ゆらゆら船上
ピィ
「うん?ふわぁ~」
「おはようアスカ」
「あ~、おはようリュート。あれ?昨日戻って来たんだ」
「うん」
「あっ!?マント返してない!」
「いつでもいいよ。急ぐことでもないし」
「ダメだよ。冷え込んできたら風邪ひいちゃうし!えっと…どこだっけ?」
ベッドの上を見てもマントは見当たらない。というか昨日何処に置いてたっけ?
「もしかして、マントもう取った?」
「あ、いや~。それは無理かな…」
そういうとリュートは視線を逸らす。ジャネットさんは日課の剣の素振りなのかいないし、どうしたんだろ?
「ちょ、ちょっと、探してみるね!」
私は直ぐに体を起こして毛布を取る。すると、暖かい感触があった。
「マント、毛布の中にあったんだ…」
「昨日僕が帰ってきた時にはアスカ、もう寝てたからね。ジャネットさんが寝かせてくれて毛布もかけたんだけど、マントはしっかり持ってたからそのままなんだ」
「それじゃあ、返すね。はいっ!」
「う、うん。ありがと」
「2人でなにやってんだい。飯食べるよ」
「あっ、はい。あれ?でも、給仕のお姉さんは?」
「アスカはどうせ起きてこないだろうから簡単なものにして置いてもらったんだよ」
「内容はと…昨日の切り身にスープですね」
「ああ。こっちは骨とか入ってるから気をつけなよ。まあ、その分美味しいけどね」
「僕らはもう食べたからアスカもどうぞ」
そう言いながらリュートが私の分をよそってくれる。どうやら鍋ごとあるみたいで、お昼もこれになるみたいだ。
「ありがとう、リュート。…ふぅ~。美味しい~。思ったより塩気も無くていい感じだよ」
「そう?よかった。あんまり普段からアスカって塩を多く入れないからちょっと少なめにしてもらったんだよ」
「ほんと!?ありがとう。でも、2人とも大丈夫だったの?」
「うん。調味料は僕が持ってるからね。味の調節なんかは楽だよ」
「そうそう。融通効くところで遠慮なんてしてるんじゃないよ」
「分かりました。それじゃあ、改めて…いただきま~す!」
ここにおコメがないのが残念だけど、ほんとにおいしいなあ。海魔って恐ろしい相手だって聞いてたけど、苦戦しない分にはいいかも。昨日みたいな団体さんはお断りだけどね。その後、話を聞くと日が昇ってから船員さんたちは真っ先に船の各所を確認に回ったらしい。補修用の部材もあるけど、量も限られているのでバルディック帝国に行けるかを確認するためだって。
「それにしても後1週間以上あるのかぁ~、長いよね~」
「そうだね。ずっと本を読むってわけにもいかないし、何か出来ればいいんだけど…」
「船上で出来ることかぁ~。絵を描くのも細工をするのも大変だしな~。後はと…調合かな?」
「特異調合で使う材料作り?」
「うん。他には出来そうなこともないし、今のうちにちょっと魔力のある魔石なんかの粉末とかやっちゃおうかなって」
特異調合といってもポーションなどの薬品だけじゃない。時には塗料なども作成するのだ。ただし、通常の材料で行う場合は失敗するので、材料には魔石クズや珍しい薬草などを混ぜるので集めるのが大変だ。
「う~ん。向こうに着いたら商会で薬草を買ってみようかなぁ」
「アスカどうしたの?今までは全部取ってたよね」
「うん。分布も分かってたし、そっちの方が手間がかからなかったからね。でも、行った先で群生地とかの情報がただで手に入るわけないだろうし、それならいっそのこと買ってみようかなって」
「そう言われるとそうだね。じゃあ、向こうに着いたらまずは商会だね」
「何言ってんだい。まずは宿の確保と、現地の情報だろ?すぐにバルドーのおっさんのところに行くか、ちょっと帝国を回るか先に決めないとね。まあ、商会での情報集めはアスカにやってもらいたいから別にいいけどさ」
「そうでした。そっちもあるのかぁ~」
「あたしが集められる情報には限界があるからねぇ。あたしだと酒場やギルドなんかで集めるのがほとんどで、商会なんかで聞くのは難しいからね」
「ジャネットさんだって商会に行けますよ~」
「そういうことじゃないんだよ。あたしはどうあがいてもたまたま訪れた客だ。アスカなら、貴族っぽく見えるし、細工も出せば商売につながる相手だ。情報を出してくれる引き出しが違うんだよ」
「そっちですか。でも、目立っちゃいません?」
「いつも通りそこはリュートに任せたらいいよ。だけど、きっちりそこもやってくれよ」
「はいっ!任されました」
「リュートも頼んだよ」
「分かってます。用意もしてから船を降りるようにしますから」
うんうんと頷く二人。いつも思うけど、この2人も街から街へと動く時は妙に息が合うんだよね~。普段はそこまで一緒に行動しないのに。まあ、近接戦闘の師匠と弟子でもあるし当然かもしれないけどね。
「待ってました!昼食」
「はいはい」
運ばれてきた昼食は昨日獲ったスラッシャーの料理だ。夜間は簡単な刺身と塩焼きぐらいだったけど、時間をかけた今日は一味違う。サラダにも混ぜてあったり、新鮮だけどわざわざ煮込み料理にしたものなど色々なものに使われている。
「やっぱり海の幸は美味しいよ~。あっ!?これはテンタクラーだ。こっちもおいしい。油があるならアヒージョもいいなぁ」
「アヒージョ?あの、鉄のフライパンを使ったやつ?」
「そうだよ。新鮮な海鮮だし、絶対おいしいと思うんだよね~。スパイスの方はリュートも持ってるでしょ?」
「そうだけど、あの鍋がなくても出来るの?」
「多分…。まあ、1人分とかでもないし、大きい鍋があればそれで大丈夫だよ。もし無理なら私が作るし」
「出来るの?」
「厚みにちょっとだけムラが出来るかもしれないけど、細工用の魔道具で出来ると思う。せっかくの新鮮な食材だし、美味しくいただかないとね」
「アスカって本当に食いしん坊だよね」
「ち、違うよ!せっかくの食材に感謝を…」
「はいはい。じゃあ、その話をしてくるから」
「待って!」
「何?」
「その前にご飯食べないとだよ。美味しいうちにでしょ?」
「…分かったよ。もう、アスカったら」
「アルナ、あたしは外行ってもいいかい?」
ピィ!
ジャネットさんが遠い目をしてるどうしたんだろ?
「さて、食事も終えたしあたしは甲板の様子を見てくるとするかね」
「ジャネットさん、甲板に行くんですか?」
「ああ。船員は昨日から働きっぱなしだろ?1人、2人分位は働いてやろうかってね」
「私もそうしようかなぁ」
「暇ならそうしてやりな。船員も交代で休まないと、後々響くかもしれないだろ?」
「じゃあ、僕は料理の話をするからそっちに行って手伝ってくるよ」
「ああ、リュート。そっちの方も働き詰めだろうから、手が空くならよろしくな」
「分かりました」
「面倒だけど長旅だし、いざという時にあたしらじゃどうしようもないこともあるからね」
そんなわけで私たちは甲板と調理場に別れて向かったのだった。
「おはようございます」
「ん?おはようさん。お嬢さん昨日はあれからよく眠れたかい?」
「はい。お陰さまで!」
「それで今日はまた海を見に?」
「いんや、今日は見張りをちょっと代わってやろうと思ってね。あんたたちはろくに休んでないだろ?」
「まあそうだが、何時ものことだ」
「あんたたちにとっちゃ何時ものことでも、あたしらにとっちゃ違うんでね。見張り程度なら代わってやるよ」
「ううむ。そういわれると助かるな。では、二人休ませるか…」
「いえ、3人休んでいただいて結構ですよ」
「ステアさん!おはようございます」
「おはようございます、アスカ様」
「あんたは昨日の…」
「はい。2等船室にいる冒険者です。こちらのアスカ…さんとは船で知り合って仲良くしています。私も見張りに立っている船員のことは気になっていたので加わりますよ」
「あんたら…済まねぇな。ただの乗客なのによ」
「快適な旅をするのも重要だが、一番は目的地に無事につくことなんでね」
「そうですよ」
「分かった。だが、船員がいなくては他の客が怪しむからな1人は残すぜ」
「ご自由に。さあアスカさん、あちらで見張りをしましょう!」
「は、はい。そうだ!船長さん、船員服ってありますか?」
「あるが…なんに使うんだ?」
「一回着てみたかったんです。余りとかないでしょうか?」
「余りか…丁稚用のがあるな。持ってこようか?」
「お願いします」
えへへ~、制服はブレザーだったし、セーラー服って一回着てみたかったんだよね~。
「どうですか?ステアさん、ジャネットさん」
「似合ってますよアスカ様」
「ああ、でもこんな男もんの服でも着こなすなんて、アスカは流石だね。ただ…」
「何ですか?」
「そんなに足出してはしたないんじゃないのかい?」
「やっぱり、貴族とかってそういうの気にするんですか?」
「まあ、そうですね。多くのものに見られることになりますので、そう簡単に肌は出しません。巫女の衣装もそこまで肌を出さないものになっております」
「そういえば舞の衣装も袖が長かったりするもんね。ちょっとだけ下は短めだけど」
「袖はともかく、裾は長いと舞うのに不便ですから。しかし、アスカ様。本当にお気を付けください。そのような煽情的な格好で船で歩き回るなど…」
「せ、煽情的って…。ふ、普通ですよ」
「ふ~ん。そうだ!ならアスカ、見張りが終わったらリュートにその恰好を見せてやりなよ。それで、リュートが慌てたら外ではお披露目なしにしなよ」
「いいですよ。でも絶対大丈夫ですって!」
そんな話をしながら私たちは見張りをした。ちなみにテクノさんは厨房に行ってるんだって。食料調達とか野営なんかでも料理をするんでそっちに行かせたとのことだ。




