移動と景色
折角の綺麗な景色の中での食事を諦めきれなかった私はある提案をした。要は薪がなくても調理ができればいいのだ。
「リュート切り終わった?」
「うん。鍋に入れるね」
「それじゃあ、点火!」
私の取った手段はそれなら私が魔法で火を出し続けることだった。MPはそこそこ消費するけど、調理に使うのは200ぐらいだ。従魔たちに毎日持っていかれるMPは250前後。合わせても半分以上残るのでまだまだ大丈夫だろう。
「う~ん。こぽこぽいってきたし火を弱めるね」
「じゃあ、そのまま十五分ぐらいお願い」
「分かったよ。器の方は昨日のがあるからティタと一緒にお願い」
「うん。洗うのは任せてね」
「ジャネットさん、そっちはどうですか?」
「異常なしだよ。アルナも見ててくれるしね」
《ピィ》
アルナは風魔法を応用して探知も出来る。それに空からも警戒できるので、こういう時に頑張ってくれるのだ。
「小鳥だし、心配ではあるんだけどね。依頼の度についてきちゃうし」
「アスカ、そろそろ火を止めてみて」
「もういいの?」
「うん。ふたをしてしばらく待てばいい感じになると思う。熱々過ぎても駄目でしょ?」
「そうだね」
火を消して鍋を置く。下には申し訳程度に即席で集めた薪も数本ある。ちなみに今回のなべは醤油豚汁風だ。みりんとかお酒がないからちょっとあっさり風味だけど、それでも美味しいんだ。具沢山の豚汁を器に盛ってみんなで食べる。
「ん~、醤油の味も効いていい感じだよ。リュートも醤油に慣れてきたね」
「アスカから何本も差し入れ貰ったからね。それにフィクスにも色々教えてもらったし。大好きというわけでもないけど」
「エステルさんとかライギルさんは料理人のプライドで絶対作り方は聞かないって言ってたのに……」
「料理に関していえば、僕は野営用の研究はしてるけど料理人じゃないからね。教えてもらった方が早いし」
醤油という未知の調味料に対して二人はまず自分が思いつく限り試して、それから人に聞くと言ってはばからなかった。まあ、そのせいで慣れない調味料に苦戦したんだけど。ちなみにフィクス君というのはアルバの飲食店で働いている店員さんで、エレンちゃんと付き合っている子だ。アルバに来る前は旅をしていたらしく、醤油も扱ったことがあったのだ。
「あの時はちょっと大変だったなぁ。和食もどきというか醤油がない方が美味しい料理もたくさん出てきたし」
「ああ、あん時のアスカの顔は外に出せないね」
「そんなにでした?」
「もちろんだよ。何でこんなのになるんだよって目が言ってたよ」
美味しくないとお客さんには出せないので、食べるのはもっぱら宿の関係者だ。私は醤油を知っていたので、味見役筆頭だったのだ。
「この鍋は良い味だね。もうちょっと辛みもあるとあたしは嬉しいけど」
「それだと私が食べられなくなっちゃいます。個人でお願いします」
「個人って言ったってそりゃ難しいだろ? あたしは料理できないしね」
「小瓶に辛味だけ入れたものを用意すればいいんですよ。きっとリュートが作ってくれますって」
「えっ!? 僕?」
「リュートはこのパーティーの料理番だし、頼むとするか」
「二人とも旅が始まってから僕の扱い適当じゃないですか?」
「アスカは索敵と薬草であたしは戦闘。リュートは料理全般だよ。他を協力すればつり合い取れてるだろ?」
「そう言われるとそんな気がしますね。分かりました、今度作ってみます。少量混ぜて使うものですからちゃんと考えて作らないと……」
よしっ! 私はジャネットさんと目を合わせて裏でガッツポーズをする。これで私も料理についてはリュートに頼みやすくなるし、ジャネットさんは個別の味付けに出来るから万々歳だ。リュートはしっかりしてるけど、こういう押しには弱いんだよね。十分に料理と景色を堪能した私たちは再び歩き出した。
《ピィーピピッ》
「もう、アルナったらさっきから機嫌いいね。野生の本能に目覚めたのかな?」
生まれてから依頼についてくる以外はずっと街生活だったから、アルナはいわばお嬢様鳥なのだ。親のミネルはアルバの北にある崖に住んでし、普段と違う景色で刺激を受けたのかも。
「そういえば、アルナはお昼食べなかったけど大丈夫なの?」
「うん。自分で山にある草を食べてるみたい。ちょっと心配だけど物珍しいみたいで放っているの」
アルナもだけど親のミネルからして好奇心が強い。向こうじゃあんまり山には行かなかったし、しょうがない。何かあればポーション類は一通り持ってるから何とかなるしね。
「まあ、ホームシックにならなくて良かったよ。帰るのも一苦労だしねぇ」
「小鳥ですし、珍しい種類ですからね」
話しながら道を進んで三つ連なっている山の中ほどが見えたので、ちょっと休憩だ。
「もうここまで来るとレディトが見えませんね」
「手前にも森があるし、その先にも山があるからね」
「でも、こうしてみるとアルバから北に進んでもよかった気がしますね」
「あ~、アルバから北に行くと深い谷があるんだよ。そこは必ず迂回しなきゃいけないし、そうなると西側には荒野が、東側はここから見える砂地が見えるだろ? 視界が良すぎて危険だし、食料はまずないだろうからね」
「それは大変そうですね」
野営をしていていつも思うのは食料と水の確保だ。マジックバッグがあるとはいえ未知の土地ではこの二つは絶対必要だ。だからこそ荒野や砂地などの食料に乏しい地形は避けた方がいいんだよね。それならしょうがないね。
「ああ。それに、普段は誰も通らない道だから遠慮なしに魔物も出てくる。この辺は迷った冒険者も来るだろうから、まだ魔物も警戒する。ああいう寄り付かないところは本当に何度も襲ってくるよ。それこそレディト東の草原地帯みたいにね」
「それは嫌ですね」
レディト東の草原地帯は広くて色々な魔物が住み着いている。草食の魔物も居るけど、強い肉食の魔物も多くて野営をすると必ずと言っていいほど襲われた。しかも、一日二回とか夜襲に来ることもあってあれは大変だったなぁ。あんなのはこりごりだ。
「アスカは忘れてるかもしれないけど、ここに入ってくる前も街道脇だからスイスイ来れたけど、山道とか獣道は大変だよ。今だって山間のところを進んでるんだし」
「中々うまくはいきませんね」
「ま、直線ですんなり行けるならわざわざ街道なんて作らないってことだね。近くに見えたって例えば谷を越えるなら大変だよ。下るのも危険だし、登るのも崩れたら一巻の終わりだろ? それにそんな戦いにくいところで飛行系の魔物にでも襲われてごらんよ。パーティーによっちゃ何もできないよ?」
うう~ん。まだまだ旅について私は覚えることがたくさんあるようだ。リュートも同じようなものだと思っていたけど、たまにジャネットさんと王都へ行ってたみたいだし、こういう経験は離されちゃったかも。
「今日はその先で休むんですよね。明日には着きますか?」
「どうだろうね。直前で止まっちまうかもね。早ければ入れるだろうけど、門が閉まる時間までは知らないしね」
「それなら、明日は早めに出発しませんか? さすがに最初から野営三泊はちょっと……」
「気持ちは分かるしそうするか。そういえば、風呂はよかったのかい?」
「携帯用のお風呂ですね。さすがに今日は入ろうと思います。最近はちょっと暑いですし」
お風呂といってもぎりぎり私が足を延ばせるぐらいのものだ。造りは木を加工した枠に水が漏れないよう革を張って組み立てるものだ。お湯は魔石に魔力を通して作る。旅に出ると野営が多くなるから作った私の渾身の作品だ。疲労回復の魔石も付けてあるから、この旅で大活躍するのではないかと期待している。
「ふぅ~、露天風呂だぁ~。風情もあって気持ちいい~」
「それは良いけど、見張りがいることも忘れないでくれよ」
「は~い。ありがとうございます、ジャネットさん」
さすがに屋外でお風呂に入る時は無防備なので、見張りにジャネットさんが立ってくれている。この後は代わりに私が立つ番だ。
「あ~、気持ちよかったです。疲労回復の魔石も効果は少ないですけど、やっぱり違いますね」
「そりゃよかった。んじゃ、あたしも入るね」
「どうぞ」
ゆっくりお風呂を堪能した私はジャネットさんと入れ替わり見張りに立つ。
「ん~、確かにこれは気持ちいいね。うっかり旅の途中だってことを忘れそうだよ」
「ですよね! でも、リュートの時は見張りどうしましょう?」
「あはは、アスカはもう。それぐらいあたしが立っといてやるよ」
「よろしくお願いします。リュートも男の子だし、見張りって言っても恥ずかしいですよ」
「そりゃあ、いい傾向だね。ふ~、にしても旅ってのはこうのんびりしたものだったかね?」
「まあこういうのもいいじゃないですか?」
「快適なのは良いことだし、大目に見てやるか」
それからゆったりとお風呂につかったジャネットさんが上がったので、私は火の番をするためテントの方へと戻った。
* * *
「ジャネットさんすみません。僕の見張りまでしてもらって」
「別にいいよ。さっさと入っちまいなよ」
「でも、そのまま入っても良いんですか?」
「気にすんなって。大体、あんたあたしに興味ないだろ?」
「いや、それは……」
「まあ、先にアスカが入ってるから、その残り湯でもあるけどね」
「ジャネットさん!」
「ははは、元気だねぇ。ま、こんなのいちいち気にしてたらこの先、旅なんて続かないよリュート。それにさっさと入ったらいいこと教えてやるよ」
「いいこと?」
「知りたかったらさっさと入った」
ジャネットさんの話が気になるので促されるまま僕は風呂に入る。
「それで、いい話って?」
「アスカがさっき言ってたんだけど、さすがに男の裸を見るのは恥ずかしいってさ」
「それぐらい普通じゃないですか?」
「本当にそう思ってるかい? あんたもノヴァも性別は男だけど、ろくにそんな扱い受けてなかっただろ? レディトで商会に物を持って行く時だってただの付き添いだったじゃないか。男女が二人で行ってるのにさ」
「そ、それはそうですけど……」
「だから、この旅はいいチャンスだよ。あんたがちゃんと男だって見てもらえるね」
「ジャネットさんは僕にできると思いますか?」
「それはあんたたち次第だよ。ま、あたしは別にどうでもいいけどね。駄目なら駄目でロビンでもたきつけるさ」
「ロビンですか?」
意外な名前だ。今年、アルバ近くの村で狩人になった彼はアスカに師事していたから僕より異性だと見られてないと思ってたけれど……。
「ああ。弟みたいなもんだって言ってるけど、あっちはたまにしか会わないから、きちんと男扱いしてるよ。簡単に隣に座ったりしないだろ?」
「うっ、思い返せば確かに……」
「分かったらちゃんと考えることだよ。まあ、こっちには時間がたっぷりあるんだから焦らなくてもいいさ。応援まではしてやらないけどね」
「応援してくれないんですか?」
「かわいい妹をそう簡単にはやれないね。この旅だって出会いもあるだろうし、一番いい奴を推すさ」
「じゃあ、僕って……」
「勘違いするなよ。あんたは一応仲間だからちょっと手心を加えてるだけさ。フリーなら今んところベイリスを紹介したんだけどねぇ」
「ベイリスさんですか……」
ベイリスさんは王都でマディーナさんとパーティーを組んでいる人だ。若いけれどAランクで凄腕の剣士で僕も戦っている姿を見たけれど、まるで敵わないと思わせる人だった。
「まあ、なんにせよあんたはもうちょっと自分を磨かないとね。ほら、のぼせるよ」
「えっ、あ……」
思いの外、長く話していたらしく、風呂から上がった僕はちょっとのぼせていたのだった。
「これじゃ、まだまだだねぇ……」
そうつぶやくジャネットさんに僕はもっとしっかりしないとと、決意を新たにしたのだった。




