまた槍が狙ってきている。そして横からも気配を感じる。もうこの嵐を突破するしか!そう思った瞬間、ぞくりとした。目の前のメスからとてつもない魔力を感じたのだ。さっきの竜巻ですら手加減していたのね…。
「もう駄目っ………」
首近くに痛みが走る。あの威力ではアタシの外皮でも耐えられないだろう。死を覚悟して地に伏せる。
「あ、あれっ?」
痛みはあれど終りの瞬間は訪れない。いや、ひょっとしたらもう死んでいるのかもしれない。恐る恐る目を開く。するとさっきのエサの男が何か言っている。はぁ?アンタなんかの言うことを聞くわけないでしょ。そうしていると暖かな風と共に傷が癒えていった。
「こ、これは?」
風の元を辿るとそこにはさっきの少女が。止めを刺せたのに手心を加えるばかりか、傷を治してくれるなんて…。頭を撫でながら私を心配してくれる。そしてさっきのエサと何やら話をしているようだ。
「~~~は?」
「~~。」
まあ、何言ってるかなんてろくにわからないんだけどね。でも、たった1つ。彼女が発した言葉が私の心臓を掴んだ。
「マグナ?」
ドクン
鼓動が大きな音を立てる。そして次の瞬間には私の回りに光が溢れていた。
「ああっ、私はこの人に仕えるんだわ」
一瞬でそれを理解し、私は歓喜に溢れていた。ふと、少女…アスカの言葉を聞いていると何やら気がかりなことが。
「でも、旅には連れていけないよ」
「なんと!付いていきますよ!折角、主と会えたのです」
しかし、私の思いが中々伝わらないようで、しばらくするとちっさいゴーレムが出てきた。
「お前、大きすぎて旅にはついていけない」
「なんですって!こっちは空も飛べるのよ。大きさなんて関係ないわ」
「でも町には入れないし、人間と争う」
「はっ!ちっさいアンタにはわからないと思うけど、こっちは上位の魔物なの。そんな奴ら投げ捨ててやるわ!」
「アスカもハーディと一緒にここで待ってて欲しいって」
「ハーディ?誰よそいつ」
「あそこの剣士」
「はぁ?アンタは戦いを見てなかったから知らないと思うけど、あいつ弱っちいわよ?あんなエサ同然の奴の言うこと聞けっての?」
「そしたらアスカが迎えに来る」
「ぬぐぐ…。確かにアスカは私を連れてはいけないと言ってるけど、よりにもよってあんな奴の…」
「たまには我慢。まだまだ時間ある」
「ま、まあ、アタシも一応は竜種だし数百年は生きるけど見込みがねぇ…」
「逆、マグナが鍛えてあいつをまともにする。そしたらアスカを守る人間が増えて、助かる」
「そういう考えもあるのね。いいわ!将来に備えてちょっとだけやってみるわ」
「ティタ~、話し合いはどんな感じ?」
「はなし、まとまった。マグナ、ハーディと一緒」
「そっか~、良かった~。あっ、マグナほんとにごめんね。必ずまた会いに来るから、その時を楽しみにしててね。そうそう、ご飯食べるよね。はいこれ!」
「お、おおっ!これはオークのいい部分だけ!アタシじゃ口が大きくて個別には食べられないところね。流石はアタシの主!」
パクッと一飲みにする。うん、ジューシーで良いわ。人との生活も良いものね。そしてアスカと別れて数日後…。
「なんなのこの手抜き飯は!せめてオークの1頭ぐらい出しなさいよ!」
「ちょっと、マグナ。頼むからおとなしくしてくれ。隣のペガサスは隊長の従魔だって言っただろ?」
「なら、まともな食事出しなさい!こいつもそう言ってるわ。ねぇ?」
「姉さんの言う通りです」
「いや、俺にはキィィとブルルにしか聞こえないからな。とにかく、もう少し俺が強くなったらいいの持ってくるから我慢してくれよ」
「絶対、ずえっーたいよ!」
「はぁ、俺はまた黒パンにスープだけの生活か。一応これでも飛空騎士なんだけどな…」
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さらに時が過ぎ、ハーディは副団長になっていた。
「どうしたマグナ?」
「この魔力と匂い…間違いないわ!」
「ちょっ!?式典前だぞ!」
人間の儀式何て知らないわよ。例えアンタでも今の私は止められないわ!
バサッと翼を広げて大空に舞う。きっと私に会いに来たはずだから…。
「おおっ!あんな立派なワイバーンが空に。今年はなんとも派手な入隊式ですなぁ」
「良く見れば隣には小さい飛竜まで」
「あれが噂の…騎士団で抱えて姿も見せんようじゃったが、この日のためとはのぅ」
「あはは…団長、あとはたのんます」
「おい!お前の従魔だろ?」
「いや、そんなこと言われても居なくなったら追いかけられませんし、式典にも出られませんよ」
「思い当たる節は?」
「う~ん。昨日は苦労して手に入れたオークロードの肉をやりましたし、これといって」
「まあ、怒ってる様子もなかったし、そこは問題ないか。他は?」
「他?なんでしょうね…あっ!?」
「なにか思い出したか?」
「もうかなり前のことになりますが」
「何だ?」
「俺が入隊した経緯を団長はご存じでしょう?」
「ああ、人の従魔をかっさらったんだよな。血の気の多い団員が知ったら大変なことになるところだった」
「あの元の主が近くに来てるんじゃないかと。息子も行くぐらいですし、そうじゃないですか?」
「息子なぁ。大丈夫なのか?あいつはかなり気性が激しいが?」
「昔のアスカは今の俺で勝てるかどうかなんで大丈夫ですよ」
「何だそいつは。一般人じゃないのか?」
「常識外れだからきっと会ったら団長も驚きますよ」
「…では団長から挨拶を頂きます」
「ほら呼ばれてますよ」
「ちっ!全く面倒だぜ」
雑談を終え、俺は空へと目を向ける。ちゃんと会えたかな?問題は…起きるとしたらこれからか…。そう思いながらつまらない式典に意識を戻した。
「アスカ!ようやく来たのね!」
「ん?もしかしてマグナ?」
「もしかしなくてもよ!そっちのちっさいのは?」
「ティタ、マグナはなんて?」
「娘が気になるみたい」
「そうなんだ。この子は私の娘だよ。ごめんね、マグナ。直ぐに来られなくて」
「いいわよ!何だかんだ私も満喫してるから。ねだればいいもの出してくれるようになったしね!」
「こんにちは~。あなたがワイバーンのマグナさん?」
「そうよ」
「お母様からはなしに聞いてたより大きいわ!私もこんな立派なワイバーンに乗れるようになるかしら?」
「あはは…もう、誰に似てお転婆何だか。そんな簡単には行かないわよ。ティタがいるから私だって従魔の言うことがわかるんだし」
「でも、一緒に空を飛びたいな~」
その時、私の影に隠れていた息子が出てきた。
「僕ならなってあげられるよ」
「わっ!ちっちゃなドラゴンさん」
「私の息子よ。レッドワイバーンという亜種でドラゴンではないの」
そう説明するが娘は興味を引かれ私の話しは聞いていないようだ。1つのことに集中するなんてアスカの娘らしい。
「ごめんね、マグナ」
「いいえ、よかったら連れていって。私はハーディと一緒に居るからもうついていけないの。代わりにね」
「代わりと言ってもあの子が一人でどこかに行かないか心配だよ」
「それなら大丈夫よ。カイン!」
「はいっ!」
息子のカインに声をかける。すると子どもとはいえ大きかった体が縮んで人形になった。
「え、えっと、カイン君?」
「そうだよ。普段は目立つから、こうやって人形になるんだ。頑張って練習したんだよ!」
「そ、そう。これからよろしくお願いします…」
「あら、アスカの娘が一気に静かになったわね」
「ふふっ、好みなのかも。おませさんだね、私の娘は」
「父親にちょっと似てる」
「え~、そうかなぁ~。でも、ティタの言うことだしそうかも」
「じゃあ、アスカ。またね!」
「またねって、マグナはどうするの?」
「式典を抜けてきちゃったから帰ってやらないと。あんなんでも私の主だからね!」
そういうと私はハーディの元に飛び立った。ま、アイツなんて待たせてもいいんだけどね。私がいないとピーピー泣くんだから、少しは急いでやりますか!そして今日も私は彼を背に乗せるのだった。




