密偵?護衛?冒険者?
「ああっ!?これが今作っている新作ですか?」
「はい!スズメノエンドウっていう花で小さい花が集まっててかわいいですよね?」
「それはそうなのですが、難易度高くありませんか?」
「確かに銅の型取りも難しいですけど、これだけかわいいんですから、きっとみんな気に入ってくれると思うんですよ。ちなみに彩色もばっちりするつもりなので期待しててくださいね」
「彩色まで!?ひょっとしてここに描かれている絵のままの細工を?」
「もちろんです!細工は一番力を入れてますからね!特に最近は既存のものを作ることも多かったし、新作を作る時間もなかったのでいい機会なんです」
「アスカ様ってひょっとして…」
「プロ根性というか気質なのかね。一つのことに注力するから大変だよ。これ、戦闘でも一緒だから」
「それは…大変ですね」
「あんたも相棒も気をつけなよ。こっちに一々集中何て無用なことはしないでさ」
「ゼス枢機卿様やムルムル様に聞いていた以上にお強い方なんですね」
「まあ、しっかりしててもまだまだ子どもだから、目はかけとかないといけないけどね」
「ジャネットさん!適当なこと言わないでください。ステアさんが信じちゃいます」
「ふふ…お2人はまるで姉妹のようですね」
「ほ、ほんとにそう見えます?うれしいです、ねっ!ジャネットさん」
「ああ、まあ、こんな子だからあんたも同行する間はよろしくな」
「分かりました。このステア、テクノとともに全力でお守りいたします」
「うわっ、また信者増やしたのアスカ。駄目だよ、他教の人まで取っちゃ」
「と、取ってないよ!リュートこそ本ばっかり読んで…」
「そうは言うけどさ、僕一人だけ男でしょ?流石にこの中には入れないって」
「別に女性の話じゃないしいいんじゃない?」
「雰囲気ってものがあるでしょ。ほら、会話に戻りなよ」
「あちらの失礼な青年はリュート殿でしたか。アスカ様の従者で?」
「違いますよ。さっきも言った通り、同じパーティーの仲間です」
「ふむ、それにしては仲が良いようですね」
「それは…命を預けるわけですし。宿で一緒に働いたりしてましたから」
「ほとんど、時期被ってないけどね。どっちかというと僕が働き出したころにはアスカは細工をやりだしてたし」
「もう~、どうして今日に限ってそんなこと言うの、リュートってば!」
「アスカから他人に紹介されるのが恥ずかしいんだよ」
「ええ~!?どうして!」
「アスカは自分が思ってるよりすごいからだよ」
「リュートだって十分すごいじゃない!槍は師匠もいないのに腕はいいし、頑張って料理も作ってくれるし。わたしには出来ないこといっぱいできてすごいと思うよ」
「そういうところだよ、もう…」
私はぐずるリュートを引っ張り出して話に誘う。仲間外れはよくないもんね。
「アスカ様は苦労しているのですね」
「そうなんですよ!パーティーで1人だけの男性なのにこんなに遠慮がちなんですよ。もっとこう…がっと来てもいいと思うんですよね」
「いや、リュートががって来てたらだめたろ。アスカはもうちょっと色々大人にならないとねぇ」
「そうですか?そんなことないと思いますけど…」
「大体、この前もねぇ…」
そんな話をしていると夕食の時間が近づいて来た。
「もうこんな時間ですか…。では、私は一度戻りますね。楽しいひと時でした」
「一緒に食べていかないんですか?」
「まさか!1等船室の方と食べていたら目立ってしまいますから」
「見つからずに戻れるのかい?」
「そこはほら…プロですから」
そういうとシュッと気配を消したステアさんは部屋から出て行った。確かにあの感じだと気づかれなさそうだ。話している時はそんな感じなかったのに…。
「あれ、真似できないかな?」
「リュートはああいう人にあこがれるの?」
「えっ!?ああ、そういうんじゃなくて、ああいう歩行の仕方とか上手くやれば槍の扱いにも生かせるんじゃないかって」
「実はリュートって短い髪の人が好きなの?確かに私は長いし、ジャネットさんだって前衛にしては長い方だもんね」
「ち、違うってば!どうしてアスカはそう極端なの!」
「さっきの動きだけで戦闘に、なんてリュートらしくないんだもん!」
「お食事をお持ちしました…」
なおも話そうとしたけど、食事が運ばれてきたので話は中断して食事タイムだ。
「今日は昨日と違う干物ですね」
「はい!今日のは長期のものでちょっと匂いとかに癖があったりしますけど、味はいいですよ」
「あ~、分かります。長期の干物って匂い強くなりますよね」
「そうなんですよ~。ささっ、冷めないうちにどうぞ~」
お姉さんが切り分けた干物を置いて行ってくれる。流石に高級品らしく1人一尾とはいかないようだ。
「この匂いで本当においしいのかな?」
「リュートってこういう時は疑り深いよね」
「慎重って言って欲しいよ」
手本を見せるように私が先に口に運ぶ。
「ん~、やっぱりちょっと匂いはきついけど美味しい~。ぎゅっと身がしまってるのがいいよ」
「本当かな?うっ、こんなに強い匂いなんだ。確かにこれは保存食だね」
「リュートはパスするかい?」
「ジャネットさんは大丈夫なんですか?」
「いやぁ。これでも貧乏な時代は食えるだけましって生活だったからね。アスカの話じゃ味はいいみたいだし、全く問題ないね」
そんな感じで食事を済ませた。結局、リュートが一番この干物に興味を示した。何でも、あれだけ匂いがきついのに味は良くて長期保存できるなんて、どういう理論なんだと気になったようだ。ちらりとリュートの読んでいる本を見ると、調理とその理論という本だった。
「相変わらず堅い本読んでるなぁ、ふふっ」
だけど、そこがリュートらしくて笑ってしまった。食後は特にやることもないので、今日はいよいよ秘密の時間だ。
「ごめんリュート、外出てもらって」
「いや、流石に布を張るってアスカの意見には賛成できないからね」
そう、今日は数日ぶりのお風呂の日なのだ。簡易浴槽を持ち出して後はティタの水魔法と私の火魔法でお湯を作るだけの簡易風呂だけど、これがあったまるし気持ちいいんだよね~。
「今日は露天風呂って訳にはいかないのが残念だけどね」
「んじゃあ、あたしは見張りに立ってるよ」
「見張りなんていりませんよ」
「いや、いるね。リュートも入ってくるかもしれないし」
「し、しませんって」
「それに急に船の人間が訊ねてきたら困るだろ?」
「それはそうですね。じゃあ、お願いします」
私はジャネットさんに見張りをお願いしてお風呂に入る。
「はぁ~、やっぱりいつ入ってもお風呂はいいなぁ。ただ、室内だからかけ湯も出来ないんだけどね。汗を落とすのはいいけど、汚れちゃうのがなぁ…」
いつもなら、満杯に入れてちょっとかけ湯をして浸かるんだけど、その所為で一度上がったらお湯を捨てに行かないといけない。
「マジックバッグに一旦しまって、甲板に捨てに行かないとね。湯冷めしないか心配だなぁ」
それにしてもと思う。従魔にはいっぱいなってもらえたけど、お風呂に入ってくれそうな子はいないなぁ。
「アルナは鳥だからダメだし、キシャルはそもそもお湯がダメ。ティタは…興味ないよね、ゴーレムだし」
野営中ならジャネットさんと話しながらとか色々楽しめるのになぁ。今はあんまりおしゃべりしてると周りに聞こえちゃうしね。そして、お風呂を上がると早速、お湯を捨てに行く。
「ちょっとお湯捨ててきますね」
「別にあたしは構わないよ?」
「そういう訳には行きません。新しいお湯の方が気持ちいいですから」
「そうかい。なら頼むよ」
ジャネットさんに話をして甲板に向かう。なるべく、人のいないところで捨てないとね。
「あれ?アスカもういいの?」
「うん。今はお湯を捨てるところ」
「捨てるってジャネットさんは?」
「流石に使い回しは嫌じゃないかなと思って。それに新しいお湯の方が気持ちいいしね!」
「そっか。手伝おうか?」
「いいの?重いから魔法で持ち上げようと思ってたんだけど、それじゃあそっち側はお願いするね」
「えっ、ああ魔法使う気だったんだね。そ、そっちの方がいいんじゃない?」
「え~、折角だし手伝ってよ!ほら」
「分かった。分かったからちょっとだけ待って!」
「は~い」
「落ち着けリュート…アスカは天然、アスカは鈍感、アスカは純真?よしっ!いいよアスカ」
何だかリュートが小声で言ってたみたいだけど、準備が出来たみたいだ。私たちは簡易浴槽を持ち上げて中のお湯を捨てる。後は簡単に水洗いしてもう一度お湯を入れればいいだけだ。
「そうそう、リュートもお風呂入るよね?」
「い、いや、僕は今日はいいよ」
「え~!汗臭くならない?」
「体ぐらい拭いてるから大丈夫だって」
「入った方が気持ちいいよ?」
「また、今度入るから」
そんな言い合いをしながら部屋に戻ってきた。
「ん?2人して戻って来たのかい」
「あっ、そう言えば次はジャネットさんが入るんでしたね。僕はまた甲板に戻ります」
そう言ってリュートが戻ろうとすると船が大きく揺れた。
「な、何っ!?」
「高い波でも来たのかねぇ」
そんな話をしているとドアが静かにノックされた。




