飛竜と騎士
「それでワイバーンってどんな魔物なんですか?」
「受けておいて知らなかったのかい?」
「う~ん、ジャネットさんとかステアさんが知ってそうなのでいいかなって」
「アスカはそういうところ、本当に人を信じるよね」
私たちは貰った地図を頼りに進みながら打ち合わせる。
「ワイバーンは別名飛竜。空を自由に飛ぶ大型の魔物です。ただ、竜種と分類されていますが通常種はブレスを吐くことがないので、その中でも対応しやすい相手です。対応しやすいといっても頑丈な鱗と、高い魔法耐性を持っているのでBランクの魔物の中でも上位に位置します。特に空を飛んでいるため、準備も無しに出会うと何もできないパーティーがいるのが大きいです」
「そっか、風魔法とかないと飛べませんもんね」
「空をアスカ様ほど自由に飛べる方も珍しいですが」
「そうだねぇ。あたしらに頼むのは最良だったかもね。ワイバーンがたとえ空にいようとも攻撃できるわけだし」
「でも、討伐しなくてもいいなんてすごい依頼ですね」
「このところの依頼を見ると、毎日5、6は商隊が出発してるぜ。世話役が多いってんだから10商隊は堅いな。そうなると空からの攻撃に対応できない冒険者もいるだろう」
「ギルドから見ても追い払えばっていう訳だ。10隊も居て追加で護衛をつけるよりはるかに支出が少ない」
「そういう側面もあったんですね」
「ひとまず、対応としてはあたしとリュートに風魔法で空を飛べるように。アスカの護衛にステア、その他の全部をテクノだ」
「俺の役割多すぎない?」
「しょうがないだろ。あんたの武器、あいつに通じるかい?」
「無理だな」
「だろ?精々、周りを見て指示を出してくれ。そういうの得意そうだしな」
「任せてくれ!得意の風魔法もアスカにはまるで敵わんし、それしかないしな」
「そんなことないですよ。テクノさんの風魔法だって役に立ちますよ!」
「アスカ様、テクノに同情はいりません。使えないやつだとののしってもいいのです」
「ののしるって…」
「まあ、今回だけはステアの言う通りだし、俺たちああいうのは苦手だからな」
そうして打ち合わせも済ませ地図通りに目的地付近に到着した。
「念のためここで探知の魔法を使いますね」
「ああ、全力でやってくれていいよ」
「了解です!あっ…」
「どうした?」
「いえ、人型の反応が…」
探知の魔法を使うと後方に人型の反応が一つあった。ただ、木の陰に隠れておりどうやら人間のようだ。
「!皆さん、ワイバーンです。距離1km、方角は10時方向!」
「本当に縄張りのところだったみたいだね。用意は良いね!」
「「「はい!」」」
私たちは直ぐにワイバーンへの対応を取る。さっきの人影は気になるけど、そんなことに構っている暇はない。こっちはハイロックリザード以来の高ランクの魔物なんだから。
ギャオォォォォ
咆哮をあげてワイバーンが一直線にこっちに向かってくる。どうやら、探知の魔法の魔力を感じ取ったようだ。ブレスは吐かないといっても、流石に上級の魔物というわけだ。
「フライ!ホバー」
「僕も…フライ」
私はみんなに補助魔法をかけ、自分にはホバーをかけてこの地形で素早く動けるようにする。
「最初に狙ってみるのは翼だ。行くよ」
「了解です!嵐よ、ストーム」
私が大きい嵐を作り出し、ワイバーンの注意を引き付ける。その間にリュートは投擲の準備を、ジャネットさんは切りかかる準備だ。ステアさんは私に攻撃しようとするワイバーンを側面から牽制するため配置についた。
ギャオオ
魔法を受けてすぐにこちらに向かってくるワイバーン。
「すごい迫力。居るの知らなかったら驚いてただろうな。ウィンドブレイズ」
更に風の弾丸を打ち込むがやはりどちらの魔法でも傷は与えられない。物理属性に近い風では無理なようだ。
「かと言ってヘルファイアはなぁ。倒せたとしても素材ボロボロになっちゃうし…」
冒険者たるもの安全圏にいるうちは素材を逃してはならないのだ。とはいえ空を飛ぶ相手だ。そう簡単にはいかないだろう。その間にもワイバーンはこっちに近づいてくる。
「アクアランサー!」
すかさずステアさんが私の側面から一撃を入れ、ワイバーンの行動を阻害する。しかし、その一撃でも目立った傷は確認できない。
「硬いなぁ。少し長期戦を覚悟した方がいいかも?」
攻撃を終え、空に逃げるワイバーンに向かって、リュートとジャネットさんが仕掛ける。
「はっ!」
「せやっ!」
リュートが槍を投げ、ジャネットさんがそれに続いてワイバーンの翼を狙う。
グギャァ
空に逃げるところのワイバーンの翼の一部を魔槍が貫通する。それに続いてジャネットさんが仕掛けようとしたが、一気に翼をはためかせたワイバーンに逃げられてしまった。
「ちっ!素早いねぇ」
「でも、攻撃が通ることは分かりましたし、このまま押し切りましょう!」
再び攻撃に転じようとしたところで後方から人が出てきた。
「待ってくれ!あのワイバーン俺にくれないか?」
「はっ?いきなり出てきて何言ってんだあんた」
「俺は飛空騎士を目指しているハーディだ」
「飛空騎士?」
「そうだ。空を飛ぶ魔物を駆る帝国騎士だ。その為にあのワイバーンが必要なんだ!」
「そうはいっても、相手はまだやる気ですけど…」
「何とか頑張って従魔にする!」
「いいけどこっちも依頼を受けてるんでね。報酬は払ってもらうよ」
「も、もちろんだ!」
そう言って私たちと入れ替わるように前に出たハーディさんだったけれど、どうやら風魔法とかはないらしくほぼ攻撃出来ていない。
「なぁ、本当にあんたやれるのか?」
「だ、大丈夫だ」
「でも、さっきから一撃も入れられてないよねぇ。あんた、ランクは?」
「し、Cランクの魔物使いだが、実際は剣士だ…」
「本当かい?魔法とかは」
「魔法はあまり…」
「あんた、そんな腕でよく1人でBランク上位のワイバーンに挑もうと思ったね!」
「あっ!その人、戦いが始まる前からいたみたいですよ。多分、つけてたんじゃないかと」
「へぇ~、敵わないと判ってて後をねぇ~。よくやるよ全く…」
「じ、実力がなくても魔物使いなら心を通わせることができるって聞いたんだ」
「そりゃ、それなりの実力があって魔物の方が興味持つからだろ。なぁ、アスカ?」
「ま、まあ、大体はそうですね。キシャルも遠目から最初みてたみたいですし、リンネとかも助けたのがきっかけでしたし」
「お嬢さんも魔物使いなのか?」
「そうですよ」
「契約した魔物はいないようだが…」
「今は宿で休んでます。他にも知り合いに引き取ってもらった子とかも含めたら、同時じゃないですけど8体ぐらいは経験ありますよ?」
「そんなに!すごいんだなお嬢さんは」
そんな会話中もワイバーンは戦闘中だ。とはいえ相手は1体で魔法攻撃もして来ないので、こっちに突進さえして来なければ避ける必要はない。まあ、安心できるわけでもないし、そろそろ戻らないと。
「とりあえず私たちは戦闘に戻りますね。それじゃあ!」
「待っ!」
ハーディさんがまだ何か言いたそうだったけど、流石にこれ以上はみんなが危ないから無視して戦列に戻る。
「アスカ、もういいの?」
「いいというか、あの人じゃ攻撃するのも難しいと思う」
「だねぇ。ほら、さっさととどめを刺すよ」
リュートの魔槍が貫通したので、ジャネットさんの剣も当たれば有効打になるだろう。そう思い、再びみんなで攻撃する。
「竜巻よ!トルネード」
地上から竜巻を起こし、ワイバーンの動きを止める。そして、そのさらに上からはリュートが、またタイミングをずらしてジャネットさんが剣で仕掛ける。
「せやっ!」
「くらいな!」
リュートの攻撃を爪で弾き、ジャネットさんの攻撃には無理に体をひねって対応するワイバーン。だけど、流石にその先は無理だろう。
「穿て、ケノンブレス!」
真空を放つケノンブレスならきっとワイバーンの硬い皮膚も貫くだろう。だけど、放つ瞬間に少しだけハーディさんの顔が浮かんだので、狙いが上にそれてしまった。
ギャオォォォォ
それでも首の近くに当たったのでワイバーンが落ちて来る。私はとっさに魔法でその巨体を静かに降ろした。
「ア・ス・カ~。また、あんたは手心加えて~」
「す、すみません。つい…」
しかし、こうなってしまうと、とどめという感じでもないしなぁ。ちらりとハーディさんの方を見る。向こうも私の言いたいことが分かったのかワイバーンに寄っていく。
「ほら、ワイバーン。俺の従魔になれ!」
グルゥゥゥゥ
傷ついていてもそこは竜種ということだろうか。剣を構えたままのハーディさんの呼びかけには応える気がなさそうだ。
「ハーディさんは剣をおろしてください。そんな感じじゃ、相手も応えてくれませんよ」
「だが、相手はワイバーンだ。これでもれっきとした竜種だぞ?」
「それでもですよ。そんな調子じゃ、あの子だって警戒します。ちょっと待っててね…エリアヒール」
私は応急処置としてエリアヒールをワイバーンにかける。大型の魔物なので他の魔法だと回復範囲が及ばないためだ。
「ア、アスカいいの?回復させちゃって」
「多分大丈夫だと思う。勝てないのは分かってるだろうし」
この子は頭もいいみたいで、私が魔法を外したことも分かっているのか威嚇をしてこない。ハーディさんには…微妙かな?変に従魔にしてこようとするのを感じ取っているのかもしれない。
「ねぇ、あっちの男の人があなたを従魔にしたいって言ってるんだけどどう…かな?」
ふいっと首を向けたもののワイバーンは直ぐにこっちに向き直った。
「あはは、無理そうだね。そうだ!ハーディさん、この子に名前とか考えてますか?」
「名前?あ、ああ、マグナという名にしようと思っていたんだが…」
「マグナですか、いい名前ですね~」
その時、パァァァっとワイバーンから光が放たれた。これはまさか…。
「従魔契約ですよ!やりましたねハーディさん」
「ああ、君がね…」
何と私に従魔が増えました、パパパパーン!ってそんなあ~。




